2017年12月14日

ドラクエXI・3DS版終了【DQXI日記・3DS版】

ドラクエXI・3DS版を着々と進める。
すでにPS4版をコンプリートしているので、3DS版は2Dモードでサクサクと進める。
もちろんやり込み要素などを重箱の隅をつつくようにプレイしたりはいない。

二度めとは言え、いや二度めだからこそ、あのシーンは涙なしには見ていられなかった。
(もうそのだいぶ前のイベントから事あるごとにうるうるしていたのは内緒だ。)

やっぱりベロニカが好きだ。
セーニャの健気さも素敵だ。
ロウやマルティナの悔恨に胸を打たれたし、カミュの贖罪のエピソードもよかった。
というかカミュに関しては、私の大好きな盗賊だし、最強のアタッカーなところがイカす。
シルビアとグレイグの騎士コンビも決めるところは決めてくれて頼もしい。

一回目のエンディングロールまで56時間くらい。そのうち10時間以上は時渡りの迷宮の時間。PS4版は、じっくり進めていたのでここまでで100時間以上経過していた。
レベルは60くらい。3DS版は冒険の途上で積極的にスペクタクルショーを狙っていったので、何もしなくても経験値が多めに入ってしまう。ちなみにPS4はレベル50前後だった。だが何となく3DSの2DモードはPS4版よりボスキャラが強い気がする。バトルシステムが2Dモードはパーティーごとのターン性で、PS4版は個人ごとに順番がまわってくるシステムなので、PS4(3DSの疑似3Dモードも)の方がさまざまな状況に対応しやすい。その違いかと思う。基本的に2Dモードは、中ボスクラスでも状態異常に対応しないとまともに闘えないやつがいた。

3DS版は、その後の世界を駆け足で進み、すべての事件を解決していないし、ネルセンの試練も最初のやつしか攻略していない。
けど、面倒だからやらなくてもいいや。
時渡りの迷宮で解放される旧作の世界はほとんど手つかずなので、これだけはやりたい。

二回目のエンディング後のプレイ時間は67時間くらい。レベルは87前後。PS4版は156時間でレベル70くらい。
PS4の方はさらにやり込んで最終的に215時間25分でミッション完了した。

PS4版に続き、二回目のエンディング後にセーブして、エンドクレジットに表示されたふっかつのじゅもんを入力し、ドラクエIの無料版をダウンロードする。

これでようやくドラクエXIの攻略がほぼ完了した。
時渡り関連の旧作関連イベントを終えたら、なぜか会社の福利厚生で無料ゲットした『ポケモンウルトラムーン』を始めよう。

あと、明日は『バイオハザード7』のゴールドエディションが届くので、据え置き機はそっちの攻略に入る。


thanks_dude at 00:03|Permalink RPG 

2017年12月13日

<メモ>

2017/12/13

朝、ゆりかもめの新橋駅にあるサークルKでライブチケット発券した。
レジの表示は0円なのに、なぜか4,524円の請求をされた。
おかしいなと思ったが、その場では確かめようがない。
レジのスタッフは外国人だった。
レシートを呉れと言うと、レシートはないとのこと。
さらに領収書はないのかと訊くと、出す素振りもない。
それでも出ないわけがないと言い張ると、隣のレジ打ちをしていたスタッフに聞いてようやく領収書を呉れた。
だが、まったくもって納得がいかない。
レジの表示が0円でレシートも出ないということはクレジット決済が完了している可能性が高い。
家に帰って、ヤフーメールを確認してみると、確かにクレジット決済は完了していた。
サークルKに二重払いをさせられてしまった。
ヤフーメールとクレジットカードの履歴を印刷し、明日の朝返金要求に行ってみるが、果たしてお金を返してもらえるだろうか?


thanks_dude at 22:34|Permalinkその他 

【DVD鑑賞】『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アヴェンジャー』

『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アヴェンジャー』を鑑賞した。
キャプテン・アメリカは、『アヴェンジャーズ』シリーズで何度も見てきたが、これはその起点となるエピソード。

ガリガリもやし坊主だった青年は、正義感だけは人一倍強かった。
時は第二次世界大戦期。
欧州ではナチスドイツが周辺諸国を侵略し、ユダヤ人に対する非人道的な迫害を続けていた。
もやし青年は、徴兵されることを願うが、彼の体格では検査に合格しない。
だが彼は諦めない。
例えば正義のためにチンピラと喧嘩をしても、絶対に勝ちはしないが、諦めないから負けることもない。
徴兵検査も同じだった。
出身地を偽って何度検査を受けているうちに、有望な兵士に特殊な「血清」を注入することにより超人を作り出そうという計画を進めている博士の目に留まり、ようやく徴兵検査に合格した。

人並み外れた正義感を買われたもやし青年は、血清を注入されて、超絶無比のマッチョマンに変身した。
そして彼はキャプテン・アメリカと呼ばれるようになる。

最初は士気昂揚の為の慰問団として、莫迦げた興業をしていたが、親友の所属する連隊がヒトラーの右腕のレッドスカル率いるハイドラという組織に捉われたことを知り、独断で救出に向かう。

捕虜を救出したキャプテンは、一躍スーパーヒーローとなり、ハイドラとレッドスカル討伐に乗り出すのだった。


キャプテン・アメリカは、衝撃吸収能力が半端ない金属の丸盾を片手に戦場を駆ける姿が印象的なスーパーヒーローだが、その起点となる物語でも、その姿は遺憾なく発揮されていた。
物語は、序盤のガリガリもやし状態の頃から、すこしユーモラスな味付けがされており、もやしに不釣り合いな太い声に見ている方はニヤリとさせられたりもする。

最後は、お決まりのサミュエル・L・ジャクソンが登場して、現代の『アヴェンジャーズ』の物語へと繋がり、ひとまずおしまい。

アクション映画として、そこそこに面白かった。


thanks_dude at 19:00|PermalinkSF | アクション

2017年12月12日

トルーマン・カポーティ(村上春樹訳)『ティファニーで朝食を』再読

村上春樹訳の『ティファニーで朝食を』を久しぶりに読み返した。
この本には、トルーマン・カポーティの中篇小説「ティファニーで朝食を」の他に、「花盛りの家」、「ダイヤモンドのギター」、「クリスマスの思い出」という三篇の短篇と村上春樹による解説が掲載されている。

カポーティは、フィッツジェラルドより少し後の時代の流行作家で、キャリアの途上で『流血』という殺人犯の実像に迫ったノンフィクション小説を手掛け、その後ほとんど小説を書くことが出来なくなってしまった。それは、創作に行き詰まったからかもしれないし、取材対象の闇に呑み込まれてしまったのかもしれないし、その両方かもしれない。


<「ティファニーで朝食を」>

作家志望の青年が安アパートの上階に住むホリー(ホリデー)・ゴライトリーという自由奔放で天真爛漫な19歳の女の子にいろいろな意味で振り回される話。
すでにそれは過去の出来事であり、メモワールとして物語は進行していく。

ホリーというキャラクターは文句なく魅力的な女の子だった。
村上春樹も訳者あとがきで、「カポーティが、そのフィクションの中で創り上げた、おそらくはもっとも魅力的なキャラクター」であると言及している。
村上春樹の翻訳は、ホリーの言葉を瑞々しく日本語にうつし替えてくれていた。


リッチな有名人になりたくないってわけじゃないんだよ。(中略)でももしそうなっても、私はなおかつ自分のエゴをしっかり引き連れていたいわけ。いつの日か目覚めて、ティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままでいたいの。


ホリーは名前のない猫と同居していた。
名前のない猫は、ホリー自身のうつし身なのだろうか?
猫もホリーもいなくなったあとで、語り部である青年はあの猫の消息を知ることができた。
猫は居場所を見つけていた。
ホリーはどうなのだろう?彼女もまた、彼女にとっていごこちのよい場所を見つけられたら良いのだけれど…。
青年はホリーのことを思わずにはいられないのだった。


<「クリスマスの思い出」>

この短篇を読むのは三度めだと思う。
七歳の少年と六十を越した従兄弟同士の物語。
語り部は大人になった少年。
ふたりはバディ(相棒)だった。
彼女はいつまでもイノセントで、僕にとっては永遠の親友だった。
物知り顔の人たちにふたりの間は引き裂かれ、僕は無垢なるものを手放さざるを得なかった。

久しぶりに読むと、この短篇に心惹かれるところは大きい。
自分自身が手放したイノセンスが、その物語と共鳴しているのかもしれないと、私は恥ずかしながらも思うのだった。


<役者あとがき>

彼の物語は、人々の抱えるイノセンスの姿と、それがやがて行き着くであろう場所を、どこまでも美しく、どこまでも悲しく描き上げていく。それはカポーティにしか描くことのできない特別な世界である。


thanks_dude at 19:00|Permalink村上春樹 

2017年12月11日

【映画鑑賞】『ジャスティス・リーグ』

『ジャスティス・リーグ』という映画を鑑賞した。
この映画は、アメリカンコミックの版元であるDCコミックが牛耳るスーパーヒーローを一堂に集めたSFアクション映画。要するにマーヴェル社の『アヴェンジャーズ』の柳の下の二匹目のどじょうを狙った映画である。

登場するスーパーヒーローは、バットマンを主軸にして、ワンダーウーマン、フラッシュ、アクアマン、よく分からん元アメフト選手の半サイボーグ。

基本的には『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』の物語の続きとなる。
その間に『ワンダーウーマン』が公開されたが、私は観ていない。(その前は『スーサイド・スクワッド』か。)

人類に危機が訪れるが、すでにスーパーマンは去ってしまった。
バットマンことブルース・ウェインは、阿保ほどに有り余る資金を基に、スーパーパワーを持つメタヒューマンたちをスカウトしてジャスティス・リーグを組織し、やがて来(きた)る危機に立ち向かうという話。

しかし勃興した危機が強大すぎて、ただの人間が科学力で強化されただけのバットマン(だが、リーダーとしての資質だけはじゅうぶんに備えている)や劣化スーパーマンのワンダーウーマンやその他の俄かにポップしたヒーロー(失礼…)では太刀打ちすら出来ず困ったもんだというお話。

個人的にはとても面白かったと思う。
中盤から終盤にかけての、「やっぱりそうなるよな」という展開に胸の空く思いがした。

蛇足ながら付け加えるとすれば、フラッシュのシークエンスは、『X-MEN』のクイックシルバーの演出には遠く及ばないのでガンバレ!!


thanks_dude at 02:19|PermalinkSF | アクション

【テレビ映画鑑賞】『マン・オブ・スティール』

テレビで放送されていたので『マン・オブ・スティール』を観てみる。
たぶん一度は観ているが、例によって記憶は曖昧なので、ディティールまでは覚えちゃいない。

この映画はスーパーヒーローであるスーパーマンの映画。
私にとってのスーパーマンは、世代的にクリストファー・リーヴだが、それは過去の話。

物語は再構築され、スーパーマンの実父はラッセル・クロウで、養父はケヴィン・コスナーで養母がダイアン・レイン。そして恋人のロイス・レインはエイミー・アダムスだった。

吹き替えの妙もあったが、仇役のゾット将軍とその仲間は冷血で恐ろしく、アクションシーンは現代的かつスタイリッシュに進化していた。

ヒーロー映画として、アクション映画として、この映画は単純に面白い映画だと思った。
新しい(と言っても数年前の映画だが)スーパーマンは、DCコミックに関係するヒーローたちの物語を再構築するための起点となる物語でもあった。それは最新作の『ジャスティス・リーグ』へと受け継がれている。


thanks_dude at 01:56|PermalinkSF | アクション

2017年12月10日

スコット・フィッツジェラルド(村上春樹訳)『グレイト・ギャツビー』再読

村上春樹が翻訳したスコット・フィッツジェラルドの『グレイト・ギャツビー』を10年ぶりに読み返してみた。

村上春樹は『グレイト・ギャツビー』という長篇小説について、折に触れてに述べていた。『ノルウェイの森』の主人公の愛読書でもあったし、エッセイでも最大級の賛辞を贈っていた。
先日、ジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』を読了したが、その本の中でも『グレイト・ギャツビー』は引用されており、アーヴィングの小説にさらなる奥行きを加えていた。

10年前に読んだとき、私はそれほど深い感銘を『グレイト・ギャツビー』からは受けなかった。
何となく文体がしっくり馴染まないという印象をもって読了したような気がする。
村上春樹が翻訳してもそうなのだから、海外文学の翻訳というのは難しいのだろうなと思った記憶がある。

10年ぶりに読んだ『グレイト・ギャツビー』は、新しい発見もあり、10年前よりも確実に強い印象を私に残した。


語り部はニック・キャラウェイという青年。
第一次世界大戦から生還したニックは、ニューヨークの証券会社に就職することになった。
ロングアイランドに越してきたニックの隣家には、豪華な屋敷が建っており、週末になると豪勢なパーティが開催されていた。
隣家の住人はジェイ・ギャツビーという名前で、ニックと同年代の青年だった。

ギャツビーの屋敷では、週末ごとに虚ろだが煌びやかなパーティーが繰り広げられていた。
ギャツビーの秘密めいた為人(ひととなり)と共に、その謎に読者は惹きつけられる。

ニックはギャツビーと関わるうちに、ギャツビーの夢想した世界を目の当たりにし、そこに関わる世界、とりわけ上流階級と呼ばれる人々に対して強い嫌悪感や失望感を覚える。
だが、ギャツビーが望んだことがたとえ儚い夢だったとしても、それがすでに過ぎ去ってしまった出来事だとしても、それでも人は舟を漕いで行かなければならない。
ギャツビーのことを追想しながら、ニックはそんな風に思うのだった。


 ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前のからどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。……そうすればある晴れた朝に――
 だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。


フィッツジェラルドの人生を、村上春樹の文章を読むことによってある程度は認識している今の私が読んでみると、その裏側にフィッツジェラルド自身の姿が仄見えるようでとても面白い。
ギャツビーとデイジーのエピソードは、フィッツジェラルドとその妻ゼルダとの出会いを髣髴とさせるし、ギャツビーがデイジーを特別な存在と考えていたことや語り部のニックが最終的に金持ち連中に抱いた軽蔑の思いは、少なからずフィッツジェラルド自身が体験したことを反映しているのだろう。フィッツジェラルド夫人のゼルダは、浪費家で男にちやほやされていなければ我慢のならない性格だった。フィッツジェラルドが『グレイト・ギャツビー』を執筆していた頃、その仕事に集中していた為に、ゼルダは退屈して不倫に走った。フィッツジェラルドはゼルダを最後まで離さかなったが、のちにゼルダは精神疾患のために長い療養生活に入り、その間にフィッツジェラルド自身は酒と借金苦の末に身体を壊し、四十四歳で没している。ふたりの間には娘がおり、父と同じようにもの書きになったらしい。(詳細は役者あとがきにも記載されている。)

フィッツジェラルドの文体は格調高くて上品である。
私にとっては、その格調高さゆえに、しっくりと馴染まない印象を受ける。
私にとっての理想の文体は、文字がそのままイメージに直結するような文章だが、フィッツジェラルドの文体は私の頭の中では咀嚼するのにワンクッション必要な気がする。(私は優秀な頭脳を持ち合わせていないのだ。)そういう意味では、村上春樹の小説や、トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』(村上春樹訳)や、ジョン・アーヴィングの『オウエンのために祈りを』などの方が好みだし、たとえばどこか適当にページを開いて、あるセンテンスを読み返した際に、自然に文章が頭の中に這入りこみ、私自身も文章の中にすっと這入り込むことが出来るのはそういった作品なのだと思う。

『グレイト・ギャツビー』を10年ぶりに再読して、私はギャツビーのすべてを包み込むような笑顔の先にある深い悲しみを垣間見ることが出来たように思う。
少なくとも私が、語り部のニックと同じようにギャツビーの心象に共感を覚えたことはたしかである。
村上春樹が最大級のリスペクトを捧げるこの物語の美質が、少しは理解できたような気がした。


thanks_dude at 20:57|Permalink村上春樹 

2017年12月09日

そして、馬に乗る。

スリランカでエレファントライドをした時、馬にさえほとんど騎乗したことがないというに、先に象に乗ってしまったと思って、すこし可笑しく思った。
そういうこともあったせいか、機会があればそのうちに馬に乗ってみようと思っていた。
考えていたのは、横浜動物園のズーラシアで乗せてもらうことだが、何だか出かけるのが億劫なので棚上げしていた。

私の勤める会社のお得意様がとある乗馬クラブという縁で、無料体験レッスンに参加させてもらえるらしい。
これは得難き好機。
よい機会なので、私は乗馬というものを体験してみようと思った。

昨今では「炎の体育会系TV」という番組で元アイドル歌手の華原朋美が乗馬をしているのを見ていたりもする。だいぶ前に読んだ絲山秋子の「第七障害」という短篇(『イッツ・オンリー・トーク』収録)は、絲山秋子自身も趣味としているらしい乗馬がモチーフだったし、最近読み返したカポーティの『ティファニーで朝食を』の後半のシーンでは、主人公とヒロインのホリーがニューヨークの街で乗馬をしていた。

乗馬クラブは、東京都町田市(三浦しをん的に言えば「まほろ市」。)の郊外にあった。
町田駅から小田急線でふた駅目が、乗馬クラブの最寄り駅だった。
私の住む町からは小田急線で20分くらいだが、小田急線には忌まわしい通過電車待ちがあるので、30分くらい掛かった。
その駅で降りるのは、たぶん初めてだった。
駅から乗馬クラブまでは、3.4キロメートル。このくらいの距離ならば私は歩きたい。
グーグルマップでは徒歩45分くらいということだが、100メートル1分の法則で、35分くらいでたどり着いた。

まずは受付で手続きを済ます。
レッスン料は無料だが、各種装備レンタル料と保険料で1,820円。
この値段で45分の体験レッスンが受けられるならば格安である。

靴と脚絆のようなものを装着させてもらい、待つこと三十分。(早めに行ったので待ち時間が長い。)
テレビモニタには、乗馬の解説映像が流れていた。馬の鞍やハミや手綱などを装着する映像も流れていた。テレビ画面の中で馬がハミを咥えると、何だか顎をくっちゃくっちゃさせ始めていた。こんなの咥えさせられて嫌じゃないのかな?と思う。

しばらくして、とても小柄で可愛らしい女の子が現れた。
彼女が先生らしい。
小柄なせいか、見たところ二十歳そこそこくらいにしか見えないが、もしかしたらもうちょっと年長なのかもしれない。

先生の説明を受けながら、馬の繋がれた場所まで歩く。

これまで馬に乗ったことはありますか?
ほとんどありません。
馬に触ったことはありますか?
旅先で馬の鼻を撫でたことはあります。

馬にはほとんど乗ったことがないけれど、象にはこの前乗りました。

そんな会話を交わしていると、馬のいるところにたどり着いた。

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今日私が騎乗させてもらうのは、栃栗毛のジェラスガイという牡馬。
先生は彼のことをガイ君と呼んでいた。
ガイ君は、わりと従順な性格で素直な子らしい。
子といっても人間で言ったらよいお歳らしい。
二十五歳と言われたと記憶しているが、讃岐の金刀比羅宮にいたトーカイ・スタントは二十五歳で、もう人を乗せるのは難しそうだったので、記憶違いをしているかもしれない。トーカイ・スタントに関して言えば、馬齢百歳くらいと記憶していたが、実際は馬齢二十五歳で人間の年齢で言うと百歳くらいという表示がしてあった。先生に、九十九歳の馬がどこかの神社にいたとか嘘をついてしまったが、きっと先生はそんな長生きする馬はいねえよと思っていたに違いない。

そんな失態を演じたものの、私は馬に関する知識ならそこそこにある。
ほとんどはファミコンとスーパーファミコンの『ダービースタリオン』の知識だ。
一般的なサラブレットの馬体重が500キログラムくらいなのは知っているし、競走馬が8歳くらいで引退してしまう(あまり早く走れない馬はもっと早く引退させられる。)ことも知っている。
ガイ君の隣にいた黒鹿毛の馬は、まだ11歳ということだった。その子はちょっとやんちゃなところもあるらしい。栗毛と黒鹿毛の違いは、黒鹿毛の方が少し茶色が濃く、栗毛の馬はたてがみが身体の毛色と同じなのに対し、黒鹿毛のたてがみは褐色ではなく真っ黒ということだった。
ちなみに黒い馬は青毛と呼ばれ、そんなにたくさんはいないらしい。

先ほど疑問に思っていたハミのことを訊いてみた。
ハミはすべて金属で出来ているらしい。
くっちゃくっちゃしているのは、先生によると「遊んでいる」ということらしい。人間で言えば、おしゃぶりとか味のなくなったガムとかするめとかを無意識にくっちゃくっちゃするのと同じようなものかと思う。

ひとしきり先生の説明を聞いて、私は馬の手綱を引いて馬場に移動する。
馬は人間の歩く姿を見ると従順に付いてくる。
別に無理強いなんかしなくてもいいし、力なんか必要ない。馬によっては、稀にものぐさに思って動かない時もあるらしい。

馬場に移動して、鐙(あぶみ)に足をかけて馬に騎乗する。
騎乗する際には、たてがみに左手を添えて一気に跨る。

騎乗したら背筋を伸ばして、馬の腹をぽんと蹴る。
ガイ君は素直なので、軽くぽんとやるだけでいいが、最初は私が遠慮して鞍をぽんとやっただけだったので動かなかった。
先生に教えてもらってお腹をぽんとやると、馬は歩き始めた。
止まる時は手綱を引く。
これも馬に遠慮して強くはできない。
馬が止まってくれたら、「よくできました。ありがとう。」という意味を込めて、馬の首をぽんぽんと軽く叩く。
これが重要らしい。
たぶん馬もぽんぽんとされるのが好きなのだろう。
前進の合図は、腹をぽんと蹴るのだが、熟練者は蹴らずにかかとを馬の腹に付くように絞めるだけで済ますらしい。その方がスマートなのだという。

馬場は直径5メートルくらいのサークルの外側にさらに6.5メートルくらいのサークルがめぐらされているところ。初心者が練習するためには、これくらいがちょうどよいのかもしれない。

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(画像はイメージです。)

常歩(なみあし)から初めて、左右への蛇行などをしつつ、最後にちょっとだけ速歩(はやあし)も体験してみる。
速足は、ちょっとまだ体重移動とか腰の浮かせ方とかが難しい。
下手くそなのでガイ君にちょっと迷惑をかけたかもしれない。

体験レッスンは45分程度。
あっという間に時間は過ぎてしまった。
初心者向けのレッスンなので、まったく身体的な負担はない。これではスポーツとは言えない。駅からここまで歩いたことの方が、よっぽど運動らしかった。ただし、本気で競い合うことを目的としてやるとしたら、これは相当に過酷な競技だと思う。

レッスンの後は、厩舎を見学して、ガイ君の食事を見守ったりした。
馬のご飯は、犬や猫用のペットフードみたいなものや、カップラーメンの具でたまに見かけるキューブ状のもの(馬用なので緑色)や、おがくずみたいな粉末状のものだった。
こんな粉っぽいのを食べ続けていたら、口の中の水分を全部持っていかれそうだとつぶやくと、先生は笑っていた。
それにしても草ばっかり喰って、こんな立派な筋肉がつくとは、馬とは計り知れないほどのポテンシャルを秘めたクリーチャーなんだと思う。

鍛冶場のようなところが見えたので、先生に訊いてみると、やはりそこで蹄鉄を作っているのだという。蹄鉄製作の様子も見学させてもらって私はご満悦だった。

とても魅力的な先生にいろいろと教えてもらい、大好きな動物と触れ合うことができ、様々な私の好奇心も満たされた。
良い体験ができたと思う。

乗馬には心惹かれるが、乗馬クラブは家から通うにはちょっと遠いし、何より経済的な理由でそんなに頻繁には出来やしないだろうから、正式に入会するのはやめておいた。
また何らかの機会に乗馬が出来たらいいなと思う。


thanks_dude at 23:17|Permalink気が狂う程まともな日常 

2017年12月07日

【DVD鑑賞】『英国王のスピーチ』

『英国王のスピーチ』という映画を鑑賞した。
内容は、吃音の英国第二王子が、それを克服しようと奮闘するも、なかなかうまくいかないという話。
ヨーク公アルバートは実在の人で、後の英国王ジョージ六世。現エリザベス女王の父。(※今のエリザベス女王が何世なのか知らん。知らなくても生きて行ける。→二世らしい。)

ヨーク公アルバートは資質、人格ともに、父王からは兄である皇太子よりも高く評価されていた。
だがアルバートは、幼少期から吃音であるというコンプレックスを抱えており、人前で威厳のあるスピーチをすることができない。

ヨーク公の妃は市井のライオネル・ローグという言語聴覚士を探してきて、アルバートの治療を依頼するのだが、そのローグはあまりにも風変わりで型破りだった。

父王が崩御し、兄が王に即位したが、兄は「俺は離婚歴のあるトコジョウズ夫人(仮名)と結婚したいんだ!」と駄々をこね、王座を弟のヨーク公に譲る。
(歴史は繰り返す。チャールズ皇太子とカミラ夫人みたいな話だ。)

欧州にはスターリンやムッソリーニなど共産主義国家を牛耳る独裁者がすでに英国にとっての不安材料となっており、気がつけばヒットラーが非人道的な政戦両略で欧州を席捲しようとしていた。

英国がナチスドイツへ最後通牒を送りつけ、その回答期限が過ぎ、いよいよ開戦が確定的となった時、ジョージ六世として即位していたアルバートは、全国民に向けてスピーチを行わなければならなかった。
ライオネルの治療の甲斐あって、アルバートの吃音は少しは改善されたが、未だ彼は完全には幼少期に受けた抑圧という呪縛からは逃れることができずにいた。
そしてスピーチ本番………、という話。

ヨーク公アルバートがコリン・ファース(「ブリジョン日記」とか?)、がジェフリー・ラッシュ(「シャイン」)、ヨーク公の妃がヘレナ・ボナム・カーター(いろいろ)、奔放皇太子がガイ・ピアース(「メメント」)という配役だけでも面白い映画。

ジェフリー・ラッシュの演じるオーストラリア出身の型破りで自信満々なローグというキャラクターがとてもよかった。
終盤にひと悶着あったりするところも面白かった。

あまり期待しないで鑑賞したが、思いのほか愉しかった。
米国アカデミー会員はこういう映画が好きそうだよなとも思った。


thanks_dude at 23:25|Permalink歴史/時代劇 

2017年12月03日

さぁさに会いに行って帰宅【きまぐれ旅日誌】

<20171111・五>

午後の目的地であるナチュラルキッチンめだか2号店近くの雑居ビルに訪れる前に、めだか2号店でカフェを喫する。

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午後1時30分から雑居ビルでカメレオンペンの体験会というものに参加する。
先生は贔屓にしている歌うたいのさぁさ。
さぁさとちょっとした話をしながら、カメレオンペンでぬりえをする。
ぬりえの下絵はさぁさの絵。
CDコンポが不調だったので、さぁさがウクレレを弾きながら鼻歌を歌うという贅沢な時間。

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夢中になって気がつくと一時間以上が経過していた。

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帰る時間になったので、大阪駅を経由して新大阪駅まで赴き、午後3時10分の新幹線に乗って、神奈川県に帰った。

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帰りの車窓から富士山がよく見えたのでご満悦だった。

(おしまい)


thanks_dude at 17:30|Permalink【きまぐれ旅日誌】 

2017年12月02日

【テレビ映画鑑賞】『探偵はBARにいる』『探偵はBARにいる2』

テレビ録画していた『探偵はBARにいる』シリーズを何となく鑑賞。
たぶん一回は観ていると思うが、物語のことなんかほとんど覚えちゃいない。


『探偵はBARにいる』

札幌を中心に依頼をこなす探偵の物語。
主演は大泉洋、相棒が松田龍平。

冒頭で金持ちの西田敏行が殺されて、その妻もしくは内縁の妻だった小雪が復讐の為に立ち上がるという話。
その昔、悪い奴らの陰謀で西田の娘が焼死していたことも小雪をぶち切れさせた要因。
最後は怒りのちゃぶ台返しで、小雪が許されざる者たちを一網打尽。
探偵は狂言回し。

『探偵はBARにいる2』

冒頭でオカマのゴリ(ガレッジセール)が何者かに殺される。
オカマの友人だった探偵が事件の真相解明に乗り出すと、バイオリニストの尾野真知子が乗り込んで来てひっかきまわす。
尾野真知子は実はゴリの妹で、ミスリードの噛ませ犬容疑者の代議士渡部篤朗を殺してやろうと決意するも、探偵に阻止される。
真犯人は、なんじゃそりゃって感じのやつで、動機もなんじゃそりゃ。
LGBT関連の話で、もの悲しい終わり方。

両方ともどことなく昭和的なストーリーテリングで、2.5枚目の探偵のハードボイルドな台詞が、3枚目の大泉洋によく合っていて面白い映画だった。
そして、両方ともに物語の要所要所はちゃんと覚えていた。
再生する前にその記憶を引き出すことはできなかったが、再生しているのと同時に記憶は甦って来た。
「ああ、このシーン覚えている!」という具合に。


thanks_dude at 23:41|Permalinkクライムサスペンス 

げんきカレー【きまぐれ旅日誌】

<20171111・四>

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大阪城からは東梅田の方まで歩くことにした。
詳細な地図を持たない私は、大阪城観光ガイドの人にだいたいの方向を教えてもらう。

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そして道中にあるコンビニエンスストアなどでWi−Fiの電波を拾って道を確認しながら、何とか中ノ島までたどり着いた。
ここまでくればたぶん地図を確認しなくても大丈夫。

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途中、げんきカレー200円というのぼりを見つけたので、その店に入ってみる。

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げんきカレーとチキンカツを注文して300円。

ビールはないというので、テイクアウトにしてもらおうかとしたら、すでに店内用の器(プラスチック容器だが蓋がない)に盛ってしまったので、テイクアウトはおすすめできないとのこと。仕方がないので、近くのコンビニストアに走って、缶ビールを買ってきてもいいかと訊くと、店主はそれを許可してくれた。

さて、カレーを味わう。

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チキンカツは揚げたてでさくさくしていた。
げんきカレー自体もチキンカレー。
カレーを食べて元気が出た。
そしてビールも旨い。

その店は、貧しい子どもたちにも平等に食事の機会を与えようという趣旨で、このような低価格でカレーを提供しているらしい。
大阪に限らず、世の中にはそんな心意気の店もたくさんあるのかもしれないと思った。

(つづく)


thanks_dude at 07:00|Permalink【きまぐれ旅日誌】 

2017年12月01日

大阪城再発見!!【きまぐれ旅日誌】

<20171111・三>

午前9時36分、八幡市駅発の京阪電車に乗り、午前10時6分に京橋駅に到着した。
京橋駅から大阪城まで歩こうと思ったが、正確な方向が分からない。
交番が見つからないので、方向を定めるの難儀した。

午前10時30分、ようやく方向を定めて歩きはじめる。

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寝屋川沿いの道を歩いて、大阪城までは15分くらいだった。

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大阪城の敷地内では、なぜか鷹や梟がいた。

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青屋門から城内に入って行った。

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大阪城にはたくさんの人が訪れていた。

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私はというと、どうせ鉄筋コンクリートのまがい物だろうという印象しかない。
ただ時間的に余裕があるので来てみたに過ぎない。
もちろん以前に訪れたこともある。

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天守閣は近代建築とはいえ、美しかった。
以前に訪れた時よりも、外装が綺麗になっていた。

天守閣に登る必要性は感じなかったので、その美しい外観を眺めるだけに留めた。

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真田信繁(幸村)の甲冑が設えており、希望者にはそれと記念写真を撮ることも可能だった。
スタッフが「お客様がお持ちのカメラで撮影しますので、もしよかったらスタッフのカメラで撮影した写真も買ってください」と私にさえ声をかけるが、私はもとより観光客向けの価格設定の写真を買う気もないし、自分が写っている写真をそれほど欲しいとも思わない性質なので、鄭重な態度で首を振った。

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帰りは大手門の方から出る。

その手前にある多聞櫓は見事だった。

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多聞櫓は江戸初期に徳川家により大阪城が再建された当時の姿だという。

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多聞櫓に続く石壁には、桝形と呼ばれる巨石が埋め込まれている。
この桝形も江戸初期の創建。

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再建された天守閣のみならず、櫓や門など古い建造物も残されており、大阪城は思いのほかに面白かった。

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以前に訪れていた時には見過ごした発見もあって、気まぐれでここに訪れたことは正解だったと思う。

(つづく)


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2017年11月30日

石清水八幡宮【きまぐれ旅日誌】

<20171111・二>

午前7時15分に宿を出て、新今宮駅21分発の電車に乗った。
午前8時18分に八幡市駅に到着し、石清水八幡宮の参道を探した。

駅から今清水八幡宮までは、ケーブルカーがあるらしいが、昔ながらの表参道、裏参道で歩いて行く方が私のスタイルには合っている。
駅前の案内板で一ノ鳥居と表参道の方向を確認して、私は歩き始めた。

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一ノ鳥居をくぐり、少し進むと頓宮という社殿があった。

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山門や回廊や社殿を眺めて、さらに進む。

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右手に高良社という小さなお社がある。
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このお社は『徒然草』にも記述がある古いお社らしい。

裏参道は台風の影響で通行止めになっていた。

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二ノ鳥居をくぐって石段をのぼる。

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さらに三ノ鳥居をくぐる。

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その先に山門があり、山門をくぐると石清水八幡宮の本殿があった。

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本殿は国宝に指定されており、とても美しい。

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その数日前、友人のCava、おハル夫妻の間に世継ぎが授かったという報せを受けたので、私は安産祈願のお守りをいただいた。
御朱印は自分のためにいただき、ひとまずの目的は完了した。

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本殿の周囲をぐるりとまわると、そこには小さなお社があり、東西北には門があった。

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これらの建造物は重要文化財か国宝に指定されているらしい。

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展望所に立ち寄り、京都市を眺めたが、あいにく天気は雨上がりの曇り空。

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あまりよい景色とも思われなかった。

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裏参道は通行止めなので諦めた。

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男山を下り、石清水社という江戸前期からのお社を経て、駅にたどり着いた。

(つづく)


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極めて早い朝【きまぐれ旅日誌】

<20171111・一>

午前3時20分、雨音と冷蔵庫の音で目が覚める。

何故か私はエレファントカシマシの宮本氏と温泉に漬かりながら何かを話している夢を見ていた。だがその夢の意味することを私は知らない。要するに私には何も分からないということだった。

外では激しい雨が降っていた。電車の音で起こされることは想定していたが、まさか雨音で起こされるとは。

完全に目が覚めてしまったので、持ってきたニンテンドースイッチで遊ぶ。
『モンハンXX』の体験版。ちょっとイライラしたので、このゲームは買わないことに決めた。
『project OCTOPATH TRAVERER Demo Ver.』。古き良きRPGを思い起こさせる内容。面白そうだが、デモバージョンではそこまでの引きの強さは感じない。
それから3DSで『ドラクエXI』。PS4版では人魚に真実を教えたが、嘘をつき通すことも可能らしい。

(つづく)


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2017年11月29日

新世界の気が狂うほどまともな日常【きまぐれ旅日誌】

<20171110・二>

夜、通天閣周辺を散歩してみた。
新世界は初めてではないがとても面白かった。

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その界隈には大衆演劇場があり、ポルノ映画館があり、将棋囲碁クラブがあり、レトロゲーセンがあり、射的場があった。

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串かつ屋には行列ができており、私は涎を垂らす。
少し前インターネットニュースで見た釣り堀酒場にも意図せずに遭遇した。(目抜き通りにある。)

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釣り堀酒場は、店の中が釣り堀になっていて、そこで泳ぐ魚を釣り上げて、キロ当たりいくらかでその魚を買い取って調理してもらうという趣旨の店らしい。そういえば青森にもうちょっと小規模だがそんな店があった気がする。
今回のきまぐれ旅も貧乏旅行をしたいので、それらの店はすべて素通りした。

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それにしても、通天閣自体が昭和的な雰囲気を醸し出すランドマークであり、その猥雑さがとても面白かった。

ジャンジャン横丁を抜けて宿に戻り晩飯にする。
晩飯は安定のスーパー玉出で惣菜を購入した。
スーパー玉出から帰る途中で、一台の自転車とすれ違った。自転車に乗った若い男は大きな声で下手くそな歌っていた。何故だかその男は、そんなにも歌が下手なのに得意げな表情をしていた。きっとそれがこの街のあたりまえの光景なのだろう。(それもすべて気が狂うほど、まともな日常♪)

宿に戻り、晩酌をしながら関西ローカルのラジオ番組を聴く。
歌うたいのさぁさと星村麻衣のラジオ番組。それぞれ大阪のFM曲と神戸のFM局。
タブレット端末のアプリケーションソフトで放送終了後に聴く。

それからサッカー日本代表戦を観戦した。
日本代表チームは前半ブラジルの猛攻を抑えきれずに失点を重ね、後半は持ち直して意地を見せたが、結果3−1でゲームは終了した。
結果としては順当だと思う。むしろ後半は健闘したさえと思う。

試合終了後、程なくして私は眠った。

(つづく)


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2017年11月28日

今月も関西へ赴く【きまぐれ旅日誌】

<20171110・一>

午後からは大阪で会議に出席しなければならなかった。
新幹線で新大阪で降り、少し寝ぼけていた私は、思わず新大阪の自動改札に切符を通してしまった。
あの切符で新大阪から大阪まで移動しないといけないのだが、すでに切符は機械に吸い込まれて戻ってはこなかった。
仕方がないので、今度はPASMO(SUICAまたはICOCAでもいい)で改札を通り、大阪駅まで移動する。

やれやれ。

大阪駅から歩いてナチュラルキッチンめだか2号店へ赴き、カフェとさぁさ展を愉しむ。

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ランチには早い時間だったし、昼飯のおにぎりは鞄の中に入っていた。
だから珈琲だけを喫した。

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そのカフェから中之島へと歩き、中之島の河岸でベンチに腰かけておにぎりを食べた。
秋の陽射しがあたたかかった。
無性にビールが呑みたかったが、まだ勤務中なので当然のことながら我慢した。

午後の会議は紛糾し、4時間後に終わった。

それから、大阪の営業所を出て、西成区の木賃宿に向かう。
誕生月プランで一泊500円という破格の安さだが、設備は先月、先々月と投宿した一泊1100円の木賃宿よりもはるかにちゃんとしていた。おそらく通常料金だとしたら、この宿はこの地域の中では高額の部類に入る宿泊代を取るのだろうと思う。(2000円以上?)

先月、先々月の1100円の木賃宿は、1.5畳程度で部屋には扇風機と汚い布団しかなかった。
一方この宿の部屋は3.5畳でテレビもエアコンも冷蔵庫も付いているし、シーツだって清潔そうだ。ただし線路に面した部屋なので、すこしだけ五月蠅い。だがこの値段ならばじゅうぶんだろうと納得する。(スリランカの安宿より安い!)

(つづく)


thanks_dude at 22:29|Permalink【きまぐれ旅日誌】 

2017年11月25日

ジェイズ・ピッツェリア

<20171125>

友人のJは、自宅にピザ窯を作ったという。
いわゆるDIYというやつらしい。
本日はJ宅に招かれて、ピザ・パーティー。

駅から適当に歩いていたら、道に迷ったので遅参した。
一度は訪れたことがあるのに、迷ってしまうのが私の個性。

15分遅れで到着したが、まだZooとゴエしか来ていなかった。
手土産は、大阪で買ったたこパティエというお菓子にした。

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ほどなくしてCavenとおハル夫妻が到着した。
おハルは子を授かったので、見た目にもお腹が大きくなっていた。
少しだけ幸せのおすそわけをもらった気がした。

夫妻には、京都の石清水八幡宮でいただいた安産祈願のお守りと「うどんのうーやん」という絵本を贈った。
うどんのうーやんは、何でも受け入れる器の大きな御うどん。
空腹で死にそうな人に、僕の本体を食べなよとか言うけれど、彼は死なない。
配達から戻ったら、またちゃっかりとお店に座って、ご主人のお手伝いをするのだ。
夫妻が、生まれて来るベイビーにその物語を読み聞かせてくれたら嬉しいと夢想する。

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それからK子とみーちゃんもやって来て、本日のメンバーは揃った。

さて、ピザである。
生地はJが作った。
その完成度にまで高めるためには、試行錯誤を繰り返したらしい。
生地はもちもちとしてよいあんばいだった。

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一枚目はちょっと焼きが甘かったが、枚数を重ねるほどによい感じで焼き上がり、ピザ・パーティーはとても愉しくて美味しかった。

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夕方になってゴエが帰り、寒くなって来たので屋内に移動する。

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私は、缶ビールの他にゴエの持ってきたトスカーナの白ワインとかCaven夫妻の持ってきた泡盛(もちろんロック)を呑んだりいたので、屋内で横になって程なくして眠った。
眠っている間にみーちゃんは帰ったらしい。
酔っ払い電話で遠方の友人に電話をかけるのは恒例だが、私が寝ている間にしゃーしへの電話は終わっていたらしい。(チッキショー!)
タケちゃんへの電話の時は起きていたので、何かわけのわからぬ会話を交わした。

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帰りは、みんなで同じ方向にむかって帰った。
電車内での会話もとても愉しかった。
こんなふうに心ゆるせる仲間がいることを私は嬉しく思った。


thanks_dude at 23:30|Permalink気が狂う程まともな日常 

【DVD鑑賞】『ホテル・ニューハンプシャー』

ジョン・アーヴィングの原作を読んだので映画の方も観てみる。
以前に映画『ホテル・ニューハンプシャー』を観たのはいつのころだろうか?
とにかくずいぶん前のことだ。
そのころはすでに『オウエンのために祈りを』を読了しており、アーヴィングの名前は認識していたと思う。

映画『ホテル・ニューハンプシャー』は1984年に製作されたらしい。
全体的に、あまりにも物語の要所要所を端折りすぎて、小説を読んでないと、唐突なエピソードが積み上げられていくだけで、ただのスラップスティックな喜劇にしか見えない映画だと思った。意図的にコミカルにアレンジしているように見えるシーンも多く、演出家が小説を読み込んでいないんじゃないかとさえ思える。
何だか乱暴で雑な映画という印象はぬぐえないが退屈はしなかった。

あと全体的に演出が古臭い。1984年製作としても古臭い。黴がはえかけている。

語り部のジョン役はロブ・ロウで、主役ともいえるフラニー役はジョディ・フォスター。
父親がボー・ブリッジスで、熊のスージーがナスターシャ・キンスキー。ミス・ミスキャリッジ(ミスキャリッジは流産の意。処女という設定だけれども。)はアマンダ・プラマー。
配役的にはフラニーのジョディはいいと思う。もうちょっと快活さと力強さが感じられるといいような気もするし、少女時代は『タクシードライバー』の頃のジョディに演じて欲しいが、こればっかりはどうしようもない。(前半のシーンは、物語上フラニーは15歳くらいまでの時代。)
スージー役のナスターシャ・キンスキーは駄目だと思う。ナスターシャはスージー役にしてはあまりにも綺麗すぎる。ナスターシャが自分のことを醜いと言っても説得力なんかないよ。むしろミス・ミスキャリッジ役のアマンダ・プラマーとナスターシャを変えた方がよかったんじゃないかと思う。
フランク役の人はどことなく漂う嫌味な雰囲気がよいと思った。


thanks_dude at 09:00|Permalinkドラマ 

2017年11月24日

ジョン・アーヴィング『ホテル・ニューハンプシャー』読了

ジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』を読了した。
ジョン・アーヴィングは好きな作家のひとりではあるが、そのすべての長編を読んでいるわけではない。多産な作家ではないので、それほど作品数は多くはない。なんとなくぼちぼち読んでいけばいいや思っているうちに、時間だけは明確に歴然と動き続ける。
改めてこの本を読もうと思ったきっかけは、少し前に西加奈子の『サラバ!』という小説を読んだこと。
たぶんアーヴィングの影響を受けていると思われる西加奈子が、『サラバ!』の劇中、『ホテル・ニューハンプシャー』を繰り返し引用していた。

私が読んできた作品を時系列で並べると、長編デビュー作『熊を放つ』(1968年)、『ガープの世界』(1978年)、『ホテル・ニューハンプシャー』(1981年)、『サイダーハウス・ルール』(1985年)、『オウエンのために祈りを』(1989年)ということになる。

『ホテル・ニューハンプシャー』は、『サイダーハウス・ルール』や『オウエンのために祈りを』と比べると何となくまとまりがなく焦点が定まらない印象。
元々アーヴィングの作風は、様々な要素を盛り込んで、重要ではないと思われるエピソードも後々になって生きてくるという印象が強い。
だから一部のチャプターやシーケンスが退屈に感じることもある。
『熊を放つ』なんかは、文字がびっしりと詰まっており、前半部分の退屈さはいかんともし難いのだが、その洗礼を享け入れて後半まで読み進めると、めくるめく物語の世界に惹き込まれている自分を発見するという驚異の構造だった。今の時代には中々最後まで読んでもらいにくいのかもしれないとも思う。(あくまで個人的感想です。)

『ホテル・ニューハンプシャー』は家族の話なので、どことなく『オウエンのために祈りを』を思い出させる。
弱者が虐げられること(レイプ)をテーマとしているので、『サイダー・ハウス・ルール』的な要素も感じられた。

『ホテル・ニューハンプシャー』では、フィッツジェラルドの『グレイト・ギャツビー』が引用されている。その締め括りの文章がひとつの象徴となっている。
村上春樹も『ノルウェイの森』で『グレイト・ギャツビイ』を何度も引用している。
私はというと村上春樹訳の『グレイト・ギャツビー』を読んだことはあるが、村上春樹が惹き込まれたという魅力をそこには見つけられなかったが、もう一回読み返してみてもいいのかもしれない。

翻訳は中野圭二氏。
『オウエンのために祈りを』と同じ人だが、それを遡ること13年前の翻訳なので、『オウエン』に比べるとこなれていない印象だった。


<あらすじ>

登場人物は、語り部であるジョン・ベリーの家族を中心とした人たち。
父、母、祖父、兄フランク、姉フラニー、妹リリー、弟エッグ。
兄弟姉妹の中ではフラニーがとても魅力的だ。
美しくて快活で、芯の強さも持っている。
フラニーは『サイダーハウス・ルール』のメロニィ的でもあり、『オウエンのために祈りを』のヘスター的でもある。
そしてフラニーは、大きな傷を負うことになる。(ネタバレになるので詳しく書かない。)
フラニーを救ったのは、ジュニア・ジョーンズという男だった。ジュニアは姉弟たちと同じ高校で学ぶ黒人のアメフト選手。

舞台はメイン州のとある町から始まる。
ベリー家では熊を飼っていた。名前はステイト・オ・メイン(メイン州)あるいはアール。熊の存在は、このとても長いおとぎ話にとっては重要な意味を持つ。
そして犬である。犬の名はソロー(悲しみ)ソローは全編を通して漂い、物語のひとつの象徴として印象付けられる。
父は夢見がちな人で、ホテルの経営に乗り出すが、やがてステイト・オ・メインの元の飼い主だったユダヤ人のフロイトの誘いもあり、ウィーンに移り住み、そこでフロイトとホテルの経営をすることになる。
ウィーン行きに際して、ソローは漂い、家族に悲劇は訪れる。
ウィーンでは、熊のスージーと出会い。スージーはフロイトの熊だった。とても利口な熊だ。そしてレイプされた過去を持ち、自分の容姿をとても醜いと信じている。
第二次ホテル・ニューハンプシャーには、共産主義の活動家たちが四階を利用し、娼婦たちが二階を利用するという形に落ち着いた。
やがて大事件が起こり、家族はアメリカに帰国する。
リリーは家族みんながヒーローであるおとぎ話を紡ぎ、フランクは僕らのエージェントのようになり、フラニーはスターだった。
ジョンとフラニーは子供の頃から特別に仲良しだった。フランクはどこかいけ好かなかった。フランクにはどこかイライラさせれるところがあったが、長じてフランクはそういうところが無くなってみんなにとって良きエージェントとなっていた。そしてジョンとフラニーは、嵌まり込んだ迷いや葛藤から一歩踏み出すために必要な儀式を済ませるに至る。
ジュニア・ジョーンズも熊のスージーも物語の終盤にはベリー一家と共にあり、けして「開いた窓に立ち止まる」ことなく、自分の中に、あるいは他者の中に利口でよい熊を見出して、すべてがおとぎ話のような、ソローの影が消え去ることのないこの世界を歩いて行くのだ。


thanks_dude at 08:23|Permalink読書 
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