2008年12月28日

「文明の衝突」の著者、ハンチントン氏死去

『文明の衝突』の著者、ハンチントン氏死去

 「孤独な日本」の将来を予言していた教授

 哀悼の意を捧げます

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 【ワシントン支局】世界的なベストセラー「文明の衝突」で知られる米国の政治学者サミュエル・ハンチントン氏が、マサチューセッツ州の施設で24日に死去していたことが27日、わかった。

 81歳だった。ハンチントン氏が58年間教壇に立った米ハーバード大が明らかにした。死因は不明。

 ハンチントン氏は1996年に刊行された「文明の衝突」の中で、欧米とイスラム世界が衝突する危険性をいち早く指摘した。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20081228-OYT1T00168.htm


 イスラエル軍が大規模な空爆を実施して、パレスチナ勢力と全面的な衝突の懸念が広がる世界情勢の中で、『文明の衝突』の著者であったハンチントン教授が亡くなられた。

 私はこのハンチントン教授を尊敬してきました。それは世界の文明を定義した著書の中で、「日本文明」を独自の文明として評価したからです。日本の文明は世界では「孤独な文明」と定義された。

 世界には8つの文明があると先生はその著の中で書きました。西洋文明、東方正教会・シナ(中国)、イスラム、ヒンドゥー、ラテンアメリカ、アフリカそして日本文明です。

 この中で一国で文明を持つのは日本とインドです。シナの文明圏には朝鮮半島の二つの国家が含まれています。インドは多民族国家であり、日本だけが単一民族国家であり、且つ単独の文明を持つ国家と定義されたのです。

 ここで先生の文明の衝突の大筋をおさらいして見ましょう。

?将来、文明間の衝突の危険性は高まっており、それはシナ(中国)の台頭とイスラムの復興が主要因となって引き起こされる

?将来、最も危険な紛争は米国とシナの間におきる可能性がある。それは東アジアの覇権を賭けての戦いとなる

?イスラムの復興により、コソボ、東チモール、パレスチナなどにおいてはイスラム対非イスラムによる紛争が拡大し戦争に発展する

?二極化から米国の一極化を経て、世界は多極化に入る

?日本は孤独(ロンリー)な国である。他の文明国は少なくとも二カ国が含まれるが、日本は日本という国家と文明が合致する珍しい形態を持っている

?日本は明らかに他の国とは文明上の違いがあり、それ故に他国との緊密な連携が組めない。日本が危機に直面した時に、文化的同一性がないために助けてくれる国がない

?また、逆な立場で見るならば、他国に対して責任がない。他国が危機になってもはせ参じる必要性がない


 これはハンチントン教授の著書の中にあるのではなく、先生が平成11年に日本に来られて講演した時に述べられたものです。

 そのような日本の選択肢として先生は4つのことを挙げておられました。

?日米関係を維持し強化することに努めること

?シナ・中国と手を結ぶこと

?独自で戦力を強化すること

?外交的手段において、積極的な役割を果たすこと


 ?の場合、日本はいつまでも米国への従属体制から逃れることが出来ない。?の場合はシナの属国となり、将来はシナの自治区となる可能性が大きい。

 ?の場合は核武装が必要となる。米国・シナの同盟も覚悟しなければならない。

 ?は理想論に過ぎないと思います。どちら着かずの状態によって、国家の存立を図ろうとしても、それが果たして許されるのか? それほど将来の世界情勢が甘いとは思いません。

 いずれにしても、日本が独自の戦力強化を図らねば、日本国は崩壊するでしょう。そうすれば世界の「孤高」の文明としてハンチントン教授が定義した日本文明は世界文明の歴史から消え去るのです。

 
懐かしの2ちゃんねる論争 

文明の衝突 その?
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50220837.html

 
文明の衝突 その?
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50233583.html

 
文明の衝突 その?
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50266774.html

 
文明の衝突 その?
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50282975.html

 
文明の衝突 その?
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50338604.html

 

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2008年12月23日

アナーキストさんと天皇論争

 「神」「天皇」「国民」の間に溝はないその 

  アナーキストさんとの「天皇論争」

64 名前: >瀬戸弘幸さん 投稿日: 2000/05/22(月) 11:55
以下の質問にお答え下さい。

1.天皇、もしくは、天皇家の人権について。どう思うのか?

2.漂泊系の非農耕民族や、山岳民族、太平洋戦争以後も戸籍を
  持つことを拒んだ人達、アイヌ、琉球人など。到底、天皇を
  あがめていた思えない人達(空くまで私見だが)については
  どう考えているのか?

3.現実に「神」「天皇」「国民」の間に、大きな溝があると考
  える人達について、貴方の宗教観を提示してどうするつもり
  なのか?
87 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/23(火) 08:09

次に私への質問に対して
1.天皇、もしくは、天皇家の人権について。どう思うのか?

天皇自身にもっと語る自由があって良いと思っております。
我々世俗一般の人間とは明らかに異なった、哲学的視点をお持ちの筈だ。
一般の人の場合はどうしても私心を捨て切れず我欲が出る。
例えばどんなに学問を積んでも、平民的な成り上がりの心情は何処かには 残ってしまう。よほどの狂信者でない限り、何処かで変節するし、また変節 しないくらいのドグマニストだと、これはこれで怖い。

要するに天皇は卑しくないのだ。幼少の頃よりそのような環境で育ち 、そのような教育を受けている。 但し、それはどのようなものだと聞かれても私は東北の百姓の生まれなので 知らない。
天皇には私心がない、そのような天皇でもっと語ってもらえれば、ミクロ的な 矛盾などはマクロ的な視点より解決できるかもしれない。 少なくとも貴重な参考意見となろう。

88 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/23(火) 08:10

2.漂泊系の非農耕民族や、山岳民族、太平洋戦争以後も戸籍を 持つことを拒んだ人達、アイヌ、琉球人など。到底、天皇を あがめていた思えない人達(空くまで私見だが)については どう考えているのか?

このことは日本が単一民族か否か?或いはそのような少数派に対して
どのように考えるか、とも通ずる質問と考えます。

この点もこの2ちゃんねるでは私はまだ討論したことがないので、 一度やってみたい討論であるとは考えております。 さて、お尋ねの件ですが、アイヌ民族が崇めていたのは日本の神と 言われるものとは明らかに違います。琉球も同じでしょう。

この事については私のHPでも討論しているように、我々は西欧近代化の流れ やキリスト教の普及によって滅ぼされた土俗的宗教の重要性を 再認識すべきとしております。
米国インデァン呪術なども議論しながら、自然を神とするその祭礼の意味を 現代社会に問い直そうとしております。

91 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/23(火) 08:44

さて、ここで整理させて頂きたいと思います。これまでに投稿された方には 大きく分けて二つの意見があったと考えます。
先ず、一つは天皇を「ゴキブリ」とか「早く絶滅してくれ」とかという人達です。 この人達の考えの根底には天皇は特権階級であり、今日の社会では許されない存在だ という心情があるのではないでしょうか。

次にせっかく定着した象徴天皇制を守った方が、天皇家の将来や日本の ことを考えた場合、その方がベターであるとの考えです。

では、私の方から問題を提起させてください。

民主主義は確かに自由と平等が基本です。そんな今日いわば特権階級と見られ がちな天皇の存在は果して、我々大衆階級と対立するものなのか?
例えば皇居の問題ですが、人によっては公園にしてしまえという議論も
確かにあります。 皆さんはどう思われますか、特権階級と大衆階級について論じてください。

次に象徴天皇についてです。そもそもが占領軍作成の英語原文にあった 「シンボル」の直訳だそうです。では「シンボル」とはどのような意味での シンボルなのか? 象徴天皇を守れ!といわれる方に是非とも説明を求めます。

118 名前: アナーキスト 投稿日: 2000/05/24(水) 03:25

「皇族絶滅」発言をした者ですが、瀬戸氏も煽り発言に対して 大人の対応をしている事ですし、氏に敬意を表して少し真面目 に議論に参加してみます。 以後、このスレッドではアナーキストを名乗ることにします。

91において、瀬戸氏は2つの問題提起をされましたが、今回は 特権階級と大衆階級について私の意見を述べさせてもらいます。 象徴天皇制と「絶滅発言」の真意については別に書きます。

私は、個人の資質や能力によらない、生まれや人種による身分 階級を一切認めていません。何故なら、もし「高貴な生まれ」 だからといって特権階級を認めてしまうと、同じ論理で「卑し い生まれ」だと被差別階級を認める事になるからです。

「法の元の平等」を原則とする近代民主主義国家において、こ れは到底容認されるべきことではありません。その意味で、世 襲制を基本とする特権階級である天皇制は、民主主義の理念と は根本的に相容れないものであると言えます。

122 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/24(水) 08:57
>アナーキストさんへ
あなたのような方との討論は望むところです。 互いにその思想をぶつけ合い同時代を生きる者として、共に考えていければと思っています。

あなたの考えは民主主義と天皇の存在は矛盾するという考えですね。
日本国憲法は民主主義憲法であり、そこにはルネッサンス以来の人間平等主義があります。

しかし、人間平等主義を絶対のものとはしていませんよね。ただ人間は平等であるべきとの 理想によって貫かれてはおります。 平和主義も同様です、理想を語り目指すことを否定するものではありません。

しかし、憲法とはそのような理想主義によってだけできていない、というのも事実なのです。 事実天皇の存在はまさにそのことで、日本の実状という具体的なるものを十分に考慮した結果でした。 つまり、「人間平等」というのは一つの理念としてはあっても、 それが現実を縛ってしまうものでは決してありません。

私は理念としての「人間平等」に立つことの素晴らしさを悪いことだと申し上げる気はありません。 しかし、現実は全ての人間が現実の社会の中で平等などと言うことが果たしてあるのかと思う一人です。

人それぞれ能力に差があり、努力するものとしないものとで又差が生じる。 平等とはとても簡単なものではないでしょう。

 
124 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/24(水) 09:20

 そこで天皇の問題となります。天皇の地位は日本国民の総意に基づくとあります。 現実に日本国民は天皇を必要としているから、一見「平等主義」に反すると思われがちな 天皇の存在が憲法で規定されました。

一体何故だと思われますか?

これこそが日本という国家が日本であり、他の西欧諸国とは違う点です。 これがフランスやドイツ、アメリカだったらどうでしょう?
「人間平等主義」を取り入れても、そこには大した問題は起きなかったのです。

では日本が何故この「人間平等主義」を取り入れた際に、他の諸国とは違ったのか? それは日本という国家の成り立ちや国柄といったものが考慮されたからです。
これを「国体」などと言えばまたまた批判がきそうですが、それは歴史的事実であって これを覆すことは占領軍であっても出来なかったということです。

では、それは戦後半世紀を過ぎた今日でも実状は同じなのでしょうか? 少なくとも天皇制を否定する人は少数派に過ぎません。 明確にこれを否定している政党は日本共産党だけです。

その理由を考えて見てください。一つの西欧流の理念ではどうすることも出来なかった 歴史の重みというか、日本民族の主体がそこにあった事を、 私は誇りにこそ思え、決して恥ずべき事だなどとは一度も思ったことがありません。

それはこの日本という国に生を受け、この日本で育ち、やがてはこの日本と云う 国の土に帰っていく日本人だからです。

アナーキストは私も若い頃は憧れました。一切の権力の呪縛を嫌い、自由奔放に生きられたら、如何に最高であるか。 しかし、現実には国家があり、我々はその国家で生きることを試されているのです。

131 名前: アナーキスト 投稿日: 2000/05/24(水) 23:27
>瀬戸氏

とりあえず、122及び124での氏の意見に反論しておきます。

>人それぞれ能力に差があり、努力するものとしないものとで又差が生じる。 >平等とはとても簡単なものではないでしょう。

この点に関しては、氏の意見に全く同感です。
能力のある者はその能力に見合っただけの代価を受け取って当然であり、 個人の資質を無視して「結果の平等」だけを求めるのは、才能と努力の 否定に他なりません。

私が特権階級としての天皇制を否定するのは、その地位が本人の資質に 関係無く世襲制によって決定されるからです。世襲制には能力も努力も 必要無いですから。

>そこで天皇の問題となります。 >天皇の地位は日本国民の総意に基づくとあります。

本当に国民の総意に基づいているかは、憲法第1条制定時に国民に対し て民意を確認した事実がないので「判らない」のではないでしょうか?

少なくとも、現在ではこのスレッドに決して少なくない数の天皇制拒否 の意見が挙がっている事から見ても、もはや「総意に基づく」状態では
ないのは明らかだと思います。

「天皇制を否定する人は少数派」というのは、瀬戸氏の嫌う暴力団右翼 が天皇制に異を唱える意見を封殺する暴力装置として働いていたから故 に否定意見がタブーであった事を考えると額面通りに受け取ることは出 来ないです。

それと、占領軍は天皇制を廃止「出来なかった」のではなく「しなかっ た」だけという可能性もあります。事実確認ができない事象についてそ
の是非を議論していても不毛なだけなので、この辺にしておきますが。

>その理由を考えて見てください。

上記のように、前提条件の認識において氏と私には見解の相違がありま すので、「その理由」というのは私の立場からは成り立ちません。
あえて何か言うとすれば、「日本民族のアイデンティティは世襲制によ
る個人を引き合いに出さなければ説明できないほど脆弱なものなのか?」 といったところでしょう。

133 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/25(木) 07:41
アナーキストさんへ
あなたと19番さんの意見が立場は違っていても、天皇制に対する否定的な 見解としては非常にわかりやすい。感情的な天皇嫌いの方もおられようが、 その人達に対しては反論のしようがない。まさか、私はとにかく好きですでは討論に なりませんからね。

そこで、もう暫く討論を続けたいと思うのでよろしくお願いします。
>「日本民族のアイデンティティは世襲制によ る個人を引き合いに出さなければ説明できないほど脆弱なものなのか?」

アイデンティというか民族のルーツというか、確かにそれを語るには天皇家の存在を 抜きに語ることは日本の場合は不可能です。 それは置いておいて、これからは批判を承知で<深みにはまる>事にします。

あなたが言わんとするところは、能力や努力と関係のない身分とその世襲についての ご不満であると考えます。 また、これは個人的な動機によるものとは思いませんので、より政治的或いは 社会的な見地から検証することにしましょう。

ずばり、万世一系の問題です。あなたも聖徳太子や古い時代の天皇が日本の政治の 中で果たした数々の功績を否定するものではないでしょう。 この遥か大昔は天皇家が日本の指導的立場であったことは紛れもない事実です。

問題なのは、その天皇家の血筋というか血統が貴ばれ、その血統によって皇位が 維持されてきた点についてでありましょう。
実はこの万世一系を生物学的あるいは遺伝学的に説明しようという試みが なされていますが、そのような考えでは長い歴史の中では矛盾を来たさないわけには いかないでしょう。

私は故にこれを理念とみます、つまり生物学上の一系の意味とは同列ではないということです。 この理念によって世襲はなされてきました、では外国には例を見ないこの万世一系という 理念とは何であるのか? それを考えてみたいと思います。

134 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/25(木) 08:12

 私はこの転載された冒頭のスレッドでも、愛国党の今は亡き赤尾総裁の言葉を紹介しました。
「天皇が偉いのではなく、それを守ってきた我々が偉い。」
ここでこの意味をもう一度考えて欲しいと思います。
何故に天皇は人々から崇められてきたか、それは一つの権威として歴史上に 君臨できたからです。人々は良くも悪くも“権威"を求めひれ伏すものなのです。

ひれ伏すという表現が嫌であれば、礼を尽すとでも言いましょうか。
そのような存在は人間社会の中では決して珍しいことでなく、ごく自然に 行われてきたことです。この権威というのは実に便利なもので、これが ある事によって社会が平穏であったり秩序が保たれたりします。

では、その権威の中身は一体何で在るのか?

為政者はそれを民衆支配の道具として使おうとした事実もある。 しかし、それにはその権威というものが、誰にでも認められた存在でなければならない。 そこで導き出せる結論は"権威”とは信頼と尊敬である。
これがなければ権威などすぐにも吹き飛んでしまうであろう。

日本人は天皇という存在が万世一系という日本独自の理念として、 それを信頼し尊敬し、その権威を守りとおしてきました。

西欧社会では権威とは唯一絶対のキリスト教のローマ法皇によって、各国の王様に 与えられました。しかし、その王とは個人的には善人や賢人や英雄であった。 西欧ではより善人や賢者、英雄が現れる度に前者は駆逐され、革命という手段 によってその連続性は断ち切られた。

対して、我が国では最初から基準が善人や賢人、英雄とは違ったもの
つまりは血統であったが故に、国家の同一性、無窮性が維持されてきた。

これが他の西欧の近代国家と日本の大きな違いです。

この国家の成り立ちを認めない、悪い見本と見るのか。 それとも、それを日本独自の国家のありようとして大切なものと 考えるのか。 まさに、そのことが現在討論されている、私と反天皇性論者の 違いではないでしょうか。

148 名前: アナーキスト 投稿日: 2000/05/26(金) 22:37

瀬戸氏への反論を続けたいと思います。

まず、瀬戸氏のおっしゃる「万世一系の理念」を「権威装置としての 天皇制の連続性と自己同一性」と解釈する事を前提とした上で以降の 論を展開します。

まず、天皇制が「一系」であるというのは、日本の歴史上、南北朝時 代が存在し、権威装置としての天皇制が2つに分裂した時点で終了し ています。同時に、その無窮性もまた崩壊しています。
「こちらの天皇が正統だ!」
「いや、こちらの天皇こそが正統だ!」
などという権威に、無窮性は求めるべくもありません。
熊沢天皇問題などはその残滓と言えましょう。

次に、天皇制の権威を「万世一系」の連続性で説明しようとすると、
「初代天皇」の権威の論拠が説明できません。

瀬戸氏は「"権威”とは信頼と尊敬である」とおっしゃっているので 初代天皇の権威は「信頼と尊敬」が根拠になっているものと思われま すが、そうなると信頼と尊敬を集める対象でさえあれば血統は関係無 い事になり、氏の「西欧ではより善人や賢者、英雄が現れる度に前者 は駆逐され、革命という手段によってその連続性は断ち切られた。」 の発言での西欧権威と差別化できなくなるので、日本の特殊性を説明 する論理としては使用できなくなります。

それでもなお「万世一系」の論理を使用しようとすると、「天皇の血 筋は神代から続いている」などの宗教的論理を用いるしかないですが、 そうすると今度は他の宗教的権威との差別化ができなくなるので、こ れまた日本の特殊性を説明する論理としては使用できなくなります。

結論:
「万世一系の理念」では天皇を中心とする日本の特殊性を説明できない。
以上の結論を導き出すための前提条件として、瀬戸氏の発言しか使用し ていないことにご留意下さい。

157 名前: アナーキスト 投稿日: 2000/05/27(土) 19:51
>瀬戸氏

148でもって「内部矛盾のある論理では議論できない」と打ち切ってしまっても 良かったんですが、それではこの議論の本質に迫ることは出来ないので理念レベ ルの話をしようと思います。

おそらく瀬戸氏は天皇制に日本民族の安定性と秩序の象徴を発見したのだと思い ます。
「安定性と秩序こそは日本民族の美点である。」
「それを象徴する天皇制が政治機構(国家)として歴史上に君臨してきたが故に、 国家と民族の概念は日本人にとって一体である。」

だからこそ、瀬戸氏は国家社会主義を主張しているのではないでしょうか? 瀬戸氏が「象徴」天皇制の議論を振ってきたのも、この辺りを確認するためで しょう。

>この国家の成り立ちを認めない、悪い見本と見るのか。
>それとも、それを日本独自の国家のありようとして大切なものと
>考えるのか。

そう、私はまさにそこに日本民族の病理と業を垣間見るんですよ。
私は、「日本人」である前に「人間」です。そして人間が人間であるためには デカルトの「考える葦」発言を持ち出すまでもなく、自ら思考する意思を持た なければなりません。

そして、権威という物が絶対性を掲げるが故に思考停止装置として働き、人間 ¥性を失わせる。それが政治機構と結びつくと巨大な強制力となる。更に日本に おいては、常に時の権力者が天皇を思考停止装置として利用してきた。

だからこそ、天皇制は私にとっての打倒対象なんです。

私が「皇族絶滅」発言をしたのは、権威装置としての天皇制を完全に破壊する ためには、天皇制が世襲制であるために制度と個人が不可分であり、制度だけ 廃止しても血統が存続する限りいつかまた復活する。ならば絶滅させるしかな いではないか、という理由です。殺さずにすむならそれに越したことはないん ですが。

176 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/27(土) 21:45
アナーキストさんへ
あなたが日本の歴史、いや天皇の歴史について相当の知識を有していながら それを否定的な主張を展開する時の根拠としてしか、それを見ないのは非常に残念に 思います。

しかし、それもあなた自身の思想から発するものであれば、 私としてはそのように考える方もおいでになるのか、と言うしか言葉がありません。

「果たしてしからば敢えて問う、日本歴史上における南北朝の歴史や如何に。 国民の一部は正統の皇室たる南朝に忠勤を励み、他の大部分は潤統たる北朝の旗風に 靡いたではないか・・・」この文は里見岸雄先生のものです。

里見先生は「天皇とプロレタリア」をもって一大センセーショナルを巻き起こした人です。 軍国主義が高まっていた頃、陸軍士官学校の生徒の中にも、 何故、天皇は「現人神」なのか?万世一系などというが、それは信じられるのか? と言った疑問の声が彷彿していたそうです。

確かに南北朝に分裂して争った事実を否定する事は出来ません、しかし、それをもって 無窮性が崩壊したと結論づけるのは早計過ぎるのでないでしょうか。

この問題はそれを信奉するものにとっては理解できても、信奉しない第三者にとって の広い意味での肯定や支持を得ることは非常に困難なことです。

なぜならば、この議論を突き詰めていけば、「天皇陛下の為に死ぬ」という 意味まで行くからです。現実に半世紀前、日本人はそうした。

しかし、この「天皇陛下の為に死す」は信奉しない人には絶対に理解の
範疇を超える事でしょう。 147よりは157のほうに議論を進めたほうが有意義な議論が出来ると思います。

179 名前: アナーキスト 投稿日: 2000/05/29(月) 01:21
>瀬戸氏

総論的な議論は終息に向かっていると思うので、今回は各論的な反論でも。

>人々は良くも悪くも“権威"を求めひれ伏すものなのです。

まあ、カルト宗教にハマる人間も多いですから一概に否定できませんが……。 しかし、同時にまた、人間とは本能的に自由を欲する生き物なのです。
戦前の天皇が現人神と呼ばれた時代でさえ自由民権運動が発生した史実は その証左でしょう。

>147よりは157のほうに議論を進めたほうが有意義な議論が出来ると思います。

147じゃなくて148なんですが、その辺は置いておいて。
確かに、解釈論に終始すると「ポストモダニズム」スレッドみたいになってしまいま すからね。ただ、理念レベルの話だと、最終的な結論ってどうしても「見解の相違」 になってしまうので、もう少し具体的なレベルの議論にしたい所ではあります。

>この問題はそれを信奉するものにとっては理解できても、信奉しない第三者にとって の広い意味での肯定や支持を得ることは非常に困難なことです。

結局、天皇制を支えているものってある種の「信仰」ですからね。
外野から見た場合、宗教にしか見えないです。

で、仮に瀬戸氏の主張を全面的に肯定したとしても、このスレッド のタイトル『「神」「天皇」「国民」の間に溝はない』は現時点で は成立しないです。何故なら、そこには「宮内庁」という厳然とし た壁が存在するからです。

180 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/30(火) 06:49
アナーキストさんへ
番号を間違えておりました、申し訳ありません。
いかがでしょう、このスレッドでの続きを、21世紀の天皇制はどうあるべきか? と題して、パネルディスカッション21世紀に日本の方でやりませんか。 そちらに投稿を続けます。 又、このスレッドで発言をなされていた方もおいで頂ければと思います。

 http://ebi.2ch.net/sisou/kako/958/958624785.html

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 8年前の議論です。当事の2ちゃんねるには、今のように相手を罵倒するだけの投稿ではなく、互いの立場を認め合いながら、討論を進めるだけのマナーが残されていました。

 今日の2ちゃんねるには残念ながら当時の面影さえもありません。今回これを読み返して見て、当事を懐かしく感じました。このような方々は今どうされているのか、再び論を交えて見たいものです。

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神、天皇、民が一体となった国家

奉祝・天皇誕生日 

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天皇陛下は今日23日、75歳の誕生日をお迎えになられました。

天皇陛下のお誕生日を心からお祝い申し上げると共に、今後益々のご健康を祈願してまいりたいと思います。

 本日は天皇誕生日でもありますので、天皇・皇室の話題について触れようと思います、最近の週刊誌の報道を見ていると心が痛むばかりです。

 天皇・皇室の弥栄(いやさか)と共にあるべき日本人が、天皇や皇室に対する尊敬の念を失い、ただ徒にスキャンダル記事を垂れ流すマスメディアに対して怒りさえも感じなくなってしまっているようです。

 天皇・皇室問題について、天皇とは何か? 日本における天皇陛下とはどのような立場の御方であるのか?

 かつて、2ちゃんねるでそれを解りやすく説明し、保守・左翼・無政府主義者と論争したことがありました。天皇についてこれを難しく「天皇論」として語る学者はいます。

 庶民には直ぐには理解できない難解な言葉で語るのではなく、誰しもが理解できる言葉で語り合いたい。そのような趣旨から行ないました。その中から今日は一部を紹介します。

 これは今から8年も前のものです。森首相が「日本は天皇陛下を中心にした神の国だ」と発言して辞任に追い込まれた頃です。この頃の私は「極右」の活動家を任じていた頃であり、そのような主張もありますので、その辺りは誤解のないようにご覧ください。

 「神」「天皇」「国民」の間に溝はない

1 名前: 転載 投稿日: 2000/05/18(木) 13:39
「神」「天皇」「国民」の間には何らの溝もない。

投稿者:瀬戸弘幸 [Mail Me!] 【05月18日(木) 08時59分39秒】 選択

森首相の「日本は天皇を中心とする神の国」発言に対して、左翼陣営、マスコミ、公明党などから「主権在民」の考えに反するという主張がなされ、首相もこれを受け入れる形で陳謝して済ませようとしている。

この森首相の言葉をどのように「主権在民」との関連において、分かり易く説明できるのか、私なりに考えて投稿させて頂きます。

天皇や神道が日本の伝統文化と深い関係にあることは誰もが認めることでしょう。また、世界中のどの国に於いても国家形成にまつわる神話が存在します。

我が国に於いては皇祖神・天照大神が高天原で神より五穀の種を貰い、それを持って下界に降りられ穀物の実りをもたらしてくれたというものです。

この神話に基づき我が国では稲作が大切にされ、おコメには特別の霊の力が宿っているとされてきました。

大嘗祭の時、古式にのっとり亀の甲羅で占いが行われ、全国の水田で採れた新米が集められました。 天皇はそれを天照大神に献上し自らもそれを食し、その霊力を魂の中にしっかりと身につけることで最高位の天皇陛下の位にお付きになられました。

愛国党の赤尾先生は常々「天皇が偉いのではなく、それを守りとおしてきた日本国民が偉い。」と語っておられました。 日本の農民の血と汗の結晶なくして天皇陛下が最高位につくことはなかったのです。

天皇とは神とはそして我々日本民族(国民)とは一体であり、そこには何らの溝もありません。 それを必死で作り出そうとしているのは左翼であり、偏向マスコミであり、池田教徒に過ぎません。

我々はこれを機にこのような反日勢力に対する徹底した言論戦を 挑みたいと思っています。

19 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/05/20(土) 10:12
>瀬戸弘幸
>日本における神の概念とは自然であり、それを天皇と共に守り通そうとする考えのどこに問題があるのか?

神の概念はともかく、それをなぜ天皇だけに?
日本古来の神って八百万の神神ってーくらいでさ。
神の概念を取り入れるなら、八百万の神神だろ?(笑)
天皇だけにむずびつけ、あたかも一神教のような表現するのはいかがなもの?不自然だし。
それに、森の発言からも離れてるべ。一応やっこさんは仏者とか知ってるならべてるからな奴なりに(笑)

 
21 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/20(土) 20:45
>19さんへ
>神の概念はともかく、それをなぜ天皇だけに?
についての私の考えです。

天皇の存在ははるかまだ日本が統一した国家を形成する前の 原始共同体社会頃から始まったと思います。
共同体における指導者とは絶対的な政治的権力者とは限らず、祭礼のような 特別の儀式に優れた役割を演ずる事が期待されました。

儀礼的なものや宗教的な色彩を強め、普段は必ずしも強く意識されなくとも、 その共同体の中には必要不可欠の存在となります。
共同体の一体感を高め、その共同体の秩序を維持して行く上で重要な地位を 占める事になったのです。

古来にあっては祭祀こそは政治であり、まさに社会生活の中核であったのです。 祭祀に優れた者はしぜんと大衆に仰がれるようになる。
天皇家のご先祖は祭政未分時代における祭祀の卓越した指導者であった。 よって民心の帰するところであり、したがって権力の発するところとなった。 これ即ちしぜんの流れであったということでしょう。

 
37 名前: 保守(のつもり) 投稿日: 2000/05/21(日) 16:29
瀬戸さんね、確かにあなたの言ってることに誤りはないかもしれない。 でもその論理はあなたの頭の中で通じることであって、全ての日本人に通じるわけではない。

俺はこれでも保守のつもりだ。天皇制も支持する。その一方で現代人でもあるんだよ。 世俗的とでも言うのかな、俺たちは象徴天皇制を支持するわけであって、怪しげな神がかり的な要素を付け加えると せっかくの「日本の象徴」として肯定していた天皇制も途端に胡散臭くなってきちゃうんだよ。

確かに日本史をひも解くと、天皇と神の関係は断ち切れないと思う。民俗学的には意義あるかも。 でもそれは前近代的な過去の伝承であって、それを現代人に押しつけるのは無理。 皆が瀬戸さんのことを保守が迷惑するとか誉め殺しだというのはそういうことなの。

瀬戸さんに問いたい。あなたは神格化されていた頃の昭和天皇が 果たして幸せだったと思いますか?神格化が天皇陛下の本意だったと思いますか?

 
41 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/21(日) 17:28
>37保守派のつもりさんへ
象徴天皇を支持するということですが、では象徴とはどのような意味を
持つのでしょうか?天皇が象徴と言うのは米国製憲法の規定ではありますが これは国内法上のことだけであって、国際的な天皇の地位は「元首」として これを認め、外国では事実儀礼空砲でも国家元首として扱われています。

日本国憲法では戦前のこともあって、天皇の政治権力を著しく縮小限定しているので、 象徴とは単なる名目、シンボルのような意味で考えおられる人も多い。

しかし、天皇が日本を代表する元首である事は国際的には今や常識であり、 この事実を我々ははっきりと自覚すべきです。
象徴として定着した天皇制と言われますが、保守派と自任される方がそのような 弱気であっては、反日勢力に付け入る隙を与えてしまいます。

象徴が単なるモノ、つまりは旗に描かれたマークなどではない。 天皇という人格なのです。 人間が作り出した物品とはわけが違うのです。 天皇の象徴というのは、単に目印や標識ではない。

では「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である」という
憲法第一条はどのように理解していけば良いのか。

それには日本の歴史における天皇の存在を考えていくしかない。
つまり、私が主張しているように、それは神とのかかわりを抜きには
絶対に語れないのです。

42 名前: >瀬戸氏 投稿日: 2000/05/21(日) 18:28
>象徴として定着した天皇制と言われますが、保守派と自任される方がそのような 弱気であっては、反日勢力に付け入る隙を与えてしまいます。

全く逆だよ。スキを与えてしまうのはそっちだよ。理由は下に書く。

>それには日本の歴史における天皇の存在を考えていくしかない。
>つまり、私が主張しているように、それは神とのかかわりを抜きには
>絶対に語れないのです。

何度も言うけど我々は日本人であるとともに現代人でもある。 だから天皇制を存続させたかったら、現代の価値観に見合った形で天皇制を確立しなければいけない。 硬直した過去の価値観そのままに拘らず、柔軟に対応していかなきゃ。

言うまでもないと思うけど、日本は国民主権なんだよ!「はじめに天皇ありき」じゃないの。国民の合意あっての天皇なんだよ。 だから極端な話、天皇制を廃止し、共和制に移行することだって可能なんだよ、国民がそれを望めば。

現に天皇制を嫌う人はいる(この掲示板にもいるだろう)。しかし大多数の国民は天皇制を容認している。
それは民主的な象徴天皇制だからだ。もし、あなたが望むように戦前のように天皇を神格化しやら国民はどう反応するか。 大半が拒否反応を示すのは想像に難くない。

あなたの、その民意に反する形で天皇制を論じようとする姿勢が いかに天皇制に対する脅威となっているか、反天皇勢力を勢いづかせているか、分からない? 保守というのはね、何でもかんでも昔のままにする、で済まされるモンじゃないんだよ。

 
44 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/21(日) 19:16
>42さんへ

>だから極端な話、天皇制を廃止し、共和制に移行することだって可能
>なんだよ、国民がそれを望めば

あなたはまるで勘違いをなされておいでだ。
「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は 主権の存する日本国民の総意に基づく」
この総意に基づくをあなたは天皇制廃止や共和制への移行に結び付けている。 またその主張が正しければ天皇を選挙でえらぶことさえ可能だ。

この考えこそはまさに反日勢力の思う壺であり、それこそ天皇の存在を危うくするものに 他ならない。あなたは民主的な象徴天皇というが、それでは単なる飾り物に過ぎなくなってしまう。

確かに戦後の象徴天皇制が定着している、だがそれは常にそのような 脆さの上にたつものであれば、我々の堅固な主張こそその対極になければ ならない。

我々が天皇制に脅威を与えることはない、逆に反天皇制を唱える 者への牽制とはなってきたつもりだ。 空洞化する一方の天皇制を守る最後の砦として、我々極右はその存在感を 示さなければならない。
45 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/21(日) 19:42
>43さんへ
国民主権と言いますが、では天皇の存在をどのように説明できるのでしょうか? 憲法では「天皇」という存在を規定していますが、これは紛れもなく君主という意味です。

君主というとすぐ権力と結び付けたがりますが、権力があれば君主、なければ 君主ではないと決め付けておりますが、それはまったくの誤解によるものです。

君主の本質は権力にあるのではなく、それはその地位にあるのです。
ナチスドイツで如何にヒトラーが最高の権力者であっても、彼はけして天皇陛下のような 君主とは違った。君主とは権力にあらず、それはその地位と身分がその本質にあるのです。

身分などというとまた誤解されそうですが、これが絶対の条件である以上 それに触れないわけには行かない。 又、その身分は特別の人として一般大衆はこれに代わることが出来ない。
つまり、誰でもが天皇になる事はできない、だから「国民の総意に基づく」 などとの文章があってもそれは選挙で選ばれるものではない。

確かに憲法の前文には「主権の存する国民」とある。 これを持って天皇の上に国民があるかのような考えは間違いである。 主権とは天皇と国民が共有すべきものである。 だいたいにおいて我が国の歴史において天皇と国民が主権を争ったこと などない。

47 名前: >45 投稿日: 2000/05/21(日) 20:03
学説上天皇が君主であるか否かは争いのあるところですが、
概ね「君主である」ということになっているようです。
で、それはいいのですが、あなたの文章からは、
「天皇=君主」を基にどんな結論を導きたいのかが見えません。
主権は国民にある。仮に天皇も国民の一員だとすれば、
「天皇と一般の国民は主権を共有している」ということで
差し支えないでしょう。一方、君主に権力があるとは限らない。
一般的な立憲君主国然り・・・はい確かに。 ・・・で?


48 名前: >21 投稿日: 2000/05/21(日) 20:11
久々に読みに来た。 で、瀬戸君は政治が祭祀であったころを懐かしんで何を言いたいんだろうか。
政治って確かに「まつりごと」なんだけど、「政教分離」って考え方が
発生している理由をこの人は分かっているんだろうか。

「神道政治連盟」なんて代物自体が噴飯ものだと思うけどね。
反公明な人はこれをどう思いますか。いやはや困ったもんです。

 
50 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/21(日) 21:18
>47,48さんへ
私は何が言いたいか?今更説明するまでもなく、「日本とは何か?」
「天皇とは何か?」このことを自問自答することによって、我々はこの日本という 国家の持つ天皇と民衆が一体となったダイナミズムを取り戻し、21世紀に向けた 新しい国家の創造を目指すのです。

「このIT革命の時代に未だに天皇制などの古臭い制度に絡め取られている」 などと言った誤解に対して、逆にそのことの素晴らしさを訴えて行くつもりです。

戦前回帰への不安を煽るような左翼プロパガンダに惑わされる事なく、 我々は天皇と民による動態的な関係の中に屹立する、我が国の始原的な 思想に迫り、それを直感的に感受し、新しい国家創造へのエネルギー としたいのです。

51 名前: >50 投稿日: 2000/05/21(日) 21:24
つまり掲示板への書き込みは自問自答のために行っているということですか?
「素晴らしさ」の具体的内容が示されていませんので、あなたのおっしゃる通り、 今のあなたは「素晴らしさ」の内容も含めて「自問自答」の最中なのだろう、と、 考えざるを得ません。

52 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/21(日) 21:32
政教分離についての私からの質問。

政教分離がが民主主義の通念から必然的に生まれてくるという必然的根拠はあるのか?

民主主義国家において、これが普遍的に実施されている事実はあるのか?

民主主義のお手本のように見ている国家、例えば米国、英国は国家の公事から 一切の宗教的行為を排除しているとでも言うのか?

53 名前: 瀬戸弘幸 投稿日: 2000/05/21(日) 21:47
>51さんへ
「素晴らしいもの」についてはこれまで十分述べてきたつもりです。
言いたりないと思ったらまた投稿します。自問自答とは如何にそのような 国家を甦らすかのその方途についてです。

皇位継承に伴う重大な儀式を古来からのしきたりにのっとり、全国の農民が 血と汗の結晶としてつくり上げた新米を神に奉納し、国家の安寧を国民と共に 祈る。
私はそのことを素晴らしいことだと言ったのです。百姓、即ち民の力によって 天皇という存在が守られて来たという歴史的事実です。

 神、天皇、民が一体となった国家、それが日本なのです。

※何回かに分けて掲載します。夜にまたご紹介したいと思います。


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2008年07月09日

拾得物エントリーで考察したこと

拾得物エントリーで考察したこと

性善説と性悪説に見る国民性の違いか


 余りしつこいと嫌われそうですが、昨日のエントリーに予想通りの方が訪れました。
 また、本日朝のエントリーには『2ちゃんねる』などにアンチ勢が酷い書き込みをしているという指摘を受けましたので、久しぶりに見ましたが、こちらは酷いなどという言葉でも言い尽くせない程の罵詈雑言で溢れていました。

 アンチはこのような活動には付きものです。
 何せ創価学会、在日朝鮮人、部落解放同盟などを、これまでコテンパンにやっつけて来た訳ですから、相手も必死で反撃してくるのは当然のことでしょう。

 現在、2ちゃんねるではシナ・中国人の工作員や民主党の選挙対策チームも暗躍しており、これらの人達には多額な資金が与えられていると聞きます。

 そのような連中が仕事として請け負っているとも考えられる訳で、今後、益々中傷や妨害工作が執拗に繰り返されると思います。

 さて、今回の拾得物に関するエントリーについて、面白いことに気がつきました。
 それはアンチ勢力はそろって人間の「性悪説」に立っており、アンチではない普通の人々は「性善説」に立っているということでした。

性善説―人間にはもともと善の端緒がそなわっており、それを発展させれば徳性にまで達することができるとする説

性悪説―人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする説

 アンチの性悪説というのは、人間の心を悪と見なし、その悪からは脱し切れないと思っているようです。

 かつて、日本の住居では若い女性が浴衣姿で鍵を閉めないで夕涼みをしていた光景が絵にも描かれています。
 私は田舎で育ちましたが、戸締まりをしないで寝てしまったということが、小さな頃は度々あったように覚えています。

 昔の日本は非常に安全な暮らしが守られていたように思えます。
 共同体社会が形成され、互いに安心して生活する基盤が確立されていました。つまり、お互いが信頼し合っていたのです。

 これは人間の本質を悪とは見ずに、善なるものと考えていたからでしょう。

 私は20代の後半に東南アジア6ヵ国を取材で回ったことがありましたが、一番驚いたのはそのものものしい住居の戸締まりでした。
 タイなどでは2階住居であっても、窓には鉄格子がはめられドアには二つの鍵が付いていました。それはどの部屋も同じで、それくらい厳重にしないと襲われるというのです。

 東京などでもシナ・中国人のピッキング犯罪が増加するようになってから、マンションの鍵は二つになり監視カメラが24時間作動するようになりました。

  私が拾得物の中身を見たことで、私を犯罪者扱いしている人達は、まさしく性悪説に立った人達です。
 中身を見ることが、悪いことをするという風に結びつけてしまうわけです。このような考えは日本にはなかった思考であり、そのメンタリティーはどうも大陸・半島系と考えてしまいました。

 そのような国民性はおよそ日本人とは異なる考えのように思えてなりません。
 例えば、「何故拾ったものの中身を見たのか?」というコメントがありました。
 「そのまま警察に届けるべきではなかったのか?」というものです。

 このように書いた人は拾得物をそれこそ警察に届けた経験のない人なのでしょう。
 先ず、警察に届けたとしましょう。警察官は「中身を見ましたか?」と聞きます。見ていませんと答えれば「では確認しますから」と言って、拾った人の前で全て確認します。
 
 つまり、中身を見る見ないの論議は意味がありません。
 必ず拾った人は見ることになっているのです。財布を拾った場合「中身を見たらお金があったので届けます」と言ったとき「何故勝手に見たのですか?」などととがめる警察官は一人もいません。

 さて、何故最初に見て確認したかと言えば、それはそれがゴミの山に捨てられていたから、ゴミとして捨てられたものか、どうかの確認をするために見た訳です。
 何故、そのまま警察に届けなかったかについては、お金や貴重品ではなかったので、先ずは本人に確かめようと考えたからであり、それ以外の理由はない。

 ところが、アンチに言わせればそれを勝手に見たから犯罪者というレッテル貼りをしています。このような人達には、事細かく説明をしてあげないとならないようです。
 先ず大手不動産会社に電話をして、どうするか尋ねたところ、中身を見て、どこの営業所のサラリーマンが落としたのかを特定出来ますか―という話し合いの上で見て、人物がいると思われる営業者に届けたのです。

 警察に届けても先ず、このような金銭が入っていない文書などのケースでは前にも経験がありますが、本人が分かるようなものがあったら直接電話をしてみて下さい―とお願いされるのが一般的な扱いなのです。
 
 余りにも世間を知らない人達が、分かったふりをして適当なことを書いている訳ですが、経験のない人がアンチの書き込みを見て、誤解する場合があるといけないので、一応その経緯と私の考えを述べておきます。

 さて、シナ人留学生が落とした財布についても、未だに私に何らかの犯罪の容疑があるかのように書き込んでいる人がおります。

 私はこのシナ人留学生がいる大学に電話を入れ、直接本人に渡すか、もしくはそちらの事務局で預かって本人に渡して下さいと、翌日の朝に大学当局に電話を入れ、本人の氏名・学んでいる学部を連絡したのです。

 しかし、大学側は何故かそれを拒否した。そのシナ人留学生がいるか、どうかの問い合わせに答えなかったのです。そして、どうすれば良いかと尋ねたら、「警察に届けて下さい。直接はお断りをします」という回答でした。

 よって、そのような学生がいるか、どうかに対して疑いを持ったからこそ学生証をコピーしたのです。

 次に警察にそのことを話し、大学に在籍しているか、どうかを言わないので「学生を偽装しているかも知れない。査証を入管に問い合わせして欲しい」旨の要請をしたが、警察が約束出来るのは落とし主に財布を返還することだけであって、その人物が本当に大学に行っているのか、或いは正式なビザを持っているかの確認は出来ないと返答されたのです。

 よって、そのような疑いがあるかも知れないので、学生証、免許証、査証のコピーを取った。

 これが何らかの罪になるなら、どうぞ告発でも告訴でもして下さいという事です。

 犯罪の構成要件として、当然のことながら被害者がいて、被害(損害)が発生していなければなりません。では、このアンチが騒いでいる被害者とは誰なのか? 名前・年齢・住所は判明しているのか?

 更にどのような被害が発生しているというのか?

 私が皆の前で見せびらかしたと言いますが、それは本人が特定されないようにしてお見せしたのです。会場の中で、その人物が誰であるかなど分かる人は一人もいません。拾ってもらって、一言も礼を言わない、そのシナ人の民族性、国民性を知ってもらうために見せたのであって、その個人名を晒すことが目的ではなかったからです。

 つまり、その個人が何らかの犯罪に巻き込まれることも考えられないし、その可能性はゼロなのです。
 勿論、拾い主である私は警察に届けているのですから、本人の氏名・住所・年齢を知っています。
 しかし、だからと言って私が何らかの損害を与える可能性があると考えるのは、まさに性悪説に立った人間の浅はかな考えでしかありません。

 拾得物に関するエントリー一つに、日本人を敵視する国民性と民族性、更にはその人間の内面にあるメンタルな部分を垣間見ることが出来ました。
 アンチ勢力はやはり我々日本人が持っている人間として良心や性善説が理解出来ない人達のようです。

 新風を珍風とか虱(しらみ)と書いて悦に入っているような人達ですから、それは正しく論評にも値しない人間として最低なクズということでしょう。

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2005年12月13日

極右とは何か〜懐かしの2ちゃんねる大論争  (32)

f60ae5a6.jpeg極右とは何か〜2ちゃんねる大論争
「文明の衝突」その


投稿者 三郎 2000 2・21  

 瀬戸先生へ、(10年ほど前になりますが、ご著書を拝読したことがあります)

 ソ連もインドネシアも「帝国」でした。帝国の解体に伴って「戦争」が起きているのだと思います。ソ連の場合、帝国崩壊に伴って起きた紛争は、むしろ想像以上に少なかったのではないでしょうか。

 冷戦の終結は、地域紛争の減少に作用していると思います。冷戦時代の米ソのように、それぞれの陣取りゲームのために世界の片隅の小さな紛争の一方の当事者に武器援助することもなくなってきました。

 ミニ紛争の一方の当事者が、本当は関係ないのに「これはイスラム対キリスト教の戦いだ」などと宣伝して、支持や援助を動員し、紛争を拡大するメカニズムをハンチントンは分析していました。

 コソボ空爆の際は、ロシアがセルビアを支持しました(いずれもキリスト教の東方教会です)。そしてコソボのアルバニア人をイスラム諸国が支持しましたが、最も強力な支援は、キリスト教のウエスタン文明(NATO軍)でした。

 このコソボ紛争におけるNATO軍の空爆事件は、けっして純然たる「文明の衝突」とは言えないと思います。これからも紛争はあると思います。しかし、それが明確な形で「文明の衝突」という性格を持って起きることは少ないと判断しますがどうでしょう?

 大量破壊兵器の拡散防止、通常兵器の貿易制限の拡大、先進国による選択的な援助などもあいまって、全体として地域紛争は今後減っていくと思います。当面は、中華帝国の崩壊が平和裡に進むかどうかです。共産中国の崩壊は東アジアだけでなく、インド、パキスタンの安定と平和のためにもどうしても必要です。

投稿者 瀬戸弘幸  2000 2・21

>三郎さんへ

 これまで6冊ほどの単行本を出版しました。このサイトでも私のことを知っている人が意外に多いのに驚かされています。

 あなたとの主張と世界情勢の分析は大変勉強になります。「文明の衝突」はある種の予言の書であると思っています。私は「文明の衝突」は起きると考えています。このことをこのディスカッションで述べてみたいと思います。

 私は「文明の衝突」を最小限の規模で封じ込めることこそ、我々日本人の果たすべきことではないか、と考えるものです。

投稿者  瀬戸弘幸  2000 2・21

 冷戦後の世界では異なった文明間の対立や紛争が、これまでのイデオロギーの対立軸に代わるという「文明の衝突」論は、最近のコソボやインドネシアの流血の惨事を見るにつけ、その指摘の正しさを証明しているように思える。

 その中で我々日本人の最大の関心事は独自の文明を持つとされた我が日本の行く末であろう。言ってみれば「日本文明」が、この文明間の抗争の中で、どれだけ独自性を失わずに生き延びることが出来るかであろう。

 日本の独自文明とは何か。日本が世界に対して果たすべき役割とは何か。

 その辺りを皆さんと討論していければと思っています。

※この後、このスレッドでは、残念ながら議論が横道に行ってしまい、肝心の「文明の衝突」については、活発な議論の展開は見られなかった。しかし、私はこの「文明の衝突」が現代社会に突きつけた課題を我々は何一つ克服し得ていないと感じているものです。克服するどころか、その危険性は益々高まりつつあるのではないでしょうか。

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