2007年05月01日
タブエディタ(秀丸エディタ)上に構築されたDV-Xα法計算支援環境
2007年4月26日(木)、大阪大学豊中キャンパス基礎工学部凜曄璽襪燃催された研究会「化学、薬学、生化学者のための粉末・微小結晶解析の最前線」から帰ってきました。
私の講演「DV-Xα法による錯体の電子状態計算と計算結果の三次元可視化」では、まず私が学生時代に岡山理科大学の情報処理センターの大型計算機FACOM M-380でDV-Xα法プログラムを動かすことによって、合成の実験室の現場での疑問に対して、DV-Xα法の計算結果が見事なまでに答えを出してきたという、いくつかの事例を紹介いたしました。
なぜ、この硫黄架橋不完全キュバン型モリブデン三核アクアクラスター錯体([Mo3S4(H2O)9]4+)は周期表の様々な金属(Fe, Co, Ni, Cu, Zn, Ga, In, Sn, Sb, Hg, ...)やアルキン類(アセチレンおよびその誘導体)とは反応するのに、この酸素架橋不完全キュバン型モリブデン三核アクアクラスター錯体([Mo3O4(H2O)9]4+)は反応しないのか、なぜこの錯体([Mo3S4(H2O)9]4+)は緑色なのにこの錯体([Mo3O4(H2O)9]4+)は赤色なのか、なぜこの硫黄架橋混合金属キュバン型ニッケル・モリブデンアクアクラスター錯体([Mo3NiS4(H2O)10]4+)は一酸化炭素やアセチレンなど様々な有機小分子と反応するのにこの硫黄架橋混合金属キュバン型鉄・モリブデンアクアクラスター錯体([Mo3FeS4(H2O)10]4+)は反応しないのか、なぜこの鉄錯体([Mo3FeS4(H2O)10]4+)は常磁性なのにこのニッケル錯体([Mo3NiS4(H2O)10]4+)は反磁性なのか等々、実験室で抱く数々のなぜなぜ、なぜなの?という疑問は、DV-Xα法で電子状態計算をしてみようかというモチベーションになります。そしてDV-Xα法は、実験室で抱く「なぜ?なぜなの?」に、見事なまでに明快な解答を出してくれることが多いのです。DV-Xα法は化学の合成・物性実験室でとても役立つ計算ツール(道具)です。DV-Xα法の計算に必要な入力情報は原子種と原子位置(座標)、それだけです(対称軌道やマーデルングポテンシャルを使わない計算の場合)。
私も学生時代、DV-Xα法の計算の仕事が本業だったわけではありません。日々の仕事は合成、合成、また合成、そしてやっと単結晶を得て4軸型自動X線回折装置で単結晶X線構造解析を行って、ほほぉ〜こんな構造の錯体ができていたのか、とX線回折実験により原子種と原子位置(座標)を決定することで大満足していたのが日常です。
しかし原子種と原子位置(座標)の情報だけでは、なぜその錯体はそのような性質を有しているのか、物性や反応性の説明はできませんでした。原子間距離や角度を他の錯体の情報と比較して、長いね、短いね、大きいね、小さいね、だからどうしたという世界でした。
やはり量子化学計算(分子軌道計算)を行わなければ
得られない情報は多いのです。
幸いDV-Xα法は当時の大型計算機で、重原子をいくつも含むクラスター錯体であっても、高精度な電子状態計算のできる(当時、日本で入手可能なほぼ唯一の)プログラムでした。当時、ab-initio法(Gaussian)も大型計算機で運用されていましたが、Mo312+といったモデルでさえ、まともにプログラムは動きませんでした。その点、[Mo3S4(H2O)9]4+といった当時としては驚くほど巨大なモデル(水素原子も含めて総原子数34, 総電子数 276)でも、見事に高精度な電子状態計算のできたDV-Xα法の実力は相当なものです(その魅力と実力は現代においても色褪せていません)。
ab-initio法に比べて、桁違いに短い計算時間で重原子をいくつも含む分子・イオンの電子状態計算ができるのです。
量子化学に基づいたDV-Xα法の計算結果からいかに多くの知見が得られるか、それが合成・物性研究の実験室現場でいかに役に立つか、たとえばHOMO(highest occupied molecular orbital, 最高被占分子軌道)やLUMO(lowest unoccupied molecular orbital, 最低空分子軌道)の形状、化学結合に使われている電子の数(結合次数)、ネットチャージ(net charge)、そして美しく情報量の多い静電ポテンシャルマップ等々、研究会「化学、薬学、生化学者のための粉末・微小結晶解析の最前線」では限られた時間で数少ない事例しか紹介できませんでしたが、聴衆の皆様に多少なりともご理解・ご納得いただけたとしたら幸甚です。
粉末であろうと、微結晶であろうと、X線回折実験で電子密度に基づいて原子種と原子位置(座標)を決定できているのであれば、そのままパソコン上でDV-Xα法を使って、高精度な電子状態計算を行ってみてください。簡単なこの作業を行うことによって、どれだけ多くの知見が得られるか、どれだけ多くの議論ができるか、どれだけ実験現場に多くの情報をフィードバックできるか、これはもう原子種と原子位置(座標)の情報があるなら、量子化学計算を行わないなんてもったいなさすぎると私は思っております。
4月25日の私のブログ「化学、薬学、生化学者のための粉末・微小結晶解析の最前線」でも述べましたが、
X線回折実験で原子種と原子位置が決まったら、
すぐにそのままDV-Xα法で電子状態計算をしましょう!
なお、「化学、薬学、生化学者のための粉末・微小結晶解析の最前線」の参加者の皆様には、泉先生とも相談の上、私の講演で用いたスライド(ppsファイル)を公開することにいたしました。
さらに私が講演で喋った内容を、もっと丁寧に記述したpdf文書も「化学、薬学、生化学者のための粉末・微小結晶解析の最前線」の参加者の皆様には公開しております。
上記pdf文書とppsファイルをご覧になりながら作業されれば、昔私が学生時代に大型計算機で時間的にも予算的にもひぃひぃ言いながら苦しんで行っていたような比較的重原子を多く含むようクラスターの電子状態計算であっても、泉先生が作成されたタブエディタ(秀丸エディタ)上で動く「DV-Xα法計算支援環境」が皆様のパソコン上に準備できていれば、いとも簡単にボタンを押したり、プルダウンメニューからコマンドを選択クリックしていくだけで、簡単に行うことが出来ます(もちろんモデルの大きさとパソコンスペックによって、DV-Xα法のセルフコンシステントになるまでの繰り返し計算にかかる時間は異なります)。
しかも「DV-Xα法計算支援環境」には次世代・統合3D可視化システムVESTAが組み込まれていますので、描きたい分子軌道を、ボタン一つで美しく三次元可視化したり、静電ポテンシャルマップを描いて電子の偏り具合を見て楽しんだりと、至れり尽くせりのサービスメニューが整っています。
現在のごく普通のWindowsパソコン(普通の家庭向けスペックで十分)は、昔の大型計算機に比べて比較にならないほど高性能です。しかもDV-Xα法はもともと周期表のすべての元素を扱うことが出来(左図(Rgの7i軌道(n = 7, l = 6, m = 0)のように、原子番号111のレントゲニウム(Rg)の電子状態計算とて容易にできます)、重原子をいくつも含むクラスターであっても、現実的な計算時間で計算が終了します。
※レントゲニウム(Rg)の原子軌道関数のGIFアニメーションをウェブで公開しておりますのでご覧下さい。
例えば身近な例で言えば、原子力発電所で使う燃料を用意するために遠心分離法、拡散法によるウラン濃縮に用いる六フッ化ウラン(UF6)、これの電子状態だってとりあえずシュレーディンガー方程式(波動方程式)を用いた非相対論版DV-Xα法プログラムでよろしければ、普通のWindowsパソコンで「DV-Xα法計算支援環境」を用いれば、あっという間に計算して、計算結果を三次元可視化できます。もちろんディラック方程式(波動方程式)を用いた相対論版DV-Xα法プログラムで六フッ化ウラン(UF6)の電子状態を計算することもできます。相対論版DV-Xα法プログラムはDV-Xα研究協会会員限定で配布されております。
さらに「DV-Xα法計算支援環境」には、私が作成した教育用分子軌道計算システムeduDVも組み込まれておりますので、高等学校の化学系・物理系のクラブ活動や大学での実習・講義などにも便利にお使いいただけるものと思います。
教育現場でお使いになる場合は教育用分子軌道計算システムeduDVも便利ですが、書店で売っている以下のブルーバックス書籍に添付されているCD-ROMの分子座標ファイル(*.mol)を使って「DV-Xα法計算支援環境」をお使いになることもお勧めいたします。
パソコンで見る動く分子事典―デジタル3D分子データ集の決定版
4月18日の私のブログ「パソコンで見る動く分子事典の分子をそのままパソコンで分子軌道計算」にも書いたとおり、有名どころの分子をピックアップ(*.molファイルを秀丸エディタ上にドラッグ&ドロップ、左図はアミノ酸の一種、L-システイン分子)して、たちどころに「DV-Xα法計算支援環境」で高精度な量子化学計算を行い(普通の有機分子なら、順番に並んでいるボタンを押していくだけで、数分間とかからないでしょう)、分子軌道や静電ポテンシャルマップなどを次世代・統合3D可視化システムVESTAで三次元可視化して楽しむことができるのです。
見えるぞ、これが(分子の)電子の姿だ!
21世紀の現在、分子の棒球モデルを見るだけで満足していてはもったいなさすぎます。「DV-Xα法計算支援環境」で高精度の分子軌道計算を行ってみてください。そして電子(分子軌道)の本当の姿(電子状態)を「DV-Xα法計算支援環境」や次世代・統合3D可視化システムVESTAで眺めてみてください。現代の普通のWindowsパソコンは、そんなことができるだけの能力を十二分に有しているのです。
「DV-Xα法計算支援環境」や次世代・統合3D可視化システムVESTAは現在はまだ開発段階のため一般公開されておりませんが、7月9日〜11日に東京理科大学神楽坂キャンパスで開催される「粉末X 線解析の実際」講習会では、参加者に配布されるとのことです。一般公開前にいち早く「DV-Xα法計算支援環境」および次世代・統合3D可視化システムVESTAを入手してみたい方は、上記講習会への参加をご検討されてはいかがでしょうか。
もっとも、「DV-Xα法計算支援環境」および次世代・統合3D可視化システムVESTAいずれもかなりの完成度にあり、完成直前だと思われます。一般公開されるのも、そう遠い日ではないかもしれません。
私のウェブページ「DV-Xα分子軌道計算をこれから始める方へ、とりあえず第一歩の利用マニュアル」は「DV-Xα法計算支援環境」および次世代・統合3D可視化システムVESTAが正式リリースされた後、全面的に書き換える予定です。
MOLDAは基本的にもう不要となりました。VICSとVENDは完全に次世代・統合3D可視化システムVESTAに置き換えられます。しかも「DV-Xα法計算支援環境」を使うことにより、コマンドプロンプト画面さえ起動する必要がなくなりました。何もかもが進化したのです。
短い期間にここまでDV-Xα計算環境が進化を遂げたことを、DV-Xα法ユーザの一人として心から嬉しく思っております。
DV-Xα法の熟練ユーザにとっても、DV-Xα法をこれからはじめてみようという初心者にとっても、UNIXやMS-DOSに慣れたCUI世代にとっても、Windowsしか知らないGUI世代にとっても、教育現場では教える側の教員にとっても、教わる側の学生にとっても、みんなにとって使いやすい分子軌道計算システム、これまで敷居の高かったDV-Xα法を誰もが容易に使いこなせるシステム、原子種と原子位置(座標)さえ入力すれば容易に美しく分かりやすい計算結果が得られる電子状態計算システム、そんなユニバーサルデザインの「DV-Xα法計算支援環境」(含・次世代・統合3D可視化システムVESTA)は、リリース後には広く理科・科学・化学分野の研究者、教育者、愛好家に愛用されていくものと思っております。
私の趣味の一つは月面を天体望遠鏡で観測し、月面クレーターのスケッチを描いたり写真を撮ったりすることですが、ユニバーサルデザインの「DV-Xα法計算支援環境」(含・次世代・統合3D可視化システムVESTA)が世の中に普及した後は、「私の趣味は、分子の電子状態計算およびその計算結果の三次元可視化することです」という愛好家も出現するのではないでしょうか。
私が月面クレーターを、美しい故に感動しつつ趣味で楽しく観測・記録するのと同様、分子の波動関数の等値表面や静電ポテンシャルマップを、美しい故に感動しつつ趣味で楽しく計算・三次元可視化する方が現れてもおかしくありません。
天体観測も電子状態計算も、極大と極微の違いこそあれ、自然科学の真理の探究行為に他なりません。それは人間を惹き付ける何か魅力を持っているのだと私は思っています。