2010年10月28日

【農本主義】 20年ぶりに甦った農地

【農本主義】 20年ぶりに甦った農地

 荒廃した耕作放棄地の再生を図る。

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 先ずは以前のエントリーを紹介しましょう。

せと弘幸Blog『日本よ何処へ』:雇用創出に農業ボランティアの活用を!

 全国における耕作放棄面積は21万ヘクタールになり、これは全耕作面積の約5%にも及びます。この活用が前回提案した休耕水田の利用に次ぐ、日本農業再生の鍵となります。

 この耕作放棄土地の再生は容易ではありません。実は私の住む福島県は残念ながら、この耕作放置面積ではワーストワンなのです。これは福島県の農家が怠けているからではありません。

 例えば、コメ栽培に限って言えば、過剰作付け面積というものがあります。減反をしないでコメ栽培を行なっているという面積という意味です。これに関して言うなれば、1位は福島県、2位は千葉県、3位は茨城県、4位は新潟県になります。

 では何故、福島県は耕作を放棄してしまった面積が多いのか? 考えられるのは山間部は養蚕(ようさん)の産地で桑畑が多かったが、現在養蚕はまったくと言って良いほどに壊滅してしまった。

 葉タバコの栽培も盛んでしたが、これは重労働であり、やる人が減少していることなども挙げられるでしょう。

以上

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 今回取り組んだ土地は20年以上に渡って放置された農地でした。しのだけ(篠竹)や野薔薇(のばら)がびっちりと生い茂っていました。各種のつる類も沢山生えていました。先ずは草刈機でこのような雑草を切ることから始めました。

 草刈機の歯が飛んでしまうほどに、太い野薔薇の茎やつるを切るのに大変苦労しました。この仕事だけでも午前中を費やしてしまいました。
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 昔桑畑だった名残りなのか、桑の木がまだあちこちにあります。その桑の根をバックホーンで掘り起こし、雑草の根が張った部分を削いでいきます。そうすると下から20年ぶりに肥沃(ひよく)な土が姿を現しました。

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 その土をトラクターで耕して、20年ぶりに作物を植えることの出来る農地が完成しました。今回借りることになった土地は摺上川(すりかみがわ)の近くにある砂地地帯です。

 相続税を納めなければならないので、これまでの農地を売らなければならなくなりました。リンゴ畑を売るわけにはいかないので、水田と野菜畑を手放しました。

 その代わりにこの野菜を植える畑を借りたというわけです。今日午前中は牛糞を畑に撒きました。来月には玉葱の苗を植える計画です。

 ジャガイモ、人参なども栽培し、玉葱・じゃが芋・人参などをセットで販売しようかとも考えています。野菜栽培は家庭で食べる程度しかやったことがないので、これから猛勉強しなければと思っています。

 さて、何よりも嬉しいのは家庭の主婦達が中心となって、この私の耕作放棄地を再生する仕事を手伝いたいと申し出られていることです。私より家庭の主婦のほうが熱心でした。

 自分一人だけでは絶対に出来ません。地域の主婦達が暇な時間を活用して新しい農産物の生産に関わるという、私にとってはとても力強いパートナーの出現です。

 是非、来年は家庭の主婦の皆様と一緒に育てた農産物を皆様にお届けしたいと思います。

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 尚、この商品に関しては食品衛生法の適用があります。その責任はJA新ふくしまにあります。全ての商品にはそれを表示するラベルが裏に貼られていますので、それでご確認下さい。

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2010年10月10日

【農本】シリーズ開始・基本から学ぶ

【農本】シリーズ開始・基本から学ぶ

 植物の偉大さ・光合成と農業の基本

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 昨夜のテレビ番組を見ていて一瞬だが驚いたことがあった。

 「飛び出せ科学くん・絶叫アニマル大図鑑2」という番組です。この中で他では絶対見られない、幻の珍動物ということで、パラオのクラゲが紹介されていた。

 大昔は海だったがその後海底が隆起して、陸地部分に取り残された湖の中で進化を遂げたクラゲですが、独自の進化として紹介されたのは二点でした。
 先ずは敵が存在しないために、毒がなくなってしまったこと。

 第二点目は湖には餌がないので、500万匹からのクラゲが太陽光線の当たる場所に集まって太陽光線を餌にしていること。

 この2点目の太陽光線を餌にしているとの最初の紹介には、これまでの自分の常識が崩れたのかと、一瞬思わず目を見開いて画面を見つめてしまいました。

 生物学的には人間をはじめ動物は自分で自分が生きていける材料を作れない。このような生物を「従属栄養生物」とも呼ばれています。対して植物は栄養を他に従属しないで自分の身体の中で作れるので「独立栄養生物」と呼ばれています。

 動物は植物を食べなければ生きてはいけません。或いは植物を食べる動物を食べなければ生きていけない。ところが、テレビでクラゲが太陽光線で生きていると言ったのでビックリした訳です。

 何故、植物が他の生物を食べずとも生きていけるかは、光合成という優れた能力を持つからです。「太陽の光」「水」「二酸化炭素」があれば、そこから「ブドウ糖」を自分で合成できます。

 このクラゲはその後の解説で、体内に光合成を合成する植物プランクトンを進化の過程で埋め込んでしまったと説明されました。一瞬驚いたがこれで納得しました。

 「太陽の光」「水」「二酸化炭素」があれば光合成によって「ブドウ糖」を合成すると書きました。よって土はいらないのかと言えば、そうではなく土の中には各種のミネラルが含まれています。

 カルシウム・ナトリウム・カリウム・マグネシウム・燐(りん)・硫黄・鉄などの無機塩類ですが、ごく少量で植物の生理機能に重要な作用をする。「ブドウ糖」とそれらを一緒にしてアミノ酸をはじめとする様々な物質を作り出しています。

※水耕栽培とは土を使いませんが、与える水の中にこのようなミネラルが加えられているということです。水耕栽培に関しては否定はしませんが、私自身としては全面的な肯定はしないので、これは後日書きます。

 人間の身体に必要な殆どの材料は植物から採ることが出来るわけです。だから人間は植物を育てるということが非常に大切であり、正に生きていく基本的な営みとなるものです。

 人間は身体を形成する細胞を生み出すために植物を摂取するだけではなく、その細胞を維持するためにも植物を食べなければなりません。維持するためにはエネルギーが必要ですが、そのエネルギーも我々は植物から得ているわけです。

 農業を営むには先ず以って「太陽の光」と「水」の確保は欠かせません。「二酸化炭素」はどこにもありますから、それほど考えることはないでしょう。

 これは新・極右評論で紹介されたものです。

 
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写真:BLOG日本よ何処へ瀬戸弘幸主宰は農本主義に基づいて農業の再生を目指す
過日、農地開拓計画のため地方の候補地を視察
詳細なプランはいずれ同ブログにて公表されるものと思われる
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 福島県では遠すぎて行けないので、近くに農場を作りませんか−との声が主に東京在住者より相次いだので、埼玉県の山沿いの耕作を放棄して、現在は荒地になっている遊休地を見学してきました。

 私がこの時に若い人達に言ったのは、場所を選ぶに際して大切なことは2点あると教えました。

 先ず、太陽の光が当たるということです。日陰になるような土地では植物は育ちません。次に水の確保です。近くに川が流れ常に水が流れていなければなりません。その理由とはそれが植物の栽培には必要不可欠だからなのです。

 本日の「講義」はこれで終わります。

 
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2010年08月17日

右翼とは何か?


【連載】 右翼とは何か?

 保守との違いというか、相似性を論じる

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 九段下交差点付近で左翼を迎え撃った多くの若者は、『在日特権を許さない市民の会』の会員であり、その立場は保守的志向の人達でした。また、道路を隔てた向かい側にはチャンネル桜が主催したデモ隊の人たちが陣取った。

 どちらかと言えば年配者が多かったと思いますが、こちらも日本会議などにも所属する日本の代表的保守派の人達です。しかし、そのような人達ばかりではなかった。

 若者の中には右翼志向の人も見られた。新攘夷運動を掲げる排害社などは今年初登場となったが、その立場は明らかに右翼と言える。

 そこで今回は保守とか右翼とかという、言葉について若干整理しておきたいと思います。また新右翼という立場で我々を批判する人達の存在もある訳ですから、一概に右翼同士だからと言って全てが仲間でもない。

 右翼同士と言われても対立し、逆に保守派と連携している現在の我々の立場についても、何がどう違ってそのようになっているかについても今後説明したい。

 保守と右翼に対して完全に敵対する勢力が左翼です。この左翼という言葉の発祥は、フランス革命後の議会において、議長の左側の席を急進派のジャコバンが占め、対して右側の席を保守派が占めたことに起因する。

 その後マルクス主義者が左翼と言われるようになり、その左翼に対立する民族主義、国家主義者が右翼と呼ばれるようになった。

 マルクス主義は階級闘争による世界革命を唱えた。その為に民族や国家を否定したので、当然のごとく民族主義者、国家主義者は右翼として左翼と激しく対立したが、同時にこの国家の枠組み、民族の存続を守ろうとしたのは保守主義者である。

 よって、右翼と保守とは殆ど同じ考えであり、ほぼ同義語と呼ばれた時代もあり、私も保守と右派の考え方については違いはないという立場です。

 近年、保守派の中にはリベラル保守とか、或いは左翼崩れの市民主義なるものも幅を利かせていますが、そのようなものと比べれば、真保守主義と右翼は全く同じではないが、思想的な面だけを捉えれば極めて同質性が高いと見ます。

 右翼とは何か?−については、思想的な右翼を語るものであって、その運動形態を論じてはいません。よって保守派と右翼は水と油という指摘があるのは承知していますが、そのように今回はご理解下さい。

 今回は保守を論じるのではなく、主に右翼思想を論じていきます。右翼思想と言っても右翼の場合、その思想とは究極的には論理ではない。

 私は常々そのように考えてきた人間です。確固たる定義や方式にこだわることではなく、その形態も様々ですが、言えることはやはりその民族が持っている生き様を貫くことではないか。

 エトスという言葉があります。その意味は次のようなものです。

ある社会集団・民族を支配する倫理的な心的態度。

 右翼思想家とは思想を言葉で語るだけではなく、自らの行動によって示していかねばならない。つまり、己の生き様そのものによってそれを証明していけば良い。

 歴史上の右翼思想家と呼ばれた人達の生き様は壮絶でした。それはやはり右翼思想家は皆それを知っており、自らその道を選んだのだと思います。
 
 戦後においては三島由紀夫先生の自決、人間の死に美学があることを教えられた。戦前においても死と隣合わせの中で、そのギリギリの極限の中で右翼思想家は語りかけた。北一輝の生き様などを見てもそれは明らかです。

 また、右翼思想と言った場合、取り上げたいのはこの生き様と密接に関係することですが、ロマン(浪漫)という言葉ではないでしょうか?

 変革者の心の中には、このロマン主義がなければ死生観を語れない。左翼はリアリズムであり現実志向が強い。対して右翼は多くがロマンチストです。

 例えばご批判があるかも知れないが、天皇崇拝というのも私にとっては信仰だけではなくそれは浪漫主義とも思っています。遥か悠久の歴史の中に身をおいて、そこに夢を馳せることの出来るロマンチシズムでもあります。

 人は浪漫に殉ずる熱烈なる愛国心を育むことが出来る。だからこそ「天皇陛下の為に命を捧げる」という行為もまたそこには何らの偽善性もなく語れるのだと思います。

 その代表的な人物を挙げよと言われれば、私は迷わず影山正治氏を挙げます。右翼活動家とは優れた思想家でもなければならない。その為に学ぶべきことはその先輩達の生き様であると思います。

 このシリーズは続きます。

 最後に8月15日の最大の感動シーンは、何と言っても九段下に集まった若者の多くが、国歌斉唱の後に自然発生的に「天皇陛下万歳」を全員で三唱したことでした。

 九段下で1200名からの人々が一斉に天皇陛下万歳と唱えた、その心情こそ保守派・右翼民族派の区別なく、日本人として同時代に生を受け、生き続ける日本民族としての同一性でした。

 日本人として最高の一瞬であり、自然と涙がこぼれてしまいました。誰にも気づかれまいと涙を手で拭いてしまった、その行為にまだまだ自分の覚悟のなさを恥じた時でもあったのです。

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2010年07月23日

資本主義と国家社会主義


 資本主義と国家社会主義

 米国・オバマ大統領が金融規制案に署名

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 名古屋での討論会の後、懇親会の席上で、ある参加者から質問を受けた。

「国家社会主義って何でしょうか? 私は証券会社に勤めているので、資本主義のことは何でも分かるが、国家社会主義だけは理解出来ない」

 この参加者は国家社会主義論者を資本主義に敵対するマルクス社会主義者と同じように見ていた。資本主義の転覆を目指す左翼と同列に見られてしまった訳ですが、この時酒の席でしたので簡単に説明させて頂いた。

 国家社会主義者とは資本主義を絶対に正しいものとは考えていない。資本主義は時には暴走し、国家を破滅へと導く可能性だってある。

 よって、そのような資本の暴走を常に監視し、時には資本の横暴を政治的な手段を行使して規制を加える。それは国家・社会の秩序ある発展を考えた時には認められるものであり、その必要性は現代社会においても何ら変わらない。

 そのような説明をさせて頂きましたが、それが現実に米国において行なわれました。
 1930年代のあの世界的な金融恐慌以来初めてと言われる金融資本に対する大規模な規制強化案が米国で成立しました。

 asahi.com(朝日新聞社):米上院が金融規制改革法案を可決、来週に ...

[ワシントン 15日 ロイター] 米上院本会議は15日、金融規制改革法案を60対39の賛成多数で可決した。法案オバマ大統領に送付され、大統領の署名を経て成立する。 ホワイトハウスは、来週 ... 米上院が金融規制改革法案を可決、オバマ大統領が署名へ ...

7月21日、オバマ大統領(右)が金融規制改革法案に署名し、同法が成立した。 ... [ワシントン 21日 ロイター] オバマ大統領は21日、金融規制改革法案に署名し、同法は成立した。 ... オバマ大統領金融規制改革法案に署名(ウォール ...

 この規制法案の狙いはズバリ、金融市場を規制し投機を縮小させることにあると思います。自由な市場経済を基本としてきた米国において、このような法案が成立したことを高く評価したい。

 また、このことによって歴史的に過去の遺物とされた国家社会主義の理念が決して間違っていないことが証明された点も良かったと思います。

 ただし、日本においてはこのオバマ政権が進めた一連の経済政策を批判的に捉える人たちがいることも事実です。これで日米などの株式市場が一気に冷え込んで、更に不況が深刻化するのではないかという主張です。

 資本主義絶対論者にしてみれば、資本(富)を敵対する考えが根底にあるから、このような規制という手法を用いるのであって、それは自由な経済活動を阻害するので許されないという考えです。

 しかし、世界的な金融不安の原因を突き止め、それに対応することは、未来の世代に対して責任を負うということです。つまり政治とはそのようなものであるからこそ、その機会を逃してはならないということでしょう。

 自由経済主義は絶対ではない。それが破滅的な道を選択しないように、常に監視していかねばならない。危機を放置することこそ無責任であり危険なことなのです。

 但し実現性を疑問視したり懐疑的に見ている人も多いのは事実です。しかし、1980年のレーガン政権以来の米国社会における<新自由主義経済>がこれで30年ぶりに転換されることになったことだけは確実です。

 資本主義社会が続く限り、その是正・修正を国家の名において求める国家社会主義の理念と行動は、戦前戦後を通して一貫しており、それは時代の変遷と共に形を変えるが本質は何ら変わらないと信じるものです。


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2010年04月29日

自分の昭和史(2)

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 自分の昭和史(2)

 18歳から29歳頃までの時代

 私は高校を卒業後直ぐ農業従事者となった。普通であれば就職などで環境が変わって大変なのでしょうが、私の場合などは実家の農業を手伝うだけですから気楽なものでした。

 相変わらずのバイク好きで泊まりがけで遠くまで行くのが唯一の趣味のようなものでしたが、この頃から車の免許も取ったので今度は車を乗り回していた。

 この年、昭和45年(1970)の11月25日に三島由紀夫先生の事件が起きました。この時私はミッパの葉を川で洗って出荷する作業をしていた。当時の楽しみと言えば農作業中にラジオを聴くことぐらいでつけっぱなしでした。

 そこに飛び込んできたニュースでしたが、その時は余り衝撃は受けなかったが、翌日の朝刊には切腹した時に切り落とされたと思われる頭が映る写真が掲載されていた。

 何か胸騒ぎがしたことを今でも覚えています。その翌年にはもう農業を諦めてどこかに就職することにした。その理由は市街化区域に指定され、いずれ住宅開発地域になるので税金も高くなって農業をやれなくなるということで親父にも就職を奨められたからです。

 当時は何処でも働くことは出来ましたが、市役所のバイトがあったのでそこに応募して翌年には正式に公務員の試験を受けて合格し、市の職員となった。

 ここからが私の政治活動の始まりでした。本来なら公務員になれば政治活動は出来なくなります。しかし、それが逆になったのは危機感を抱いたからでした。

 公務員の職場は当時『社会主義協会』という社会党を支持する最左派の革命集団によって支配され、日本を如何に社会主義国にするために革命を起こすかが真剣に論じられていた。

 私は学生時代にヒトラーの英雄伝を読んでいたせいか、左翼マルクス主義者が大嫌いでした。こんな連中に日本の社会を牛耳られてはいけない。その時に心の底から彼らへの恐怖心と憎しみを感じた。

 もういても立ってもいられない毎日でした。本を買い漁り読み始めました。左翼は暴力革命路線を隠して議会制民主主義などと言っていたが、最終的には必ず暴力革命を訴えてくると思った。だからそれを阻止するには暴力を肯定する政治運動でしか対抗できないと思ったのも事実です。

 早速『ヒトラーナチス研究会』を自分一人で結成し、電柱にビラ貼りを深夜始めました。この頃はもし見つかって逮捕されたら大変ですので深夜か朝の4時頃にやりました。

 当時はガリ版刷りです。ペンキが手につくと落ちなくて苦労しました。今のように手軽にビラが作れる時代ではないので、本当に時間もかかりました。

 正直言ってほとんどビラを見て連絡を寄越す人はいなかった。しかし、ほんの数人ではあったが同志と呼ばれるような若者が集まった。私と同じ年代でした。ところが一人だけ年配者から連絡があった。

 非常に貧しい生活をしている人だった。もう何時壊れてもおかしくないあばら屋に夫婦で住んでいるご老人で、戦前は憲兵をしていたという方だった。実はこの方が歴史に非常に詳しく、また戦前の反ユダヤ運動にも参加しており、その道でも知られた人のようでした。

 この頃「ヒトラーの闘争」という本を書いた長沼博明という方に会いに行きました。この方とお会いしてから『日本学生会議』という団体から機関紙などが届くようになってより政治思想運動に興味を惹かれていった。

 この長沼先生に関して以前ネットで書いていたら、その身内の方から連絡を受けたことがあります。もうお亡くなりになっていました。膨大なヒトラー関連の資料は水害事故かで消失されたと記憶しています。

 私は自民党にもこの頃出入りしていました。当時自民党には各県連には駐在員という方がいた。大学を出たばかりの優秀な方で面倒を見てもらいました。

 当時は田中角栄が総理大臣の時で、列島改造ブームなどと称して非常に景気の良い時代だった。この頃の参院選挙で私は自民党の選挙手伝いもしていた。

 この昭和49年(1974)の参院選挙で糸山英太郎という実業家が全国区に出馬、私はこの人物の選挙を応援することにした。そのご縁で初めて右翼団体を知った。22歳の時でした。

 この右翼団体は『民族思想研究会』という団体で、この会の代表者の篠原節(たかし)氏が実はヒトラーの信奉者だった。運命の悪戯かも知れません。私は会ったその日に会員となりました。

 この団体は福島である程度拡大したが、問題を起こして撤退しました。残された一部の会員を私が引き継ぎ『憂国青年同志会』として新たに始めたのが24歳の時でした。

 この後、25歳の時に暴力事件を起こして逮捕され、懲戒免職となってその後は東京に出た。一時でしたが右翼活動からは離れて都内のどや街で過ごすことになりました。

 実は逮捕されて拘留されていた時に、ペンを持つ魅力に取り憑かれ、そのような働き口がないのか、大都市ならあるだろうという軽い気持ちでやって来たのです。

 しかし、たいした仕事に就くことは出来なかった。風俗系の雑誌のライターや総会屋が出版する雑誌に原稿を書く仕事くらいしかなかった。仕方なく福島に戻り福島県内の出版社に顔を出して、そこで原稿を書かせてもらうことになりました。

 ところが人生というものは実に不思議なもので地元福島でミニコミ新聞をやらないかという誘いをある方から受けて、その方に連れられてまた東京に行くことになりました。丁度27歳の終わりの頃だったと思います。

せと弘幸Blog『日本よ何処へ』:故三田和夫・読売OB記者魂

 右翼活動をまた再開したのは29歳になってからでした。この続きはまた後ほど書かせて頂きます。

☆街頭行動のお知らせ

健全な国民社会を実現する運動主催

「5月1日は共産党の日ではない!街頭活動」

 『健全な国民社会を実現する運動』で、5月1日に川崎市の稲毛公園で街頭活動を予定しています。5月1日はメーデーですが、これは本来労働者運動の記念日であり、特定の政治勢力の日ではありません。そして、何より左派政治勢力の傀儡労働運動は、全く労働者のためにならない。だから、あえてこの日に街頭活動を実施します。

場所:川崎市川崎区宮元町7 稲毛公園

日時:5月1日(土)午後3時〜(主催者は30分前に公園到着:清掃奉仕予定)

主催:健全な国民社会を実現する運動(代表:中村 090−6109−0712)

【稲毛公園は川崎区役所の正面です】
http://www.city.kawasaki.jp/61/61kawasakiku/annai/img/kuyakusyo.gif

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お知らせ リンゴジュースとジャムの販売について
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