チキータ革命直後、カストロ首相は米国と友好的な関係を維持しようと努力したのですが、ユナイテッド・フルーツ(現:チキータ)などの大企業のプランテーションや首都ハバナに立ち並ぶカジノホテル(殆どは米国マフィアが所有)などを眺めていて我慢できなくなったのでしょう。アメリカ企業の資産の接収と国営化を次々に推し進め、経済的植民地状態からの脱却を試みます。

そのキューバに対し、米国は国交断絶と禁輸措置を発動。しかし、既にソ連と緊密な関係になりつつあったキューバは、砂糖と石油のバーター取引や借款などソ連の手厚い保護の下で国内政治を安定化させていき、武器調達取引の調印に至っては、米国を青ざめさせました。

そのような混沌とした情勢の中、19611月、第35代米国大統領に就任したジョン・F・ケネディは438ヶ月でした。彼は大統領選挙においてマフィアの大物サム・ジアンカーナ(アル・カポネの部下からのし上がったシカゴのボス)の影響力を借りて、かろうじて当選したわけで、大統領に就任してからのケネディはマフィアから相当なプレッシャーをかけられていたのではないでしょうか。cuba-2125799_1280キューバ

「おい、大統領さんよ、キューバにある俺のホテルを取り戻してくれよ!」みたいに脅されていたのかもしれません。

そして、その年の5月、キューバはとうとう社会主義を全世界に向けて宣言し、米国はびっくり仰天。何せ、キューバはフロリダ半島から150kmしか離れてないわけで、米国にとって家の庭の中にある島国だったわけですから。それに追い打ちをかけるように、更なる衝撃が米国を襲います。1962年の1014日、キューバにソ連の核ミサイル施設が建設されているのを米軍が発見しちゃったわけです。

丸山運送が創業した1962年に起こった驚天動地の大事件、「キューバ危機」が勃発したのです。