我が国の貿易に占める海上輸送の割合は、なんと99%を超えています。海上輸送が国民の生活、そして我が国の存在を支えているといっても過言ではないでしょう。タンカー原油や鉄鉱石等の資源は専用船で輸入され、それぞれの精製プラントに隣接した埠頭で陸揚げされています。
一方、世界各国で製造された様々な製品は、品目、形、大きさ、重さがバラバラですから、原油とか鉄鉱石等を輸入するようなわけにはいきません。もちろん、国内で生産された様々な製品の輸出も同様です。これら星の数を遥かに上回る多様な製品を安価に輸送するシステムとして登場したのが、
20世紀最大の発明と言われるコンテナです。日本で初めてコンテナ船が利用されたのは19679月のこと。東京港から394個のコンテナを積んでサンフランシスコに向けて出港したのが最初だそうです。けっこう最近のことですよね。その頃、私は小学生でした。
※下の写真は、
2018724日私が仙台港中野ふ頭で撮影したコンテナ船で、文章とは関係ありません(コンテナ船というのは、ご覧のような船です)。コンテナ船


コンテナが登場する以前、荷物の積み下ろしには大量の労働者が必要で、世界中の港町に頑丈な体躯を持つ荒くれ者が集まりました。それがやがて組織化してマフィアのような集団に成長することもあったようです。マフィアは、自分たちの利権を守り、あるいは拡大するために対立抗争事件を起こしたり、酔っぱらってケンカをしたりやりたい放題。ヘミングウェイの小説に登場する港町とは程遠い、一般人が近寄りがたいエリアは、想像ですがポパイに登場するブルートのような男たちが、荷捌き場を我が物顔で闊歩する波止場だったのではないでしょうか。
ブルート
当時の海上輸送費は、ほとんどが荷物の積み下ろしにかかる人件費。今となっては想像もつかないような時間と大量の労働者を使って荷物の積み下ろし作業に当たっていたようですから、その間、貨物船を何週間も港に停泊させたままにしておくというようなことが当然のことのように繰り返されていました。このような状況下において、様々な利権が複雑に絡み合った「港町物流黒社会」のようなものができ上っていたのでしょうねきっと。そこに、合理化の名のもとにコンテナでの物流システムを持ち込むことは、黒社会の経済構造をぶち壊す命がけの改革。それをやってのけたのが、米国のスーパー・トラック野郎、マルコム・マクリーンです。ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブス、ジェフ・ベソス、イーロン・マスク、マーク・ザッカーバーグ彼らは現代の偉人たちですが、その以前に米国には「超」が付くほどの偉大な人物がいたのですね(米国人は、やはり凄い!)。

コンテナ物語物流革命の詳しい事情は、「コンテナ物語」をお読みください。私も読んでみたい本なので、明日からブックオフに通います。