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物流に関連する四方山話を書いています。

717日に公開したブログにて、「掃除は会社の敷地内だけで終わらせるものではないと考えていながら、実行に移せていない自分が情けない」といった反省の投稿をいたしました。

 

実は、その投稿の前日から、私はようやくゴミ拾いを始めました。

 

私は朝の目覚めが早いため、出社前に近所のフェリー埠頭で海を眺めてタバコを一服したあとでも、かなり早めに会社へ到着します。その時間を活用し、徒歩45分ほど離れた社員用駐車場から会社までの一般道を、ゴミを拾いながら歩くことを日課にしました。その甲斐あって、タバコの吸い殻や弁当のプラスチック容器、ペットボトルなどは目に見えて減ってきています。

 

今日のゴミ拾い

以前は、車内からゴミ拾いをしている人を見かけて「素晴らしいな」と感心する側でした。しかし、実際に自分で取り組んでみると、想像以上に気持ちの良い作業であることに気がつきました。誰にも迷惑をかけず、道が綺麗になり、誰もが気持ちよく通行できる。ネガティブな要素は一切なく、小さな社会貢献として当社の経営理念の実践にもつながっていると実感しています。

 

正直にお伝えすると、この道を歩くのは当社の社員が最も多く、「ポイ捨ての犯人が当社の社員だと思われたくない」という強い思いがありました。当社にそんな社員はいないという確信はあっても、地域社会からどう見られるかは分かりません。ブランディング担当として自社の企業価値や信頼を守りたいという思いが、この活動を後押ししたのも事実です。

 

今後は、これまであまり歩くことのなかった道路の反対側も、少しずつ綺麗にしていきたいと考えています。

毎朝830分。内勤者は仕事を始める前の10分間、全員で社内清掃を行っています。清潔なオフィスで一日をスタートさせるための、当社の大切な習慣です。

私は、勝手に決めたのですが来客用玄関ドアの清掃を担当しています。お客様に気持ちよくお入りいただきたいという思いで、毎朝ガラスを丁寧に磨いています。

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毎日掃除を続けていると、ガラスの汚れは大きく4種類に分けられることに気づきました。

一つ目は「ホコリ系」。通行する車両が巻き上げた砂ぼこりがガラス面に付着し、ドアの桟にも入り込みます。

二つ目は「風雨系」。雨粒をそのまま放置すると、水垢となってガラスにこびり付き、簡単には落ちなくなります。そのため、雨上がりには早めに水分を拭き取り、乾いたタオルで仕上げるようにしています。

三つ目は「昆虫系」。春から晩秋にかけて、ほぼ毎日のように同じ場所へクモが糸を張ります。きっと、その場所が獲物を待つには都合がいいのでしょう。私は毎朝、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出しながら、「ここはダメだよ」と小声で話しかけつつ糸を取り除いています。しかし残念ながら、その忠告はクモには届かないようです。

そして四つ目は「ヒト系」。玄関ドアには立派なハンドルが付いているのですが、それを使わずガラス面に手を当てて開ける方がいらっしゃいます。その指紋や手の脂を拭き取るのも私の日課です。逆に、まったく汚れていない朝があると、「昨日は誰も触らなかったのかな」と少し寂しい気持ちになることもあります。

 

私は現在、ブランディングを担当しています。その立場から考えると、玄関は会社の「顔」です。朝どんなにきれいに磨いても、その後たまたま玄関前を通りかかって汚れに気づけば、その場で拭き取るようにしています。

実は以前から、「掃除は会社の敷地内だけで終わらせるものではない」と考えてきました。正面ゲートに接する道路や、少し離れた社員用駐車場までの道路も、自社の一部という意識で常にきれいに保ちたい――そう思いながら、まだ実行に移せていない自分がいます。そのことを少し情けなく感じ、反省もしています。

 掃除本

イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏、そしてカレーハウスCoCo壱番屋創業者の宗次徳治氏は、「掃除の神様」とも呼ばれる存在です。お二人は、掃除を単なる美化活動ではなく、人を育て、組織を育て、企業文化をつくる営みとして実践し、その積み重ねが事業の飛躍的な発展にもつながっていきました。

ブランドは、立派なロゴや広告だけでつくられるものではありません。毎日誰にも気づかれない場所をきれいにすること。汚れを見つけたら黙って拭き取ること。その小さな行動の積み重ねこそが、その会社らしさとなり、やがてお客様からの信頼へと変わっていくのだと思います。

 

私もまずは、会社の外へ一歩踏み出し、ゴミ拾いから始めてみようと思います。

「トラックドライバーを経験した有名人」と聞いて、皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか。

 

まず最初に挙げたいのは、ご存じ“ロックンロールの王様”、エルヴィス・プレスリーです。デビュー前の彼は、クラウン・エレクトリック社という電力会社でトラックドライバーとして働いていました(現在、その場所にはB&H Hardwareという会社があるそうです)。音楽で成功する夢を追いながらも、家族を支えるために懸命に働く日々。その経験があったからこそ、世界的なスーパースターとなった後も、現場で汗を流す人々への敬意を忘れなかったといわれています。

若い世代にはプレスリーと言われても、あまりピンと来ないかもしれません。そこで一つ、彼の偉大さを物語るエピソードをご紹介します。

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1973年に開催されたチャリティコンサート『アロハ・フロム・ハワイ』は、世界で初めて通信衛星を利用して、日本を含む30数か国へ同時生中継されました。推定視聴者数は10億人を超えたとされ、史上最大級の音楽イベントとして語り継がれています。当時15歳だった私は、その「10億分の1」の一人でした。ちなみに、昨年92歳で亡くなった母も熱心なプレスリーファンでした。

 

映画『タイタニック』や『アバター』を手掛けたジェームズ・キャメロン監督も、若い頃は長距離トラックドライバーとして働いていました。昼はトラックを走らせ、夜は脚本を書く…そんな生活を続けた努力が、後に世界を代表する映画監督への道へとつながったのです。

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また、20192020年にこのブログで連載した「コンテナ四方山話」に登場した実業家マルコム・マクリーンも、叩き上げのトラックドライバーでした。荷物の積み替えに多くの時間と労力が費やされる現場を目の当たりにし、「もっと効率的な方法はないか」と考え続けた末に、現在の海上コンテナ輸送の礎となるコンテナシステムを考案しました。物流の歴史を変えた発明は、まさに現場から生まれたアイデアだったのです。

 

日本で物流を支えるトラックドライバーは約88万人といわれています。当社にも約200名のドライバーが在籍しています。彼らの仕事は、単に荷物を「運ぶ」ことではありません。自律心と責任感を持ち、その場その場で適切な判断を下し、時には忍耐強く困難を乗り越えながら、人々の暮らしと社会を支える重要な役割を担っています。

 

エルヴィス・プレスリーも、ジェームズ・キャメロンも、マルコム・マクリーンも、その原点は一人のトラックドライバーでした。そう考えると、日本にいる約88万人のドライバーの中にも、未来の経営者や発明家、芸術家、あるいは世界を驚かせるような才能が、まだ数多く眠っているのかもしれません。

 

その才能がいつ、どのような形で花開くのか⁉ そんなことを想像すると、何だか楽しみになってきます。

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