2017年01月01日

2016年の10冊

2016


いつも通り昨年読んだもののなかから10冊選んだ(順番は関係なし)が、いつも以上に既刊書が多い。というのも、なぜか去年は昔読んだものを読み返すことが多かった。そんな中で、最も印象に残った新刊書は、2015年のノーベル文学賞作家、スベトラーナ・アレクシエーヴィチの『セカンドハンドの時代』だった。


1. 『セカンドハンドの時代〜「赤い国」を生きた人びと』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著/松本妙子 訳/岩波書店)
2. 『ブルックリン・フォリーズ』(ポール・オースター 著/柴田元幸 訳/新潮社)
3. 『ヤーコプ・フォン・グンデン』(ローベルト・ヴァルザー 著/若林恵 訳/鳥影社/『ローベルト・ヴァルザー作品集3:長編小説と散文集』所収)
4. 『23000』(ウラジーミル・ソローキン 著/松下隆志 訳/河出書房新社)
5. 『ある子供』(トーマス・ベルンハルト 著/今井敦 訳/松籟社)
6. 『荒涼館』(チャールズ・ディケンズ 著/青木雄造、小池滋 訳/ちくま文庫)
7. 『死せる魂』(ニコライ・ゴーゴリ 著/平井肇 訳/岩波文庫)
8. 『白鯨』(ハーマン・メルヴィル 著/千石英世 訳/講談社文芸文庫)
9. 『メキシコ、静かなる光と時』(マヌエル・アルバレス・ブラボ 写真/クレヴィス)
10. 『ブラジルの光、家族の風景:大原治雄写真集』(サウダージ・ブックス)

1. アレクシエーヴィチの最新作『セカンドハンドの時代』は、「「赤い国」を生きた人びと」という副題が示す通り、ソ連崩壊後の人々の証言をまとめたもの。国の崩壊が人びとの思考や生活に、どのような断絶、飛躍、混乱を巻き起こしたのか、とても興味深い。彼らが経験したこと(ソ連時代、その崩壊、その後のロシアの歩み)すべてが、現実離れしているように感じる。世界の歩みは奇妙だ。日本の歩みも奇妙だ。人間の歩みは奇妙だ。

2. アレクシエーヴィチが集めた、現実とは思えない証言の数々を読んでいて、事実は小説より奇なりという思いを強くした。思い出したのは、ポール・オースターだ。「オースターの小説には現実離れしたエピソード(ありえない幸運や不幸)が多すぎる」という批判に対して、オースター自身はおよそこんなふうに反論したのだ(といいつつ、批判内容も発言内容もかなりうろ覚えで、しかも、何のインタビューで読んだのか、まったく記憶にない、よって僕の創作かもしれない)。
「そんなことはない、事実は小説より奇なり、だ。事実、私自身も、私の周りの人間も、自分の小説よりももっと奇妙な経験をしているよ。現実を超える小説を書けるものなら書きたいものだね」
というわけで、未読だったオースターの『ブルックリン・フォリーズ』を手に取ったわけだが、彼の作品らしく、次から次へとエピソードが繰り出されて、最後まで一気に読ませる。しかし、僕が好きなのは『リヴァイアサン』まで。それ以後の作品は、どうも深みに欠けるというか、何というか。今回もラストは、そうきたか!と思ったものの、唐突な印象を否めなかった。おもしろかったことはおもしろかったのだが。

3. 去年の正月はずっとローベルト・ヴァルザーの作品集を読んでいた。『ヤーコプ・フォン・グンデン』はヴァルザーの代表作のようだ。彼のような作家が、ほとんど評価されることなく、その生涯を終えたという事実を知れば、なるほど、世の中はそうなるようにできている、と思わざるを得ない。世間は彼のような人間を無視するか、あるいはまったく気にもとめない。それこそが人生を平穏無事にやりすごす術だからだ。いくつか引用する。
「大衆とは現代の奴隷であって、個々の人間というのは偉大な大衆思想の奴隷なのさ。美しく優れたものなどもはや存在しない。美しいもの、善なるもの、誠実なるものは夢想するほかない。」(P.77)
「そもそも世間でなんとか成功しようと努力する人々は、恐ろしいほど皆そっくりだ。全員が同じ顔だ。本来は同じではないのに、でも同じなのだ。猛スピードでうなりをあげて突進してくる、ある種の愛想のよさがあるという点で全員がよく似ており、それがこの人々が感じている不安なのだと思う。」(P.132)

4.『氷』『ブロの道』と、ずっと読み続けてきたソローキンの「氷三部作」がこの『23000』でようやく完結。しかし、期待が大きすぎたか、最後は尻すぼみの印象。三部作の中では、やはり最初に書かれた『氷』が圧倒的におもしろかった。三部作を通して重要なモチーフである「魂」の問題は、ロシア文学ではたびたび取り上げられる重要なテーマのようで、その意味で、ソローキンは、奇抜な作風でありながら、あくまでもロシア文学の伝統にのっとって作品を書き続けていると言えるようだ。そのことが、この作家の作品に感じる深みや普遍性と関係しているのかどうか。

5. 20世紀オーストリアを代表する作家、トーマス・ベルンハルト。この度、「自伝」五部作が翻訳されるそうで、『ある子供』は、そのうち最後に書かれたものであるらしい。最初から最後まで改行が一切ない構成。五部作の翻訳も楽しみだが、その前に今年こそは代表作『消去』に挑戦したい。

6. ディケンズの『荒涼館』は、全四冊と長い作品。物語の背後に潜む司法権力の存在が、現実味を奪う効果をあげている。というのも、権力があまりに巨大なために、人間の把握能力を超えているから。そうなると、その対象は、崇高で、滑稽で、ゆえに現実のものと思えぬ存在と化す。それはまるで、ロンドンの街を覆い尽くす霞のようなものなのだ。

7. 昔読んだ『外套』『鼻』など、ゴーゴリの作品をいろいろ読み返して、最後に未読だった『死せる魂』を読んだ。詐欺師チチコフが、戸籍状では生きていることになっている死んだ農奴を買い集める、その狙いとは? という未完の大作。「魂」と訳されているロシア語は、「農奴」の意味もあるそうで、『死せる農奴』と『死せる魂』のダブルミーニングを念頭に置いて読み進めるといい。ソローキンの『氷』と同様、ロシアの「魂」の古典。

8. メルヴィルの『白鯨』を初めて読んだのは、岩波文庫の阿部知二訳だった。個人的にはこの阿部訳が大好きなのだが、今回は、これまた定評のある千石英世訳で再読した。メルヴィルも不遇のまま生涯を終えた作家だが、死後、D.H.ローレンスらが再評価したことがきっかけとなり、(海の底から?)アメリカ文学史に急浮上したという。『白鯨』が当初まったく無視された理由も、ヴァルザーと同様である気がしてならない。大衆が熱狂しているまさにそのときに、できれば目を背けておきたい本質をえぐり出したという意味で。イシュメールの哲学的独白も、エイハブ船長の狂気も、あまりに熱を帯びていて、時に笑ってしまうほど仰々しいのだが、それゆえに読み出すと止まらない。これほど惹き付けられる語りは他にない。そして読むたびに新たな発見がある。

最後に二冊の写真集、9. 『メキシコ、静かなる光と時』と10. 『ブラジルの光、家族の風景:大原治雄写真集』を。写真のことはまったくわからないし、この二人の写真家についても、まったく知らなかったのだが、書店で手に取って、あまりに惹き付けられたので、購入した。どちらもモノクロ写真集。20世紀写真史に大きな足跡を残したメキシコの巨匠、マヌエル・アルバレス・ブラボ(1902-2002)、そして移民としてブラジルに渡り、コーヒーや果樹栽培をしながら、アマチュアカメラマンとして活動をスタートさせた大原治雄(1909-1999)。ほぼ同時代を生きた二人の写真に、なぜこれほど惹き付けられたのか、まだ明確な言葉とならない。



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2016年01月29日

2015年の10冊

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とある内科医の先生が僕にこうおっしゃった。

「医者として長年科学に関わってきたけど、これには限界がある。君ね、最後は科学じゃない、文学と哲学ですよ」

先生が言わんとしたことはつまり、こういうことだ。

治療法を伝える医者も、それを受け取る患者も、科学の知識だけではだめで、医者は科学的知識を上手に伝えるための感性が必要だし、患者はそれを理解し実践につなげる感性が必要で、その感性をやしなうのが、文学であり、哲学である。それがわかれば、患者は「病気は自分で治すもの」ということが理解できるし、医者は、病気を治すのが仕事ではなく、患者に治そうという意識を植え付けるのが仕事であるという結論に至る。先生はそうおっしゃったのである。先生の言葉を聞くまでもなく、科学がどんなに客観的に完璧であったとしても、科学はそれを使う人間の存在抜きには有用足り得ないのだとすれば、畢竟、完璧ではない人間が扱う科学は完璧ではない、という結論になろう。科学は常に使い方が問題なのだ。そう考えれば、先生が、科学の使い方=感性をやしなう文学や哲学に重きを置くのは、しごくまっとうなことに思える。ところが、最近の政治の場では、大学の文学部不要論がまことしやかに議論されていて、ちょっと恐ろしい。文学の研究が、国や言語や文化の境界を越えた相互理解をどれだけもたらしてきたか、そしてこうした相互理解が、外交の局面においてもどれだけ資するか、そのことへの無理解としか思えない。いや、これは半分は冗談で、もう半分は皮肉だ。

『やっぱり世界は文学でできている』(沼野充義 編著/光文社)の「おわりに〜あえて文学を擁護する」に、ソ連出身の亡命詩人ヨシフ・ブロツキーの言葉が引用されていたので、それをもう一度、二重に引用する。

「芸術全般、特に文学が社会において少数派の財産(あるいは特権)でしかないという状況は、不健全で危険なことのように思われます。私は国家の代わりを図書館にさせろなどとは———実際には何度もそんな考えが心をよぎったものですが———申しません。しかし、もしもわれわれが支配者を選ぶときに、候補者の政治綱領ではなく読書体験を選択の基準にしたならば、この地上の不幸はもっと少なくなることでしょう。そう私は信じて疑いません。われわれの支配者となるかも知れない人間にまず尋ねるべきは、外交でどのような路線を取ろうと考えるかということではなく、スタンダールや、ディケンズ、ドフトエフスキーにどんな態度をとるかということである———そう私は思います。(ヨシフ・ブロツキー『私人 ノーベル賞受賞講演』より 邦訳は群像社刊)」


というわけで、去年読んだ本から印象に残った10冊をメモしておく。新刊、既刊、入り交じっている。順番は関係ない。

1. 『ヨージェフ・アティッラ詩集』(原田清美 訳・解説/未知谷)
2. 『氷』(ウラジーミル・ソローキン 著/松下隆志 訳/河出書房新社)
3. 『書記バートルビー』(メルヴィル 著/牧野有道 訳/光文社古典新訳文庫『書記バートルビー/漂流船』所収)
4. 『火を熾す』(ジャック・ロンドン 著/柴田元幸翻訳叢書「アメリカン・マスターピース 古典篇」所収/新潮社)
5. 『タンナー兄弟姉妹』(ローベルト・ヴァルザー作品集1/新本史斉、F・ヒンターエーダー=エムデ 訳/鳥影社)
6. 『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 著/三浦みどり 訳/群像社)※2016年2月に岩波現代文庫で復刊するようだ。
7. 『人工呼吸』(リカルド・ピグリア 著/大西亮 訳/水声社 フィクションのエルドラード)
8. 『怒りの玩具』(ロベルト・アルルト 著/寺尾隆吉 訳/現代企画室 ロス・クラシコス)
9. 『イヴァン・ツァンカル作品選』(佐々木とも子、イヴァン・ゴドレール 訳/成文社)
10. 『夜の鼓動にふれる〜戦争論講義』(西谷修 著/ちくま学芸文庫)

1. 『ヨージェフ・アティッラ詩集』は、神田古本まつりで偶然手に取ったもの。まったく知らない詩人であったが、表紙裏に書かれた著者紹介を読んで興味を持った。引用する。
Jozsef Attila(1905〜1937)
ハンガリーの首都ブタペストの貧しい労働者の家庭に生まれる。三歳で父が失踪、十四歳で母に先立たれ孤児となる。養父の援助でギムナジウムを経てセゲド大学の哲学科に進むが、既成の倫理に挑戦する詩を書いて大学を追われる。ウィーン、パリと放浪し、フランソワ・ヴィヨンに感銘を受ける。帰国後労働者運動に関わりつつ、新しい時代の詩を求め、ハンガリー詩の伝統に革新をもたらす作品を発表。だが貧困と孤独の中で精神を病み、三十二歳の若さで自ら命を断った。以下、続く。

この詩集、すごくいいのだが、彼の生涯を知ったうえで読み進めると泣けてくる。原詩のリズムが伝わってくるような翻訳がすばらしいのだと思う。アティッラが影響を受けたというヴィヨンの詩と合わせて読むと、さらに原詩のリズムや雰囲気が伝わってきた。もちろんヴィヨンも翻訳(佐藤輝夫訳/河出書房新社/1976)で読んだのだが……。

2. 『氷』は、ロシアの作家、ウラジーミル・ソローキンの新刊。描かれる世界観も細部の仕掛けや着想も独創的で、今回も一気読みした。発表された順で言うと、『氷』(2002)『ブロの道』(2004)『23000』(2005)の三作からなる氷三部作の一作目で、ストーリーの時間軸の順では『ブロの道』『氷』『23000』となる。少し遅れて翻訳が発売された『ブロの道』もおもしろかったので、残る『23000』の翻訳を楽しみに待ちたい。

3. 『白鯨』で有名なメルヴィルの中編『書記バートルビー』は、これまで何度も繰り返し読んできた作品。初めて読んだときのショックが強烈で、その後も異なる翻訳を手に取っては読み比べてきた。というわけで、この新訳もすぐに買って読んだのだが、すごく読みやすい訳だと思った。仕事を命じられても「しないほうがいいのですが」と答えるばかりの書記バートルビーがたどる運命とは? 人間とは滑稽で謎に包まれた生き物だ。

4. ジャック・ロンドンの『火を熾す』は、極寒の地で遭難する男の話だが、緻密な描写がすごい。自然の恐怖をここまで生々しく書けるものなのかと驚いた。『書記バートルビー』と同じようにこれから何度も読み直す作品になりそうだ。ちなみにこの『アメリカン・マスターピース 古典篇』には柴田元幸訳の『バートルビー』が収録されている。こちらの『バートルビー』ももちろんよかった。その他、ホーソーン、ポー、ディキンソン、トウェイン、ヘンリー・ジェイムス、O・ヘンリーの短編を収録。はずれなし。

5. スイスの作家、ローベルト・ヴァルザーの『タンナー兄弟姉妹』は、独特の語り口がおもしろかった。主人公のジーモンは、仕事が長続きせず転職を繰り返す若者なのだが、彼の社会に対する分析、批判、主張にはことごとく共感してしまい、自分が心配になる。間違っても「ジーモンとは俺だ!」などと思わないようにしたい。過去に読んだ本に何度もヴァルザーの名前が出てきたので、ずっと気になっていたのだが、カフカがヴァルザーの愛読者だったと知って、ついに手に取った。カフカのほかにも、ヴェルダー・ベンヤミン、エリアス・カネッティ、スーザン・ソンタグ、W・G・ゼーバルト、ローベルト・ムージル、J・M・クッツェー、エンリーケ・ビラ=マタスなど、錚々たる顔ぶれがヴァルザーについて言及しているそうだ。エンリーケ・ビラ=マタスの『バートルビーと仲間たち』から引用する。「ローベルト・ヴァルザーは、何も書けないと書くこと、それもまた書くことであるということを知っていた」。そう、ここでもまたバートルビーにつながる。

6. 2015年ノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチはウクライナ生まれ、ベラルーシ育ちのノンフィクション作家。デビュー作にして代表作『戦争は女の顔をしていない』は、第二次世界大戦で兵士やパルチザンとして闘った女性たちを取材した作品で、読み通すのには相当の覚悟を要する。この壮絶な証言集を前にすれば、どんな小説も霞んでしまうほどだ。同じく『死に魅入られた人々〜ソ連崩壊と自殺者の記録』も読んだが、こちらは社会主義国家崩壊後に自殺した人々や関係者へのインタビュー集だ。彼女のノンフィクションを読み終えた作家は、次に何を書こうと思うのだろうか。

7. 現代アルゼンチン作家、リカルド・ピグリアの代表作『人工呼吸』は、これまでに読んだことのないタイプの小説で、どう説明していいかわからない。小説はこう書くこともできるのか、と驚いた。アルゼンチンの歴史や文化、国民性の成り立ちが、おぼろげながら見えてくる小説だ。

8. 『怒りの玩具』は、ロベルト・アルルトの代表作。読んで浮かんでくるのは、アルゼンチンの貧しい暮らしの情景というりも「臭い」だ。この本の解説で、前出のリカルド・ピグリアのコメントが引用されている。「アルルトはまさに現代アルゼンチン小説の開祖だと言えよう。彼の大胆な文体的刷新は、当時の言葉を破綻へと追いやった。どこから見ても、アルゼンチン最初にして最大の小説家だ」(P.250)。

9. 『イヴァン・ツァンカル作品選』は、帯にある「スロヴェニア文学日本初紹介」の文句に釣られて、古本屋で入手した。短編『一杯のコーヒー』と中編『使用人イェルネイと彼の正義』が収録されている。イヴァン・ツァンカル(1876〜1918)は、スロヴェニア文学の巨匠とされる作家で、『一杯のコーヒー』は、スロヴェニアの教科書にたびたび取り上げられるらしい。どちらも倫理観に訴える深い余韻を残す作品で、とてもよかった。

10. 西谷修の『不死のワンダーランド』と『戦争論』(ともに講談社学術文庫)は学生時代に読んで衝撃を受けた本だった。戦後70年の節目の年に、そんな氏の新刊『夜の鼓動にふれる〜戦争論講義』が出たので手に取った。1995年に東京大学出版局から出版された本に「二十年目の補講――「テロとの戦争」について」を増補したものだそうだ。

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2015年01月31日

2014年の10枚+α

Beck morning phaseどんな音楽が好みなんですかと聞かれれば、ロックです、と答えるしかないのだが、そんな音楽にだいぶ飽きているのも事実で、であれば新たな刺激を求めようと、ジャズやらワールドミュージックやらのCDを適当に買ってみて、お、けっこういいねぇ、などと知ったかぶって聴いたアルバムがないこともないのだが、10枚選ぶとなると、自分なりに評価できるものを選ばざるを得ず、結局代わり映えのしないセレクトとなる。例年通り2014年に発売された新録アルバムの中から選んだ。順番は関係なし。

1. Beck /"Morning Phase"
2. Jenny Lewis /"The Voyager"
3. Justin Townes Earle /"Single Mothers"
4. NRBQ / "Brass Tracks"
5. The New Pornographers / "Brill Bruisers"
6. Ryan Adams / "Ryan Adams"
7. Tweedy / "Sukierae"
8. Pink Floyd / "The Endless River"
9. Leonard Cohen / "Popular Problrms"
10. Weezer / "Everything Will Be Alright In The End"

Beckの新作(1)は今年最もよく聴いたアルバム。特に盛り上がることがないまま終わる作品と言えなくもないが、全体の雰囲気がとてもよくまとまっていると思う。彼のアルバムはどれもそうだが、細部と全体が有機的に繋がっていて、思考の痕跡を感じさせない。とても身体的だ。そして、いつもその音楽に“新しさ”を感じさせてくれる。だから聴いていて楽しい気持ちになる。
★★★★

Jenny Lewisの新作(2)もかなり聴いた。プロデュースはRyan AdamsとMike Viola。リードトラックと思われる"Just One Of The Guys"はよくできたポップソング。このアルバムもバランスがよい。単独来日してくれないだろうか。
★★★★

Justin Twones Earleの(3)はそこそこ聴いた。よくも悪くも代わり映えしない。4曲目“Today and a Lonely Night”は、彼特有の節回しが最高の名曲だ。この感じの曲がどのアルバムにも1曲は入っている。どうせ代わり映えしないだろうと思いつつ毎度新作を買ってしまうのはこのためだ。彼の激しいロックアルバムを聴いてみたいが、難しいだろうか。つまりシャウトを聴いてみたいということなのだが。
★★★

NRBQの(4)は、まぁ聴いた。新しいメンバーがどんどん作曲しているのがよい。しかもみんないい曲。
★★★

Neko Caseがずっとメンバーとして活動しているThe New Pornographersの(5)はしばしば聴いた。普段あまり聴かないタイプのアレンジだからか、新鮮に感じる。もう少し聴き込みたい。
★★★☆

Ryan Adamsの(6)はセルフ・プロデュース作にしてセルフ・タイトル作。そしてBenmont Tenchが参加。Johnny Deppもギターを弾いている。このアルバムはガンガン聴いたが、今ひとつのめり込めずにいる。その理由として思い当たることが一つ。ドラマーがよくない。1曲目"Gimme Something Good"と2曲目"Kim"は彼らしい曲なのだが。
★★★

WilcoのJeff Tweedyが息子のSpencerとデュオで作ったアルバム(7)は、期待していたほどではなく、たまに聴いた。アレンジはおもしろいし、聴き込むところはたくさんありそうなのだが。サイド・プロジェクトだから仕方ないか。Red Zeppelinみたいな曲を楽しそうに演奏しているところがよい。すでにドラマーとしてのキャリアがあるSpencerは今後が楽しみだ。父のようなよいシンガー、よい作曲家に巡り会ってほしい。
★★☆

(8)はなんとPink Floydの新作。20年ぶりの新作というのが事実だとしても、ラストアルバムというのは本当なのだろうか。もともとRoger Watersが好きなので、彼のいないPink Floydは期待半分だったのだが、これがなかなかよくて、しばし聴いた。David Gilmourのギターにはどうしても耳を吸い寄せられる。
★★★

御年80歳というLeonard Cohenの新作(9)は期待した以上によかった。といいつつ、買ったのが年末だったもので、きちんと聴いていない。にも関わらず10枚に選んでしまうほど、声の説得力がすごい。晩年のJohnny Cashもそうだったのだが、墓石の下から響いてくるような(失礼!)声の凄みはなんなのだろうか。1曲目"Slow"は、「私は生きる速度を落としている/早いのが好きだったことは一度もない」と始まる。次のバースでは「歳をとったからではない/今までの生き方のせいでもない」と歌われ、さらに次のバースでは「死が近いからでもない」と続き、最後には「死んでいるからでもない」と念を押される。最初に聴いたときは吹き出してしまった。つまり、ほとんど冗談みたいな歌詞にも思えるのだが、パロディーの一歩手前で背筋が凍るほどの凄みに変化させてしまうのは、声の緊張感のせいだろうか。Johnny Cashしかり、Lou Reedしかり、Bob Dylanしかり。老人恐るべし。
★★★☆

Weezerの(10)は、Ric Ocasekがプロデュースと知ってすぐに購入した。やはり、WeezerはRic Ocasekとの相性がよい。思い返せば、OcasekがプロデュースしたWeezerのデビュー作は本当に新鮮だった。同じくOcasekがプロデュースした三作目『Green Album』もよかったが、その後、彼らは殻を破ろうとラップの導入などを繰り返しては失敗していた感が否めない。何枚かのアルバム制作を経て(曲単位でOcasekがプロデュースしたこともあったが)、Ocasekのプロデュースに戻ったことは、個人的にはうれしい限り。Weezerはアルバムごとに音楽性を変えないほうがうまくいくバンドなのだろう。Weezerの魅力は、聴いてすぐそれとわかるRivers Cuomoのソングライティングなのだ。もう一つ、このバンドを聴き続ける理由がある。Patrick Wilsonのドラミングがよい。
★★★

さて、ここまで書いてきて、Bruce Springsteenの"High Hopes"とTom Petty & The Heartbreakersの"Hypnotic Eye"を忘れていたことに気づく。備忘録というわけで一言ずつメモ。

まずは"High Hopes"から。"American Skin (41 Shots) "は、2001年にリリースされた"Live In New York City"に収録されていた曲だが、Springsteenらしい名曲だと思う。

次にTom Petty。悪くないのだが、彼の場合、1曲目のようなリフで引っ張るハードロックっぽさよりも、やはりフォークロックっぽい良質のメロディーを聴きたい。


2005年の10枚
2006年の10枚
2007年の10枚
2008年の10枚
2009年の10枚
2010年の9枚
2011年の10枚
2012年の10枚
2013年の10枚

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2015年01月11日

2014年の10冊

終わりと始まり何ごともバランスが大事。だから、バランス感覚の欠如した大人にそれが常識だと言われても、まったくピンとこない。日本の常識だろうと世界の常識だろうと、そこから外れていようがいまいが、それは重要なことではない。常識が決して間違わないのであれば、人類が犯してきたおびただしい過ちを、いったいどう説明すればいいのだ。

バランスを欠かないためには、弛まぬ自己批判に耐えねばならない。などと偉そうにぬかしてみたが、ことはそんなに大げさではない。ちょっと考えれば、他人の品格を問うことが品格でないことはわかるはずだ。

弛まぬ自己批判をくぐり抜けてきた言葉とはどんなものだろう。1996年度のノーベル文学賞を受賞したポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカの言葉こそ、それではないかと感じた。

2014年に読んだ本から10冊を選んだ。新刊、既刊、入り交じっている。

1. 『終わりと始まり』(ヴィスワヴァ・シンボルスカ 著/沼野充義 訳・解説/未知谷)
2. 『エウロペアナ 二〇世紀史概説』(パトリク・オウジェドニーク 著/阿部賢一・篠原琢 訳/白水社エクス・リブリス)
3. 『巨匠とマルガリータ』(ミハイル・ブルガーコフ 著/水野忠夫 訳/河出書房新社 世界文学全集 I-05)
4. 『痴愚神礼讃 ラテン語原典訳』(エラスムス 著/沓掛良彦 訳/中公文庫)
5. 『文明と文化の思想〜人間が神になった西洋近代』(松宮秀治 著/白水社)
6. 『かつお節と日本人』(宮内泰介・藤林泰 著/岩波新書)
7. 『チューリングの妄想』(エドゥムンド・パス・ソルダン 著/服部綾乃・石川隆介 訳/現代企画室)
8. 『境界なき土地』(ホセ・ドノソ 著/寺尾隆吉 訳/水声社 フィクションのエルドラード)
9. 『孤児』(ファン・ホセ・サエール 著/寺尾隆吉 訳/水声社 フィクションのエルドラード)
10. 『対岸』(フリオ・コルタサル 著/寺尾隆吉 訳/水声社 フィクションのエルドラード)

1. 『終わりと始まり』は、そのヴィスワヴァ・シンボルスカの詩集。彼女の詩集は何冊か翻訳されているが、現在、これが一番入手しやすい。いくつか引用する(表記の不統一はまま)。

『題はなくてもいい』
けっきょくのところ、よく晴れた朝
わたしは川辺の木陰に
腰をおろしている
これはとるにたらない出来事
歴史のうちにもはいらないだろう
原因を研究すべき
戦闘でも条約でもなく
記憶されるべき暴君の殺害でもない
<中略>
私はここにいて、見ている それがめぐりあわせ
頭上では白い蝶が宙を舞う
はためくその羽根は蝶だけのもの
わたしの手の上をさっと飛び去る影も
他の誰のものでもなく、まさしく蝶自身の影

こんな光景を見ているとわたしはいつも
大事なことは大事でないことより大事だなどとは
信じられなくなる

『詩の好きな人もいる』
そういう人もいる
つまり、みんなではない
みんなの中の大多数ではなく、むしろ少数派
むりやりそれを押しつける学校や
それを書くご当人は勘定に入れなければ
そういう人はたぶん、千人に二人くらい
<以下続く>

『終わりと始まり』
戦争が終わるたびに
誰かが後片付けをしなければならない
物事がひとりでに
片づいてくれるわけではないのだから
<中略>
それがどういうことだったのか
知っていた人たちは
少ししか知らない人たちに
場所を譲らなければならない そして
少しよりももっと少ししか知らない人たちに
最後にはほとんど何も知らない人たちに
原因と結果を
覆って茂る草むらに
誰かが寝そべって
穂を噛みながら
雲に見とれなければならない

2. 『エウロペアナ』は、プラハ生まれのチェコの作家、パトリク・オウジェドニークの小説。副題にある通り『二〇世紀史概説』だ。裏表紙の解説には『虚/実、歴史/物語の境界に揺さぶりをかける、刺激的な20世紀ヨーロッパ裏面史』とある。150ページにも満たない小著ながら、詰め込まれた情報(というには語弊があるのだが)は膨大で、20世紀を駆け足で振り返るというには、あまりにも濃密。翻訳者によれば、『絶対に脚注を付けないこと』が作者から課せられた翻訳の条件だったそうで、それゆえ、その歴史/物語を前にして、通常の歴史書を読む以上に意識的に、己の読みを自己批判せずにはいられない。歴史に対峙するとはそういうことなのだ。などど構えて読む類いの本でないことも確かだ。スペインの現代作家、エンリーケ・ビラ=マタスの『ポータブル文学小史』(木村榮一訳/平凡社)に近い作風といえようか。

3. 『巨匠とマルガリータ』は、20世紀のロシア(ソ連)の小説。ローリングストーンズの『悪魔を憐れむ歌』はこの小説からインスピレーションを得たそうだ。言われてみればどこかでそんな話を読んだような気もしてきた。一言で説明すれば、悪魔が登場する奇想天外な小説ということになるのだが……。最初の場面のスリルといったらない。

4. 『痴愚神礼讃』は抜群におもしろかった。エラスムスが生きたのは15〜16世紀。原典はラテン語で書かれているが、これを読むことができた人は当時、どれくらいいたのだろうか。この時代、時に辛辣に、時にユーモラスにキリスト教社会を諷刺することは、どんな意義を持ち得たのだろうか。『痴愚神礼讃』のような諷刺文学こそ、社会のバランスを保つ装置として機能したのではないか。それに比べて今の日本はどうか。長いお笑いブームも諷刺とは無縁だ。これは何を示唆しているのか。

5. 『文明と文化の思想』は歴史学、思想史の論考ということになるのだろうか。「文明」と「文化」の概念の萌芽を18世紀、啓蒙主義の時代に見いだし、その後、両概念が、いかにして人間中心主義を駆動させる装置として機能してきたかを描く。「文明」「文化」の概念が生まれる以前は、エジプト文明もインダス文明もメソポタミア文明も黄河文明も存在しなかった!?

6. 『かつお節と日本人』はタイトル通りの本である。江戸時代から明治、大正を経て、敗戦、戦後まで、時間にしておよそ300年、空間でおよそ4000キロ(北海道から沖縄、台湾、ミクロネシア、インドネシアなど)におよぶ日本人とかつお節の世界を描く。どこかの海でかつおが獲れて、どこかの工場でかつお節になり、どこかの業者が販売し、どこかの庶民がそれを食す。当然ながらそのすべてにかかわるのが人間(=日本人)である。とすると、すべてを人間が握っているように思えるがそうではない。気候の変化とそれにともなう漁獲量の変化、それを察知した人間の移動、それにともなう産地の変化。こうした事象を細やかにすくいあげ具体的に記述していく。中でも戦争がかつお節の世界に与えた影響は大きかったようだ。関係者の証言を交えながら、日清日露、二度の世界大戦に翻弄された人々の移動、かつお節業者の倒産と復興までの歩みを描く筆致は迫力があり、歴史の大きなうねりを見事に捉えている。我々もかつお節も、世界のあらゆる事象に影響を受けるという当然の事実に気づかされる。

7. 『チューリングの妄想』は、アメリカ在住のボリビア人作家による小説。エニグマ解読で知られるアラン・チューリングが主人公、というわけではなく、ボリビア政府管轄の暗号解読機関の職員、現代を生きる天才ハッカーとの攻防を軸に、暗号解読とネットの世界におけるアイデンティティの解読を重ねて描く。

8. 『境界なき土地』はチリの作家、ホセ・ドノソの中編。昨年は代表作『別荘』も翻訳されて話題になった。分厚い『別荘』は、いかようにも読解できる懐の深さが傑作とされる所以なのだろうが、いかんせん登場人物が多すぎて難儀した。中編のこちらはそれにくらべれば読みやすく、ドノソの狂気じみた世界観も十分楽しめた。絶版で高値が付いているもう一つの代表作『夜のみだらな鳥』が復刊との噂。今年か?

9. 『孤児』はアルゼンチンの作家、ファン・ホセ・サエールの作品。これが本当に美しい小説で、ストーリーを追うというよりも、文節一つひとつの表現にため息をつきながら読んだ。哲学的な表現がすばらしいのだが、語彙が難しいというわけではない。しかしどんな話なのかを説明する力が僕にはない。ので、帯の紹介文を引用。

『舞台は16世紀の大航海時代、見果てぬインディアスを夢見て船に乗り込んだ「私」が上陸したのは食人インディアンたちが住む土地だった。「私」は独り捕らえられ、太古から息づく生活を営む彼らと共に過ごしながら、存在を揺るがす体験をすることになる……。無から生まれ、親もなく、名前もない、この世の孤児となった語り手を通して、現実と夢幻の狭間で揺れる存在の儚さを、ボルヘス以後のアルゼンチン文学を代表する作家が描き出す破格の物語。』

10. 『対岸』は、同じくアルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルの処女短編集。この他に後期短編集『八面体』も出たが、後期に比べてシンプルで読みやすいこちらを。文字を追ううちに脳内に浮かぶ映像がアメーバのごとく変化する読書体験。どうなってるのよ? 2014年はコルタサル生誕100周年、没後30年だったそうだ。ドノソ同様、やはり絶版で高値が付いている長編『石蹴り遊び』の復刊を望む。


8,9,10はすべて水声社のフィクションのエル・ドラードから。このシリーズ、はずれなし。

バランスが大事と言いながら、南米文学にかたよっている。と自己批判。

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2014年02月28日

2013年の10冊

地図と領土2月26日、ローリング・ストーンズの来日公演初日を観た。前回が8年前というのだから時が経つのは早いものだ。

一曲目、まさか「ゲット・オフ・マイ・クラウド」とは。この曲を大音量でかけ、ミックと一緒にサビを連呼しながら頭をぐるんぐるん振り回していた小学生のころを思い出した。時の流れを感じて胸が苦しくなった。こんな感傷に浸ることになろうとは思ってもいなかった。僕は、今回の来日を「ゲット・オフ・マイ・クラウド」を観た公演』として記憶することになるのだろう。

明らかに衰えたキースにはちょっと寂しい気持ちにさせられたが、ミック、チャーリー、ロンは相変わらず元気だった。特にミックの体のキレはすごかった。こちらはといえば、午後から神保町を歩き回り、グッズの列に並び、それからライブへと、一日中歩きっぱなしの立ちっ放しで、帰るころにはクタクタになってしまった。そして翌日発熱。ミックを観た直後だけになんとも情けない。今日は仕事を休んでしまった。が、一日中寝たのが功を奏して熱も下がった。のそのそと起き出して、今これを書いている。

さて、昨年読んだ本の話。一昨年くらいから、海外文学が盛り上がっていると感じる。震災以降、人々が物語を欲しているというのは安易かもしれないが、どうなのだろう。僕自身が物語を欲しているのかどうかもわからないが、去年は小説をよく読んだ。というわけで以下は新刊、既刊に関わらず、昨年読んだ中で印象に残っている10冊である。

1. 『地図と領土』(ミシェル・ウエルベック 著/野崎歓 訳/筑摩書房)
2. 『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー 著/黒原敏行 訳/光文社古典新訳文庫)
3. 『親衛隊士の日』(ウラジーミル・ソローキン 著/松下隆志 訳/河出書房新社)
4. 『売女の人殺し』(ロベルト・ボラーニョ 著/松本健二 訳/白水社『ボラーニョ・コレクション』)
5. 『HHhH(プラハ、1942年)』(ローラン・ビネ 著/高橋啓 訳/東京創元社)
6. 『未来の回想』(シギズムンド・クルジジャノフスキイ 著/秋草俊一郎 訳/松籟社)
7. 『もうひとつの街』(ミハル・アイヴァス 著/阿部賢一 訳/河出書房新社)
8. 『かつて描かれたことのない境地:傑作短編集』(残雪 著/近藤直子・深谷瑞穂・富岡優理子・鷺巣益美・泉朝子・右島真里子 訳/平凡社『残雪コレクション』)
9. 『雪が降るまえに』(アルセーニー・タルコフスキー 著/坂庭淳史 訳/鳥影社)
10. 『歴史人口学の世界』(速水融 著/岩波現代文庫)

1は、フランスの現代作家、ミシェル・ウエルベックのゴングール賞受賞作。映画化された代表作『素粒子』と同様、資本主義社会のするどい分析がなされている。資本主義社会における性のあり方が『素粒子』のテーマだったとすれば、本作は資本主義社会における芸術のあり方がテーマと言えそうだ。過激な性描写で常に賛否両論を巻き起こすウエルベックだが、本作ではそういった描写は影を潜めている。本作にはウェルベック本人をはじめ、存命中の人物が次から次へと登場する。こうした手法はハイパーリアリズムと言われているそうで、読者はあたかもニュースを読むかのように物語を読むことになるのだが、そんな難しいことは抜きにしても、とにかくグイグイと読ませる作品で単純におもしろい。

2は『すばらしい新世界』の新訳。ウエルベックの『素粒子』に、この小説に言及する箇所があったので読み直した。ディストピア小説の古典だが、やはりおもしろい。生殖と快楽の分離、生まれつき人間に優劣を付けた教育、不満や苦しみを極限まで排除した社会のゆくすえとは。笑うに笑えない。いや、笑うべきか。僕たちだってここに描かれている人々とたいして違いはない。

3はロシアの現代作家、剃ろー金、もといソローキンの作品。舞台は2028年のロシアで、帝政が復活しているという設定。皇帝に仕える親衛隊員の一日を描いたものなのだが、奇妙奇天烈な世界は相変わらずで、堅苦しい理屈を考えずに一気に読むのがおすすめ。ソローキン本人によれば、今、ロシアはこの作品で描かれている状況に向かいつつあるというのだからおそろしい。でも日本だって……。一昨年出た『青い脂』よりも読みやすいと思う。

4は『2666』が話題となって、めでたく出版が決まったボラーニョ・コレクションの第一巻。短編集だ。彼の作品を読んでいつも思うのは、常に世界はくそったれで、それゆえ愛くるしいということだ。

5はフランス人作家によるゴングール賞最優秀新人賞受賞作。帯にあるバルガス・リョサの推薦文につられて購入した。結果は大当たり。ナチのユダヤ人大量虐殺の責任者、ハイドリヒの暗殺計画について、史実に基づいて書かれたいわば歴史小説のようなものなのだが、この本のおもしろいところは、歴史的事実を調査し、作品を書く作者の苦悩までもが描かれているところ。ハイドリヒ暗殺計画実行の場面が白眉で、現場映像がスローモーションで脳内に浮かび上がる。細やかな描写によって時間の引き延ばしに見事に成功している。ナチ関連でいえば、岩波ホールで観た映画『ハンナ・アーレント』もよかった。

6はシギズムンド・クルジジャノフスキイの作品。彼の作品は、昨年から翻訳ラッシュが続いていて、昨年は短編集『神童のための童話集』(東海晃久 訳/河出書房新社)も出た。『未来の回想』は、H・G・ウェルズの『タイムマシン』に触発されて書かれたものだそうだが、趣はずいぶんと異なる。『タイムマシン』と読み比べてみるとおもしろい。読めば『未来の回想』というタイトルに思わず「なるほどね」と納得するはず。

7はチェコの現代作家、ミハル・アイヴァスの作品。書き出しが秀逸。古書店で地球上のどこにもない言語で書かれた本を手にした主人公は、不思議な魅力を感じてそれを購入する。そこから世界に亀裂が生じて……、という話。現世と平行世界の行き来を描いた本作を読んでいると、幻の世界を漂うような、奇妙な浮遊感に陥る。

8は中国の現代作家、残雪の短編集。「中国のカフカ」とはどんなものか興味を覚えて手に取ったが、カフカよりも難解。カフカはメルヘンを読み進めるかのように作品世界にすんなり入っていけるのに対して、残雪はそう簡単にいかない。翻訳は読みやすく、わりとすらすらと読み進んで、最後まできて、さて、今のはなんだったのだ、となってしまう。「読んだ」というよりは「読まされた」に近い感覚というか。この読後感はほかにはない。『かつて描かれたことのない境地』というタイトル、なるほど。僕はその境地には至れなかったようだ。

9は映画監督、アンドレイ・タルコフスキーの父、アルセーニーの詩集。冒頭の詩を読んで購入を決めた。引用する。

黄色い舌をゆらめかせ
蝋燭がゆっくりとけて流れゆく。
そうやって僕たち二人も生きているね、
魂は燃え、肉体は融けゆく。

10は歴史人口学の入門書。このままだと文学ばかりになってしまうので、最後はそれ以外からと思い、選んだ。この分野の本は何冊か読んでいるがどれもおもしろい。統計学の観点から歴史を読み直す試みと言えるが、この手法によっていろいろな時代の研究が進めば、新しい歴史像が次々と描かれるのではないか。

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2014年02月01日

2013年の10枚

今日から二月。今さらながら2013年の10枚を選んでみる。年々買うCDの枚数は減っているが、その分、一枚を聴き込む時間は増えているわけで、ここに選んだものは、よく聴いたもの、すなわち気に入ったもの、というわけである。例年通り新録のアルバムとして2013年に発表されたものに限る。

1. VA /"Songs For Slim"
2. Neko Case"The Worse Things Get, The Harder I Fight, The Harder I Fight, The More I Love You"
3. The Sadies"Internal Sounds"
4. Sallie Ford & The Sound Out Side"Untamed Beast"
5. Josh Ritter"The Beast In Its Tracks
6. The Avett Brothers"Magpie And The Dandelion"
7. Steve Earl & The Dukes"The Low Highway"
8. Mavis Staples"One True Vine"
9. Arcade Fire"Reflektor"
10. Vampire Weekend"Modern Vampires Of The City"

songs for slim昨年、The Replacementsのギタリスト、Slim Dunlapの闘病費用を集めるために、残るメンバーがレコーディングしていると聞いたときは驚いたが、理由が理由だけに喜べなかった。レコーディングをきっかけに発売されたこのオムニバス・アルバム(1)には、その音源はもちろん、The Replacementsのフォロワーが楽曲を提供していて、実にすばらしい。特にJoe Henryがよかった。その他にも、Steve Earl、Lucinda Williams、The Minus 5 Feat. Curtiss A、Tim O'regan & Jim Boquistなど、よかったものを上げれば切りがない。ところでCurtiss Aの正体って、声を聴く限りあの人なのではなかろうか。知っている人がいたら教えてほしい。Tim O'reganはThe Jayhawksのドラマー、 Jim BoquistはSon Voltのベーシストで、Paul WesterbergやTim Eastonのソロでもベースを弾いている。全体的にストーンズっぽいグルーヴにあふれたオムニバスだ。レコーディングをきっかけに行なわれたThe Replacemants再結成ツアーの様子はネットで追いかけたが、Paul WesterbergもTomy Stinsonも元気そうでよかった。ドラマーが最高。彼の詳しいキャリアを知りたし。
★★★★


neko case the worse聴いた回数で圧倒的なのはNeko Caseのニューアルバム(2)。前作の路線を踏襲したエコーの利いたサウンドでやみつきになる。写真は豪華パッケージのデラックスエディション。ソニーから日本盤も発売されたようだ。めでたい。来日してほしい。
★★★★






internal soundsThe Sadiesの(3)もそうとう聴き込んだ。聴いてそれとわかる演奏ができるカナダのベテラン・バンド。クセのあるギターのフレージングが好きで何度も聴いてしまう。
★★★★






sallie ford & the sound outside untamed beastSallie Ford & The Sound Out Side(4)はネットで偶然知ったバンド。残念ながら本作を最後に解散してしまったそうだ。日本でも話題になったAlabama Shakesのようにソウルフルな女性ボーカルとサーフ・ミュージックのようなギターサウンド、シンプルなドラムにモコっとしたベース。曲もいい。こういうバンド、今アメリカには多いのだろうか。ちなみにスリーヴ・ケースから内側のケースを抜くと、うれしいファンサービスがある。
★★★☆


beast in its tracks今からおよそ10年前、アメリカに旅行したときにライブを見たJosh Ritter。歳が近いこともあり、その後も追いかけている。日本ではまったく無名の彼だが(一度だけ日本盤が出た)、アイルランドでは大ヒットして以来有名のようだ。新作(5)はこれまで同様、彼らしいアルバムで、Bob DylanやNick Drakeが好きな人にすすめたい。ネットの情報によれば、彼は学生時代、フォーク・ミュージックを研究するために民俗学を専攻していたそうだ。
★★★


magqie and the dandelion The Avett Brothersの新作(6)はRick Rubinがプロデュースと聞いて楽しみにしていた。と思ったら前作もRick Rubinだった。期待通りのでき。伸びやかな声が心地よい。日本はこういうバンドが絶対にヒットしない。なぜか。というか、今回選んだ10枚の多くがそれ。
★★★★





the lost highwaySteve Earl & The Dukesの新作(7)もよかった。"The Low Highway"というタイトルがぴったりのやさぐれ声。そしてその裏に貼り付いた悲しみ。それがいい。
★★★








one true vine前作に引き続きWilcoのJeff Tweedyがプロニュースした Mavis Staplesの(8)は、ソウル・アルバムというよりはフォーク/ブルース・アルバムというほうがしっくりくる。アコースティック・ギターの温もりを大切にしたJeff Tweedyらしい音作りがその原因だろうか。「ドラムうまいなぁ」と思ってクレジットを見たら、Jeff Tweedyの息子、Spencer Tweedyでびっくり。彼はまだ10代では? マスタリングはBob Ludwigという「地味な豪華さ」。Mavis Staplesに注目するようになったのは、Joe Henryがプロデュースしたオムニバス・ソウル・アルバム"I Believe My Soul"を聴いてから。今後も期待。
★★★


reflektorArcade Fireの新作(9)は、最初に聴いたときの失望感が大きかった。もともと彼らの楽曲はメロディーの起伏や展開に乏しいので、音楽性に幅を持たせるには、ビートの選択肢を広げたり楽器アンサンブルに変化を持たせたりするしかない。ダンサブルなビートの方向に舵を切るのは、これまでの彼らを聴く限り自然であり、これは完全に己の好みによる失望感であった。それゆえか、聴き込むうちに失望感は消えて、耳なじみのいい、納得のアルバムへと変貌を遂げた。
★★☆




modern vampires of the cityVampire Weekendのようなバンドが100万枚のヒットを飛ばすなんて、まったくピンとこない。その証拠にCDをマックに突っ込めば、iTunesのカテゴリーは"Indie Rock"だ。AlternativeがいつしかMain Streamとなったように、IndieがMajorになりつつあるのか。それはさておき、彼らのようなバンドが出てくるニューヨークは今でも興味深い音楽都市だ。デビューから立て続けに100万枚のヒットを飛ばした彼らの三枚目(10)は、曲によってはBob Dylan、Tahiti 80、Sigur Losなどのメロディーが紛れ込んでいる。もう少し声に個性があればもっといいのだが。
★★★

Son Volt の新作"Honky Tonk"はものすごく地味だったので10枚に入れなかった。Ron Sexsmithの新作"Forever Endeavour"もよかったが、彼の場合、今でもデビュー作を聴くことが圧倒的に多い。このほか昨年はNirvanaの"In Utero"(デラックス・エディション)をよく聴いた。

最後に。2013年10月27日、Lou Reedが亡くなった。

2005年の10枚
2006年の10枚
2007年の10枚
2008年の10枚
2009年の10枚
2010年の9枚
2011年の10枚
2012年の10枚

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2013年09月29日

木星

木星2
2013年9月
ケント紙 ボールペン

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2013年07月16日

積乱木(せきらんぼく)

せきらんぼく































2013年7月
ボールペン

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2013年06月11日

文法が難しいわけだ。

私の国語教室福田“現代仮名遣い”を推進する立場とそれを批判する福田の立場。そのどちらにも今ひとつ同意できぬのはどういうわけだろう。

互いの論拠に焦点を絞れば、歴史的な検証の説得力という点において、福田が優位に思えるが、それは正統性という点においてであって、結局のところ、言葉は少しずつ変化するものであるし、権力によってある日を境に一変するのもまた事実であるから、すなわち、一時の権力とその打倒を目指す福田(というよりも福田はこの場合、保守か)とはコインの裏表であって、そのどちらにも完全に与する気になれないのである。

よく指摘されているように、パソコンが普及した今となっては、表紙に刷られたとおりに『私の国語教室』とはタイプできぬし、福田の「福」も「恒存」もタイプできぬ。つまりこれが権力の証左(と言えばおおげさであるが)というわけだ。もちろん現実として福田は論争(というよりも権力闘争か)に敗れたわけだが、どちらが勝利したところで、いずれそこからはみ出した言葉は生まれるわけだし、そのような“はみ出した言語”が世界から消えることなどない。方言しかり、スラングしかり、クレオール語しかり、である。もちろんこうした物言いは本の趣旨を無視している。なぜならこの本は『私の“国語”教室』なのだ。

というわけで、「国語」の「教室」なのに、読み終えてもしっくりこなかったのだが(しかも難しすぎて理解できたとは言い難い)、一つだけ、福田が主張した“書き付けた言葉の優位性”が印象に残った。口から発した言葉は、つまり音声は、その場で消える(この弱さが音韻論の弱点だと福田は主張する。現代においては録音という手段があるが)。過去から現在へ、残された言葉のすさまじいまでの偶然性、あるいは必然性。何がその言葉を現在まで生きながらえさせたのか。書き記され、燃えずに残された紙切れの数々がまるで奇跡のように思えてくるのである。

もう一つ。仮に「楽をしたい!」という人間の欲望が、道具(としての言葉)を変容させてきたとすれば(あえて発展とは言わない)、現代仮名遣いの簡易化も納得できる。国語も簡易化してしまいましょう、そのほうが便利でしょう、というわけだ。この流れに福田は抗ったともいえる。

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2013年02月20日

引用するしかない

不穏の書、断章ポルトガルの詩人、フェルナンド・ペソアの『不穏の書、断章』(澤田直 訳)が平凡社ライブラリーに入った。2000年に思潮社から発売されていたものを大増補したというので、買い直してしまう。

「私はいつも、言いすぎるか言い足りないかなのだ」とベケットは書いた。「言い足りないと思いながら、実は言いすぎており、言いすぎたと思いながら実は言い足りないということだ」と。「私ができるだけものを言うのを避ける理由の一つはまさにここにある」と。

この本に納められた断章群を読んでいると、ペソアもおそらく似たようなことを考えていたのではないかと想像してしまう。というのも、彼の言葉はいつも、言いすぎるか言い足りないかの、ぎりぎりのところなのだ。これ以外ないと思えるほどの言葉の選択で、世界を見事に切り抜いてみせるのである。まるで、そこにはペソアの言葉による強烈な磁場が生まれているようだ。

だから、ペソアの言っていることを自分なりに別の言葉でいいかえようとしても、それは土台無理であり、結局はペソアの言葉そのままをノートに書き付けるだけの結果となる。そこに気の利いたひとことを付け加えられるはずもなく、そのまま次の断章へと読み進めると、それもまた書き写しすしかない、というように。

と思いながら最後まで読み進めたら、巻末エッセイで池澤夏樹も似たようなことを言っていた。

「彼(ペソア)が言うことはあまりに正しく、揺るぎなく、応用が容易で、それ故にさまざまな状況において引用可能、つまり英語で言うところのquotableだ。むしろ強く引用を促すと言ってもいい。
 ぼくはこの小文を本文からの引用なしに書くことができそうにない。だが、それを始めると引用がどんどん増えてやがては全部を乗っ取られ、筆者としての人格を失いかねない。」(P.364)

<応用が容易で>というところは、むしろ<応用が不可能で>とするべきようにも思えるし、<それ故さまざまな状況において引用するしかない>のだと思ってしまうが、それでも、この一文がおぼろげな頭の中に明確な言葉を提示してくれた。ペソアこそは、ちょうどよい言葉を選べる、希有な存在なのかもしれない。

ためしに冒頭の断章から引用していってみよう。

1
詩人はふりをするものだ
そのふりは完璧すぎて
ほんとうに感じている
苦痛のふりまでしてしまう

2
ふりをすることは自分を知ることだ

3
誠実さは芸術家が克服するべき大きな障害のひとつである

4
詩人であることは私の野心ではない
それはひとりでいようとする私のあり方にすぎない………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

まぁ、詩人の心境など、僕は知るはずもないのだが。

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