2007年02月

2007年02月25日

錯体化学研究室の同窓会が芦屋駅前にて開催

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錯体化学研究室の同窓会が芦屋駅前で開催!

かつて半田山の研究室で白衣を着て日夜様々な錯体を合成・分離・構造解析・電子状態計算などをした錯体化学研究室の卒業生が、年度末の多忙な週末の中、都合のついたメンバーだけとはいえ総勢約70名(詳しくはまだ数えていません)が芦屋駅前に集結、久しぶりに懐かしい顔が揃って話の輪に花が咲きました。

話に花が咲きすぎて、私などせっかくの食べ放題飲み放題の宴会だったのに時間中ずっとお喋りし続けて、ほとんど何も飲み食いできませんでした(楽しいお喋りだけで心は十分満腹になりましたけど)。ホテルに引き上げてから、コンビニで買ったサンドイッチとコーヒー牛乳での晩ご飯となってしまいました。

尽きることのない会話、錯体化学研究室の29年間の歴史の重みを感じつつ、毎度の事ながら錯体研OP会は盛会です。

当日の様子は、また錯体化学研究室のホームページで紹介いたしますが、取り急ぎ極めて楽しく濃密な盛会であったことを宿泊中の元町のホテルより送信・報告いたします。



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2007年02月16日

元素、水素、酸素などの化学用語を考案したのはどこの誰?

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江戸時代、19世紀前半頃の話です。現在私たちが使っているいろいろな化学の専門用語、たとえば元素、水素、炭素、窒素、酸素、塩酸、蟻酸(ギ酸)、硫酸、希硫酸、酢酸、琥珀酸(コハク酸)、蓚酸(シュウ酸)、青酸、蒼鉛、水鉛、尿酸、白金、炭酸、燐酸(リン酸)、澱粉、王水、物質、試薬、金属、塩、酸、金属塩、結晶、溶液、酸性塩、中性塩、圧力、温度、酸化、還元、気化、凝固、煮沸、昇華、蒸気、蒸散、蒸留、親和、飽和、吹管、成分、装置、中和、潮解、沸騰、分析、法則、容積、流体、坩堝(ルツボ)、濾過(ろ過)などなど、すべてある人物が外国語から日本語に翻訳する過程で考案し、著書で発表しました。この人物によって日本における化学用語は一挙に確立され、その大部分は今日まで変わらず使われ続けているのです。

さてこの人物、どこの誰だと思いますか。

その答えは、岡山出身の宇田川(うだがわ)榕菴(ようあん)先生(津山藩の元藩医)です。

元素、酸素、窒素、水素、酸化、還元、硫酸、塩酸、親和、等々、およそ化学の専門書に出てくる極めて基本的な化学用語は、ほとんど宇田川榕菴先生が考え出した日本語です。

私も実際に舎密開宗の一部を読んでみましたが、現在そこらにある化学の専門書と、ほとんど違和感ありません。宇田川榕菴先生の作り出した化学用語は、見事なまでに現在まで使われ続けているということです。

この舎密開宗、ヘンリーの法則で有名なイギリスの化学者William Henry氏(1774-1836)の著書"An Epitome of Chemistry"(1801)をドイツ人がドイツ語に翻訳、そのドイツ語の翻訳書をオランダの化学者イペイ氏がオランダ語に翻訳した"Chemie Voor Beginnende Liefhebbers"(1805)を、さらに日本人である宇田川榕菴先生がまずは熟読、さらにその他の専門書二十数冊も読破、自ら一部は化学実験をして確かめた上で考察を加え、「舎密開宗(せいみかいそう)」という本格的な体系的化学書(全21巻、1837-47)を日本語で何年もかかって書き上げたのだそうです(実は、最後まで"Chemie Voor Beginnende Liefhebbers"を全部は訳し終わらなかったという話、英語→ドイツ語→オランダ語→日本語の伝言ゲームの過程で、おかしくなった箇所もあるなどの、面白い話もたくさんあります)。

近代化学の父と言われるフランスの化学者ラヴォアジエ氏(Antoine Laurent Lavoisier,1743-1794)が“化学概論”を出版したのが1787〜1789年、それから半世紀も経たずに日本で体系的な化学専門書が出版されていたという事実、しかもそれが現在で言う岡山県ご出身の先生が成し遂げただなんて、凄いことだと思いませんか。日本の化学史上、特筆すべき事であるのは言うまでもないことです。

宇田川榕菴先生が生まれたのは寛政10年(西暦1798年)3月9日です。1798年といえば、フランスの化学者タサエール(Tassaert)氏が塩化物イオンとアンモニアを含む不思議なピンク色のコバルト塩Co(NH3)6Cl3を元素分析によって化学組成を同定、報告した年です。塩化コバルト(III)CoCl3をアンモニア水に溶かして100度Cに加熱すると、アンモニアや水は追い出されてピンク色の塩が析出します。タサエール氏はこのピンク色の塩を150度Cまで加熱乾燥して成分元素を分析してみたのです。

当然タサエール氏は、このピンク色の塩はただの塩化コバルトCoCl3だと思っていました。何しろ、塩化コバルトをアンモニア水にいったん溶かしたとはいえ、カラカラの粉末になるまで加熱乾燥した(乾固させた)のですから、アンモニアNH3も水H2Oも全部飛んでしまって、ピンク色の塩は元の塩化コバルトに決まっていると考えたのです。

ところがどっこい、タサエール氏の元素分析結果は、コバルトが22.07%、塩素が39.78%(いずれも重量%)という奇妙な結果でした。

コバルトと塩素以外に、いったい何が含まれているというのか。

タサエール氏は念のために窒素と水素の分析も行ってみたところ、なんとピンク色の塩には窒素が31.42%、 水素が6.73%含まれていることが分かったのでした。これはどういうことでしょうか。一生懸命加熱乾固したのに、まだアンモニアNH3が残っているということでしょうか。窒素がこんなにも沢山含まれているということは、どうやらアンモニアNH3が残っているとしか考えられません。

コバルトが22.07%、塩素が39.78%、窒素が31.42%、水素が6.73%、これを全部合計すれば、ちょうどぴったり100.00%です(こうした元素分析の重量%の計算には、岡山理科大学の錯体化学研究室で開発したソフトウェア(Excelファイル)が便利です。無料でダウンロードできますので、是非お試し下さい)。

タサエール氏はこの元素分析の結果、ピンク色の塩の化学組成がCoN6H18Cl3、すなわちCo(NH3)6Cl3であることは突き止めましたが、実際に三価のコバルト陽イオンCo3+に塩化物イオンが結合しているのか、アンモニア分子が結合しているのか、一体全体実際の分子の形はどうなっているのか、皆目見当がつきませんでした。

実際のこうした金属塩の構造が明らかになるのは1893年(明治26年)のことです。当時27歳の化学者ウェルナー(Alfred Werner)氏が、例えば塩化物イオンとアンモニアからなるコバルト塩の場合、コバルト金属イオンが中心位置を占め、一定数(例えば6)のアンモニア分子や塩化物イオンがその周りを立体的に取り巻く構造をとっており、残った塩化物イオンはコバルト金属イオンとは直接結合せずに外側にいる、という画期的な新しいアイデア「配位説」を思いついて提唱したのです。もちろんこの配位説の提唱により、ウェルナー先生は1913年のノーベル化学賞を受賞されています。

さてさて、話が脇道に大分逸れてしまいました。宇田川榕菴先生が生まれたのが寛政10年(西暦1798年)3月9日という話から脱線してしまったのでした。1798年(18世紀末)といえば11代将軍徳川家斉の時代です。伊能忠敬氏が蝦夷地を測量したのが1800年(寛政12年)、ワシントン(George Washington)氏が米国初代大統領に就いていたのが1789年(寛政元年)〜1797年(寛政9年)です。件のタサエール(Tassaert)氏はフランス人ですが、フランスでは1789年(寛政元年)にかの有名なフランス革命が起こり、1799年(寛政11年)にはナポレオン(Napole'on Bonaparte)氏が第一統領に、1804年(文化元年)には皇帝に即位しています。宇田川榕菴先生の活躍された時代背景を大方イメージしていただけましたでしょうか(高等学校等ではしばしば日本史、世界史、化学史と別々の教科書で別々の教員により別々の授業で紹介されますが、同じ一つの惑星「地球」の表面で起こった出来事故、一緒に考えてみると面白い(理解・想像しやすい)と私は常々思っております)。

そうそう、話の脱線ついで今日(2月16日)は、某近隣国の(悪)代官の誕生日でもありますが、実は私(坂根)の誕生日でもあります。九州の福岡・博多の山下病院で大雪が降る中、私は地球上に這い出してきたそうです(我が母談)。

ところで話を元に戻しますが、宇田川榕菴先生の「舎密開宗」の実物、これはけっこう現存しています。例えばインターネット上では、龍谷大学学術情報センターのウェブページで舎密開宗の電子版(スキャナーで取り込まれた画像のjpgファイル)が全文公開されています。

さらにこの「舎密開宗」の復刻版や研究書も出版されております(岡山理科大学図書館にはこれらの書籍はしっかり所蔵されています)。

舎密開宗―復刻と現代語訳・注 (1975年)
舎密開宗研究 (1975年)

しかしいくらネット上で閲覧できたり復刻版をみることができたりとはいえ、やっぱりホンモノの迫力は重たいものがあります。これぞ「舎密開宗」の現物、といった書籍は理系書籍の蔵書数には自信満々の岡山理科大学図書館も、さすがに所蔵はしておりません。

ところで私、実家は千葉県(松戸市)なのですが、帰省するたびに、お茶の水(神田)の古書街をうろつきます。この前帰省したとき、なんと馴染みの古書店で「舎密開宗」の実物を見つけてしまいました。なんとその価格は六十ウン万円!!!

この実物をうちの化学科の学生さんに見せたら、きっと「岡山の化学」の現実に感動していただけるのではないかと思い、本気で買ってしまおうかと考え、実物の「舎密開宗」の前で1時間ぐらい腕組みをしながら考え込んだのですが、残高がゼロになった銀行通帳とそれを睨み付ける妻の顔を想像してしまい、結果的には購入という行動には移せませんでした。

岡山理科大学の図書館で購入して、ガラスケースにでも入れて展示したら良いのに、とも思いました。何と言っても、江戸時代の岡山(正確には津山)が、日本の化学(用語)の発祥の地(宇田川榕菴先生、舎密開宗を執筆された当時は江戸にお住まいだったようですが)であるという事実は、もっとみんなが知っていてしかるべき事実だと思うからです。

岡山理科大学の近くにある岡山駅から、津山線に乗って約45分で津山駅に到着します(現在は土砂崩れ事故で一部不通区間があり、JRの代行バスがご利用いただけます)。現在は岡山県津山市と呼ばれるこの場所は、江戸時代には津山藩と呼ばれていました。宇田川家は代々津山藩の藩医であり、代々優秀な人材に恵まれ(岡山県下最初の洋学者玄随氏、その養子・玄真氏、その養子・榕菴氏など)、江戸時代後期から明治時代にかけて日本の学問(洋学) の発達に大きな功績を残しています。特に榕菴先生は、フランス語の百科全書をオランダ語に翻訳されたものを和訳する作業を通して西洋の学問体系に触れ、長崎にやってきたドイツの医師、あの有名なシーボルト氏ととも学術交流がありました。そして前述のように、榕菴先生によって日本の近代化学の扉は開かれたのです。

私はこの津山という土地が好きで、休日には時々訪れて散策をします(先週末も津山散策に行ってきました)。津山洋学資料館つやま自然のふしぎ館(津山科学教育博物館)津山郷土博物館などがおすすめです。もちろん桜の季節には津山城趾(鶴山公園)も最高ですよ。風光明媚な日本庭園「衆楽園」でお抹茶を戴きながらのんびりとした時簡を過ごすのも一興です。

ところで件(くだん)の「舎密開宗」実物、さすがに我が家の経済状況に鑑みて購入は無理でしたので、舎密開宗に比べればもう少し時代の新しい化学本を手に入れました。「小學化學書」という書籍です。本ブログの口絵写真がその表紙です。

この教科書、小学校用といっても当時の上等小学の3・4年生用ですから、現在の中学校1・2年生用にあたります。

著者はイギリスの化学者H. E. Roscoe氏(1833-1915)、1867年にバナジウムを遊離し、その酸化物が五酸化バナジウムV2O5であることを示した人です。日本語翻訳は市川盛三郎氏(1852-1882)、1866年に幕府からの英国留学生としてロンドン大学で物理学を学んだ方です。

明治7年という時代の「小學化學書」、現在の中学校の化学の教科書より本格的なんですよ、これがまた。

私は化学に関する古書の収集・読書が大好きです。「小學化學書」以外にも興味深い古書を所蔵しておりますので、折を見てこのブログで紹介していきたいと思っております。



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2007年02月15日

どうしても十分な大きさの単結晶が得られない場合

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新しい化合物を作る、まだ地球上で一度も合成されたことのない新化合物、いや全宇宙で考えても一度も出現したことのない(かもしれない)新化合物、これをうちの研究室では学部3年生、4年生、大学院生が日々作り出しています。

こうして人類が日々の実験・研究で知るに至った化合物は、論文報告という形で世の中に公表され、化合物ごとに背番号が振られます。今やその数、どれぐらいだと思いますか。お時間のある方はこちらをご参照下さい。

さて、こうして大学の研究室などで創り出された新しい化合物、どんな分子構造を持っているのか、どうやって調べると思いますか。

一番簡単なのは、その新化合物の単結晶を作成して、単結晶X線構造解析をすることです。この話については過去の私のブログをご参照下さい。

ところでこのブログの話のように新規化合物の必要十分な大きさの単結晶が得られれば何の問題もないのですが、良質かつ必要十分な大きさの単結晶を成長させるという作業は、想像以上に難しい作業なのです。努力だけでは如何ともしがたく運も必要です。

出るときは出るけど、出ないときは出ない。出ないときはあの手この手と八方手を尽くして試行錯誤すれど、出ないときはどうやってもやっぱり出ない、まるで便秘に苦しむが如く出ないときは出ないのです。そのうち忘れた頃にひょっこり出ていたりすることもありますが・・・。

そんなふうに結晶がなかなか析出しないとき、もしも粉末の状態でもX線構造解析ができたら、それはどんなに素晴らしいことでしょうか。

単結晶のX線回折データに比べて、粉末(微結晶)のX線回折データは、どうしても情報量が相当に少なくなります。

単結晶の場合は1粒の結晶に対して色々な方向からX線を照射し、回折(規則正しく整列した電子によって電磁波という波が反射する現象)したX線の位置や強度を測定することにより、相当に複雑な構造でも(例えばタンパク質でも!)その構造は解析ができます。構造が解析できればDV-Xα法により量子化学的手法で精密な電子状態を計算することができ、その化合物の様々な性質(なぜそのような色なのか、なぜ紫外線を照射すると光を発するのか、なぜ空気中で不安定なのか、などなど)が理解できるようになります。

ところが粉末(微結晶)のX線回折データは、数え切れないぐらい沢山の微結晶に対してX線を照射しますので、それらの微結晶があっち向いたりこっち向いたりとバラバラな方向を向いていますので、どうしてもその回折データの情報は単結晶の回折データ情報に比べて、情報量が圧倒的に少ないのです。

ところが最近、この粉末X線回折データからでも、場合によっては新規化合物の構造解析ができてしまうようになってきたのです。もちろんハードウェア(X線源、X線回折装置、計算機)とソフトウェア(プログラム類)の進歩によって、そんな時代が訪れたのです。

私(坂根)は、単結晶X線構造解析は岡山理科大学の錯体化学研究室に入ったときからずっと携わっておりますが、粉末X線構造解析はまだ未経験・不勉強です。

そこで来月、3月5日(月)に茨城県つくば市の物質・材料研究機構(千現地区)で開催される第11回中性子散乱セミナー「粉末構造解析 ― 次世代ソフトウェアの開発と応用」講習会に参加・出席することにしました。

密度の濃い講習会であり、さらに様々なお土産までついているのに、この講習会、なんと参加費は無料なのだそうです。会場お近くの方、あるいは東京方面にご出張予定のある方、是非この講習会への参加をご検討されてはいかがでしょうか。参加申込方法はこちらをご覧下さい。

粉末X線解析については、例えば以下の書籍をご参照下さい。

粉末X線解析の実際―リートベルト法入門

実験化学講座〈11〉物質の構造(3)回折



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2007年02月14日

続々・ソルターズの上級化学(Salters Advanced Chemistry)5

WindowsのInternet Explorer 7 をノートパソコンに入れたとたんにソルターズの上級化学(Salters Advanced Chemistry)の電子教材(フラッシュのアニメーションや化学実験の動画など)が動かなくなってしまったという恨み節はさておき、ソルターズの上級化学(Salters Advanced Chemistry)教材の日本での購入方法(例)をご紹介いたします(別に私はソルターズのまわし者ではありませんが、ソルターズの化学教材の大ファンですので)。

1. 学生用書籍(教科書)ケミカルストーリーラインSalters Advanced Chemistry Chemical Storylines, 2nd Edition

Salters' Advanced Chemistry (Salters' Advanced Chemistry)

2. 学生用書籍(教科書)ケミカルアイデアSalters Advanced Chemistry Chemical Ideas, 2nd Edition

Salters' Advanced Chemistry (Salters' Advanced Chemistry)

3. 学生用復習教材Revise A2 Chemistry for Salters (OCR)

Revise A2 Chemistry for Salters (OCR)

4. 学生用復習教材Revise AS Chemistry for Salters (OCR)

Revise AS Chemistry for Salters (OCR)

5. 教員用指導要録Salters Advanced Chemistry Teacher's Guide, 2nd Edition

Salters' Advanced Chemistry (Salters' Advanced Chemistry)

6. 教員用プリント教材集Salters Advanced Chemistry Activities & Assessment Pack, 2nd Edition

Salters' Advanced Chemistry (Salters' Advanced Chemistry)

7. 教員用電子教材(Windows, CD-R) Salters Advanced Chemistry Interactive Presentations: A2

Salters Advanced Chemistry Interactive Presentations

8. 教員用電子教材(Windows, CD-R) Salters Advanced Chemistry Interactive Presentations: AS

Salters Advanced Chemistry Interactive Presentations

以上です。

上記教材の簡単な解説につきましては、私の先日のブログ(1) (2) (3) などをご参照下さい。

先日のブログでも述べましたが、教員用教材5.〜8.は日本円に換算しますとかなりの高額になりますのでご注意下さい。



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OCRって何?5

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ソルターズの上級化学(Salters Advanced Chemistry)に関する学生用教科書、教師用指導要領、各種教材(アニメーション、化学実験の動画、ワード文書、pdf文書、パワーポイントファイルなど)を私が入手した話の続きです。

この教材類の中に、学生用の復習用教材2種類、Revise A2 Chemistry for Salters (OCR)Revise AS Chemistry for Salters (OCR)
 があるのですが、この“OCR”って何?としばらく疑問に思っておりました。

その答えは、OCR = Oxford Cambridge and Royal Society of Arts Examinationsです。

詳しくはこちらをご参照下さい。OCR, RSA

 



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2007年02月09日

続・ソルターズの上級化学(Salters Advanced Chemistry)5

英国のナショナルカリキュラムであるソルターズの上級化学(Salters Advanced Chemistry)にずっぽりとはまっております(英国では昨年9月より本格的な運用が始まっていますが、まだ英国内でも普及率はそれほど高いわけではないそうです)。

まず、学生用書籍2種類が基本となります。Salters Advanced Chemistry Chemical Storylines, 2nd Editionという生活密着型の物語仕立ての美しい教科書(26.95ポンド)、Salters Advanced Chemistry Chemical Ideas, 2nd Editionという従来型の化学の学問体系ごとに整理された美しい教科書(22.50ポンド)です。ストーリーラインで身近な題材から化学への興味を引き起こし、ストーリーラインの本文中で指示のあるケミカルアイデアの該当箇所を学習していけば、化学に興味の無かった学生でも自然に化学の学習ができるという革新的な教育システムです。

理科離れ、化学離れが教育現場で叫ばれている昨今、目から鱗が落ちるような化学教育システムであると私は思っております。

学生用には、懇切丁寧な復習用教材も2種類用意されています。Revise A2 Chemistry for Salters (OCR)(6.95ポンド)とRevise AS Chemistry for Salters (OCR)(6.95ポンド)です。

あとは教員側の教材、こちらはとても高価なのですが、頑張って(この前のボーナスをかなり注ぎ込んで)購入しました。

まず、Salters Advanced Chemistry Teacher's Guide, 2nd Edition(65ポンド)、これはストーリーラインに対応したユニットごとの解説書です。指導要録のようなものです。

次に、Salters Advanced Chemistry Activities & Assessment Pack, 2nd Edition(175ポンド)、これは実際の授業でストーリーラインのユニットごとで用いる様々なプリント類、実験、小テストなどがまとめられています。

そして最後に、これがぶったまげるぐらい高価なのですが、十分にその価値があると私は思っているインターアクティブコンテンツ、CD-Rです。ストーリーラインの各ユニットで便利に使えるアニメーション、実験の動画、ワード文書、pdf文書、そしてそのまま使えるパワーポイントファイルまで、実に豊富に入っています。Salters Advanced Chemistry Interactive Presentations: A2(270ポンド)とSalters Advanced Chemistry Interactive Presentations: AS(295ポンド)の2種類があります。日本円に換算してみてください。ぶったまげる値段だと思いませんか。でもその価値は十分にあると思っていますよ、ほんと高価すぎて泣きたい心境ながら負け惜しみではなく本当に心から喜んでいます。

このソルターズの上級化学(Salters Advanced Chemistry)、英国以外のいくつかの国では他言語に翻訳・出版されていると聞いています。どなたかこの素晴らしい化学教材を、日本語に翻訳・出版してくださいませんでしょうか。



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2007年02月06日

立体建築芸術の極致を極める半田山の岡山理科大学キャンパス5

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 2種類の金属、スズと鉛(なまり)を用意し、高温に加熱して溶かすことによってスズと鉛を混ぜます。冷やすとスズと鉛が混ざった合金ができあがります。このスズと鉛の合金、ハンダ(半田)と呼ばれているのは皆様ご存知の通りです。

 半田の語源は、半田銀山(現在の福島県伊達郡桑折町にある半田山(863m))とする説や、ナツメグなどの香辛料産地として有名なインドネシア共和国のモルッカ諸島(マルク諸島)のバンダ(Banda)諸島でスズ鉱石が産出されていたことにちなむ説など、諸説あるようです。

 半田銀山は、かつては日本有数の銀山として、銀、金、鉛などを生産していました(昭和25年閉山)。

 余談になりますが、岡山理科大学は、岡山市の半田山(約90m)という山の上にあります(新幹線の車窓からも見えます)。福島県伊達郡桑折町の半田山と同じ名前の山の上にあるのです(標高は十分の一程度ですが)。

 山の斜面は岡山市の管理する半田山植物園という興味深い植物園となっています(そしてその地下は巨大な貯水施設・半田山配水池(明治38年に通水開始、現在も予備的な位置づけながら現役!)となっています)。広い園内には、約3,200種、約15万本の植物が植えられており、四季折々の花々が一年中、次々と咲き乱れています。半田山植物園は桜の名所としても有名で、岡山理科大学の化学科のいくつかの研究室では4月に新メンバーを迎えた際に、満開の桜の下で花見を楽しみながら懇親を深めています。

 さらに余談になりますが、明治の有名なジャーナリスト石川半山(いしかわはんざん:1872〜1925、東京毎日新聞主筆)の号の“半山(はんざん)”は、岡山理科大学のある岡山市・半田山(はんだやま)がそのペンネームの由来だそうです(石川半山は岡山出身です)。半山は足尾銅山の鉱毒事件で田中正造に様々な助言をし、それにより田中正造は衆議院議員を辞職、翌年明治天皇への直訴を試みたといいます。この時の経緯は、NHKの「その時歴史が動いた」田中正造 足尾鉱毒事件に挑む〜環境保護運動 ここに始まる〜(2002年2月20日放送)でも紹介されました。半山は様々な著作もあり、また多方面で活躍しており、とても紹介しきれませんが、例えばこんな話も有名です。「ハイカラ(high collar)」という言葉、広辞苑では“(「たけの高い襟」の意)、西洋風を気どったり、流行を追ったりすること。またその人。”と説明されていますが、この言葉、実は半山の造語と言われています。明治31年〜32年頃、新聞紙面で半山がハイカラーという言葉で洋行帰りの人々をたびたび冷評し、この言葉は定着したようです。

 半山の名の由来となった半田山の山頂は、現在は岡山理科大学の70を超える建物(岡山理科大学附属高等学校、附属中学校の建物群も含みます)が連立しています。小さい山なのにこの建物数!凄いと思いませんか。

 半田山の岡山理科大学キャンパスを探索すると、山あり谷ありの地形を活かし、主に4〜8階建てのビルディングが実に効率的に配置されています。よくこんなところにこんな建物が建ったものだと感心しきり、その建築(設計)技術には舌を巻くばかりです。そういえば今年の4月には、岡山理科大学に建築学科が新設されるのでした。建築学科の学生さんにとっては、自分の大学キャンパス自体が、日本全国、いや世界各国見渡しても類を見ない複雑怪奇な怒濤の建築群で構成されていますから、最高の教材となりそうですね。

 70を超える建物群、様々な標高差の土地(あるいは斜面)に建てられており、さらに縦横無尽に架橋や階段や通路で接続されていますので、西暦1986年(昭和61年)に大学1年生として入学して以来20年間以上も半田山に滞在している私でさえ、未だに“こんなところにこんな道があったのか!”とか、“こんな行き方があったのか!”と発見が度々あります。

 ところでこの半田山、古墳時代には前方後円墳が築造されました。現在もその古墳(一本松古墳)は半田山植物園の園内にあり、見学できます(附属高等学校のすぐ裏です)。そして戦国時代には城が聳(そび)えていました(“岡山市史”, 第2巻, 昭和11年)。城主は林玄蕃、古城があった詳しい年代は不明なのですが、後世の城址は“半田ノ城山”と呼ばれ、七段の段状で本丸からは岡山市を一望の下に見渡すことができました。半田山の城は戦国時代における岡山の北方の固めとして、攻防の勢いを制する地点であったのです。

 また明治42年には、半田山に第17師団により午砲台が設置され、正午を知らせる号砲が打たれていました。大正14年に第17師団が廃止された後は岡山市が午砲の運用を継承し、昭和4年まで正午に“ドン”と打たれていました(日笠俊男著“半田山の午砲台”, 吉備人出版2004年)。当時半田山で打たれた大砲の音は、岡山市全域に聞こえていたそうです。

 古墳時代には祭祀の場として、戦国時代には岡山の北方を守る城として、明治〜昭和初期には岡山の時刻を守る午砲台として、そして現在は理科・科学の活気あふれる岡山理科大学キャンパスや植物園として、半田山は長い年月を重ねています。

 立体建築芸術の極致を極める半田山の岡山理科大学キャンパス、お近くにお越しの際は是非お立ち寄りいただき、半田山を散歩してみてください。



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