ケネディが大統領に就任した1962年に世界を震撼させる大事件が起きました。

その年の7月から8月にかけて、ソ連やその同盟国の貨物船が頻繁にキューバの港に出入りするようになったため、これを不審に思った米軍は偵察を強化。そして、1014日に偵察機から送られてきた航空写真を見てケネディ大統領は驚愕します。翌日にもたらされた写真解析班の報告によると、それらは準中距離弾道ミサイル(MRBM)だったのです。さらにその後3つの中距離弾道ミサイル(IRBM)を発見しました。これらは、いつでも発射できるレベルでの配備が完了しているようでした。しかも、全てのミサイル基地からは米国本土は射程圏内です。

この時のソ連最高指導者はスターリンの後継であるフルシチョフ。スターリンが最高指導者の時代に行った大粛清に積極的に加担し、忠誠を示すことによって生き残った人物です。unnamed

彼は、キューバの革命政府が米国による経済制裁を受けはじめると積極的にカストロに接近し、経済支援を行いました。そして、秘密裏にキューバ沿岸にミサイル発射基地の建設したのです。

その時、ケネディのとった対策はキューバの海上封鎖です。

「ソ連のミサイルをこれ以上キューバに持ち込ませるわけにはいかない」

米国本土へいつ発射されるかわからない核ミサイル。そして完全に射程圏に入っている配備状況に、下手をすれば第三次世界大戦が勃発し、世界は破滅しかねない状況となりました。

さて、1014日に偵察機が写真を持ち帰り、翌15日に写真の分析結果を報告。その翌日の16日から丸3日、昼夜を問わず連続して会議が開かれ、米国政府がどのような対応をとるのかが話し合われました。この時、核戦争の恐ろしさを理解していたケネディではありましたが、国内のタカ派やNATO諸国の顔色を窺い「開戦やむなし」というスタンスで会議に臨んだようです。実際に、キューバにあるソ連基地への空爆や、キューバへの侵攻など具体的な作戦までも検討されました。

この時、司法長官であった大統領の実弟ロバート・ケネディが会議で提案したプランがものすごい中身。

    1週間の準備と西欧諸国とラテンアメリカ諸国への通告の後に24日にMRBMの施設を爆撃する

    フルシチョフへの警告の後にMRBMの施設を爆撃する

    ミサイルの存在・今後阻止する決意・戦争の決意・キューバ侵攻の決意をソ連に通告する

    政治的予備会談を実施し失敗の場合に空爆と侵攻を行う

    政治的予備折衝無しに空爆と侵攻を行う

というもので、もしこのとき開戦していたら間違いなく世界は今の情勢と変わっていたはず。もしかしたら、丸山運送も日本という国家も消滅していたかもしれません。

そこから始まる米国とソ連との交渉の基本は、じれったい書簡のやり取り。互いの腹を探り合う、ぎりぎりの交渉だったようです。その間、米軍の爆撃機がキューバ上空で撃墜されたり、逆に米国の偵察機がソ連の領空を侵犯してソ連の戦闘機に追いかけられたり、海上封鎖線上を航行するソ連の潜水艦に米軍が爆雷を投下したり、両国は完全に臨戦態勢。そして最悪の日を迎えます。1027日、ワシントンのソ連大使館で、大使館員が書類を焼却する姿が目撃され「ソ連は開戦に備えている」との憶測が飛んだのです。これは、後に「暗黒の土曜日」と呼ばれることになりました。とにかく1027日に危機は極限にまで達したわけです。

もはや一刻の猶予もない状態。書簡を作成している時間にも事態は悪い方向へと動いていく。john-f-kennedy-63160_960_720両首脳はもはや制御不能の状態に陥りつつあることを認識し、フルシチョフがモスクワ放送のラジオでケネディ書簡の受託を宣言。当然、米国もその放送を傍受し事態は急展開、沈静化へと向かいました。それが1028日のことです。
ここに至って両国は互いに譲歩し(ほとんどの歴史の教科書では、ケネディがフルシチョフから好条件を引き出したように書かれていますが、冷戦時代のソ連は鉄のカーテンで覆われており情報に乏しいことから、米国から出される一方的な情報をもとにストーリーが編纂された結果、そうなったのだと思います)、

「アメリカは絶対にキューバを攻撃しない。ソ連は速やかに撤退する」という結論を導き出し、どうにか核戦争による世界滅亡の危機を回避できたというのが表向きの話。

米国としてはあまり触れられたくない水面下での条件提示として、キューバを絶対に攻撃しないということに加えて、トルコに配備してあるミサイルの撤去というおまけを付け、ソ連はようやく納得。ソ連
51BJM2YKYVL._AC_SY445_にとっては、米国のキューバ不可侵条件よりもトルコに配備してある米軍ミサイル撤退の方が価値のある条件だったようです。なぜこのときトルコのことが伏せられたかというと、それはNATO諸国への配慮だと言われています。

world wide network_page-0001このようにして、あわや核戦争という地球の危機が回避された次第。世にいう「キューバ危機」という大事件で、ケビン・コスナー主演の映画「13DAYS」は、この時の攻防を映画化したものです。

当社Maruyamaが誕生した1962年、地球最大の事件であったことは間違いありません。現在のところ当社のWorld Wide Network にキューバは含まれていませんが、いずれかの段階で取引が可能となることでしょう。