2010年02月13日
ちょっと善い話「サッカーコラム」世界に通用する才能の見極め(後編)
U-20世界ユース準々決勝韓国vsガーナ
2009.10.10 お隣の韓国代表がBest8の成績で世界を驚かせたのだが、そこにはある日本人コーチの貢献があった情熱の物語(後編)をどうぞ・・・
サッカーの世界で驚かせることとはジャイアント・キリングや大法螺を吹くことでもなく、W-Cupでの実績と外国のサッカー界からも信頼されることである。
このことを、実践し信頼されているフィジカルコーチ池田誠剛コーチ物語の後編をご紹介いたします。
浦和レッズ/フィジカルコーチ池田誠剛コーチ
韓国サッカー協会HPインタビュー記事(後編)より〜
―日本の選手と比べて、韓国の選手は何が違うと感じましたか?
「韓国の選手は精神面が強いよね。それは日本人に勝っていると思います。諦めないというか、諦める線が全然違います。
例えばの話で、試合で0−2で負けていたとして、アディショナルタイムが2分って出れば、『まだ2分ある』って韓国の選手は攻め続けると思います。
勝負は勝たないと意味がないって小さいころから浸透しているんじゃないかと感じました。僕は昔、日本の指導者にこう言ったことがあります。
今日はいい試合だったよ。試合は負けたけれど、内容は良かったからいいよって言う人に、『それはよくない。負けていたらダメなんだ』とね。
小さいころから勝負をするからには勝たないといけないんですよ。ただ、それを勝つためにルールを犯してはいけない。
それはちゃんと教えないといけないけれど、内容が良かったから勝たなくていいなんて、そんなことだったら競技スポーツはやらないほうがいいと思います」
―池田コーチの勝負に対するこだわりはよくわかりました(笑)。ところで世界に通用すると感じた選手はいましたか?
「本当にみんないい選手ですよ。誰か一人を挙げるのは立場上、難しいです(笑)。ただキャプテンのク・ジャチョルは本当によくチームをまとめました。プレー、メンタル、人間性はトップ選手にふさわしいものでした。彼の優れたキャプテンシーはベスト8まで勝ち進めた要因の一つです」
―メンバーの中にはチョ・ヨンチョル(アルビレックス新潟)らJリーグでプレーしている選手も数人いましたが、彼らのプレーはどうでしたか?
「Jリーグでプレーしている選手のほとんどがフルで試合に出ていないというのが現状でしたから、ゲーム感が失われていたと言えます。トレーニングの量も韓国のチームと比べると全体的にJリーグのチームは少ないですからベストコンディションからはかなりかけ離れていたと思います」
―Kリーグや大学でプレーしている選手のほうがコンディションが良かったということですね。
「やはりどんなに高いレベルの選手でも公式戦に出ていなければ、その選手のレベルを上げることは非常に困難と言えます。維持することも難しいと思います。プレーするピッチがJリーグであろうとKリーグや大学であろうと試合に出場しなければダメなんです。最近、多くの若い韓国人選手が海外へ出ていますね。ただ、知名度を優先するのではなく、レベルの合ったチームを選ぶ必要がありますね」
―昔はホン・ミョンボやファン・ソンホンなど、代表クラスの選手たちがJリーグでプレーしていましたからね。
「そう。彼らはみんな中心的な存在で試合に出ていましたし、パク・チソンもまだ若かったけれど、京都サンガで試合に出場していましたからね。試合に出ているなら意味があると思うけれど、そうでなければ来ないほうがいいと思います。逆に、試合に出れば韓国とはスタイルの違ったサッカーを経験できるというメリットはあると思います。僕は練習だけではレベルアップは難しいと思う人です(笑)。そんなこと言うと指導者に怒られてしまいますけれど…(笑)」
―U−20韓国人選手は他国の選手と比べて、何が優れていましたか?
「球際の強さです。それにはいろいろな要素があって、体が大きい小さいとか、パワーがあるないとか、コンタクトスキルもそうです。これはどうしても自分のボールにするんだっていうメンタリティー。そういうものがトータルで上回っていれば、ボールを取れるんですよ」
―逆に何が足りないと感じましたか?
「集中しすぎちゃうと周りが見えなくなるんですよ。例えば射撃の選手が、的に当てようとして、的しか見ないと銃口が定まりません。その周りにローソクとかを立てて、それが視野に入るような状況を作ってあげるとパーンと当たるといったようにです。それと一緒で、力が入れば入るほど、周りが見えなくなってしまう。どれだけスピード、パワー、技術があっても周りが見えなかったら、正しい判断ができないでしょ? 僕はそれが課題だと思います。これを身につけたら、間違いなく上のほうに行きますよ」
―日本の選手はどうですか?
「日本には視野の広い選手が多くいますね。それは日本のいい部分です。だから中盤の選手は非常にタレントが豊富ですよね。ただ、バーンと瞬時にスピードを上げるとか、パワーで勝負するFWとDFが多いのは韓国です。ゴールに対する意識も非常に高い。また、90分、集中力を切らさないことも韓国人選手の特徴です」
―話が変わるのですが、池田コーチは市原(現千葉)、横浜でコーチを経て、07年11月から08年3月までの4カ月、釜山アイパークでコーチを務めていました。その経緯を教えてください。
「今、香港代表の監督をしているキム・パンゴンさんが釜山でチームをみているときに、07年11月下旬の合宿に呼ばれたんですよ。そのときに、(ユ・)サンチョルとか(アン・)ジョンファンから噂は聞いていたんじゃないかなと思います。初めは1カ月間の臨時フィジカルコーチだったんですよ。そのときにちょうどファン・ソンホンさんが監督に就任したんですよ。日本では一緒に食事したり、つながりがあって、『誠剛さん、こんなところで会うとは思いませんでしたね。チームを助けてくださいよ』って(笑)。それで期間が延びて、Kリーグ開幕前までって話でしたが、開幕から1カ月間はいました。本当はもっといたかったんですよ。でも所属チームでの仕事もあったので、もうさすがに浦和レッズから延長は無理だよって言われてしまって(笑)」
―Kリーグで初めてコーチをしてみて、衝撃的なことはなかったですか?
「衝撃が大きかったのは、練習もみんなが100%の力でやるということです。それを日本人が見たらビックリするというか、見習わないといけないなって思ったんです。僕は練習でも100%でやることは大事だと思っていますからね。僕は現役時代は、そうしてきたのでなおさらそうです。イメージは予想通りでしたけれど、目の当たりにして驚きましたね。紅白戦が一番怖いんですよ。ケガ人が出ますから(苦笑)。あとは彼らの向上心の塊の目がいいというかね…、最後の日は泣いてしまったんですよ」
―それはなぜですか?
「僕にとって釜山での最後の試合の翌日に、2つのグループに分けてトレーニングをしたんです。1つは試合に出場したグループ、もう1つは出場しないグループ。リカバリーグループは早くトレーニングが終わったのに、皆グラウンドにウダウダしているんです。「風邪引くから早く上がれ!」って言っても上がらないんです。そのうちもう1つのグループもトレーニングが終わったんです。そしたら皆、僕を中心に集まってくれてね。キャプテンが代表して贈る言葉をくれて記念品としてペンを頂いてね。1人1人と握手をしていたらジーンと来ちゃって涙が止まりませんでしたよ。「行かないで下さい」ってね。そのなかには歳が30以上の選手もいるし、そんな彼らが送ってくれたっていうのは、とてもうれしかったですね。『俺は韓国人じゃないのかな?』って思ったくらいです(笑)その時頂いたペンは今でも大事に使っています」
―とてもいい話ですよね。今でも戻ってきてほしいって思っているんじゃないですかね。
「当初は1ヶ月間だけの臨時契約。その途中でアイパークから本契約の話を頂いて。でもマリノスは1ヶ月間ということで許可をくれたので、1ヶ月終わったところで皆に別れのあいさつをしたんです。選手たちは『帰ってくるのを信じているから最後の言葉は言いませんよ』って言ってくれてね。帰国してから、当時契約していた横浜マリノスの責任者だった中村勝則さんに相談したら、『そんなに釜山に戻りたいのなら、行ってやれよ。』って言ってくれたんです。1月末まであった契約を12月で切ってくれて自由にしてくれたんです。2月から契約することの決まっていた浦和レッズの責任者だった中村修三さんも4月からの契約にしてくれて、4ヶ月釜山にいられることになったんです」
―そのときの選手にU−20代表がいたとか?
「ええ。U−20代表GKのイ・ボンミョンって選手が、そのとき釜山にいたんですよ。僕が代表チームに合流したときは、駆け寄ってきて『誠剛さん!ウェルカム!』って声かけてくれましたよ」
―やはりそのときの釜山の選手も、どういうトレーニングをするのかなってとまどいはあったんですよね?
「すごくありましたよ。日本人コーチがKリーグクラブにいるっていうのは初めてでしたからね。キム・パンゴンさんも信頼してくれて、すべてやりたいようにやってくれって言ってくれましたから、心配はありませんでしたよ」
―Kリーグでの指導は短かったですけれども、Jリーグとの違いは感じましたか?
「Kリーグはパスがつながる本数がJリーグより少ないまま、ゴール前まで行きますよね。でもそれがサッカーの原点だと思うんです。できるだけゴールに早く行けばいいんですから。ただ、それができなかったときにどうするのっていうこと。逆に日本はそこの選択肢が一番じゃない気がします。前にクサビのボールを入れれば、あるいは前に走っている選手に出せば、ビッグチャンスになるってときにわざわざ逆サイドに展開したりしますからね。だから韓国と日本のいい部分をミックスすればいいサッカーになると思うんです。韓国は今、ミックスする方向で進んでいるような気がします。どっちが良い悪いのレベルじゃなく、長所と短所をうまく融合すれば、もう一つアジアのレベルが上がって、常に世界のベスト16、8に顔を出せるようになると思います。僕はそうしたいと思っていますし、それが目標です。僕が日本で経験したいい部分を伝えてきたいですね。日本より強くしてどうするんだとか、そういうのは全然関係ありません。常に自分が預かった選手は世界一にしたいと考えながら、トレーニングしています」
―U−20韓国代表で指導することについて、外からいろいろな声はあったのですか?
「やっぱりそれはありますよ。ネガティブな意見を言った人もいました。でもそういうのは関係ありません。韓国と日本は永遠のライバルですからね。僕はかけがいのないライバルだと思います。ライバルが強くならないと、チームが強くならないんですから。自分を評価してくれて、サポートしてほしいっていう気持ちが自分に強く響けば引き受けますよ。僕はそういう人間です。それが例え、日本のライバルであろうがまったく関係ありませんし、なんとか手伝えたらなって思っていましたよ」
―そういえば、横浜マリノス時代は、アン・ジョンファンやユ・サンチョルとも出会っていますよね。何か縁を感じませんか?
「とても感じますよ。僕が早稲田大学のときに高麗大学との定期戦を行っていて、たまたま1年生では僕しか遠征メンバーにいなくて高麗大の1年生が僕をすごく大事にしてくれたんですよ。同じ1年生ってことと、後輩として苦労している同士ってことでね。当時の1年にイ・キルヨン(元代表選手)って選手がいたんですけれど、とても仲が良かったのに、03年に44歳の若さで急死してしまってね…。
本当に仲が良かったからショックでした。僕はそのときから、日韓の壁なんてまったくありませんでした。よきサッカー仲間でしたよ。前からとても親近感がありましたね。
僕がまだ大学のときは在日の人に対して偏見があった時代です。僕はある事ですごく怒ったことがあったのですが、それが原因でケンカもしたこともありましたよ。
僕は韓国の魂というか、一生懸命するところが好きなんですよ。手段は選ばないとかいうけれど、勝ちたかったら、その気持ちを出して何が悪いのって。
そうしないと、色々なものが見えてきませんよ。僕は純粋な日本人だけれども、韓国の人はそういうところが好きだし、チング(親友)になると本当に親密になりますよね」
―本当に昔から韓国とは縁があるのですね。
「ええ。U−20韓国代表の選手たちを見ていると、彼らは友達との接し方はすごく親しいですよね。四六時中、いつも一緒にいてずっと話してられるなって思うくらいですけれど。
そういうのを見ていると僕が高麗大に行ったときのことを思い出します。だからすごく懐かしくなりましたよ。
僕が初めて高麗大に行ったときが18、19歳のときなので、U−20の選手たちもその歳ですからね。なんか巡りあわせかなって、そんな気がしますよ」
―ユ・サンチョルやアン・ジョンファンと一緒に過ごしたマリノス時代に、何かエピソードはありますか?
「ズバリ、食べ物です(笑)」
―食べ物とは何ですか?
「僕がフィジカルコーチをやっているときに、かならず新加入の選手に対してはまず面接をするんですよ。
生活面からいろいろ聞くわけです。そのときちょうどキャンプの時期で、サンチョルに生活面はどうって聞いたら、『すごくいいですよ。居心地がいいです』って言っていたのですが、『ただ、自分は疲れてない』っていうんです。
なんでいきなりそんなことを言うのかなって不思議に思っていたんです。それであとで聞いたら、合宿の朝ご飯をフリーにしてあったんですよ。
練習はかなりきつくしていたので、朝は自己管理という設定にしていました。それは当時の岡田武史監督が決めたことです。そうすると朝、食べるやつがほとんどいなかったんですよ。もちろんサンチョルはちゃんと来て食べていました。
日本代表DF中澤佑二とかもそうですが、本当に数人だけでした。それを見てサンチョルは、みんなは朝ご飯も食べられないくらい疲れているんだなって思っていたらしいんですよ(笑)」
―それはおもしろい話ですよね(笑)
「だからサンチョルはプロだから食べるのが当たり前なのに、食べられないくらいに辛いと思っていたんでしょうね。
笑えるけれど、逆に言えば日本の食事は問題なんです。とても深刻ですよ。ジョンファンもサンチョルも日本の食事だとパワーが出ないってよく言っていましたよ」
―ところで、短い間ですが釜山での生活はどうでしたか?
「釜山は好きですね。庶民的な街で大好きですよ。街の人たちはとても人懐っこくて、困ったら助けてくれるし、あとは市場の雰囲気が好きだね。チャガルチ市場とか」
―機会があれば、また行ってみたい場所ですか?
「もちろん行ってみたいよ。僕は韓国もあまり知らないけれども、ほかにもたくさんいい所があると思います。僕は都会派じゃないんですよ」
―思い出深い食べ物はありますか?
「ヘムルタン(海鮮鍋)が好きだったなぁ。店に入って大きな声で『ヘムルタン!』って言っていましたよ。おばちゃんに何が食べたいって聞かれて、また『ヘムルタン!』ってね(笑)。あ、本当に食べたくなってしまいましたよ。あとはチンジルバン(韓国のサウナ)が好きだったね」
―チンジルバンにはよく行かれたんですか?
「当時の釜山のトレーナーのクァンジェさんが、僕のチンジルバンの担当でした(笑)。午後フリーの日は良く『チンジルバン、カプシダ!(行きましょう!)』って声をかけられて行きましたよ」
―韓国には楽しい思い出がたくさんあるのですね。池田コーチにはそうした韓国との交流がたくさんありますが、選手同士の交流も、Jリーグのアジア枠創設によって徐々に増えつつあります。
池田コーチのような存在は稀で、日本と韓国、ひいてはアジアサッカーのレベルを引き上げるという観点では、重要な仕事だとも思います。それについてはどのように考えていますか?
「やはりどんどん交流してほしいよね。僕は日本のフィジカルコーチのなかで一番古いから、いろいろと若い選手と話をするのですが、どんどん韓国に行けと言っています。自分をもっと売り込めと。本当に体でぶつかってくるよって言います。実は日本のコーチのなかでも韓国に行きたいというコーチはたくさんいるんです。やっぱりフィジカルコーチは、自分がトレーニングをすることによっての効果を得るというのは、みんなが目指すところです。
ところが夜遊びします、お酒を飲みます、食事を取りませんっていう選手がいたりもするわけです。トレーニング効果の3本柱にはトレーニング、休養、栄養ってあるのですが、その1本でも欠けていたら、効果が出ないんですよ。
僕はそれで日本のチームを受け持つと、これを読まないといけないのですごく疲れます。この選手はご飯を食べているのかなとか、ちゃんと寝ているのかなとかね。これを考えるだけで、ストレスになりますからね」
―そういった選手はまだいるということですか?
「だいぶ減ってきましたけれど、まだいますね。結局は目につくところはケガということになるのです。効果を得ようと思ってトレーニングをするので、ギリギリのところでやるわけです。ところがこれが選手によっては柱がグラグラしているわけです。
サッカーはチームスポーツだから、全員が同じトレーニングする必要はあると思います。この選手は夜遊びが多くて、疲労回復ができていないから、みんなが10本やるところを8本にするっていうことは、本当はしてはいけないんです。ただ、ケガ人を出さないようにするためには、そうせざるを得ないこともあるんです。このジレンマはとてつもなく大きいです」
―韓国の選手はどうでしょうか?
「もちろん全員がということではありませんが、大事なところを話しておけばきっちりやりますね。向上心のある選手は、約束事は守ります。もちろんお酒を飲む選手はいるでしょう。ただ、大きく外れている選手はいないと思います。
1年でも2年でも長くプロをやりたいって思っているはずですから。それを釜山で学んだわけです。日本人指導者も韓国に来て学んで欲しいと思っています。韓国の指導者も日本人コーチが持っていないものをたくさん持っていますからね」
―それはどういう部分でしょうか?
「追い込まれて育ってきているから、追い込む部分の重要性と、逆に追い込むとどうなるかっていうことを知っているよね。日本の指導者が持っていないものを持っているわけです。例えば徴兵制です。負の面も多くありますが、あの経験は人間を育成す上で、貴重なものだと思います。善し悪しはあると思いますが、あの2年半を自分で体験して韓国の選手を教えているとなると、それはとても大きい力になると思いますよ」
―そういった経験が大きなプラス要素ではあるということですね。
「ええ。特に日本のサッカーも経験して韓国で育った選手や指導者は、両方を知っているわけだから。そういう指導者に日本でどんどん仕事ができるようなチャンスを作るべきだと思います。」
―韓国はU−20に引き続き、U−17韓国代表もワールドカップでベスト8入りを果たしました。
未来を担う韓国人選手と過ごしてみて、韓国サッカーの未来は明るいと思いますか?
「明るいね。強さとかメンタリティーにプラスして、視野の広い選手が増えてきています。韓国の選手は戦術的にレベルが低いと言われた時代から、かなり向上しているのは間違いないと思います」
―2010年南アフリカ・ワールドカップがいよいよ近づいてきました。日本と韓国が出場しますが、韓国代表のコーチとしてオファーがあったと報道されました。
その時の気持ちはどうでしたか?
「すごく光栄なことだと思います。それも異国のまだ一緒に仕事をしたこともない僕にそういった評価をしてくれることは、すごくうれしいですね。やっぱりワールドカップというのは選手も指導者も大きな目標なので、それはいつになるかわからないですが、僕が指導者になったときからの大きな夢ですよ」
(後編おわり)
韓国代表の諦めないメンタル性や体の強さの源や勝負にこだわることへの大切さなど「日本人」が忘れてしまった育成の根源がこのインタビューにあると感じ・・・長くなっても原文記事のまま読んでいただきたくご紹介いたしました。
韓国サッカー協会にあらためて感謝いたします。
このことを、実践し信頼されているフィジカルコーチ池田誠剛コーチ物語の後編をご紹介いたします。
浦和レッズ/フィジカルコーチ池田誠剛コーチ
韓国サッカー協会HPインタビュー記事(後編)より〜
―日本の選手と比べて、韓国の選手は何が違うと感じましたか?
「韓国の選手は精神面が強いよね。それは日本人に勝っていると思います。諦めないというか、諦める線が全然違います。
例えばの話で、試合で0−2で負けていたとして、アディショナルタイムが2分って出れば、『まだ2分ある』って韓国の選手は攻め続けると思います。
勝負は勝たないと意味がないって小さいころから浸透しているんじゃないかと感じました。僕は昔、日本の指導者にこう言ったことがあります。
今日はいい試合だったよ。試合は負けたけれど、内容は良かったからいいよって言う人に、『それはよくない。負けていたらダメなんだ』とね。
小さいころから勝負をするからには勝たないといけないんですよ。ただ、それを勝つためにルールを犯してはいけない。
それはちゃんと教えないといけないけれど、内容が良かったから勝たなくていいなんて、そんなことだったら競技スポーツはやらないほうがいいと思います」
―池田コーチの勝負に対するこだわりはよくわかりました(笑)。ところで世界に通用すると感じた選手はいましたか?
「本当にみんないい選手ですよ。誰か一人を挙げるのは立場上、難しいです(笑)。ただキャプテンのク・ジャチョルは本当によくチームをまとめました。プレー、メンタル、人間性はトップ選手にふさわしいものでした。彼の優れたキャプテンシーはベスト8まで勝ち進めた要因の一つです」
―メンバーの中にはチョ・ヨンチョル(アルビレックス新潟)らJリーグでプレーしている選手も数人いましたが、彼らのプレーはどうでしたか?
「Jリーグでプレーしている選手のほとんどがフルで試合に出ていないというのが現状でしたから、ゲーム感が失われていたと言えます。トレーニングの量も韓国のチームと比べると全体的にJリーグのチームは少ないですからベストコンディションからはかなりかけ離れていたと思います」
―Kリーグや大学でプレーしている選手のほうがコンディションが良かったということですね。
「やはりどんなに高いレベルの選手でも公式戦に出ていなければ、その選手のレベルを上げることは非常に困難と言えます。維持することも難しいと思います。プレーするピッチがJリーグであろうとKリーグや大学であろうと試合に出場しなければダメなんです。最近、多くの若い韓国人選手が海外へ出ていますね。ただ、知名度を優先するのではなく、レベルの合ったチームを選ぶ必要がありますね」
―昔はホン・ミョンボやファン・ソンホンなど、代表クラスの選手たちがJリーグでプレーしていましたからね。
「そう。彼らはみんな中心的な存在で試合に出ていましたし、パク・チソンもまだ若かったけれど、京都サンガで試合に出場していましたからね。試合に出ているなら意味があると思うけれど、そうでなければ来ないほうがいいと思います。逆に、試合に出れば韓国とはスタイルの違ったサッカーを経験できるというメリットはあると思います。僕は練習だけではレベルアップは難しいと思う人です(笑)。そんなこと言うと指導者に怒られてしまいますけれど…(笑)」
―U−20韓国人選手は他国の選手と比べて、何が優れていましたか?
「球際の強さです。それにはいろいろな要素があって、体が大きい小さいとか、パワーがあるないとか、コンタクトスキルもそうです。これはどうしても自分のボールにするんだっていうメンタリティー。そういうものがトータルで上回っていれば、ボールを取れるんですよ」
―逆に何が足りないと感じましたか?
「集中しすぎちゃうと周りが見えなくなるんですよ。例えば射撃の選手が、的に当てようとして、的しか見ないと銃口が定まりません。その周りにローソクとかを立てて、それが視野に入るような状況を作ってあげるとパーンと当たるといったようにです。それと一緒で、力が入れば入るほど、周りが見えなくなってしまう。どれだけスピード、パワー、技術があっても周りが見えなかったら、正しい判断ができないでしょ? 僕はそれが課題だと思います。これを身につけたら、間違いなく上のほうに行きますよ」
―日本の選手はどうですか?
「日本には視野の広い選手が多くいますね。それは日本のいい部分です。だから中盤の選手は非常にタレントが豊富ですよね。ただ、バーンと瞬時にスピードを上げるとか、パワーで勝負するFWとDFが多いのは韓国です。ゴールに対する意識も非常に高い。また、90分、集中力を切らさないことも韓国人選手の特徴です」
―話が変わるのですが、池田コーチは市原(現千葉)、横浜でコーチを経て、07年11月から08年3月までの4カ月、釜山アイパークでコーチを務めていました。その経緯を教えてください。
「今、香港代表の監督をしているキム・パンゴンさんが釜山でチームをみているときに、07年11月下旬の合宿に呼ばれたんですよ。そのときに、(ユ・)サンチョルとか(アン・)ジョンファンから噂は聞いていたんじゃないかなと思います。初めは1カ月間の臨時フィジカルコーチだったんですよ。そのときにちょうどファン・ソンホンさんが監督に就任したんですよ。日本では一緒に食事したり、つながりがあって、『誠剛さん、こんなところで会うとは思いませんでしたね。チームを助けてくださいよ』って(笑)。それで期間が延びて、Kリーグ開幕前までって話でしたが、開幕から1カ月間はいました。本当はもっといたかったんですよ。でも所属チームでの仕事もあったので、もうさすがに浦和レッズから延長は無理だよって言われてしまって(笑)」
―Kリーグで初めてコーチをしてみて、衝撃的なことはなかったですか?
「衝撃が大きかったのは、練習もみんなが100%の力でやるということです。それを日本人が見たらビックリするというか、見習わないといけないなって思ったんです。僕は練習でも100%でやることは大事だと思っていますからね。僕は現役時代は、そうしてきたのでなおさらそうです。イメージは予想通りでしたけれど、目の当たりにして驚きましたね。紅白戦が一番怖いんですよ。ケガ人が出ますから(苦笑)。あとは彼らの向上心の塊の目がいいというかね…、最後の日は泣いてしまったんですよ」
―それはなぜですか?
「僕にとって釜山での最後の試合の翌日に、2つのグループに分けてトレーニングをしたんです。1つは試合に出場したグループ、もう1つは出場しないグループ。リカバリーグループは早くトレーニングが終わったのに、皆グラウンドにウダウダしているんです。「風邪引くから早く上がれ!」って言っても上がらないんです。そのうちもう1つのグループもトレーニングが終わったんです。そしたら皆、僕を中心に集まってくれてね。キャプテンが代表して贈る言葉をくれて記念品としてペンを頂いてね。1人1人と握手をしていたらジーンと来ちゃって涙が止まりませんでしたよ。「行かないで下さい」ってね。そのなかには歳が30以上の選手もいるし、そんな彼らが送ってくれたっていうのは、とてもうれしかったですね。『俺は韓国人じゃないのかな?』って思ったくらいです(笑)その時頂いたペンは今でも大事に使っています」
―とてもいい話ですよね。今でも戻ってきてほしいって思っているんじゃないですかね。
「当初は1ヶ月間だけの臨時契約。その途中でアイパークから本契約の話を頂いて。でもマリノスは1ヶ月間ということで許可をくれたので、1ヶ月終わったところで皆に別れのあいさつをしたんです。選手たちは『帰ってくるのを信じているから最後の言葉は言いませんよ』って言ってくれてね。帰国してから、当時契約していた横浜マリノスの責任者だった中村勝則さんに相談したら、『そんなに釜山に戻りたいのなら、行ってやれよ。』って言ってくれたんです。1月末まであった契約を12月で切ってくれて自由にしてくれたんです。2月から契約することの決まっていた浦和レッズの責任者だった中村修三さんも4月からの契約にしてくれて、4ヶ月釜山にいられることになったんです」
―そのときの選手にU−20代表がいたとか?
「ええ。U−20代表GKのイ・ボンミョンって選手が、そのとき釜山にいたんですよ。僕が代表チームに合流したときは、駆け寄ってきて『誠剛さん!ウェルカム!』って声かけてくれましたよ」
―やはりそのときの釜山の選手も、どういうトレーニングをするのかなってとまどいはあったんですよね?
「すごくありましたよ。日本人コーチがKリーグクラブにいるっていうのは初めてでしたからね。キム・パンゴンさんも信頼してくれて、すべてやりたいようにやってくれって言ってくれましたから、心配はありませんでしたよ」
―Kリーグでの指導は短かったですけれども、Jリーグとの違いは感じましたか?
「Kリーグはパスがつながる本数がJリーグより少ないまま、ゴール前まで行きますよね。でもそれがサッカーの原点だと思うんです。できるだけゴールに早く行けばいいんですから。ただ、それができなかったときにどうするのっていうこと。逆に日本はそこの選択肢が一番じゃない気がします。前にクサビのボールを入れれば、あるいは前に走っている選手に出せば、ビッグチャンスになるってときにわざわざ逆サイドに展開したりしますからね。だから韓国と日本のいい部分をミックスすればいいサッカーになると思うんです。韓国は今、ミックスする方向で進んでいるような気がします。どっちが良い悪いのレベルじゃなく、長所と短所をうまく融合すれば、もう一つアジアのレベルが上がって、常に世界のベスト16、8に顔を出せるようになると思います。僕はそうしたいと思っていますし、それが目標です。僕が日本で経験したいい部分を伝えてきたいですね。日本より強くしてどうするんだとか、そういうのは全然関係ありません。常に自分が預かった選手は世界一にしたいと考えながら、トレーニングしています」
―U−20韓国代表で指導することについて、外からいろいろな声はあったのですか?
「やっぱりそれはありますよ。ネガティブな意見を言った人もいました。でもそういうのは関係ありません。韓国と日本は永遠のライバルですからね。僕はかけがいのないライバルだと思います。ライバルが強くならないと、チームが強くならないんですから。自分を評価してくれて、サポートしてほしいっていう気持ちが自分に強く響けば引き受けますよ。僕はそういう人間です。それが例え、日本のライバルであろうがまったく関係ありませんし、なんとか手伝えたらなって思っていましたよ」
―そういえば、横浜マリノス時代は、アン・ジョンファンやユ・サンチョルとも出会っていますよね。何か縁を感じませんか?
「とても感じますよ。僕が早稲田大学のときに高麗大学との定期戦を行っていて、たまたま1年生では僕しか遠征メンバーにいなくて高麗大の1年生が僕をすごく大事にしてくれたんですよ。同じ1年生ってことと、後輩として苦労している同士ってことでね。当時の1年にイ・キルヨン(元代表選手)って選手がいたんですけれど、とても仲が良かったのに、03年に44歳の若さで急死してしまってね…。
本当に仲が良かったからショックでした。僕はそのときから、日韓の壁なんてまったくありませんでした。よきサッカー仲間でしたよ。前からとても親近感がありましたね。
僕がまだ大学のときは在日の人に対して偏見があった時代です。僕はある事ですごく怒ったことがあったのですが、それが原因でケンカもしたこともありましたよ。
僕は韓国の魂というか、一生懸命するところが好きなんですよ。手段は選ばないとかいうけれど、勝ちたかったら、その気持ちを出して何が悪いのって。
そうしないと、色々なものが見えてきませんよ。僕は純粋な日本人だけれども、韓国の人はそういうところが好きだし、チング(親友)になると本当に親密になりますよね」
―本当に昔から韓国とは縁があるのですね。
「ええ。U−20韓国代表の選手たちを見ていると、彼らは友達との接し方はすごく親しいですよね。四六時中、いつも一緒にいてずっと話してられるなって思うくらいですけれど。
そういうのを見ていると僕が高麗大に行ったときのことを思い出します。だからすごく懐かしくなりましたよ。
僕が初めて高麗大に行ったときが18、19歳のときなので、U−20の選手たちもその歳ですからね。なんか巡りあわせかなって、そんな気がしますよ」
―ユ・サンチョルやアン・ジョンファンと一緒に過ごしたマリノス時代に、何かエピソードはありますか?
「ズバリ、食べ物です(笑)」
―食べ物とは何ですか?
「僕がフィジカルコーチをやっているときに、かならず新加入の選手に対してはまず面接をするんですよ。
生活面からいろいろ聞くわけです。そのときちょうどキャンプの時期で、サンチョルに生活面はどうって聞いたら、『すごくいいですよ。居心地がいいです』って言っていたのですが、『ただ、自分は疲れてない』っていうんです。
なんでいきなりそんなことを言うのかなって不思議に思っていたんです。それであとで聞いたら、合宿の朝ご飯をフリーにしてあったんですよ。
練習はかなりきつくしていたので、朝は自己管理という設定にしていました。それは当時の岡田武史監督が決めたことです。そうすると朝、食べるやつがほとんどいなかったんですよ。もちろんサンチョルはちゃんと来て食べていました。
日本代表DF中澤佑二とかもそうですが、本当に数人だけでした。それを見てサンチョルは、みんなは朝ご飯も食べられないくらい疲れているんだなって思っていたらしいんですよ(笑)」
―それはおもしろい話ですよね(笑)
「だからサンチョルはプロだから食べるのが当たり前なのに、食べられないくらいに辛いと思っていたんでしょうね。
笑えるけれど、逆に言えば日本の食事は問題なんです。とても深刻ですよ。ジョンファンもサンチョルも日本の食事だとパワーが出ないってよく言っていましたよ」
―ところで、短い間ですが釜山での生活はどうでしたか?
「釜山は好きですね。庶民的な街で大好きですよ。街の人たちはとても人懐っこくて、困ったら助けてくれるし、あとは市場の雰囲気が好きだね。チャガルチ市場とか」
―機会があれば、また行ってみたい場所ですか?
「もちろん行ってみたいよ。僕は韓国もあまり知らないけれども、ほかにもたくさんいい所があると思います。僕は都会派じゃないんですよ」
―思い出深い食べ物はありますか?
「ヘムルタン(海鮮鍋)が好きだったなぁ。店に入って大きな声で『ヘムルタン!』って言っていましたよ。おばちゃんに何が食べたいって聞かれて、また『ヘムルタン!』ってね(笑)。あ、本当に食べたくなってしまいましたよ。あとはチンジルバン(韓国のサウナ)が好きだったね」
―チンジルバンにはよく行かれたんですか?
「当時の釜山のトレーナーのクァンジェさんが、僕のチンジルバンの担当でした(笑)。午後フリーの日は良く『チンジルバン、カプシダ!(行きましょう!)』って声をかけられて行きましたよ」
―韓国には楽しい思い出がたくさんあるのですね。池田コーチにはそうした韓国との交流がたくさんありますが、選手同士の交流も、Jリーグのアジア枠創設によって徐々に増えつつあります。
池田コーチのような存在は稀で、日本と韓国、ひいてはアジアサッカーのレベルを引き上げるという観点では、重要な仕事だとも思います。それについてはどのように考えていますか?
「やはりどんどん交流してほしいよね。僕は日本のフィジカルコーチのなかで一番古いから、いろいろと若い選手と話をするのですが、どんどん韓国に行けと言っています。自分をもっと売り込めと。本当に体でぶつかってくるよって言います。実は日本のコーチのなかでも韓国に行きたいというコーチはたくさんいるんです。やっぱりフィジカルコーチは、自分がトレーニングをすることによっての効果を得るというのは、みんなが目指すところです。
ところが夜遊びします、お酒を飲みます、食事を取りませんっていう選手がいたりもするわけです。トレーニング効果の3本柱にはトレーニング、休養、栄養ってあるのですが、その1本でも欠けていたら、効果が出ないんですよ。
僕はそれで日本のチームを受け持つと、これを読まないといけないのですごく疲れます。この選手はご飯を食べているのかなとか、ちゃんと寝ているのかなとかね。これを考えるだけで、ストレスになりますからね」
―そういった選手はまだいるということですか?
「だいぶ減ってきましたけれど、まだいますね。結局は目につくところはケガということになるのです。効果を得ようと思ってトレーニングをするので、ギリギリのところでやるわけです。ところがこれが選手によっては柱がグラグラしているわけです。
サッカーはチームスポーツだから、全員が同じトレーニングする必要はあると思います。この選手は夜遊びが多くて、疲労回復ができていないから、みんなが10本やるところを8本にするっていうことは、本当はしてはいけないんです。ただ、ケガ人を出さないようにするためには、そうせざるを得ないこともあるんです。このジレンマはとてつもなく大きいです」
―韓国の選手はどうでしょうか?
「もちろん全員がということではありませんが、大事なところを話しておけばきっちりやりますね。向上心のある選手は、約束事は守ります。もちろんお酒を飲む選手はいるでしょう。ただ、大きく外れている選手はいないと思います。
1年でも2年でも長くプロをやりたいって思っているはずですから。それを釜山で学んだわけです。日本人指導者も韓国に来て学んで欲しいと思っています。韓国の指導者も日本人コーチが持っていないものをたくさん持っていますからね」
―それはどういう部分でしょうか?
「追い込まれて育ってきているから、追い込む部分の重要性と、逆に追い込むとどうなるかっていうことを知っているよね。日本の指導者が持っていないものを持っているわけです。例えば徴兵制です。負の面も多くありますが、あの経験は人間を育成す上で、貴重なものだと思います。善し悪しはあると思いますが、あの2年半を自分で体験して韓国の選手を教えているとなると、それはとても大きい力になると思いますよ」
―そういった経験が大きなプラス要素ではあるということですね。
「ええ。特に日本のサッカーも経験して韓国で育った選手や指導者は、両方を知っているわけだから。そういう指導者に日本でどんどん仕事ができるようなチャンスを作るべきだと思います。」
―韓国はU−20に引き続き、U−17韓国代表もワールドカップでベスト8入りを果たしました。
未来を担う韓国人選手と過ごしてみて、韓国サッカーの未来は明るいと思いますか?
「明るいね。強さとかメンタリティーにプラスして、視野の広い選手が増えてきています。韓国の選手は戦術的にレベルが低いと言われた時代から、かなり向上しているのは間違いないと思います」
―2010年南アフリカ・ワールドカップがいよいよ近づいてきました。日本と韓国が出場しますが、韓国代表のコーチとしてオファーがあったと報道されました。
その時の気持ちはどうでしたか?
「すごく光栄なことだと思います。それも異国のまだ一緒に仕事をしたこともない僕にそういった評価をしてくれることは、すごくうれしいですね。やっぱりワールドカップというのは選手も指導者も大きな目標なので、それはいつになるかわからないですが、僕が指導者になったときからの大きな夢ですよ」
(後編おわり)
韓国代表の諦めないメンタル性や体の強さの源や勝負にこだわることへの大切さなど「日本人」が忘れてしまった育成の根源がこのインタビューにあると感じ・・・長くなっても原文記事のまま読んでいただきたくご紹介いたしました。
韓国サッカー協会にあらためて感謝いたします。