2009年09月29日

「新・極右評論」の登場

『新・極右評論』の登場と期待
 
侍蟻-SamuraiAri-が装いも新たに


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 私の弟子でありNPO法人 外国人犯罪追放運動の責任者でもある有門大輔理事長のブログが、これまでの侍蟻-SamuraiAri-から「新・極右評論」へと名称を変更しました。

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写真:先日の秋葉原での外国人参政権断固阻止デモ

 皆さんご承知の通り「極右評論」は私がブログを書き始めて、政治ブログ・ランキングに登録した時の名称であり、前回の参院選挙に『維新政党・新風』から立候補するまで使用していたものです。

 極右評論はかつては政治ブログランキングでは、第一位となったこともあります。その頃の週刊INは常に15万を超えていました。
 現在は7万〜8万台に落ちてしまいましたが、新・極右評論には、その過去の勢いを取り戻し、多くの方々の支援を受けられるように頑張って欲しいと願ってやみません。

 この極右(きょくう)という名称は日本人には余り馴染みのある名称ではありません。主に西欧諸国において台頭してきた新しい政治運動を指す言葉として登場しました。

 先ず西欧諸国での極右政党の躍進について、少し述べておきましょう。

 1990年代、西欧では米国発のグローバリゼーションや自由主義経済至上主義に対して、社会民主主義が対抗軸として唱えられ、EU欧州連合の国では次々に社民党政権が誕生しました。

 社会民主主義政権は他民族との共生や寛容などを訴え、西欧には外国人労働者が溢れ、多くの移民・難民が増加するに至りました。
 国民は突然にして異なる人種や民族との共生を余儀なくされた。

 これはその国家に元々住んでいた国民にとっては、新たに突きつけられた災難に等しいものであり、ここにこの移民の増大に反対する新しい政治運動が起きることになったのです。

 一番有名となったのはフランスの国民戦線であり、ルペン党首はフランスの2002年大統領選挙の決戦投票にまで進出しました。
 保守政党と左翼政党などは協力して、この極右政党の台頭と向き合ったのです。

 現在、西欧諸国において、かつてほどの極右政党の伸張は見られませんが、根強い力を保持しており、再度その力を発揮する日が必ずや見られることでしょう。

 翻ってわが国には、これまで極右政党と呼ばれるような政治勢力は存在していません。しかし、西欧諸国と同様にその新しい政治勢力が芽を出す素地は十分に整って来たと考えます。

 それが昨今の支那・朝鮮人の日本社会における暗躍であり、日本の政治への参加を求める露骨なまでの動向です。
 日本国民でもないのに日本の政治参加を求めるなど、これまでは考えられないことでした。

 また、そのことに何らの疑問も提示しない今日の日本の政治指導層の状況は、ある意味で移民の受け入れを何となく認めて推進してきた当時の西欧諸国の為政者の姿とダブるものがあります。

 気がついて見た時に周りに異民族が大量に住み着いて囲まれてしまった西欧社会と、支那・朝鮮人がいつの間にか日本の社会に深く食い込んでいたことを知らされた日本社会。

 これらの共通性は必ずや日本社会においても、新たなナショナリズム運動、すなわち極右運動を始動させる契機となるでありましょう。

 欧州・極右勢力の台頭は民主主義のもたらした結果である。

 他所からやってきた移民は大手を振って、自らの生活保障を求め、以前から住んでいた人は小さくなって彼らの横暴に最初は耐えていた。

 これは想像以上の緊張感を国民に強いるものとなった。そして国民は疲れ果てた。しかし、いつまでも我慢することには耐えられなかった。だからこそ、よそ者に寛容なる民主主義は当然の批判を受け入れざるを得なかった。

 日本もやがてそのような時代を迎える。その時にこそ我々の掲げてきた主張は国民に賛意を以って受け入れられるのです。
 今後の新・極右評論の躍進に夢を馳せたい。


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2009年06月15日

中国移民で兵員増強・イタリア

中国移民対策で兵員を増強・イタリア

 深刻化するイタリア・プラート市の中国系移民問題

移民問題の深刻なプラート、中国系住民を対象に治安強化へ―イタリア

 2009年6月9日、環球時報によると、イタリアで移民が多く集まるプラートの治安維持を目的に、中国系住民を対象とした検査を強化する兵員の増強が図られることとなった。

 プラートは移民を多く受け入れており、現在は中国系住民が最大のコミュニティーをつくっている。イタリアの華字紙「欧洲僑報」によれば、イタリアのベルルスコーニ首相は6月初旬にプラートを視察した際、イタリア国内の移民受け入れは限界に達しているとし、「深刻な社会問題を引き起こしている」と指摘。

 特に中国系住民の多いプラートの状況は「きわめて特殊」だとし、イタリア政府は現地の中国系住民の検査強化を目的として兵員を増強するとした。

 ベルルスコーニ首相は派遣される2000人の将兵に接見した際、「プラートは中国系住民の手から解放されなければならない」と述べ、「現地の行政執行機関と協力して日常的に巡回を行い、あらゆる犯罪活動を摘発し、安全な都市生活を保障するように」と話したという。

 イタリアに長年住んでいるある中国人研究者は、「移民の増加が治安悪化を招いているのは紛れも無い事実だが、中国系移民がその中心ではない」と反論している。(翻訳・編集/岡田)  2009-06-11 18:58:10 配信

http://www.recordchina.co.jp/group/g32298.html

 イタリアにおけるシナ・中国系移民の問題は、現地のイタリア人とのトラブルから暴動に発展し、軍隊が出て鎮圧するという事態にまで拡大した。

 この時の映像がユーチューブにあったが、どうもその後削除されたようです。映像はまさに民族紛争と言うか、戦争状態を惹起させるものでした。

ベルルスコーニ首相は派遣される2000人の将兵に接見した際、
>「プラートは中国系住民の手から解放されなければならない」と述べ…

 この文章を見ただけでもその深刻さが分かります。既に街の一角がシナ・中国人移民達によって支配され、現地の警察官では対処し切れなくなっているのです。

 軍隊を派遣して治安の維持を図らねばならないということは、将にその地がイタリア政府の支配が及ばない治外法権の無法地帯となっていることを示しています。

 イタリアは前回の暴動でも軍隊を派遣して鎮圧しましたが、もし、これがわが国日本で起きたらどうなるでしょう。それを考えただけで戦慄を覚えます。

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写真:池袋でのチャイナタウン構想粉砕の街頭活動

 東京の人口は100人に1人が中国人です。彼らは池袋界隈に多数住み着いていますが、何らかの日本人とのトラブルでシナ人の暴動が発生したら、日本は軍隊(自衛隊)を派遣して、これを鎮圧できるのでしょうか?

 警察官などではもう手に負えないほどの暴動が既に外国では起きているのです。日本政府は自衛隊の派遣が出来ないで右往左往するだけではないか。

 やがて中国政府が在日中国人の安全確保という名目で、駐留を強固に申し入れ、人民解放軍が東京湾に上陸を開始したら、一体日本はどうなってしまうのでしょう。

 そんなことは絶対にあり得ないと考えている呑気な人は、このイタリアの首相の言葉をどのように説明するのでしょう?

 関連記事が紹介したサイトのありました。

「迷惑な街」チャイナタウン、現地社会と「同化」できない中国移民―イタリア

派手に金使う中国人が標的!?高級車ばかり狙った「荒らし」急増―イタリア

中国系を狙った殺傷事件が頻発、1か月に7人が死傷―イタリア

マナーがいいと中国人だと思われない?!小さな努力からイメージ改善を―イタリア紙

 

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 保守系現職市議も幸福党から出馬表明







  

 

  
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2009年06月09日

羨ましい、西欧の政治情勢

羨ましい、欧州の明るい未来と日本の暗雲

欧州議会で極右政党が躍進

欧州議会選 右派第一党 経済危機不安…強まる移民への反感

6月9日8時3分配信 産経新聞

 【パリ=山口昌子】欧州連合(EU)の加盟27カ国で欧州議会選挙が4〜7日に行われ、仏独などの与党政党でつくる中道右派の会派「欧州人民民主党」が最大会派の地位を維持して勝利した。英国で与党労働党が大敗するなど、中道左派の会派「欧州社会党」は大きく後退した。英国やオランダなどでは極右政党が台頭し、欧州社会に経済危機への不安やそれに伴う移民への反感が募っている実情を映す結果となった。

 主要国では軒並み右派が勝利した。ドイツではメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が得票率37・9%で、大連立を組む社会民主党の20・8%を大幅にリード。フランスでも与党の国民運動連合(UMP)が約27%で、社会党が約17%だった。経済危機で大きな打撃を受けたスペインでは野党の右派、国民党が約42%で、サパテロ首相を支える与党の左派、社会労働党の約39%を上回った。

 右派が勝利した背景には、経済危機による社会不安が増す中、治安や移民問題への対応を強化している右派への支持がある。移民への反感には失業問題が深刻化し、移民に職場を奪われるとの危機感もある。

 経済危機の悪影響は、各国で極右政党の勢力拡大にもつながった。英国では、移民排斥を訴える英国民党(BNP)から2人が当選し、初の議席を獲得した。オランダでも反移民の自由党が得票率16・9%で4議席を得た。このほか、ハンガリーとブルガリアでも、極右政党がそれぞれ3議席を獲得して躍進した。

 この結果を見て正直言って羨ましいと思いました。
 日本では間違いなく自民党は大敗し、民主党や社民党、共産党などの左翼が躍進することになります。

 同じように経済危機や社会不安が増して、シナ・朝鮮人による人口侵略が問題となっているのに、日本では極右政党も現れない。
 新しい宗教政党が出馬しますが、いくら右派的な政策を掲げようが、これを右派政党とは呼ばないでしょう。

 なぜ、わが国ではこのように欧州とは全く違った政治情勢となっているのか? この理由を探ることも今後は必要だと思います。日本にも同じ「ナショナル・アイデンティティの危機」があるのに、それをくみ上げるだけの政治勢力が育たない。

 今日はこの日本の現状を嘆くのではなく、欧州で躍進する極右政党を紹介しましょう。

英国やオランダなどでは極右政党が台頭し

 英国における極右政党はフランスやイタリアなどからかなり遅れをとりました。それは保守党と労働党という二大政党で政治が安定してきたために、極右政党の勢力拡大が容易ではなかったからです。

 しかし、今回初めて欧州議会への進出を決めた。

英国の欧州議会選、労働党支持低迷で極右政党が初の議席獲得 2009年6月8日

    [ロンドン 7日 ロイター] 英国の欧州議会選挙では、極右政党、英国国民党(BNP)が初の議席を獲得したことから、ブラウン首相に対する退陣圧力が一段と高まるとみられている。

 BNPは、北部のヨークシャーとハンバー地区で労働党が不振となったことから議席を獲得した。 労働党は支持基盤が強かったウェールズでも議席を失った。得票率は20%と12ポイント低下し、中道右派の保守党に敗れた。

 労働党がBNPに議席を奪われたことで、党内でブラウン首相への批判がさらに高まるとみられている。ブラウン政権ではここ1週間で6人の閣僚が辞任を表明しており、うち一人が首相の退陣を求めた。

 労働党議員の中には、1年以内に実施される総選挙で勝利の可能性を高めるため、ブラウン首相の退陣を求めた書簡を支持している。

 世論調査では保守党が優勢で、次回の総選挙では1997年以来の政権奪回が予想されている。

http://www.asahi.com/international/reuters/RTR200906080019.html

 何度もこれまで書いて来た事ですが、極右とは保守の票を奪って台頭するのではなく、勤労者(労働党)の票を奪うのです。
 従来の保守から極右は誕生し勢力を伸ばすのではなく、反保守という立場を鮮明にして勝ち上がってきます。

 英国国民党(BNP)が初めて地方議会で議席を得たのは2002年の5月でした。それから7年目にしてようやく欧州議会での議席を獲得しました。

 かなりの時間がかかったのは、その主張の過激さにあります。

 「移民は英国を去るべきである」「イスラムは反西欧で不道徳だ」

 「ホロコーストなどは存在しなかった」

 徹底した移民排斥と戦後史観の見直しを訴えてきた。最近はこの過激なスローガンをやめ、ソフトイメージを演出していました。

欧州議会選挙:オランダ極右政党が躍進 4議席獲得へ

 【ブリュッセル福島良典】欧州連合(EU、加盟27カ国)の欧州議会(定数736)選挙が4日投票されたオランダで、イスラム移民の排斥を掲げる極右政党「自由党」が躍進し、同国に割り当てられている25議席のうち4議席を獲得する見通しとなった。地元メディアが出口調査の結果として報じた。金融・経済危機下、欧州統合に不満を抱く層が極右支持に振れた。

 出口調査によると、自由党は、バルケネンデ首相の中道右派・キリスト教民主勢力(19.6%)に次ぐ15.3%の支持を獲得。連立与党の中道左派・労働党は13.9%にとどまった。キリスト教民主勢力は現有7議席から2議席、労働党も現有7議席から3議席それぞれ減らす見通しだ。

 自由党は「オランダのイスラム化を止める」「トルコをEUに加盟させない」と主張、移民流入やEU拡大による社会変容に危機感を抱く国民の支持を取り付けた。ウィルダース党首は4日夜、「多くの人が大欧州にうんざりし、異なったオランダを求めた」と事実上の勝利宣言をした。

 オランダ下院議員のウィルダース党首は昨年3月、イスラム教の聖典コーランを「ファシストの書」と非難する自作短編映画「フィトナ」を公開し、イスラム諸国を中心とする国際社会の批判を浴びた。欧州議会選では党の比例名簿順位最下位の10位で、本人の当選はない見通し。

 自由党躍進の背景には欧州統合の将来に対する国民の不安がある。オランダでは05年、EUの新基本条約「リスボン条約」の前身である欧州憲法の批准が国民投票で否決された。労働党のボス党首は「欧州支持の2党が最も議席を減らした」と述べ、国民の間に広がるEUへの懐疑心が敗因と分析した。

http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20090605k0000e030018000c.html

 オランダはもともと極右政党のフォルトゥイン党が第2党にまで躍進した実績がある。党首の暗殺などの混乱によって一旦勢力が衰えたが、再び勢力を巻き返してきました。

 他の多くの欧州の国でも極右政党が票を伸ばしています。
 わが国だけがこの潮流に乗れずに、反日左翼の跳梁跋扈を許してしまっています。本当に情けなく、また腹立たしいことです。

 左翼によって殺害されたフォルトゥイン党党首↓

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50842194.html

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2009年05月07日

西欧極右とメーデー(労働者の祭典)

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西欧極右とメーデー(労働者の祭典)

 ドイツ国民民主党(NPD) フランス国民戦線

メーデー大混乱、多数負傷=衝突相次ぐ−ドイツ

 【ベルリン1日時事】メーデーの1日、ドイツ各地でデモ隊が警官隊や右翼団体と衝突し、多数の負傷者や拘束者が出た。

 南部のウルムでは、極右・国家民主党による行進を阻止しようとしたデモ隊が暴徒化。警官隊が催涙弾の発射や放水で鎮圧に当たり、DPA通信によると50人が負傷した。

 西部のドルトムントでは、労働組合が開いた集会の参加者を覆面をしたネオナチグループが襲い、200人が警察に拘束された。また、ベルリンでは左派の若者が機動隊に火炎瓶や石を投げ付けた。 

[時事通信社]

 このようなニュースが配信されること自体が珍しいが、記事をよく読んで欲しい。

>極右・国家民主党による行進を阻止しようとしたデモ隊が暴徒化

 極右=暴力を想像しがちですが、明らかにこの5月1日における平和的なデモ行進を暴力によって妨害しようと試みて暴徒化したのは左翼勢力です。

 尚、報道機関は極右・国家民主党と報じていますが、正確には国民民主党と訳すべきであり、国民民主党が自ら極右政党と名乗っているわけでもありません。

 ドイツ思想史にお詳しい松田正雄先生はNPDをドイツ国民民主党と訳されて、その綱領をネット上で公開されています。

http://maglog.jp/matsuda158/index.php?module=Dlshop&mode=10&goods_id=2814

 このドイツからの報道には二つのニュースが並べられています。国民民主党というドイツの右派政党が整然と平和的なデモを行ない国民に訴えているというニュース。

 もう一つはネオナチ・グループが労働組合の開いた集会を襲い、警察に拘束されたというニュースです。何故、このニュースはこのように並べて日本では伝えらているのでしょう。

 先ず国民民主党ですが、ドイツにおいてはこのような政党です。

 シュウェリン/ドイツ 18日 AFP】メクレンブルク・フォアポンメルン(Mecklenburg-Western Pomerania)州で地方議会選挙の投開票が行われ、極右政党のドイツ国家民主党(NPD)が7.3%を得票し、6議席を獲得する見通しとなった。同州にはアンゲラ・メルケル(Angela Merkel)首相の選挙区もありおひざ元として知られるが、同首相率いる保守政党、キリスト教民主同盟(CDU)は同州およびベルリンでも苦戦を強いられた。写真は17日、シュウェリン(Schwerin)の党本部で選挙の勝利を祝う、ドイツ国家民主党の候補者たち。(c)AFP/ROLAND MAGUNIA

http://www.afpbb.com/article/politics/2114174/906491

 2006年のドイツの州議会選挙で、7.3%の得票率を得たとあります。ご存知のように日本の共産党や公明党がこれだけ高い支持を地方レベルでも得たことはありません。

 それだけ大きな勢力に成長し続けているということです。この政党について、ここまで来るには大変な困難な時代がありました。ドイツにおいては、憲法で民主主義・自由主義を否定する政党は認められていません。

 ドイツ国民民主党はドイツ連邦政府によって、民主主義を否定する政党という濡れ衣によって、裁判所に提訴され非合法化の手続きが取られそうになったのです。しかし、それを見事に跳ねのけて闘い続けているのです。

 日本の右派勢力と違い5000人を動員する力を持つに至っています。日本共産党の赤旗は2005年に次のように伝えています。

ドイツ 大空襲60周年追悼集会に5万人
首相、歴史わい曲を批判
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【ベルリン=片岡正明】ドイツのドレスデンで十三日、第二次世界大戦での大空襲六十年にあたって集会が行われ、約五万人の市民が参加しました。

 集会は、市内中心部に立つ聖母教会前でろうそくをともし、犠牲者を追悼しました。しかし集会の前に、極右政党である国家民主党(NPD)が動員した約五千人が「連合軍の空爆テロを忘れるな」などのプラカードを掲げ、市内を行進しました。これに対し、極右に反対する人々は「ナチは出て行け」と叫び、一時警官隊をはさんでにらみあいとなりました。

 シュレーダー首相はこの日、声明で「第二次世界大戦の開戦、人間抹殺およびテロ行為に関しナチス・ドイツの責任はまったく否定できない」と述べるとともに、「歴史を解釈し直そうとする試みには可能なすべての手段をとる」「原因と結果を逆にする試みは許されない」と、極右勢力を批判しました。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-02-15/06_01.html

 おそらく、今年のメーデーにも、全国で5000人以上の党員が参加したと思われます。このドイツ国民民主党のデモに左翼が暴力で妨害したのは、いずれドイツ国民民主党が国政にも進出してくるであろう事を感じているからなのです。

 日本のマスコミや共産党がNPDに対して、ネオナチと同列に扱うのは、まったく違った政治勢力であることを承知していながら、そのように同列に置くことで暴力的な政党であることをイメージさせようとしているからに他なりません。

 我々が現在日本で推進している「行動する保守」運動もまったく暴力とは無縁な平和的な運動を志向する勢力なのに、左翼や報道機関は無理やり暴力と結び付けようとしています。

 私が32年も前に暴力事件で逮捕された過去があることで、それを今も攻撃材料として使って、暴力的なイメージを植えつけるのに必死なようです。

 何度も書きますが、左翼が暴力をこれまで行使して国民に迷惑をかけてきたのです。国鉄のスト権ストがそうでした。あれはまさに革命前夜の暴動でした。組織的暴力事件であったのです。

 フランスの国民戦線のことに関しても以前紹介してあります。

 皆さんは日本では極右政党と報道されるフランス『国民戦線』をご存知であると思います。私はこの政党が誕生した頃から知っていますが、ルペン党首率いるフランス国民戦線が選挙で大勝利を飾って躍進した時の報道ニュースをスクラップして保存しています。

 昭和63年頃のことですが、フランスの総選挙で極右政党・フランス国民戦線は436万票を獲得しました。
 これは14・4%の支持率で、仏共産党の倍以上の数字でした。

 この年の5月1日のメーデーで初めて国民戦線は大規模なデモを行ないましたが、外電は次のように伝えています。

 国民戦線は仏の若き英雄「ジャンヌ・ダルク」の銅像の前に支持者10万人を集めパリ市内を堂々の行進を開始した。その時に極左勢力がこのデモ隊に襲い掛かった。

 ミッテラン大統領率いる体制側は極左をけしかけ、国民戦線潰しに出てきた。警察隊は極左の妨害を取り締まろうともしない。

 国民戦線(FN)の党員は、それでも誰一人その極左の挑発に乗ることなく、整然と隊列を乱すこともなく進んだ。フランスの国旗を高々と掲げ、口々にスローガンを叫びながら−。

「フランスに栄光あれ!」 「フランスをフランス人の手に!」

「外国人労働者はフランスから出て行け!」

 左翼勢力の繰り出す暴力に目もくれず前進して行く姿こそ、今日の西欧極右の台頭につながったのです。

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52212592.html


 フランスの5月1日の様子があるパリ在住の日本人パリ・ジーコムフランス語学校校長さんのブログに紹介されていたので、紹介しておきます。

http://kazuhama.iza.ne.jp/blog/entry/1018904/

 フランス国民戦線の若い活動家の顔は爽やかです。皆さん笑顔でフランスの国旗を掲げています。左翼は赤旗、右派政党はその国の国旗というわけですが、日本でもやがてメーデーの日にデモをやれる日はそう遠くない内に来ると信じています。
 

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2008年10月15日

イェルク・ハイダー党首に最後の別れ

イェルク・ハイダー氏に最後の別れ

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本日の葬儀に欧州極右政党の幹部ら5万人が参列か。

悲運の政治家・オーストリアの「未来同盟」党首ハイダー氏が交通事故で謎の死を遂げてから4日経ちました。

オーストリア在住でハイダー氏がかつて党首を務められていた自由党の時代から、現在の未来同盟に至るまで、行動を共にしてきた日本人の方からメッセージを頂いておりますので、ここでご披露させて頂きます。

 親愛なる瀬戸同志へ (昨日のメール)

 明日午後18時30分からウィーンのシュテファンス・ドームにて慰霊式典が行われ、18日土曜日にはクラーゲンフルト(ケルンテン州)で埋葬(彼は遺言を残さなかったので後継者等、政治的分野に於いても多くの問題をわが党に残す事になりましたが、ただ日頃の彼の意思により火葬されます)が行われます。

 嘗てオーストリアで最も愛された政治家(大統領)ルドルフ・キルヒシュレーガーが亡くなった時、葬儀参列者が約1万人であり、当時政界人もジャーナリズムもいかに彼が大物政治家であったかを可成り誇りを持って表明していたと記憶しております。

 今度のDr.ハイダーの埋葬には5万人の参会者が予定されており、州には彼らを受け入れるに足りる広さの墓地も教会設備も無くケルンテン州は頭を痛めておる様子です。収容可能な場所はこの夏サッカーのヨーロッパ選手権が行われた競技場しかありません。

 例によって新聞がスキャンダルとして取り上げていますが、世界中から超右翼の連中がクラーゲンフルトに参集する予定である事です。ウムベルト・ボッシュ(伊)、アレッサンドラ・ムッソリーニ(伊、ムッソリーニの孫)、ル・ペン(仏)等々きっと私が懸念する如くDr.ハイダーの目指した方向とはかけ離れた意図を持つ連中によって、将来の右翼世界の主導権争いが行われる前哨戦となりましょう。

 しかし5万人の参会者も主導権争いも全くハイダー氏の預かり知らぬ事であり、それをスキャンダルと新聞が書きたてる事は悪意を持ってハイダー氏の名誉を貶め様とするものであり不快極まりません。政界、ジャーナリズムは、大分前のクライスキー(故人、首相・・社会党)と政治的才能を語っていますが、これも私にとってはユダヤ人クライスキーの汚さを知っているだけに到底受け入れられるものではありません。ある新聞の社説「彼はロビン・フッドの様に生き、ジェームス・ディーンの様に死んだ、余りにも彼は速く走り過ぎた(詳細省略)」

 彼はオーストリア、ドイツ、イタリア等でタブーとされている問題に国会懲罰委員会を恐れず、立ち向かい、多くを勝ち取りました。又、憲法学者として法理を背景に故国に誇りを取り戻す為の強力な主張を死ぬまで止めませんでした。

 後継者に選ばれたのは、彼の右腕として彼が取り立てた27歳のシュテファン・ペッツナーです。彼にとって、(いや いかなる人間もハイダー氏の代替を務めるには羽の様に軽過ぎるのですが)このハードルは余りにも高過ぎるにせよハイダー氏が政界に星の如く躍り出て来た時と年齢の差はありません。彼があくまでもハイダー氏の遺志を踏襲する限り、私は支援をしていこうと思っています。

 
これまでのメッセージの紹介

 私は1982年にオーストリアに来て3年目にハイダー氏に注目し、将来この男がオーストリアの、そして全ヨーロッパの政治方向を示す事になるだろう−命を全うできれば−・・・と思い切りました。彼が自由党党首であった頃より私は党員であり、又当然オーストリア未来同(BZOE)の決起旗揚げの日よりの『基盤、基礎党員』であります。

私は一介の漆絵画家であり、常に貧乏のどん底にあって一度も帰国は叶いませんが6年前に後継ぎとして呼び寄せた甥も昨年入党しました。

ハイダー氏に戻ります、既にご承知の事と思いますが、オーストリアでは愛国を口にしたり愛国者である事を公人が公の場所で口にする事は許されません、すぐ「ナチ」と名指されます。又オーストリアの二大新聞はドイツの赤新聞に株式の半数以上を握られ、加えてつい先頃までの国営放送局(ORF)はユダヤ人と社会党員に牛耳られています。

社会党員証を保持せねば出世はおぼつきません。そう言う長い体制の中で30年に渡ってハイダー氏は戦い、その多くを切り崩して参りました。彼は単なる国粋主義者では無く、「愛国とは何か?」を提示し続けてきました。実は彼の勇気に刺激されて今や大物顔しているフランスのル・ペンを初めとする闇雲な国粋主義者達が物議を醸しています。

思い返せばハイダー氏には10通近くの文法を無視した手紙を送り付け国内、国外(特にイスラエルに対する跪き外交・・・)政治、軍事(戦闘機購入、陸軍が用いる50年前の軍用トラック、戦車、軍人給与)等々に対して日頃私が大いに不満とする所を彼に書き送りました。

私が自由党員であった頃から今日まで党支部の小さな会合に於いて折り在る毎に、警告して来た事は「中国との間の扉を開くな!」と言う事です。中国人の100分の1パーセントが流入して来ると、そしてその中の一割が犯罪者、その予備軍そして若しくはスネークヘッド「蛇頭」のさしがねで来るとすれば、全人口800万人のオーストリアの警察力では彼らの起こす凶悪犯罪に対処出来無くなります。

それまでもウィーン市長のホイプル(ユダヤ人、社会党、その体質として充分に賄賂・・・前市長がそうであった様に・・・の恩恵があったと私は睨んでいます。)が既にアフリカはニゲリアを主として殆どの東欧世界、及びアフガニスタンからの自称政治亡命者を緑の党、アムネスティ・インターナショナルと結託して無差別に受け入れ彼らの起こす犯罪に既に警察力が及ばない状態になっています。

又今年の春よりシナ人共が「ウィーンにチャイナタウンを!」と言う不愉快極まりない主張を始めており、又既に古き良きウィーンの佇まいの中に伝統の雰囲気を壊す料理店や雑貨屋等を次々に進出させております。又ウィーンに夥しく存在する中華レストランは常にガラガラであり、麻薬とマネーローンダリングの目的でありその場になっていると公然に語られています。

ハイダー氏は既に今迄かなりの社会党政治家が日本に招待して貰って飽く迄も表面的には日本びいき(それはそうでしょう、招待して貰って色んなお土産を貰って・・・何一つ両国間に於ける建設的な課題に取り組みもせず、当然何ものも日本にもたらさず、何ものもオーストリアに自分のお土産以外は持ち帰らず・・・)になっているのを知っていました。

氏はやり手で休暇で諸外国に出れば殆どの場合、国や州の労働者の為になる何かを持ち帰りました。自分の懐には入らないけど。ハイダー氏は毛先程も中国に対しての興味を示していませんでした。心底中国共産党の胡散臭さを見抜いていたのでしょう。蓋し当然、私の警告の為ではありません。

せとさん、あなたが書かれている通りハイダー氏は誠に真の意味での愛国者であり、「愛国とは何か」の極正軸を知らしめようとした人でした。彼の死により彼のみが撓める事が出来ていた、スキンヘッズやネオナチ等の暴走が今後頻発する様になりましょう。しかしせとさん、つい最近あなたの存在を知りましたが、ハイダー氏の事を良く理解してくださって心からお礼申し上げます。この2日涙が止まりません。つい丁度二週間前28日夜遅く迄、議席数三倍の勝利を喜び手を握り合ったのに・・・せとさんの御健闘をお祈り致します。

以上 1985年以来オーストリアに在住して、ハイダー氏を見続けていた私の叔父の言葉を送らせて頂きました。せとさん達の活躍はここウィーンから「ニコニコ動画」等で何時も拝見しております。

せとさんのハイダー氏へのご理解と思い入れに深く感謝しております。御健闘をお祈りしております。折がありましたら桜井、西村、等々各氏へも宜しくお伝え下さい。



 オーストリア在住 画家  W・S

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 オーストリアは、いや世界は惜しい人を亡くしました。ハイダー氏を<欧州希望の星>と私は以前より呼び、ネット上でもその偉大なる指導者としての業績を称えて来ました。

 ハイダー氏が亡くなられた現在、欧州に再び若きヒーローが必ずや誕生することでしょう。私はそれを信じます。

 自らの国家に科せられた歴史の汚名を晴らす闘い、正史を綴る闘いの困難さを我々は嫌と言うほど身に包まされてきました。

 しかし、それを諦めるわけには行きません。我々の国家・民族の将来と未来がある限り、我々は前進を続けなければならないのです。

 心より、イェルク・ハイダー氏のご冥福を日本の地よりお祈り申し上げます。

 合掌      社会運動家   瀬戸 弘幸

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Posted by the_radical_right at 08:26mixiチェック