2008年05月

2008年05月22日

万歩書店5

万歩書店岡山は知る人ぞ知る、全国有数の大型書店激戦区である(大型家電量販店も激戦区だが)。斯様に岡山の人たちは本好きである。

岡山県下最大級書店!と謳っている大型書店だけでも岡山市内にこれぐらいある。



1.丸善岡山シンフォニービル店(50万冊以上)

2.紀伊國屋書店クレド岡山店(約60万冊)

3.宮脇書店岡山本店(約40万冊)

4.啓文社岡山本店(約65万冊)

5.フタバ図書MEGA岡山青江店(約60万冊)

6.喜久屋書店岡山店(約70万冊)

7.三省堂書店岡山駅店(約20万冊)

 あとは、ジュンク堂書店でも岡山に出店されれば、全国区書店勢揃いといった感である。

ちなみに岡山理科大学のキャンパスの中にも、丸善キャンパスショップ岡山理科大学店がある。岡山理科大学と同じ学校法人(学校法人加計学園)である倉敷芸術科学大学にも倉敷芸術科学大学丸善売店がある。

岡山にいる大学生の皆さんは、地方にいながら書籍の入手機会に関しては都会と同レベルの至便さを享受しているわけである(もっとも、最近はネット販売で購入する人も多いとは思うが、お金を出して買う以上、やはり書籍は手にとって前書き(前文)ぐらいは読んでから購入するべきである)。

実は、岡山が恵まれているのは新刊書籍だけではない。古本、古書に関しても岡山は全国トップクラスなのである。

有限会社万歩書店という古書店をご存知だろうか。古書に詳しい方なら知る人ぞ知る、全国でも名高い有名店である。試しにGoogle等検索エンジンで“万歩書店(まんぽしょてん)”と検索してみるとよい。

本店奥田店東岡山店平島店平井店倉敷店総社店津山小田中店津山中之町店と現在は9店舗あるが、私はその全ての店舗を訪れたことがある。訪れたという表現は適切ではないかも知れない。通っていると言った方が正確である。

私は前述の大型書店で買えるような本は万歩書店では買わない。だから岡山にはいくらでもある古本市場BOOK-OFFには行かない。私は本を買うときは本当に買うに値する本かどうか吟味して熟考して買う。本には著者の思惟が詰まっている。読者は時代と場所を越えて著者の思惟をいつでも繰り返し得ることができる。尊敬する人物の有料講演会に無料で潜り込んで拝聴しようと思うだろうか。敬意を払っているなら(得がたいものを得るわけであるから)対価は当然払うべきである(著者が条件をつけたうえで無償で構わないと言ってくれているのであれば別であるが)。市販されている書籍を古本屋で購入しても著者には印税が届かない。

外国の書店に行けば気付くが、英語圏の英語本に匹敵するほど、日本での日本語書籍は種類が多く分野が広範で奥が深い。海外の書籍も極めて積極的・意欲的に和訳されて書店に並んでいる。多種多様な専門分野でもその傾向は顕著であり、それぞれの学問の道を志す学徒は恵まれた環境に置かれている。なにしろ母国語である日本語で海外の優れた専門書・教科書の和訳本を読め(しばしば和訳本の方が誤記が訂正されていたり紙質や印刷品位が上等であったりする)、さらにそれに追加して日本語で直接記述された日本語書籍が山のように出版されている。

母国語で、こんなにも書籍が充実している国は、そうはない。娯楽・大衆本ならともかく、販売部数に限界のある専門分野の専門書に関して、たいていの国では、仕方なく英語の書籍を読むしかない。ところが日本の学生は、専門分野の専門書に関して、英語の書籍にあたる必要がない(だから英語が上達しないのかもしれないが)。日本語で世界中の厳選された上質な情報が手に入る。さらに日本語を母国語とする人向けに咀嚼・整理整頓され日本語で執筆された日本独自の情報も豊富に手に入る。

日本語(漢字)は表音文字ではなく表意文字である。英語、ラテン語、ギリシア語、アラビア語、ロシア語など欧米のアルファベットや大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国のハングル文字などの表音文字と違って、表意文字はパッと見ただけで意味がすぐに脳に伝わる。特に日本語での漢字表記は、無意識のうちに古来の大和言葉から伝わる訓読みを連想するので、例え知らない熟語等に出会っても直感的に意味が分かる。例えば“表記”とあれば、表す(あらわす)んだな、記す(しるす)んだな、などと脳裏で無意識に連想している。

さらに台湾や中華人民共和国で使われている中文とは違い、表音文字(ひらがな・カタカナ)も併せて駆使できる。活字にして印刷すると(私には)真っ黒に見える漢字だけの中文に比べて、句読点でほどよく区切られ、表意文字と表音文字が適材適所に配置された日本語の漢字かな混じり文というのは実に読みやすい(と思う)。

良い意味で大陸とは海で隔てられ結果的に閉鎖的であった島国・日本という国の連続した長い歴史の中で、熟成・磨き抜かれた日本語は、比喩も含めて表現が極めて豊かであり、日本の土壌に根付いた情緒、雰囲気、味わい、奥ゆかしさがあり、繊細な思惟・心情も痒いところに手が届くように、微妙なさじ加減で自在に表現して伝えることができる(著者の筆力次第であるが)。地産地消、日本列島で熟成を遂げた日本語は、日本語を母国語とする私たちにとってはストレスが無く、実に心地よい。

日本語は、世界的に見ても希有な存在の言語である(と思う)。日本語が母国語でない方が日本語を修得することは、想像を絶するほど大変な話だとは思うが・・・。

明らかに日本語を母国語とする人は、日本語で読み、書き、聞き、話し、考えることにより、いわゆる日本人独特の特長−日本文化−を有していると思う。言語が文化たる所以である。

ただ惜しむべくは、江戸時代が終焉して開国して以来、明治・大正・昭和初期と議論の続いていた国語改革が、先の大戦に敗れた結果、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の影響下、あまりにも慌ただしく施行されてしまったことであろう。

この戦後の激しい国語改革によって、当用漢字、現代かなづかいが強行に国民に押しつけられ、それまで日本で用いられてきた漢字が多数簡略化された結果、もともと持っていた文字の成り立ち(意味)や体系が大幅に乱されてしまった。

国語改革案の試行錯誤の過程では、もっと激しい漢字の簡略案、漢字全廃で表音文字化してしまう案、酷いのになると「漢字全廃、ローマ字のみ」という文化破壊そのものの案もあったという。「文化破壊そのものの案もあったという」という文章をローマ字で書いたら「bunkahakaisonomononoanmoattatoiu」となる。読めるか、そんなの。意味も分からないって。

結果的に施行された戦後国語改革の大義名分「教育的負担を減らすために」も、昨今失敗に終わった文部科学省主導の「ゆとり教育」との共通点を彷彿とさせる。一度楽な方向に流れてしまったものは元には戻りがたい。エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)の話に似ている。

私は江戸時代、明治時代、大正時代、昭和初期の良書(自然科学・理科教育系)を拝読することが多いので、現代で言う旧字体もだいぶん読めるようになってきた(読めない文字もまだかなりあるが)。仮名(ひらがな)だって現代のものとは違ったものにお目にかかることが多々ある。以下の書籍を読めば、変体仮名も容易に読めるようになる。

変体仮名とその覚え方

言語は使い続ける人たちが居続けることによって維持されるものであり、時間の流れと共に変化していくものである。残念ながら戦後の国語改革で簡略化してしまった漢字(旧字)は、古書でしか出会えない存在となってしまった。しかし不幸中の幸いながら、日本語の特長である漢字、ひらがな、カタカナを駆使した表意文字+表音文字の組み合わせは、兎にも角にも戦後を生き延びた。もしもローマ字だけの日本語になっていたらと思うと恐ろしいが、そんなことにはならなかった。日本語による出版物が減ることもなかった。むしろ恐ろしいほどに激増している。

かくも日本の書籍文化は豊饒である。言語は即ちその国の文化である。古代より現代に至るまで紆余曲折あれど文化=言語(日本語)を連綿と受け継いでこられた日本人は幸せなのである。幸せを享受している現代人は、言語を守り抜いた祖先に感謝の心を忘れてはならない。そして子孫のためにも、現代人は言語(出版文化)を守り抜かねばならない。

日本はこれまでの歴史の中で、海外から得た情報・文化を吸収・咀嚼し、日本語として整理・構築し直し、自らの文化として吸収してきた。日本の出版文化もその伝統を受け継いでいる。

しかし岡山での大型書店の激戦を見るにつけ、その出版文化は長続きするのだろうかといささか不安になる。どの大型書店も地平線まで書架というような売り場面積・書籍数を誇っているが、レジ裏等で売れなかった書籍の返品ダンボールもよく目にする。

日本は少子高齢化社会を迎え、人口は今後減っていく。しかも若者の活字離れは著しい。一冊の書籍を著すのに、著者はどれだけの資料を買い、どれだけの手間と労力をかけているのか、それに見合うだけの対価を得られているのか、本当に心配になる。

日本の出版文化を享受している我々一般市民は、この世界にも稀に見る有り難い出版文化を守るためにも、買うべき価値のある書籍には著者に対価が届くように、書店で印税を含めて購入するべきである。著者への対価が届かない古本屋での書籍(古本)の購入は、日本の出版文化の破壊行為と言っても過言ではない。

実際、良本が次から次へと絶版になっている。早いものは数年で絶版になることもある。だから私は新刊本で、これぞという書籍に出会った際には、迷わずに買う。良書との出会いは一期一会、また今度と思っていたら二度と出会えない可能性が高い。そうして入手した良書は決して手放さない。

絶版本は古書店で手に入れる。著者に対価は届かないが、これは致し方ない。むしろその古書が古紙などとして廃棄されることのないよう、貴重な文化として後世まで守り抜く気概を持っている。

私は子供時代から現在に至るまで、そうして手に入れた良書を手放したことがない。だから我が家にはちょっとした書店並みの数の書籍がある(私だけではなく、妻も同じような性分なので)。私の所有するこれぞという良書の多くは、残念ながら絶版本である。古書店でしか手に入らない稀少本である。

仕方がないので我が家には図書室が拵えてある。高さは3〜4メートル、幅は2〜3メートルという書架が9面+αある。総重量は相当なものだが、それを支えられる構造設計になっている。一条工務店の技術・施工陣がそれを実現してくれた。物凄い力量を有したハウスメーカーである。

さて件の万歩書店であるが、我が家からバイク(私は普段、ホンダのスーパーカブに乗っている)で5分も走れば万歩書店本店に着く。

初めて入った人は驚愕するに違いない。そこは古本・古書の密林・ジャングル、神田の古書店街をまるごと一つの店舗に押し込めたような状態である。歩けども歩けども書棚、書棚、書棚・・・、右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても、書籍、書籍、書籍・・・、江戸時代や明治時代、大正時代、昭和の初期、戦前戦後の書籍も数限りなく、専門書も数限りなく、絶版本も数限りなく、もし食糧と水とトイレと椅子があれば何日間でも何週間でも籠もりたくなるような、気が遠くなるような膨大な蔵書量である。

探しに探していた幻の稀少本を発見したこと数知れず、明治時代、大正時代、昭和初期の良書に出会ったこと数知れず、戦前・満州で発行された書籍などを見たときはタイムマシンに乗ったが如し、日本の出版文化の至宝、よくぞここに集まれりといった感である。

万歩書店本店だけでも、すべての書架をじっくり見て回ったら、きっと一日では終わらないだろう。一冊一冊手にとって読んでいったら、きっと一生かかるに違いない。

子供の時、千葉県の九十九里浜で初めて太平洋(水平線)を見たとき、なんて海は広いんだ、夜に九十九里浜の浜辺で夜空・星空を見上げ、なんて宇宙は広いんだ、と気が遠くなったが、初めて万歩書店に足を踏み入れた時にも同じような感覚を抱いた。なんて古書が多いんだ・・・。いくらなんでもこれは・・・多すぎる・・・。

万歩書店のウェブサイトの情報によると、万歩書店本店の商品数(書籍以外の商品も含む)は約20万点とのことである。もし20万冊の本を1冊につき1分間手にとってパラパラとページをめくったとしよう。1分間に1冊である。1時間に60冊、1日では1440冊になる(24時間不眠不休で頑張ったとして)。この調子で毎日毎日24時間不眠不休で頑張ったとして、20万冊を眺めるには、なんと139日間もかかる。ジュール・ヴェルヌの小説「八十日間世界一周」でさえ、主人公のフィリアス・フォッグ氏は80日間で世界を一周した。139日間もあればフォッグ氏は地球を1.7周できる。

以下、奥田店:約10万点、東岡山店:約10万点、平島店:約10万点、平井店:約12万点、倉敷店:約15万点、総社店:約5万点、津山小田中店:約10万点、津山中之町店:約10万点、古書・絶版専門書に関しては本店平井店が特に充実している。

私は出身高校は東京都板橋区(池袋駅から東武東上線で上板橋駅)、実家は千葉県松戸市(常磐線の北小金駅)である。高校時代は通学路(迂回径路ではあるが、お茶の水の駿台予備校に通っていたので)であった神田の古書店街によく通った。中でも明倫館書店は、自然科学系学術書の充実度では群を抜いており、今でも帰省するたびに必ずと言ってよいほど足を運ぶ。

理系の比較的新しい専門書に限れば、さすがの万歩書店明倫館書店には敵わない。

しかし理系に限らず古書全般となれば、神田の古書店街を散策するのと、万歩書店の店内を散策するのでは、そうは変わらない。いやむしろ分野別に整理整頓されているだけ、岡山の万歩書店の方が効率的である。江戸時代・明治初期の和綴じ本(和紙に穴を空けて糸で縛って綴じてある本)に関しては、岡山の万歩書店の方が群を抜いているかも知れない。ただ和綴じ本は背表紙にタイトルが書いていないことが多いので、一冊一冊手にとって中身を見てみないと、何の書籍だか分からないところが玉に瑕だが・・・。

万歩書店に長居をすると、次々と稀少本、絶版良書などのお宝発見となってしまい、結局大量に買ってしまうことになる。スタンプカードはすぐに一杯になる。これまで何十枚のスタンプカードが一杯になったことだろう。数えておけば良かった。店舗によっては23:00まで営業しているので、万歩書店で夜更かししてしまうことは多い。

かつて(学生時代)は岡山商科大学のそばにあった万歩書店が一番のお気に入りだったが、その店舗は悲しくも閉店となってしまった(自然科学書が一番充実していたのだが)。今はもっぱら、本店平井店である。

平井店は1階、2階、中2階、3階とあって、立体ジャングル迷路である。初めての人は迷い込んだらきっと、自分が今どこにいるのか分からなくなって不安に陥るに違いない。

本店は、これも1階と2階があるが、京都や札幌の街のように、碁盤の目のように住所(各通路に何丁目何々通りなどと住所が割り振ってあり、店内の随所に地図が掲示してある)が記されているので、迷うことはないだろう。ただ歩き疲れて座り込んでしまうということはあるかもしれない。

岡山は大型書店の激戦区、日本一の大型古書店(万歩書店)を有するだけではない。公立の図書館も極めて充実している。例えば岡山県立図書館は全国に無数にある都道府県立図書館のなかで、入館者数と貸出冊数が2年連続で日本一である。その図書収蔵能力は230万冊(閲覧室30万冊、書庫200万冊)、土日祝日ともなれば入館者が行列を作り、館内はごった返す。岡山の人々は斯様に本が大好きなのである。

私も1986年4月に岡山理科大学理学部化学科の学生となったときは、岡山理科大学図書館の自然科学系書籍のあまりの充実度に度肝を抜かれ、学生時代はその虜になった。借りられるだけ借りては読みまくり、借りるだけ借りては読みまくり、といった学生生活を送り続けた。今にして思えば、神田の古書店街にも万歩書店にもないような幻の稀少本が岡山理科大学図書館には揃っていた。

ところで、化学の分野で使われている化学の用語(日本語)、そのほとんど(カタカナではなく漢字で表記する用語はほぼ全て)が、岡山にゆかりの人物によって創り出されたということはご存知だろうか。

舎密開宗(せいみかいそう)という日本で初めて執筆された本格的な化学の大系書は、岡山の人(現在の岡山県津山市、当時の津山藩の藩医、宇田川榕菴先生)が言葉を創りながら(ちゃんと化学実験もしながら)江戸時代に書いたのである(執筆当時は津山藩ではなく江戸に住んでおられたようだが)。宇田川榕菴先生が紡ぎ出した化学の用語(日本語)は、ほとんどそのまま現在でも使われている。

詳しくは以前私が書いたブログ

岡山は日本の化学の聖地?!

元素、水素、酸素などの化学用語を考案したのはどこの誰?

を参照されたし。

追記:

・その後、ジュンク堂書店岡山店が本当に開店しました。

・岡山県立図書館は、来館者数・貸出冊数共に7年連続全国1位を続けています(2012年現在)。

・喜久屋書店岡山店は平成22年5月9日に閉店しました。しかし喜久屋書店は倉敷店が健在です(51万冊!)。 



tgs0001 at 06:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 自然科学 | 教育

2008年05月14日

化学はセントラルサイエンス5

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岡山は、東に行けば関西、西に行けば九州、北に行けば山陰、南に行けば四国と、まさに西日本の交通の要所、交差点にあたります。全国の皆様も、岡山には降りたことはなくても通過したことはあるという方が多いのではないでしょうか。

ところで自然科学を学ぼうとするとき、小学校・中学校では理科、高等学校では化学、物理、生物、地学といった教科を学習します。いわば理科4教科(化学、物理、生物、地学)は自然科学の基礎4分野といった分類です(もちろん自然科学を学習するには、道具・インフラとしての数学や国語が重要なのは言うまでもありません)。

しかしその理科4分野の中でも、『化学』は特別な存在です。なぜならば、自然科学は“物質”を対象とすることが多く、『化学』はその“物質”を原子・分子レベルで学習・理解する分野だからです。物理の実験・研究の多くでも“物質”を扱いますし、これは生物や地学でも同様です。『物理』でも『生物』でも『地学』でも、“物質”に関しての知識は『化学』に立脚しておりますから、『化学』は理科4分野の中では、残り3分野すべてに共通して関与している交通の要所、交差点にあたるのです。一番重要と言っているわけではありません。物理の理論・法則も、生物や地学の知識も化学と同じように重要です。ただ位置関係からみると、『化学』は交差点にあたるのです。

自然科学の中の、基礎分野の中の、一番中心に位置している分野、それが『化学』なのです。“物質”についての知識と経験が集積している『化学』を学べば、それは『物理』、『生物』、『地学』、いずれの分野の学習・研究にも役立ちます。さらに応用・技術・工学分野に至るまで、“物質”を扱う限りは『化学』は役に立つ分野なのです。

まるで西日本における岡山のような存在、セントラル西日本が岡山なら、セントラル自然科学(セントラルサイエンス)が『化学』と言えます。

ただ残念なことは、自動車・高速道路、列車・線路が整備された現代では、岡山を通過する人数は膨大でも、岡山に降り立ち、岡山を味わっていただける方は意外に少ないという現実です。住めば都、実は岡山には魅力がたくさんあり、何よりちょっと東に行けば関西、ちょっと南に行けば四国、ちょっと西に行けば広島・山口・九州、ちょっと北に行けば鳥取・島根などの山陰と、すこぶる便利な位置にあるのですが、なぜか岡山に立ち寄ってくれる方は決して多くはない、宣伝・アピール不足なのでしょうか。

同じように、理科系に進路を取る学生さん達は、高等学校でほとんどの方が少なからず『化学』を学んでいるかと思いますが、本当に深く『化学』に足を踏み入れ、『化学』でメシを喰っていこうという方は残念ながら減少傾向にあるように思います。住めば都、実際に大学で『化学』をきちんと学んで化学実験・研究に勤しめば、『物理』にも『生物』にも『地学』にも『産業社会(化学工業・化粧品・食品・環境・その他ものづくり業界全般)』にも深く関係のあることばかり、実に楽しく奥が深く、その魅力は虹の七色の如く色鮮やかなのですが(実際に化学にハマった人たちは情熱的にその魅力を語ってくれます)、19世紀から20世紀、そして21世紀にかけて、自然科学が急速な進歩を遂げ、教科書などの教材も整備された現代では、高等学校で化学を経験はしたものの、化学の世界に降り立ち、化学を味わっていただける方(すなわち大学の『化学』に足を踏み入れてくれる方)は減少傾向にある、それが残念でなりません。

大学の化学の研究室で卒業研究(実験)をするとき、ある物質とある物質を反応させたら、これまでたぶんこの広い宇宙で(少なくとも知的生命体が地球にしか存在しない太陽系の中では)一度も合成されたことのない全く新しい化学物質が合成できた、なんて発見は日常茶飯事です。なにしろ約90種類の元素の組み合わせである化学物質は、地球上の人類の研究活動の結果、今日(2008年5月14日(水))現在、有機・無機物質(有機・無機化合物、錯体、有機金属化合物、金属、合金、鉱物、元素、高分子など)の総数が35,360,523、バイオシーケンス(遺伝子の塩基配列やポリペプチドやタンパク質のアミノ酸配列など)の総数が59,853,831、合計で95,214,354種類、9500万種類を超えてもうすぐ一億種類といったところまで来ているのです。

ケミカルアブストラクツにおけるCAS登録番号(CAS Registry Number)が付与された化学物質の総数

新しい化合物(化学物質)の合成という研究は、料理の世界ととてもよく似ています。料理も一種の化学合成です。混ぜるものの種類、混ぜる割合、混ぜたり加熱したりする程度やタイミング、その他様々な合成条件(料理のレシピと腕前)で、できるものは千差万別、その種類は無限にあります。料理人が新しい料理を創作するのと同様、化学者は新しい化学物質を合成するのです。

岡山理科大学理学部化学は西暦1964年(昭和39年)に開設された学科ですが、現在(西暦2008年(平成20年))に至る43年以上の歴史の中で、歴代の化学科の学生さん(学部3年生、4年生、大学院生)が初めて合成に成功した新規化学物質は、数え切れないほどの種類があります(その成果は前述のケミカルアブストラクツ・データベースに多数登録されています)。大学生になって卒業までの4年間の間に、人類のその分野の歴史(化学の場合は、化合物のデータベース:ケミカルアブストラクツ・データベース)に名前を永遠に刻んで残せる可能性のある分野なんて、理系・文系併せて見渡してみても、そうはないのではないでしょうか。岡山理科大学理学部化学科では、学部の3年生・4年生で新規化合物の合成に成功し、化学の学会で発表した例は数え切れないほどたくさんあります。

私などは、高校時代(東京都板橋区にある私立城北高等学校化学部)で化学の魅力にどっぷりと浸かり、化学に携わり続ける人生が送りたいと願い、私立にしては珍しい『理学部化学科』がある岡山理科大学を選び、受験・合格して岡山理科大学の学生となりました。入学して、まず岡山理科大学の図書館に行き、神田の古書店街に通い詰めた高校時代と比較して、あまりの化学の専門書の充実度に度肝を抜かれ、大学時代はほぼずっと、次から次へと化学やその他の専門書を借りまくりました。当時は図書カードというカードに借りた本を記録していく形式だったのですが、図書カードの記載欄がすぐに一杯になってしまって、数え切れないほど何度も作り直していただいたものです。

次に4年次の研究室に配属になって、研究室や分析センター(現在の総合機器センター)の研究・分析機器のあまりの充実度、最先端の超高額な機器が山のようにあることに驚き、またそれを学部生や大学院生に、研修後には自由に操作させてもらえることに驚きました。学部生の段階で、もういっぱしの研究者と同じ環境になれるのです。情報処理センターの大型計算機も学部時代から自由に大量のジョブ時間を使わせていただくことができ、これにも感激しました。

今、私はそのまま岡山理科大学で化学の教員として仕事をしておりますが、岡山理科大学の学生時代に化学の守備範囲の広さ、奥の深さ、色鮮やかな魅力を存分に味わうことができたこと、そういった環境に入ることができたことに心から感謝している次第です。今は逆に教員の立場ですので、学生のみなさんに、私が味わったような化学の楽しさを存分に伝えていきたいと思っております。

私の岡山での生活も、22年目になります(途中1年間は英国にいましたが)。西日本の交差点である岡山での生活、その心地よさにこれも大満足しています。どこに行くにも便利、岡山市内の生活も便利で快適、人口密度はほどよく自然も豊富、ちょっと県北に行けば冬はスキー場があり、ちょっと県南に行けば夏は海水浴場があり、山があり、川があり、畑があり、田圃があり、果樹園があり、野生動物、植物、昆虫、そして何より海産物が豊富で食が豊か!(例:べらたどろめ)暑すぎず、寒すぎず、台風の直撃は少なく、地震も(今のところ)少なく、河川が多く(岡山の三大水系:高梁川、旭川、吉井川)渇水もほとんどなく、水道水も美味しい!何より晴れの日が多い!(晴天率は都道府県の中でもトップクラスです)

岡山化学に携わって生きていける人生に、感謝しています。

岡山にも化学にも、みなさん是非お越しください!

その魅力や楽しさ、味わい深さは、そこに長年(といっても私はつい数ヶ月前に40歳になったばかりの若造ですが)実際に住んでいる私が自信を持ってお薦めできます。



tgs0001 at 04:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote 自然科学 | 教育