「反権力闘争」にも学ぶべきことがある。
今年最後の記事となります。先ず本文に入る前に、今年も無事一年間を過ごすことが出来ました。先ほどは家の近くの神社でそのことを神様に報告し感謝の気持ちで手を合わせて拝んで参りました。
特に私は今年9月には脳梗塞で緊急入院することになりましたが、大した後遺症もなく退院することが出来ました。5箇所も脳の血管部分が詰まるという状態をよく乗り越えて短期間で回復したと自分でも驚いています。
入院中に実に多くの方からのコメント欄への激励の書き込み、メールでのお見舞いなど非常に勇気付けられました。ここで病魔に負けるわけにはいかないという強い気持ちで再び皆さんの目の前に立つことが出来て本当に嬉しかった。
今後もこの身体が頑張れる限り、このブログを書き続け運動の先頭に立って参る所存ですので、よろしくお願い申し上げます。
さて、年末に千葉景子法務大臣に対する抗議行動を連日に渡って行ないましたが、そこで来年にかけて気を引き締めていかなければならないと強く感じたので、それを今年最後の記事にしたいと思います。
下記のプラカードを見てください。参加者の中々の力作です。


この二つの写真を見て考えたことは一つでした。この千葉景子大臣にしても仙谷由人大臣にしても、こいつらは学生時代や若い頃から極左活動家として、日本を破壊するために活動して来たプロフェッショナルなのです。
そしてついに彼らは権力を握りました。我々はそのような連中と戦わなければならない。左翼革命のためならば、何でも正当化出来るそのような精神構造を持った輩なのです。
日本の戦後の左翼運運動史の中で最も先鋭的な組織は赤軍派であったと思います。この赤軍派はハイジャック事件を引き起こし、世界的にも有名となりました。
さすがにこの赤軍派のハイジャック事件にはこれを擁護する人は少なかった。左翼評論家の多くがその過激な運動には賛同しないで批判派に廻りました。
しかし、このハイジャック事件について「いまこそ我々は日本赤軍に学ぶべきだ」と発言した人がいました。学者でもなければ進歩的文化人でも評論家でもなかった。
その人の名は戸村一作という農民であった。勿論ただの農民ではない。成田空港反対同盟の委員長でもありました。私はこの発言を聞いた時に鳥肌が立つほどの衝撃を受けたのを今でも忘れていない。
ある大きな事件が起きた時に、反権力を声高に叫んできた人達も、その評価には口をつぐんだ。このような事件が起きた時に沈黙したい気持ちは分かる。
しかし、思想家・革命家はそうであってはならない。私は左翼活動家は大嫌いであったが、この戸村一作だけは好きだった。戸村一作氏は参院選挙にも無所属で出馬しています。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Vega/6529/isaku.html
議会政治や既成政党にあいそをつかした、皆さん決起しましょう−と故戸村氏は訴えました。戸村氏は33万票を集めたが落選しました。
千葉景子が成田三里塚闘争に参加した経歴があるとか、火炎瓶を投げたという話を聞いて、この農民運動家の生き様を思い出しました。
社会は何か大きな事件と言うか、注目される事件が起きると、常にそれを否定的にしか捉えない空気によって支配される。例えば敵が我々を「民族差別」事件などと批判するのが、それに当たると思います。
京都の朝鮮学校問題などは、もうこれは左翼や反日勢力が権力を握った以上、それに対抗する我々は「反体制運動」となっています。
反体制運動を貫徹していかねばならない。その先にしか我々の勝利はない。その為にはどんな社会の批判の嵐に晒されようとも、行動を諦めてはいけないと思います。
☆2010年豪華カレンダー販売のお知らせ
ヤマト・カレンダー全編紹介
http://izukohe.jugem.jp/?eid=45


自民党は15日午前、政権構想会議(議長・谷垣禎一総裁)を党本部で開き、新たな党の基本理念に関する 勧告を取りまとめた。民主党を「国家社会主義的政党」と批判、「政府の国民生活への過剰な介入を認めない」 として、明示はしなかったものの「小さな政府」路線を選択する姿勢を強調した。
