2017年06月23日

ガンガラーマ寺院【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170508月・二>

※1円=0.85ルピーの計算

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ガンガラーマ寺院は、西洋の教会のファサードのように外壁に仏陀の物語や宗教的な逸話が浮き彫りにされていた。

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この寺院の外壁は、とても芸術性に富んでいる。

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西洋のものとはまた違った味わいがある。

敷地内に這入ると、拝観料は300ルピーとのこと。
ガイドブックには拝観無料とあったが、ルールが変わったのかもしれない。
所持金がもうほとんどないので、銀行を探して両替えをしないといけないと思う。

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寺は博物館のように異なる国々の異なる宗教美術が展示されていた。

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それらをひとつひとつ眺めるだけでも興味は尽きない。

まずは向かって左側のお堂へ入ってみる。

まず目をひいたのはガネーシャの像。

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おじいさんがガネーシャの膝をさすっている。
もしかしたらこれは、象の身体の自分の悪いところを撫でると病気が治るという日本の賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)像と同じような御利益があると信じられているのかもしれないと思った。

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さらに奥へ進むと、空間を大胆に利用した仏陀や弟子たちの群像。

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この立体空間の使い方は見事だと思った。

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昨年訪れたスペインのトレド大聖堂の空間の使い方によく似ていると思った。

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寺院内の至る所に宗教美術が並び、それらは中国を経由して日本に訪れた様式美の特色を色濃く持つものも多かった。

仁王像は完全に私たちの見慣れた姿で、それを間近に見られることは本当に嬉しい驚きだった。

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吽形、阿形。

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観音様。

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敷地内には菩提樹も植えられていた。

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菩提樹の周りには熱心な信者がいて、お供え物をしたり、お祈りをしたりしていた。

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博物館の二階で、観音が小さな観音を抱いている像を見つけた。(親子だろうか?それとも?)

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顔立ちは日本の様式に近いが、こんな風に二体の観音が抱き合っている像を私は見たことがない。
無造作に置かれているが、この仏像は稀少なものなんじゃないかという気がした。

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フィギュアの中には実物大の象の頭などもあった。とても写実的な像だった。

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ヒンドゥーの神々。

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他にもこの寺院のみどころはたくさんあった。
素晴らしい美術品(どれくらいの価値があるのかは分からない。私は好きだが、美術品的な価値は低いのかもしれない。)が本当に無造作にそこらじゅうに置いてある。

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私はそれらをつぶさに眺めてはため息をついていた。

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この寺院では婚礼の儀式か、それに伴う写真撮影か何かをするために、新郎新婦とその付き添いの子どもたちが訪れていた。

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とても綺麗な衣装を纏っていたので、子どもたちの写真を撮らせてもらった。

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よい写真を撮ることができて満足した。

(つづく)


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ぶらりコロンボの街【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170508月・一>

本日はスリランカ最終日。
コロンボはスリランカ随一の大都市で、事実上の首都である。
私が今回のスリランカ旅行でわりあてたコロンボ観光は今日一日のみ。
古都ではないただの大都市なので、見どころはそれほど多くはない。
適当に徒歩で建築家ジェフリー・バワの足跡を追いかけて、道々土産物でも買えばいいと考えていた。

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午前4時45分起床。
荷物をまとめて午前6時30分に宿を出発した。
リュックサックは、ゲストハウスのフロントに預けた。
セキュリティ的にちょっと不安だったが、リュックの中の物で差し当たり盗まれて困るのは、各種充電器と各種ケーブルくらいだ。だから心配することをやめた。

昨晩訪れたカジノの前を通り過ぎると、この時間にも関わらず出入りしている人々の姿があった。

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「こんな時間に開いているのか?」とボウイに訊くと「イエス」とのこと。
私は呆れて苦笑せずにはいられなかった。

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ガンガーラーマ寺院を目指し、何となく南へ向けて歩いてみる。

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ヒンドゥーの寺院を見つけたが、外観を眺めるだけにとどめた。

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ヘリタンス・カンダラマのように樹木に呑み込まれそうな建物を見つけて、しばし見上げる。

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どこかで朝御飯を食べたいと思いながら歩いていると、よさそうな店を発見する。

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サーモン・ロティを50ルピーで一個購入する。
朝御飯はこれだけでいい。

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サーモン・ロティは円形の小麦粉の生地を焼いたものにサーモンのカレーが包んである食べ物。

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とても美味しい。

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ヴィハーラ・マハー・デーウィ公園で、噴水にかかる虹にしばし目をとめる。

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池ではカラスが行水をしていた。

さらに歩き、露店で紅茶を喫してみる。

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こういうところで一杯の紅茶を飲むのも趣深い。

(つづく)


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2017年06月22日

虚栄の篝火(かがりび)【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・十四>

※1円=0.85ルピーの計算

晩飯のあと、私はカジノへと向かうことにした。
コロンボ・フォート駅からフォート地区の方へと迂回して線路の反対側の道へと歩いて行く。
すると、ひと際明るいイルミネーションに彩られた建造物が見えてきた。

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入り口にはそれらしい制服に身を包んだ男たちが立っていて、夜の闇から吸い込まれるようにしてやって来るうつろなる木偶人形たちを迎え入れようと待ち構えていた。

私はティーシャツにハーフパンツという緊張感のかけらもないラフな格好をしていた。
「こんな身なりだが這入ってもいいのか?」と年老いたボウイに訊いてみる。
すると「服装についてはかまわないが、荷物は預けてくれ。それとカジノの施設内で撮影はNGだよ」との回答。
とりあえず、変なトラブルには巻き込まれたくないので、カメラをトートバッグに仕舞い、持ち回り品のほとんどを係に預けた。

カジノ店内に這入ると、『ドラクエ』のカジノで流れているような音楽が流れていた。
どうやらバンドによる生演奏らしい。
カジノ内部にはバーやレストランがあり、とても楽しそうな空間を演出している。バーやレストランが有料なのか無料なのか、私には判断がつかなったので、それらは観察するだけにしておいた。

もう手持ちのルピーが少ないし、元々賭け事を本気でプレイする気もないので、500ルピーを窓口でチップに変えてもらおうとしたら鼻で笑われた。
「何がしたいんだ?少額ならテーブルで直接ディーラーに言ってチップに変えてもらってくれ」とか何とか言われたような気がする。

仕方がないのでカジノのルールについて観察するべく、それぞれのテーブルを見て回る。

ルーレット、カードゲーム、スロットマシーン。
本気で覚えたいという気がないから、ほとんどのテーブルのルールが理解できなかった。

行き交うチップを見ると一枚1000ルピーのものが多い。
中には10万ルピーのチップを張っている女もいた。

客は東アジア圏の人間が多かった。
たぶん中国人だと思う。

こいつらは馬鹿だ。
どんなに金を持っていても有効な金の使い方を知らないやつは馬鹿だ。
私は、半ばやっかみにも似た気持ちを抱え、薄ら笑いを浮かべながら、目の前で繰り広げられている莫迦げた行為を嘲笑っていた。

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【虚構】

わたしはギャンブラー。
父親は中国経済発展の追い風を受けて、株式投資と不動産投資で財を成した億万長者。
父親はひとり娘のわたしに甘い。
誕生日にいくら使ってもいいとゴールドカードをプレゼントしてくれた。
今宵はこの異国のカジノで暇つぶしに明け暮れる。

ゲームはブラックジャック。たかが一枚のカードに4000元以上のチップを賭ける。
ゴミみたいなはした金ではあるけれど、勝負が決する前の緊張感と、勝負が決まった時の昂揚感が堪らない。

少し前からこのテーブルを覗き見る男の視線を感じていた。
男は薄ら笑いを浮かべながら、カードやチップの動きを目で追っていた。
賭けに参加する気はないようだ。

ふん、とわたしは男を鼻で笑う。
どうせあいつは金もない冷やかしだろう。
そうでなかったら大金を賭ける勇気もない軟弱者。
何かを失うことを怖れる者は、何物も手に入れることはできない。

わたしは貧相なその男に顔を向けることもなく、侮蔑的な笑みを浮かべていた。

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カジノ見物に厭きた私は、フロアから外へと出る。
預けた荷物を受け取ると、先ほどのボウイが「あんたはプレイしなかったのか?」と訊く。
「俺にはカジノのルールが理解できなかったよ」と私は答える。
その真意は「カジノの仕組みだけではなく、カジノの存在意義そのものが理解できなかったよ」というところにあったのだが、正確に伝わったのかどうかは分からない。
私の言葉を受けてボウイは「実は俺にも分からないんだ」と言って含み笑いをしていた。

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その夜はそのまま宿に帰り、午後9時30分くらいには眠りに就いた。

(九日目・了)


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さらりと更けゆくコロンボの夜【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・十三>

※1円=0.85ルピーの計算

アンバランゴダからコロンボ・フォート駅前までは約2時間30分。
時刻は午後7時25分。

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コロンボの街には、弱い雨が降っていた。

都合の良いことに、宿の至近にワインショップがあるので、ここで缶ビールを購入しておく。350mlがひとつ200ルピー。

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シャワーを浴びてから晩飯を喰いに出かける。

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なんとなくバザーが軒を連ねるペター地区へと足を向けてみる。

午後8時20分。
バザーはそろそろ閉じようとしている時間帯だった。
路上には、まだ食べられそうな果実や野菜が無造作に捨てられていた。
落ちているこれらのものを食べれば、物乞いでもじゅうぶん生きて行けるだろうと思うが、別段これを目当てに集まってくる物乞いがいるわけでもない。もっと夜が更けた頃に来るのかもしれないが、基本的に物乞いは道ゆく人からの施しだけで食事は欠かさずに摂取できるようだ。実際にホームレスがオテル(食道)で食事をテイクアウトして食べている姿を見かけた。

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この光景を見て、なんだかんだ言いつつも、この国はじゅうぶん過ぎるほど豊かなんだなと私は思う。


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ペター地区の一画に観光客などいないオテル(食堂)を見つけた。

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今宵はここで飯を喰おう。

店に這入り、「ライスアンドカリーを呉れ」と言うと「無い」とのこと。
「こいつでどうだ?」と言われたので、面倒だから「それでいいや」と答える。
スリランカ最後の夜はカレーが食べたかったのだが、無いのならば仕方がない。

炒飯のようなライスにチキンがどかんと載った料理がやって来た。

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料理にはカレー味のソースがついていた。

相変わらずスリランカのチキンは、ぱさついていて硬い。
味付けは悪くない。
辛すぎないし、しょっぱすぎない。
分量もちょうどいい。

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これにミルクティーをつけて300ルピー。

店主はぐいぐい売り込みをかけない代わりに、遠慮なく私の職業について質問する。
「職業はなんだ?」
「どれくらい働いているんだ?」
「あんたは技術者か?」
「あんたはレイバー(労働者)なのか?」
それらの質問には明確に答えた。
だが、店主はそれらの質問では飽き足らず、仕舞いにはこんな質問までさらりと言い放つ。
「あんたのサラリーはどれくらいだ?」
私は「そんなにたくさんはもらっていない」と答える。
それでも店主は具体的な数字を知りたがった。

馬鹿野郎……、そんなこと恥ずかしくって口に出して言えるかっつうの!

高給取りで慎みの美徳から言うを憚るならまだいいが、ブルジョワジーに搾取されて薄給な自分を恥じているのだから救いようがない。
「たぶんあんたの方が金持ちだよ」と私は店主に言って、苦笑いせざるを得なかった。

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↑この人は写真を撮ってくれと言ったお客さん。

(つづく)


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2017年06月21日

スリランカのバスで釣りがもらえない【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・十二>

※1円=0.85ルピーの計算

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海辺の道はバスは走る。
雨が降り始め、インド洋に沈む夕陽は見られない。

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加えて主要道路は海辺を離れて走っていたりもするので、帰りも鉄道にするべきだったのかもしれない。

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バスの運賃はコロンボまで220ルピー。
1020ルピーを渡して800ルピーのお釣りをもらおうとしたら、運賃収納係は手持ちがないとのこと。
スリランカのバスではよくあることだが、釣りが無い場合、ひとまず大きい金を係に渡し、他のお客から集めた小銭ができたら、係がお客に釣りを渡すというシステムらしい。
私もそのルールに従う。
だが、どれだけ経っても係は私に釣りを渡そうとしない。
正直なところ、明日スリランカを発つので所持金は心もとない。
その800ルピーを返してもらわないと今宵の飯と明日の朝食の為の現金がない。
それが無いと私はとても困るのだ。
係の手持ちの金が500ルピー札数枚と100ルピー札数枚なのを目視で確認したのち、私は「ドゥーユーリメンバー?」と声をかける。
忘れていたのか意図していたのかは分からない。
たぶんわざとじゃない。もしくは降りる時に渡すつもりだったのだと思う。実際にスリランカのバスでは降りる時に何故かお金を渡されているお客を見かけることも多々あった。
とにかく800ルピーの釣りが帰ってきたので、これで今晩の酒と飯については心配しなくてよいとほっと胸を撫でおろした。

(つづく)


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アンバランゴダを歩く【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・十一>

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仮面ミュージアムを出て、アンバランゴダの街を少しだけ散策してみる。
海岸に出て写真を撮っていると、海辺に暮らす人々が外のテーブルでくつろいでいた。
手を振って、こっちに来いと手招きしているので、近づいてみる。

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どうやらすごろくのようなゲームをしているようだ。

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すごろくをしている人々と挨拶を交わし、写真を撮影させてもらう。
道化役の男性が、ふくよかな女性を差して、「彼女と結婚してやってくれないか?」と私に言う。
私は「それについてはやぶさかではないが、彼女は日本に渡航してそこで暮らすことができるのか?」と問い返した。というのは嘘で、私とその女性は顔を見合わせて、冗談はよしてくれという仕種で道化役に応じた。

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犬と鷺が仲良く残飯を漁る路上からフィッシュマーケットへと抜けて、アンバランゴダのメインストリートへ戻る。

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バスターミナルでACバスを見つけて乗り込み、この街の散策は終了。

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時刻は午後4時55分だった。

(つづく)


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2017年06月20日

ペルソナ、アンバランゴダの街【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・十>

アンバランゴダの街を歩き、仮面ミュージアムに訪れた。

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ここは伝統的な祭祀などにも使われる仮面がたくさん展示されたミュージアム。
見学料無料で、展示物だけではなく製造工程なども見学することができる。また2階部分が土産物屋になっている。

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ミュージアムには様々な仮面が並び、どことなく日本の能面のようなものもあった。

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製造工程は、木材を削る工程や塗色をする工程などを見学することができた。

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土産物屋では、中くらいの大きさの仮面と、小さな木彫りのゾウなどをたくさん購入した。
よい買い物だったと思う。

(つづく)


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モスキートじいさん再登場!?【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・九>

午後2時50分。

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ゴールの探索を終えた私は、ふとアンバランゴダの街に行ってみようと思った。
ガイドブックでアンバランゴダの記事を読んだとき、悪魔祓いの仮面の写真が私の興味を惹いた。
だがスケジュールの関係で、この街を訪れるのは無理だろうと考えていた。

ゴール散策を早く終えられたので、ふらりとアンバランゴダに立ち寄ってみることにした。

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バスターミナルにはアンバランゴダ行きのバスが停まっていた。
私は、それに乗り込む。
30分くらいで到着するだろうと思ったが、予想外にゴールからアンバランゴダは遠く、移動に1時間近くを要してしまった。

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アンバランゴダのバスターミナルで情報収集をしてみると、コロンボ行きのバスは午後5時くらいが最終らしい。(日曜だから最終便が早い?)
鉄道は、たしか上りの最終電車がゴールを出発するのが午後4時50分くらいだったので、これも午後5時過ぎくらいだろう。

現在時刻は午後3時45分。
あまり時間はない。
鉄道駅の近くでうろうろしていると、老人が私に声をかける。
「わしのことを覚えているかい?」
このじいさんに見覚えはない。
「いいや」
「さっき駅で声をかけたじゃないか。ゴールにモスキートはいたかい?」
「ああ、あの時の爺さんか。ゴールには蚊なんかいなかったぞ?」
「ふぉふぉふぉ」
私は、「本当にスリランカ人は目ざといよなあ、よく見つけるよなあ」と呆れつつ感心もする。キャンディのインチキおじさんも私を目ざとく発見したし、アンバランゴダのモスキートじいさんも私も発見した。この目ざとさには脱帽せざるを得ない。
「ところであんたウミガメを見たくはないか?」
「ウミガメも悪くないが、俺は仮面ミュージアムに行きたいんだ。それに俺には時間がない」
「いいや、時間はじゅうぶんにある。連れて行ってあげるからついてきなさい」

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だが、今はウミガメではなく私は仮面が見たいし、あわよくばお土産に買って帰りたい。
ガイドブックを片手に適当に相槌を打ちつつ、生返事を繰り返して足早に移動していたら、諦めたのかモスキートじいさんはいつの間にかいなくなっていた。

その物語には、寓意も無ければ、教訓も無かった、
モスキートじいさんは、神出鬼没の遷ろうイデアではなかったし、もちろん顕れるメタファーでもなかった。

(つづく)


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2017年06月19日

『空を駆けるジェーン』アーシュラ・K・ル=グウィン著、村上春樹訳

アーシュラ・K・ル=グウィンの空飛び猫を主人公とした童話の続編。
今作はジェーンという黒猫がヒロイン。
ジェーンは空飛び猫のきょうだいたちの末っ子で、退屈な田舎の生活に飽き飽きしている。
彼女はある日、穏やかな田舎での生活を蹟にして、都会の喧騒へと身を投じるのだった。

腹ペコのジェーンは、親切そうな顔をしたひとりの男に保護される。
だが翼のある猫など人々の好機の的となるのは当たり前で、その中年男には下心があった。彼女の望んだ刺激的で自由な生活は、この男の庇護家では訪れない。

かくしてジェーンは真の自立を目指して、再び自分の居場所を探すのだった。

特に猫好きには堪らない表現が多々あり、なんだか胸がほっとしたり、きゅんとしたりする。
子供向けとはいえ、寓意に満ちたお伽噺で、とても面白かった。


thanks_dude at 21:00|Permalink村上春樹 

ランパート、あるいは城砦都市ゴール【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・八>

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ゴール旧市街のメインゲートは、比較的新しい時代の街の玄関口である。
その近くには美しい時計塔が建っている。

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メインゲートくぐり、右側の勾配を登って行くと、時計塔の下に出る。

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その先は要塞の遺構が続き、西方にはインド洋が広がっている。

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要塞の遺構はスター要塞と呼ばれる場所が突き当りとなっており、半島に沿って要塞は南側へと続いている。


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空は晴れ渡り、

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インド洋は青く美しく、

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断崖絶壁の上に築かれた要塞の下方の海面では、子どもたちが遊んでおり、波間に浮かんで旅人に手を振っていた。

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私は嬉しくなって手を振り返し、その麗しい光景を写真に収めた。

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半島の外周をなぞるように南側へと歩を進める。

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突き出した岩場の上に堡塁のような場所があった。

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ここが半島の突端のような気もする。

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インド洋の眺めも素晴らしい。

近くに椰子の実ジュース売りがいたのでひとつ購(もと)めてみる。
実はスリランカでやりたいことのひとつに「椰子の実ジュースを飲む」というものもあったので、ここでひとつ目標を達成できたので満足している。

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売り子のおじさんは、鉈でかんかん、がつん!と椰子の実の上部を削って穴をあける。
そこにストローを差してちゅうちゅうと飲む。

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ほのかな酸味と甘み、そして青くささを感じる。
薄いスポーツドリンクのような味わい。
いっぱい飲み過ぎると、喉がいがらっぽくなりそうな感覚がある。(ある種の果物に対するアレルギー反応と同様。)
ジュースの温度は絶妙。冷蔵庫に保存されているわけでもないのにじゅうぶんに冷たく感じる。
まずくはないがうまくもないというのが正直な感想。
値段は100ルピー。

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ゴールフォートの東側は、海水浴場になっていた。スリランカの人々が海水浴を楽しんでいた。

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東側の城壁の上を歩いて行くと、灯台に突き当たる。

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この辺りで城壁の散歩道は終わりを告げる。

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城壁を降りて西へ歩いて行くと、旧ゲートがあった。

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旧ゲートの上には紋章が彫られたオブジェクトがあり、VOCという文字が確認できた。

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この紋章はオランダ統治時代の名残りで、彫り込まれているのは東インド会社の紋章らしい。

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城壁沿いに西へ進むと、いくつかの教会がある。

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教会の庭では、子どもたちが目隠し鬼をしていた。

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教会から南に転身して、街並みを眺める。

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そろそろゴールの探索も終わろうとしていた。

ゴールの街には半島の外縁部に城砦としての重厚な遺構が残り、さらにその外側に広がるインド洋が蒼く煌めく素晴らしい景観が広がっていた。城壁の内側に広がるコロニアルな建築物もまた美しかった。

(つづく)


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城砦都市ゴール【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・七>

ゴールは、元々アラビア商人たちの東方貿易港として栄えていた。
大航海時代になって、ポルトガル人がここに砦を築いた。
その後、オランダ人が乗り込んで来て、砦をさらに強固なものに改修した。
イギリス植民地時代もオランダ人の築いた砦は活用され、この街は城砦都市として繁栄を続けた。

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スマトラ沖地震の津波の時、要塞の遺構のおかげで要塞内の被害はほとんどなかったという。
実際にフォートの中を歩いてみると、西側と南側は断崖のようになっているので、人為的な攻撃にしろ、常識を超えた自然現象にしろ、こちら側からの破壊的な圧力はそれほどの効果を発揮しないだろうと実感する。

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さて、駅改札を出て、周囲を見渡していると、いつものようにトゥクトゥクドライバーが「どこへ行くんだ?」と訊ねてくる。私はあっちと言う風に指を差し、「ノーセンキュー」を繰り返す。彼らは明確に不要だという態度を示すと、それ以上は売り込みをかけない。

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ゴール駅やバスターミナルのある新市街の一画から旧市街までは歩いて数分である。

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トゥクトゥクに乗るまでもないし、風景を眺めながら歩くのが好きな私には、もはや楽しみを奪う邪魔者意外の何者でもなかった。

(つづく)


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モスキートじいさん登場!【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・六>

狼少年という童話があったと思う。
「狼が出たぞ!」という嘘ばかりついていた少年は、誰からも相手にされなくなって、本当に狼が来た時に叫んでも誰にも信じてもらえず、狼に喰われて死んだ。

ウソップ海賊団という物語があったと思う。
「海賊が来たぞ!」という嘘ばかりをついていた少年は、嘘つき呼ばわりされていたものの、心優しい村人たちからは愛されていた。本当に海賊がやって来た時には、それよりも強いゴム人間が船長の通りすがりの海賊たちが助けに来てくれたので、本当は臆病な弱虫だけど頑張ってゴム人間たちと協力して大切な人たちを守り抜いた。

そんなことはどうでもいい。
今回はモスキートじいさんの話だ。

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電車がアンバランゴダ駅に到着した際に、プラットフォームから私に声をかける爺さんがひとり。
爺さん曰く「ゴールにはモスキートがたくさんいるよ。ゴールの蚊はデング熱がヤバいから、ここで降りた方がいいよ」とのこと。
私はゴールの風景を思い描きながら、「いや、虫よけスプレーで肌はきっちりとガードしているし大丈夫だろう。アンバランゴダの仮面には少し興味があるが、今はとにかくゴールへと向かいたい」と瞬時に思う。

「いや、俺には時間が無いんだ」と私は答える。
「とりあえずここで降りてみてはどうかね?」
「ゴールに先に行くよ」
「まあまあ、とにかく降りて降りて」
「…………」
(以下エンドレス)

電車が走り始めるまで、モスキート爺さんは勧誘に余念がなかったが、私は笑顔でそれを受け流していた。やがて電車が動き出し、さすがに爺さんも諦めたようだ。
そろそろ鉄道は海辺から離れ、市街地を走ることも多かった。

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午後1時15分、電車はゴール駅に到着した。

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ここが旅のゴールではないが、街の名前はゴールだった。
正しくはガッラという発音なのかもしれない。

(つづく)


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【DVD鑑賞】『大巨獣ガッパ』

『大巨獣ガッパ』という古い怪獣映画が図書館に置いてあったので借りてみた。
1960年代、戦後からの復興を果たした日本は、高度経済成長時代への階段をは早足で駆け上がろうとしていた。
子供向けの怪獣映画が、華やかに喧伝され、ゴジラやガメラたちが縦横無尽に都市を破壊した。

ガッパのストーリーは、南海の孤島で発見された新種の爬虫類のようなものの幼体を、原住民の忠告を無視して調査チームが日本に持ち帰るところから始まる。
しかし、その幼体「仔ガッパ」にはつがいのエロガッ・・・じゃなくて親ガッパが居て、仔ガッパを奪還すべく日本列島に上陸するのだった。

ガッパのデザインは奇怪で美しくはなかった。少なくとも着ぐるみのガッパは気持ち悪い。
母ガッパは日本上陸の際に戦車ほどの大きさのタコを咥えていた。これは子どもに与えようという親心を表現した演出らしい。にしてもデカすぎ。


thanks_dude at 00:16|Permalink怪獣/怪物/monster 

2017年06月18日

その先の景色を〜Salley Live Tour 2017「Clear」FINAL〜@渋谷WWW

もう三年くらい前のことだろうか。
私は旅先で音楽ライブを聴いていた。
旅をすることに喜びを感じる私は、一度だけしか訪れたことのない福井県を再訪して、じっくりとその土地を観察してみたかった。だから私は観光をするついでに、そのライブイベントにも足を向けたのだった。

音楽ライブにはたくさんのミュージシャンが出演していた。
あの日、初見ながらSalleyという音楽ユニットと片平里菜という歌うたいが私の興味を惹いた。それからハジ→という人は後に私の大好きなBENNIE Kの名曲「Dreamland」をカバーして、しかもその音減にBENNIE KのラッパーCICOが参加するという偉業すら成し遂げた。

閑話休題。

あの時福井市のフェニックスプラザで、Salleyが演奏した唄はずっと耳から離れずにいた。(「Agreed greed」、「green」、「赤い靴」、「プレゼント」、「その先の景色を」)
そしてその中の一曲である「その先の景色を」を、私はあれ以来一度も生で聴くことができずにいた。他の唄は事あるごとに定期的に演奏されるのに、なぜだか「その先の景色を」だけは演奏されなかった。少なくとも私が訪れるライブ会場でが演奏されることがなかった。だからもう期待することはやめてしまった。

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春にまっさらなアルバム『Clear』をリリースしたSalleyが、ワンマンライブツアーを行った。
本日は東京公演で、そのファイナル。

午後3時に窓の外を見ると、雨が降っていた。すでに梅雨入りしてから久しい。日曜の午後に雨が降っても、少しもふしぎではない。

湘南新宿ラインを渋谷駅で降りて、山手線のプラットフォームを通り過ぎて改札をくぐる。
ハチ公口からスクランブル交差点を渡って一番街を抜けた。スペイン坂を上った先がライブ会場の渋谷WWWだった。ここはかつてミニシアターだったところ。それゆえにフロアは三段階の段差がある。

フロアに這入ると、いちばん上の段ががらがらだった。
ここがいいじゃんと思ったら、三段目の全部が関係者席だった。
「そうか、そんなにチケットが売れてないんだな。今の時代、音楽をビジネスにして成功するということは、本当に難しいんだな」としみじみ思う。

結句、私は一番下のフロア後方を自分の位置に定めて、やがて定刻通りにライブは始まった。

最近はなぜだかSalleyの唄ばかり聴いている。耳に馴染んだメロディと言の葉は、生演奏で聴くとまた一層心地よい。
私は大好きな「あたしをみつけて」を聴きながら、プラスチックのカップに注がれていたものをぐびりと呑み、しみじみと「今日もビールが旨い」と思った。


<セットリスト>

01.Wonderland
02.Boys & Girls
-MC-
03.言い訳ガール
04.Widing Load
05.小さな嘘
06.あたしをみつけて
-MC-
07.Clear
08.インスト曲
09.SPECTRUM
10.kodama
-MC-
11.スカイライン
12.カラフル
13.冬が来る
14.赤い靴
15.Agreed Greed
-MC-
16.HOME
encore
-MC-
17.プレゼント
-MC-
18.その先の景色を



<以下メモ>

(※メモ帳から書き起こしたのでMCなどには若干の虚構が混じっています。)

オープニングとなる「Wonderland」、「Boys & Girls」はハミングパートでボーカルのうららと一緒に歌う。

最初のMCでは、ギターの上口が「みんなの笑顔を見ていると、自分を抑えるのがたいへん」と言う。うららが生憎の雨について話し、「みんな楽しんでいってくださいね」と微笑んでいた。

そのあとはわりと聴かせる唄を集めていた。
先に書いた通り、私は「あたしをみつけて」に強く惹き込まれる。

二度めのMCでは、昨年のSalleyは、バンド編成のライブは7月にこの場所で行ったライブツアー「Clear」(敢えて今年も同じツアータイトル)だけだった。(私はあの日スペインを旅していたので、この場所には訪れることができなかった。)
今回のツアーの思い出を上口とうららが語り、続いて「Clear」を演奏。

うららは退場し、上口とサポートメンバーによるインストゥルメンタル曲が演奏される。
その間にうららは衣裳チェンジ。頃合いを見計らって再登場。
その流れから、そのまま「SPECTRUM」へと雪崩れ込み、ステージは後半戦へと突入する。

三度めのMCでは、「みんなの盛り上がりがすごい。経験したことのない感覚」とうらら。
「テンション上がっていつも以上に首を振っています。ちょっと明日が心配だけど、ライブにブレーキなんかいらねえぜ!」(男前上口)

「スカイライン」、「カラフル」の後は、MCうららによるコール&レスポンス。
最高に愉しい。

この季節に敢えての「冬が来る」だが、やはりこの唄は季節を超えて麗しい。
「赤い靴」は幻想的で、「Agreed Greed」で私は飛び跳ねた。
「Agreed Greed」の間奏でメンバー紹介をする。
サポートはギター、ベース、ドラム、キーボード。
キーボードはいつもの人、ベースはお姉さん、ドラムはSalleyの音源のほとんどで演奏している人らしい。メンバー紹介の流れと、それぞれのソロ演奏とその後も続く「Agreed Greed」が最高に素晴らしかった。

本編最後のMCでは、上口が「これからもよい音を紡いでいくので、よろしくお願いします」というようなことを話し、うららが「自分の家もホームだし、生まれた場所もホームだと思うけれど、こうやってステージに立つようになってからは、みんなが私たちの唄を聴きに来てくれるこの場所もホームなんだと思います」というようなことを話していた。
やはり、締めくくりは「HOME」で、それはどことなく郷愁をそそられるような唄だった。

アンコールではオーディエンスが、「こうへい、うらら」とふたりの名を連呼していた。
うららは、「こうへいとうららを並べて呼ばれるのが嫌」だと、半分冗句で言っていた。そして「かみぐち、うららコールじゃなかったからまだマシだった」とお道化てみせていた。

ひとしきりグッズ紹介と今後の展開を話して「プレゼント」を演奏。

最後のMCでは、上口が「負けそうになったり、悔しい思いをすることもあるけれど、これからも頑張って音楽を届けて行くので、応援してください」というようなことを話した。
うららは少し感慨深げに、時折油断したら落涙してしまうんじゃないかと思えるくらいの表情で言葉を紡ぐ。
「こんな風に楽しい時間を共有できることが嬉しいです。『Clear』の歌詞にもあるのだけれど、『あなたはなぜここにきたの?』という問いかけに、私は音楽が好きだからここにいるのだと答えられると思います。みんなもそうでしょう?音楽が好きだから、Salleyの唄を好きになってくれたから、ここに来てくれている。そういうことがとても大切だと私は思います。だからこれからも着いてきてね。最後に、私と上口くんが知り合って、Salleyを結成して初めて作った唄を歌います。聴いてください。『その先を景色を』……」

そのタイトルコールを訊いた瞬間に、私の中で何かが弾けて、私はとても嬉しくて幸せな気持ちに包まれた。それこそ油断したら涙がでそうなくらいに。

ようやく、あの日に聴いたとても麗しい唄を再び聴くことができる。
その充足感に私は身を震わせていた。

久しぶりに生で聴く「その先の景色を」を、私は深く深く心に刻み込んだ。
渋谷の街にはしとしとと雨が降っていたが、あくまでも心は晴れやかに澄み渡っており、その先の景色にはClearな世界が広がっていた。

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ワンマンライブ終了後は、グッズ購入者に対する特典お渡し会やらファンクラブ会員対象のアフターパーティ的な催しやらがあるらしい。
そのどちらにも参加権のない私は、おとなしく家路に就くことにした。

帰り道、螢のいる湧水地で、缶ビールを片手に螢のひかりを眺めた。
弱い雨が降る午後8時50分、数条のひかりが舞い、美しいエメラルドの軌跡を宙空に描いていた。
私は左の耳でSalleyを聴き、右の耳で水のせせらぎを聴いていた。
Salleyを聴きながら、缶ビール片手に螢のひかりをみるというのは、この上ない贅沢だと思った。

(おしまい)


thanks_dude at 23:30|PermalinkSalley 

『ラフカディオ・ハーンのクレオール料理読本』ラフカディ・ハーン

クレオールとは、ルイジアナ州に入植したフランス人やペイン人やその子孫の総称。
広義にはそれらの人々と有色人種の間に生まれた人たちの子孫も指すようになった。
この本はクレオール人たちが伝統的に受け継いできた家庭料理を、ラフカディオ・ハーン(後の小泉八雲)がまとめ上げたもの。
ハーンは、日本を訪れる前にニューオリンズで記者をしていた。これは彼が十九世紀後半に書き残した文章を集めた本。

レシピに関しては、わりと無味乾燥な印象である。
加えてイメージしにくい食材も多数出てくる。
度量衡はアメリカの基準だが、巻頭に変換表が掲載されており、これは意外にも何となくイメージできた。

几帳面で筆まめなハーンが、日本で行ったように当時のニューオーリンズで暮らす普通の人々の生活を切り取って後世に残したというところが面白い。
本を読んでいると、無性に料理がしたくなってきたので、五月に旅したスリランカで購入したスパイスを使って、市販のルウを使わずにカレーを作ってみたりもしてみた。

この本は抄訳で、合間にはコラムなどが挿入されるという形式。
コラムの中で大好きなのはタルタルソースの作り方。

タルタルソースを作るには二とおりの方法がある。
第一の方法は、若いタタール人をつかまえる。この作業には困難がつきものだ。ともすればあなたの生命をも犠牲にするおそれさえある。
タタール人を手中にしたらこっそりと隠密に殺害すること。警察はおそらくあなたの欲求よりもタタール人の人命を重くみるであろうから、極めて慎重にことを運ばなければならない。
あとは内臓を取り、肉質の柔らかい部分を香辛料やワイン、蜂蜜などとともに煮込む。

もちろん冗句である。
実際のタルタルソースのレシピはしごく簡潔にわずか二行あまりで解説している。


thanks_dude at 18:40|Permalink小泉八雲 

ハーンが繋ぐささやかな縁【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・六>

ドアを閉めなさいと言われた場合に備えて、念のために汚れているガラス窓をきれいに掃除する。
するとひとりの老紳士が声をかけてきた。
「アーユボワン」
「アーユぅボワン」
「私はこの駅のステーションマスターじゃよ。どこから来なさった。旅のお方?」
「日本から来ました」
「おおそうか。ところであなたは仏教徒ですかな?」
私は基本的には無神論者だが、宗教というものを考察するのは嫌いではない。仏陀の教えを尊いものだと知っているし、私の中にごく自然に息づいている仏陀の教えを否定することはできない。また、生活習慣としての仏教と日本古来の宗教である神道の影響は脈々と受け継がれている。だからこんな風に答えることにした。
「仏教と神道、半々くらいです」
「そうですか。あなたはラフカディオ・ハーンをご存知かな?」
こんなところでへるん先生(小泉八雲)の名前を耳にするとは思いもよらなかった。私は目を輝かせて、
「ラフカディオ・ハーンは私の愛読書ですよ!」
と答える。
「彼は神道についても記述しておりましたな。彼はスリランカにも訪れたことがあるんじゃよ(※)」
「そうなんですか!やっぱすげえ……」
やがて車両は動き出し、私をエキサイトさせた駅長は電車を降りていった。
遥か時空を超えてラフカディオ・ハーンが繋いだささやかな縁(えにし)を思うと、私はふしぎな興奮を抑えきれなかった。
風が、私の火照った心をやさしく撫でていた。

(※)このあたりは正確に聴きとれていたか不安。たしかハーンは西インド諸島にいたことがあるから、足を延ばしてスリランカに訪れていたとしても不思議ではない。ハーンによるスリランカについての記述は、私は読んだ記憶が無いがあって然るべきだと思う。

(つづく)


thanks_dude at 18:30|Permalink【2017年遠い太鼓・セレンディップの旅人】 

ゴールを目指して南へ【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・五>

IMG_2362

コロンボ・フォート駅に戻り、プラットフォームで電車が来るのを待つ。

IMG_2335

二等車のチケットを購入したが、二等車はどこで待っていればいいのか、さっぱり分からない。
周囲の人に訊いても、駅作業員に訊いても、要領を得ない。

IMG_2364

勘を頼りに適当な場所で待っていたが、私の前に停まったのはどうやら三等車両のようだ。

うろうろしている内にあらかた座席は埋まっていた。できれば海側(つまり進行方向に向かって右側)に座席を確保したかったが、すでにキャンディからヌワラ・エリヤの鉄道で、乗車扉は開きっぱなしであるという実情を知っている今となっては、座席確保など取るに足らない些末な問題だった。

午前10時30分に出発する筈の列車は、20分遅れてゴール・フォート駅を出発した。
スリランカでは、これくらいの電車の遅延は既定事実のようだ。

IMG_2366

私は、進行方向に向かって右側の乗車ドアの地べたに座り込んで、海の見える景色を眺めることにした。
電車が動き始めると、すぐにインド洋が視界に広がり、その蒼さと太陽の光がまぶしい。
やっぱりこの場所でいい。
むしろこの場所がいい。

IMG_2418

電車は海沿いの集落を抜けて走って行った。

IMG_2463

線路には人が歩き、洗濯物が干されていた。

IMG_2507

海辺には椰子の木が並び、線路沿いには質素な家が軒を連ねる。
日曜日の午前中、海辺に住む人々の営み。
それは彼らにとっての当たり前の生活なのだろう。
旅人は当たり前の光景を好奇の目で眺めている。

IMG_2567

吹く風が心地よかった。

(つづく)


thanks_dude at 06:30|Permalink【2017年遠い太鼓・セレンディップの旅人】 

【映画鑑賞】『LOGAN/ローガン』

※この記事には映画『LOGAN/ローガン』についてのネタバレのみならず、古い映画の『シェーン』のネタバレも含みます。閲覧の際には、以上のことを了承の上、自己判断にてよろしくお願いいたします。















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『シェーン』は、1953年のアメリカ映画である。映画『LOGAN/ローガン』で、登場人物のひとりエグゼビアが「これは100年前(1929年)の映画だ」と言っていたが、彼はボケ老人だから勘違いだろう。1929年とかだとまだモノクロ映画の時代だと思う。

『シェーン』は西部劇で、一匹狼のヒーローが力を持たない人たちを悪漢たちから守るという物語。細かい内容は忘れてしまったが、ラストシーンはとても有名だ。闘いを終えたシェーンが、馬に乗って荒野へと去っていく。そのうしろ姿を見送りながら、少年が「シェーン!カンバーック!!」と叫ぶ。

誰かがこんなことを話していた。映画のワンシーンかテレビ番組だったのかは覚えていない。

あのシェーンのうしろ姿をよく見てみなよ。
なんだかぐったりしているようには見えないか?
あのシーンでシェーンはけして振り向かない。
なぜなら彼はすでに馬上で死んでいたんだ。

たしかにそうとも取れるラストシーンだった。
シェーンは次世代への希望を少年に託して、その人生をまっとうしたのかもしれない。

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映画『LOGAN/ローガン』は、『X−MEN』というアメリカンコミックを映画化した作品に連なる物語。メインストリームからは外れているので、スピンオフ映画というやつかもしれない。『X−MEN』のメインストリームは、主要な人物が死んだり、物語が過去に戻ったりして、一体今どのような状態なのか知らない。サイクロップスがたいへんなことになって、ジーン・グレイが暴走して……というところまでは知っている。たぶん新世代の奴までしか観ていない。(最新作は『アポカリプス』?)

『LOGAN/ローガン』の物語は2029年のアメリカが舞台。
ミュータントの時代は終わりを告げ、新たなミュータントはもうずっと生まれてさえいない。
主人公のローガン(ウルヴァリン)たちが最後のミュータントなのかもしれない。

プロフェッサーX(まだ生きていたのか!?ピカピカのピカード船長!じゃなくてエグゼビア!!)は完全に老人。いやただの老人じゃなくて最も危険な脳を持つボケ老人。
ローガンは超回復を持つスーパーヒーローで、壮年期に悪い奴らにアダマンチウム合金の骨格を移植されたとかいうスピンオフ映画があったと思う。この前にテレビ録画で観た『ウルヴァリン SAMURAI』では、長崎に原爆が投下された時に捕虜としてその地に捕まっていた。年齢は30代中盤くらいに見えた。1945年8月9日に30代だとすると、2029年では少なく見積もっても115歳なのか?エグゼビアより歳上だったのか!!(公式には何年生まれなのかは知らん。)2029年のウルさんは、もはや超回復能力が衰え始めていた。老年ゆえか、何らかの抑制が働いているのかは、物語冒頭では分からない。

特殊能力を持ったミュータント(突然変異体)は異能の存在だった。彼らの一部はスーパーヒーローとして人類の平和に貢献していたものの、力を持たない人類は彼らの能力を潜在的な脅威として恐れていた。悪の組織は、ミュータントの発生を抑止すると同時に、人為的にミュータントを造りあげる研究を行っていた。

ある日、ローガンの前にやっかいごとが降りかかる。
やっかいごとの果てに現れたのは、ローガンと同じ能力を持つ幼い少女。(彼女は老いたローガンより強いかもしれない。)
一体彼女は何者なのだろう?

全体的なトーンは、渋めに抑えられている。
この軽佻浮薄としていない雰囲気は好きだなと思った。

前半では、とある施設内をスマートフォンで隠し撮りしたムービーをローガンが見るシーンが印象的だった。

物語に巻き込まれたローガンは、エグゼビオ爺さんとローラという凶暴な少女と共に、ロードムービーのような逃避行を繰り広げる。
(アクション映画にしてロードムービーという展開が素晴らしい。)
途上、テレビドラマ『ER』のドクター・ベントン役だった俳優(だと思う)なんかも出てきてにやりとさせられる。

ウルヴァリンというスーパーヒーローの物語をしっかりと描き、そしてその物語は次世代へと受け継がれていった。
ひとつの物語の結末としては美しいと思ったが、ハリウッドにはいつだって金が付きまとうものだから、必要があろうとなかろうと、さらなる物語は人々の想像に委ねられることもなく、実際的に紡がれていくのだろう。

2020年公開『LAURA/ローラ』、COMING SOON!!(嘘)

(蛇足だが、ちょっとスペイン語の知識があるとさらに楽しめるかも。ナーダ…、アキ…、ポルケ?……。)


thanks_dude at 01:50|Permalinkアクション 

2017年06月17日

古いゲームもやってみよう【ゲームの話】

『ドラクエXI』は、ファミコンの頃の「ふっかつのじゅもん」をゲーム内のひとつのギミックとして組み込まれているらしい。
すぐ手に取れる場所にある『マイト・アンド・マジック』とか『ウィザードリィIV』とかのマップが書き込まれた方眼ノートには、古いゲームのパスワードなども記述されている。
これにドラクエの「ふっかつのじゅもん」も書き残してあるだろうと思ったら無かった。あまりにもドラクエを遊んでいた時代は古すぎた。たぶん納戸をひっくり返せば出てくるだろうと思うが、今さらそんなことをするのも面倒なので、最初から始めることにした。たぶん初代ドラクエならそんなに時間はかからない。問題はドラクエII。レベルマックスまでするのに、だいぶ時間がかかりそうだな。

ファミ通を立ち読みしていたら。シミューレションゲームの総選挙みたいな記事があった。
私の大好きな『ファイアーエムブレム』(FE)とかもランクインしている。FEはシミューレションRPGなので、このジャンルには入らないんじゃないかと思うが、もう分類なんてぐっちゃぐちゃになっているから致し方ない。(サウンドノベルはアドベンチャーゲームに集約されたらしいし。)
何年もずっと気になっていながら着手できずにいた『ヴィーナス&ブレイブス〜魔女と女神と滅びの予言〜』というゲームがシミュレーション部門の圏外ながらもコメントが載せられていたので、ちょうどいい機会だしブックオフで探してみた。PS2の棚でそれを見つけて950円で購入。あとで知ったがPSP版もあるらしい。追加要素もありそうだし、外でもできるしPSP版にすればよかったかも。

『ヴィーナス&ブレイブス』は、シミュレーションゲームというよりは風変りなRPGといった印象だった。物語もゲームシステムも個性的で面白そうだ。


thanks_dude at 21:00|Permalink【ゲームの話】 

フォート地区でブランチを【201705遠い太鼓・セレンディップの旅人】

<20170507日・四>

※1円=0.85ルピーの計算

IMG_2353

フォート地区の片隅で、遅い朝食を摂ることにした。
ガイドブックにも載っているピラウというローカルフードの店を見つけたので這入ってみる。

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チキン・コットゥを注文しようとしたら「そいつは午後からだ」とのこと。

仕方がないので、ストリング・アーッパにカレー、それからミルクティーを注文した。

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ストリング・アーッパは何度か記載した通り米粉の麺。

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食感はゆるめでつるつるしていないそうめん。

給仕が「サモサはどうだい?」と三角形の揚げ春巻きみたいなものを見せるが「要らない」と答える。
ストリング・アーッパがふた塊だったので、これでじゅうぶんだったのだ。

会計時に、給仕のじいさんにチップを要求された。
「あんたはチップをもらえるほどの働きはしていないだろう」と思ったが20ルピーを手渡す。

額が少ないからか、じいさんはさらに「日本のコインを呉れ」と言う。
私は正月に家電量販店で貰った弁財天の御利益のある札に納められた御縁玉(五円玉)を携行していた。「ジャパニーズ弁財天、サラスヴァティのご利益があるコインだよ」と言って、札にくるまれたままで手渡したが、すぐさまじいさんは札を広げて中身の確認していた。「駄目だ、現金なじいさんには俺の言葉は届いていないし、ただのコインを渡さなかった俺の小粋な振る舞いだって分かっちゃくれない」と、あまりにも現実的なじいさんの振る舞いを残念に思った。

これまで食堂でチップを要求されたことはないが、コロンボでは他の店でも「チップ頂戴」と言われた。
つまり、大都市のコロンボではこれが当たり前のことなのかもしれない。

料金はチップを含めないで380ルピー。

(つづく)


thanks_dude at 18:00|Permalink【2017年遠い太鼓・セレンディップの旅人】 
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