2009年01月14日

イスラエル・パレスチナ紛争

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イスラエル・パレスチナ紛争

イスラエルの責任は重大であると思います。

 この問題に関してはブログでは左派系ブロガーはイスラエル批判、保守・右派系ブロガーはハマス批判というように完全に主張が別れていると感じています。

 左派はイスラエルは米国と同盟関係にあり、米国の51番目の州位にしか見ておらず、保守・右派ブロガーはハマス側の一方的な停戦違反や、ハマスをテロリストとして批判すると言ったところでしょうか。

 また、反日特定アジア諸国に取り囲まれて孤立する日本を、イスラム諸国に取り囲まれたイスラエルの現状に当て嵌め、同情的にイスラエル国家を見て、その毅然たる対応に賛同を示す向きがあるかも知れません。

 ところで、この問題というのは新しい問題ではなく、イスラエルが建国されてから、これまで引きずってきた問題ですが、歴史的にも長い年月に渡って複雑な宗教的な対立も絡んでおり簡単には解決しそうにありません。

 今回、私は現在の問題を論じるのではなく、かつて問題となった事件を取り上げながら、この問題の根深さを紹介したいと思います。
 以前より紹介してきたように私は第一湾岸戦争が開始された頃より『世界戦略放送』という有料情報を流していました。

 この頃の主張はどちらかと言えば反ユダヤであり、この中東問題に関しても、そのスタンスから論じていました。この頃は余り他人の目を気にすることもなく、自分達の思想をストレートに訴えていました。

 その意味では思想に忠実であり、誰に憚ることなく自説を述べていたわけで、純粋であったかも知れません。その当時の原稿を改めて今回読み直してみて、紹介することにも意味があると判断しました。

 10年以上前のことになりますが、イスラエル問題の核心部分が読み取れるのではないかと思います。国連安全保障理事会においてイスラエル非難決議が何度か行なわれていますが、この時にもイスラエル非難決議がなされました。

 ハラム・アッシャリフはエルサレム旧市街を言い、ここにはユダヤ教、キリスト教の聖地「神殿の丘」(イスラム名「ハラムアッシャリフ」)があり3大宗教の施設があります。

 この地にはイスラムの聖地でもあるアルアクサ・モスクもあるのです。イスラエルの首相がこの地を訪れたことによって、パレスチナ人の怒りが爆発、大規模なパレスチナ人の民衆蜂起にもつながりました。

 この地にユダヤ教徒の過激派である『テンプル山忠誠団』が、ユダヤ教会を建設しようとして、礎石を持ち込んだ事件が発生しました。それに反発したパレスチナ人が抗議行動を起こすとイスラエル警察が無差別に発砲、21人が虐殺され、多数の負傷者が出ました。

 この虐殺事件が発生、国連はイスラエル非難決議を採択した時に、世界戦略放送ではこの問題を解説し、イスラエルに対する徹底批判を行ないました。

『世界戦略放送』

 衆知のようにイスラエルは、ヨルダン川西岸及びガザ地区を23年間に渡り不法に占有し、度重なる国連の勧告も無視し続けパレスチナ人の尊厳を奪い弾圧を繰り返してきた。

 そして同時に占領地域へのユダヤ人の入植を強引に推し進め、パレスチナの住民を追い出してきた。全ての混乱と紛争の原因はこのユダヤ人の入植にあり、これは断固として糾弾されなければならない。

 そもそも世上言われているパレスチナ・イスラエル問題とは何か?

 また、何故これほどまでに深刻な問題が発生し、尚且つ放置され続けているのか? 1967年、第三次中東戦争に勝ったイスラエルはヨルダン川西岸などを不法に占領し、77年にベギン政権が誕生するや、その地域へのユダヤ人入植者を拡大させた。

 70年代末には、ユダヤ民族主義つまりシオニズムとユダヤ教の教義が結合し、「占領地域は“約束の地”として神がユダヤ人に古来より与えたものである」との主張を掲げるようになった。

 この運動の尖兵となったのが、米国生まれのユダヤ過激派団体の『カハ』や『グッシュエムニーム』などであり、彼らが米国出身であることに注目しなければならない。

 彼らは占領地への入植においては銃火器で武装し、パレスチナ人への脅迫と挑発を繰り返した。パレスチナ人はこのユダヤ過激派に対抗すべく、同じように信仰を先鋭化そして武装を始めています。

 1988年、PLO(パレスチナ解放機構)はイスラエルの存続を認めるとまで譲歩したのにも関わらず、イスラエル政府は交渉を拒否しました。和平への動きは封じられています。

 パレスチナ問題の深刻化とは、こと程左様にイスラエルの態度に全ての原因があるのです。更に最近の動きとしては、イスラエルでは祖国への「帰還」、つまり各国からの「入国」が頭打ちであったのに、今年になってからソ連からのユダヤ人の大量移民が相次いでいます。

 その数は10万人を超え、今後5年間で100万人に達するであろうと予測されているのです。パレスチナ人にとっては新たな脅威に直面したと言っていいでしょう。

 このような中でパレスチナでは従来のPLOの路線を穏健過ぎるとして、若者はイスラム原理主義への傾倒を強めているのです。これらの事態は何を意味するか。今後より深刻な状況を招くことになるでしょう。

 米国発のウルトラ・シオニズムの攻勢とソ連からのユダヤ人の大量流入、これらの点と線を結びつけていくと、そこに浮上するのは、まさしく「世界国家」ワン・ワールドを志向する見えざる影の勢力・国際ユダヤの存在に他なりません。

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 この世界戦略放送で主張していたことが、今回の紛争と言うか戦争の背景にあることは言うまでもないことです。確かにハマス側が先にロケット弾を発射したという事実があるにせよ、長年に渡ってパレスチナ人を苦しめてきたイスラエルの責任は厳しく問われなければなりません。

 

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2009年01月06日

イスラエル・パレスチナ紛争

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イスラエル・パレスチナ紛争

 日本人はこの戦いから、何を学ぶべきなのか?

 これは紛争などではなく、正しくは戦争と表現すべきだろう。イスラエル軍は3日からイスラム根本主義(原理主義)組織ハマスが実行支配するパレスチナ自治区のガザに正規軍を侵攻させました。

 平和と戦争という問題を考えるなら、このパレスチナとイスラエルの問題を例に挙げると一番解り易いのではないか。それはこのように定義づけることが出来るからです。

 平和な時代とは休戦期間の別称に過ぎない。

 このことを我々は歴史の教訓として学んできたが、それが将に正しいことを物語るものとして、現在も進行している。平和は常に破られるためにあるようです。

 今回の結果をイスラエルは停戦協定を無視したハマス側によるロケット攻撃にあると批判するでしょう。対してハマス側にしてみれば、それは失われた領地の奪還であり、そもそもが停戦ということも初めから破られる前提での交渉の結果でしかなかった。

 交渉によって一時的に生み出された一見上は平和な時期こそ、戦争の予兆に過ぎなかった。極言するなら平和というのは、いずれ戦争になるという自覚なしには口にしてはいけない言葉なのかも知れません。

 これまでイスラエルとパレスチナは第二次世界大戦後、何度なく衝突し殺し合いを繰り返してきた。そしてその都度停戦協議が行なわれ、人々はつかの間の平和な時を過ごした。

 しかし、それがいつも破られて、このような戦争が繰り返される。このことに関して国際社会はいつも無力です。停戦協定を永続化して守らせることが出来ません。

 戦争は「政治」の延長であると言われて来ましたが、確かに「政治」で解決が図られないときに、最終的な決着を図る手段として武力行使は今でもその正当性を当事者間では疑いもなく受け入れられています。

 我々はこの現実から眼をそむけてはならない。

 何故ならば、わが国だけは既に戦えない国家となってしまった。つまりは「政治」でしか物事を解決できないという、極めて世界では珍しい民族、そして国家となっている。

 いかにこの点が重要になるかと言えば、それはシナ・中国が今回引き起こした東シナ海のガス田の一方的な開発を考えれば、それがいかに深刻な問題であるかが理解出来ます。

 武力を行使するという前提だけが、外国との「政治」的な交渉としての外交の有効な力となり得るのです。それによってしか外交などは対等には機能しない。

 断言しましょう。

 シナ・中国を相手に日本が渡り合える外交とは、武力行使が出来るという前提があって初めて可能なのです。現在の日本がいくら言葉で何を言ってもシナは相手にもしていないでしょう。

 イスラエルとパレスチナから学ぶべきものとは?

 日本は戦後、商人国家として生き延びて来ました。確かにこの間平和な時代が続いています。しかし、これも休戦期間とするならば、いずれその休戦期間も期限切れになる可能性を視野に入れておかねばなりません。

 戦いを放棄した民族に未来はありません。

 故に我々はイスラエルにもパレスチナに対しても何も言えない。

 それはイスラエルとパレスチナが自らの生存を賭けてぶつかっているからです。安易な平和への呼びかけなど、影で笑われることがあっても、感心されることなどないと知るべきです。

 

 

 

 

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2007年09月19日

中東情勢を読み解く

中東情勢を読み解く

 イラン包囲網と西欧諸国の戦争準備!

 最近、ブログで国際情勢の分析や世界戦略を論じているものを見かけます。一応私もそちらは専門分野であると自負してきたので、そのことについて述べてみることにします。

 インド洋上における「給油継続問題」で10カ国の駐日大使(米・英・仏・独・加・豪・ニュージーランド・パキスタンなど)が、日本側に説明会を合同で開催するとのエントリーのコメント欄で、「イラン問題があるのでは?」との書き込みがありました。

 米国が北朝鮮に急速に接近した背景なども、この「イラン問題」と切り離して考えることは出来ないでしょう。フランスの外相が「イランとの戦争に備えなければならない」と述べたのは16日でした。

 しかし、翌17日に今度はフランスの首相が「イランとの戦争を回避するためにあらゆる手段を講ずるべきだ」と前言を翻した。フランス政府内で混乱が起きているようにも思えるが、これはアドバルーン作戦と考えるべきです。

 ハンチントン教授の『文明の衝突』を紹介した時にも述べましたが、西欧諸国の中では、イランが核開発に進む場合、イランとの戦争もやむを得ないとの共通認識が固まりつつあるようです。

 イランがウラン濃縮活動を年内中に停止しなければ、更なる圧力としての武力行使を視野に入れています。イランを支持しているロシアと支那(中国)との対決も当然覚悟しているでしょう。

 中東情勢は非常に複雑さを増しています。米国はイラク駐留兵を減らすことを発表していますが、これは一時的な措置でしかなく、米国は軍事的プレゼンスの再構築を狙っていることは間違いありません。

 周知のように移民国家の米国は、常に国民統合の目的を国家の外部に構築しなければなりませんでした。なぜならば、民族、慣習、宗教、言語すら異なるもの達が、それぞれのアメリカン・ドリームを夢見て合衆国を成立させている以上、外部に敵の存在を常に求めなければならない宿命にあるのです。

 その外部の敵が北朝鮮ではなく、今回はイランということになるわけですが、行き着く先が新たな緊張とか軋みなどという段階を通り越し、一気に泥沼へと突入することになりそうです。

 それはこの戦争が宗教戦争という様相を持つからです。人間がこの世に存在する以上、決して絶えることのないものが、この宗教対立であり宗教戦争なのです。

 煎じつめれば、キリスト教、イスラム教およびユダヤ教は源流を同一とする兄弟の関係とも考えられます。それ故に近親憎悪は凄まじく、西欧キリスト教世界とイスラム世界は互いに対立してきました。

 一神教の世界では、何においても戒律が重んじられていますが、それは厳しい風土的条件と相まって、自らの生存を保持する必要上、必須の事柄でもあったわけです。

 ですから、このような一神教の信者は自らに厳しいことは勿論、他の者に対しても過酷で容赦しません。ここに宗教戦争という特異な側面を見ることが出来ます。

 さてサダム・フセインの消えたイスラム世界では、相対的にイランの力を底上げしてしまいました。イランのような国においては危機的な状況になれば、穏健派は追いやられ、原理主義派が台頭します。

 最後の宗教戦争とも呼ばれるような対立の構図が今、急速に形作られています。その帰趨がどうなるかは予断を許しません。極めて深刻な事態が進行中なのです。

お知らせ

 先に話題の映画『ブッシュ大統領暗殺』の映画評について書きましたが、実際に送られて来たのは、コメントの依頼だけでした。昨日連絡があってHPに掲載されました。

 これでは余りにも短いコメントなので、後日映画評を書いてみたいと思っています。とても面白い作品でした。皆さんも是非映画館でご覧下さい。

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2006年10月27日

イラク・泥沼からの脱出策はあるのか?

82c3f714.jpegイラク問題の解決は「分割統治」

 イラクが泥沼の状況に陥ってしまった。治安権をイラク当局に委譲したものの、情勢が悪化している地域では再び駐留米軍に権限を戻す方針を米国は決定した。(10月20日)

 米国ブッシュ大統領は「勝利するためには、更に米軍の増派を考えている」と記者団に語った。しかし、実際にはこれはイラク民主化への決意を示す範囲に留まると思われる。(10月26日)

 フセイン旧政権が崩壊、新憲法が国民の圧倒的支持で承認されてから25日で一年が経過した。しかし、イラクは未だに武装勢力が国土の大半を支配している。

 この武装勢力は各宗派によって組織化されており、深刻な宗教対立、民族対立の中で、まさに行き場のない混沌とした状況下にある。どう見ても米国のイラク統治は失敗である。

 そこで今回はこのイラク問題をどのように解決すべきかを論じてみたいと思う。米国がこのままイラクに深入りすればするほどに、喜ぶのは北朝鮮と共産支那(中国)、帝国ロシアである。

 私は最初から親米派ではなかった。東アジア地域における中国の台頭が目立つようになった頃から、日本は米国との同盟関係の強化、そしてそれは日本が守ってもらう立場から、共に戦う立場を確立していかなければと考えるようになりました。

 よって平成2年に起きた第一次湾岸戦争の時は、どちらかと言えば多国籍軍批判を展開していました。当時、『世界戦略放送』でもそれを主張していましたが、それを現在読み直すと意外にもその解決への糸口が見えたので、それをここで紹介させて頂きます。

 ただ、かなりの長い文章なので、その一部分だけを紹介します。

「欧米列強が思惑で線引きした、人工国家アラブの悲劇」

 イラクを始めアラブ各国の国境線はヨーロッパやアメリカの列強が勝手に引いた国境線です。イラクは「クウェートはイラクの一部である」と主張していますが、このことを考えてみたい。第一次世界大戦前、このアラビア半島はオスマントルコの領土でした。

 ドイツとオスマントルコは同盟関係にあり、イギリスはこの地域を狙っていたので、各部族を裏から支援して独立を企てました。アラブの各部族はイギリス、フランスと共にドイツとオスマントルコと戦いました。

 それは勿論勝てば独立が与えられると思っていたからです。事実裏ではそのような約束がなされていました。しかし、イギリスとフランスなどは旧オスマントルコ帝国領土の分割に取り掛かりました。

 アラブの部族への約束は全く無視されたわけです。中東地域は西欧列強と米国の植民地分割の舞台となり、なかなか国境線が確定されませんでした。

 ヨーロッパの当時の石油王・ガルベンキャンは1928年、ベルギーのオスデンにイギリス、フランス、アメリカなどの代表を呼んで、出席者全員の前で大きな中東の地図を広げ、一気に赤いクレヨンで太い線を引いた。

 そして自信満々の顔で「これでどうだ!」と言ったのです。反対する国はありませんでした。イギリスはカタール、オーマン、バーレンそしてサウジアラビアと周りの王国が自分の領地として入っていたのです。

 フランスはシリア、レバノンが入っているので、これも満足でした。アメリカですが、アメリカが既にメジャー開発に着手していたクウェートはこの赤線の中に含まれていませんでした。

 つまりクウェートはイギリスでもなく、フランスでもない。アメリカにしては都合の良い線引きだったのです。イラクのサダム・フセインが叫んでいるように、石油の権益を基に勝手に引かれた国境線でした。

 国家とは何か。その概念をもし挙げろと問われれば、我々は次のように答えます。

一つの民族

一つの宗教

一つの言語

 これらが歴史的、文化的に共有、ミックスされて一つの国家となるのです。

 そのように考えれば、これを無視した人工国家を誕生させた、その罪悪こそ責められるべき事ではないでしょうか。

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 もう、解決策は一つしかありません。イラクという国家の分割です。冷戦崩壊後、幻想の国家であったユーゴ連邦が、実体のある民族国家に分かれていったように、イラクもまた分割されるべきなのです。

 宗派と民族の分布を考慮して国土を分割、その宗派と民族に国家の運営を委ねるべきなのです。それしかこの泥沼からの脱出はないと思います。

 私がいつも見て勉強している米国の中東政策のブログを紹介しておきます。

苺畑より
http://scarecrowstrawberryfield.com/

グローバル・アメリカン政論
http://newglobal-america.tea-nifty.com/

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2006年09月04日

ポスト・ファシズムとなったイスラム過激主義

ファシズム=イスラム原理主義

 「イスラムという新たなファシズム」米国大統領

 米国ブッシュ大統領が混迷を深めるイラク問題で「これはファシズムとの戦いである」と述べました。1920年代後半から30年代にかけてヨーロッパを席巻したファシズムとナチズム。これと現代のイスラム原理主義(過激主義)を同一視して、これへの戦いを宣言したのです。

 このファシズム=イスラム過激主義について、日本のメディアはあまり詳しく解説していません。殆どのブログでも触れていないのではないでしょうか。今日はこの点について考えてみたいと思います。

 極左同士の殺し合い(内ゲバ)の中で、中核派と革マル派は互いに相手を「ファシスト殲滅!」と機関紙で罵り合いました。このようにファシズムとかファシストという言葉は“絶対悪”として、相手を罵倒するために使用されてきました。

 これは一種のレッテル貼りですが、しかし超大国の米国大統領の言葉だけに、これを単なるレッテル貼りと見るわけにはいかないでしょう。私はファシズムには昔から興味を抱き、学者ではありませんが、詳しい方であると自負しているので、この発言の意味する処を論じてみたいと考えます。

 我が国ではファシズムといえば、ヒトラーとムッソリーニの所謂歴史的なファシズムが有名です。また、近年ヨーロッパ諸国で台頭した極右勢力を、このような歴史的ファシズムの後継者と見る評論家もおります。

 ファシズムとは何か?残念ながらその定義さえ定かではない。

 しかし、この定義さえ曖昧なポスト・ファシズムとして、西欧社会ではイスラム過激主義が既に冷戦後に登場していた。我が国では何故ファシズムとイスラム過激主義が結び付くのかさえ不可思議に思われる方は多いはずだ。

 私はイスラム原理主義と過激主義は違うという認識を持つものですが、欧米ではこれを一体と見なしているので、ここではそのような観点から紹介することにします。

 米国で一番最初にファシズムと原理主義の共通性について書かれた論文は、ヒトラーが知られる以前の1920年代のことである。「ファシズムと米国の原理主義」(christlichewelt,1924)には次のように書かれてある(この論文は刀水書房の「ファシズム」という本にあります)。

 「政治的ファナティズム(狂信)の扇動に見られる宗教的な非寛容さ、急進的な宗派と手を携えた過激なナショナリズムとポピュリズム、さらにクー・クラックス・クランと原理主義の緊密な関係について論じている」とあります。これはイスラム原理主義のことではありませんが、米国には急進的宗派もファシズムと考える傾向が元々あるのです。

 また、1937年に出版された書物(edger alex-ander,der mytos,hutlers,zurich,1937)の中には、当時台頭したナチズムの指導者ヒトラーを新しいマホメット、預言者と捉えているものもあるほどです。

 「ヒトラーの『我が闘争』によれば、新しい宗教を伝えるもの、預言者、伝道者は常に剣であった。憎悪はつねにあらゆる革命的変革の動因である。浸透した狂信、さらに狂気はいかなる科学的知識より大衆を駆り立てる」

 私がここで言いたい事は米国には古くから、ファシズムとイスラム原理主義を同一視する歴史的な土壌があったということで、今回ブッシュ大統領が「イスラムという新たなファシズムとの戦い」と語ったとしても、あまり驚かないということです。

 キリスト教、仏教は同じく世界的宗教ですが、イスラム教とは大きな違いがあります。キリストにしてもお釈迦様にしても国家権力とは無縁でした。しかしマホメットは違います。

 キリストもお釈迦様も宗教指導者ではありましたが、国家指導者ではなかった。しかし、マホメットの弟子達はアラブという国家を創設しました。この政治志向の強さが特徴的であり、それ故にファシズムと同じように見られるのです。

 我々は米国大統領がイスラム原理主義をファシズムに見立て、これへの戦いを宣言している点を注目しなければなりません。ポスト・ファシズムに位置付けられたイスラム原理主義、その戦いに参加するのは米国一国ではなく、西欧やロシアも含まれる現実を見なければならないからです。

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