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物流に関連する四方山話を書いています。

ロジスティクスに劇的な変化をもたらしたコンテナは、大きな箱が革新的であったわけではありません。DSC_0091コンテナという箱を使った物流システムの構築が革新的であり、地球全体の物流に大きな変化をもたらしたのです。それは、やがて国際複合一貫輸送の体制確立につながっていくものでした。

話しは変わりますが、私が社会人になりたての頃は、見積書は複写式の手書きが当たり前の時代でした。そこにコピー機が導入され、つづいてファックスが仕事の進め方に変化をもたらしました。また、ワープロの登場によって、ワープロビジネス界から手書きの書類が徐々に姿を消していきました。やがてコンピューター、WEB、モバイルの普及・発達によるビジネスの革命が起きたのです。そのような変化に伴って、市場から退場せざるを得なくなる企業も数知れず。現代では、アマゾンに代表される通販が、他の小売業を圧迫あるいは駆逐する現実を、今私たちは目の当たりにしています。「革新」とは、常に「表と裏」とでもいうべき現象が伴うものです。

コンテナが普及する以前、貨物の積み下ろしは沖仲仕(いわゆるギャング)の人力に頼っていたということは前に書きました。そこにコンテナが登場するわけですが、港湾労働者の組合は、コンテナの導入に猛烈なアレルギー反応を示しました。DSC_0196自分たちの仕事がなくなってしまうことを恐れて、ストライキを繰り返し、必死になって交渉を重ね、中には腕力にまかせた暴力沙汰も起きたのだろうと思います。しかし、どれだけ逆らってもコンテナリゼーションという革命的な合理化は広まっていきました。組合の抵抗は、少しの時間稼ぎに過ぎなかったのです。

私の世代、最も有名なギャング映画と言えば「ゴッド・ファーザー」がまず頭に浮かびます。ゴッドファーザー1973年に公開されたこの映画で、マフィアのボス、ドン・コルレオーネを演じた名優マーロン・ブランドは、アカデミー主演男優賞を受賞しました。

ところで、「ギャング」という言葉の語源ですが、もともとは「行進」「行列」という意味のドイツ語、オランダ語です。この言葉がイギリスを中心として港湾作業で使われるうちに世界的に広がり、船内荷役作業員・沖仲仕の集団を指すようになったようです。おそらく、荷揚げでは船倉の荷物を一個ずつ取り出してかつぎ、荷下ろしもまた然り。クレーンやコンテナが登場する以前の荷役作業はすべてが人力です。DSC_0282積込その行列や行進からギャングという言葉につながったのだろうと思います。そして、現代でも海事用語として「ギャング」という言葉が使われているようで、少なくとも海運業界においては「悪党」や「暴力団」というような意味は持っていないという事です。

しかしながら、ギャングの本来の意味が歪んでしまうような実態でもありました。コンテナが海運業界に導入される以前、世界中どこの国の港も、雇用の一大供給源でした。港で荷役作業に従事する労働者は、危険ではあるが高賃金、筋肉で勝負する荒くれ者たちが多かったのです。船倉の荷物から高級酒、ラジオ、宝飾品などを抜き取ってしまう窃盗行為は日常茶飯事。殴り合いのケンカは娯楽のようなもの。従って、当時の港は一般市民や観光客などとても近づくことのできない危険地帯でした。

そこで働く労働者のほとんどは日雇いでしたから、自分たちの仕事や利益を守るために強固な集団=ギャングを形成していったということです。そして、このギャングがやがて労働組合へと発展するのですが、中には密輸などの組織的犯罪に加担する集団も存在したことから、いつしかギャング=悪党集団というような意味に変わり、世界的には悪党集団という意味だけが広まったのでしょう。

さて、ギャングがさらに組織化された労働組合は、自分たちの仕事と生活、筋肉で勝ち取った利権を守るため、あの手この手でコンテナリゼーションを阻止しようと激しく抵抗することになります。コンテナ輸送とは、それまでの物流に劇的な革命を起こす一方で、港湾労働者から多くの仕事を取り上げることだったのです。



自身がトラック運転手であったマルコム・マクリーンは、「マクリーン・トラッキング」という運送会社を設立し、全米第2位の陸運会社に成長させました。マクリーンしかし、米国の商業輸送業界は、州際通商委員会(Interstate Commerce Commission ICC)という組織が取扱貨物、走行ルート、運賃や新規参入などあらゆる点で厳しい制約を強いており、マクリーンはそれに嫌気がさしたのでしょう。そのため、陸運に見切りをつけ海運業への進出を決意します。そして、自身の会社を売却した資金を元手に1955年シーランドという海運会社を設立したのです。
さて、軍からただ同然で買える船に目をつけたマクリーンは、船に若干の改造を加えてRO-RO船に仕立てました。そして、最初はトレーラーごと船に載せて運んでいましたが、トレーラーの箱だけを分離すれば重ねて載せられ、もっと効率が良くなるということに気付いたのです。これが現在のコンテナ輸送の原点だと言われています。
その後、船に積んだコンテナを仕向け地の港で現地トレーラーに積み替え、そのまま客先まで運ぶという、海陸一貫輸送を実現させたのです。フリップ
当初、シーランド社は35フィートコンテナを使用していましたが、海上コンテナ輸送への新規参入が相次ぎ、様々なサイズのコンテナが出回るようになってきました。そこで、米国政府が1958年から1961年にかけてコンテナの規格化に取り組み、最終的にはISOによって国際的な規格化がなされたということのようです。そのような経緯で、コンテナは爆発的な広がりを見るわけです。コンテナは、世界の物流に革命をもたらした20世紀最大の発明ですが、WindowsiPhoneのようにアッという普及したのかというと、それはとんでもない!普及の裏では大変な闘争が繰り広げられていました。ベトナム戦争の話題からすっかり逸れてしまいましたが、普及にまつわる暗闘に触れておかなければ話は前に進めることができません。
このブログを継続的にお読みいただいている方に対して、お礼の意味を込めまして、次回をお楽しみに!

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