先生にはそれぞれの掟がある。例えば、
初級部屋・シンディー先生の頭は触ってはいけない。
マレーシア出身なのでそれは大変失礼にあたるらしい。
初級会話部屋・バーバラ先生が愛するサッカーチーム、
トッテナムをけなしてはいけない。熱狂的なので、
昨日負けちゃったねとか言われると、立場を忘れ取り乱すらしい。
中級部屋・フーリガン先生の授業は1日たりとも休んではいけない。
休んだ者は次の日、いちいち叫ばれガンガン床を鳴らされる。
我々生徒は各教師の掟を暗黙に理解し従う。
それが秘密を明かすことになっても。
フーリガン先生が休んだ代わりに、
中級会話部屋・ヘレン先生が来たので、私はニット帽子を取った。
彼女の掟は、マナーを重んじる事で、
授業中の私語や帽子などを禁ずる、保守派の硬派先生だからだ。
しかし、会話クラスを受講していなかったため、
これが初ヘレン授業となったヒーヤンは戸惑いを隠せない。
「ヒーヤン。申し訳ないけど、
私の授業の時は帽子を取ってください。」
なんでですか?と、ヒーヤン。
「イギリスでは、それはとても失礼な事なのよ。ヒーヤン。
特別な理由がなければ、帽子はとりましょうね。」
内心、私はどきどきしていた。
ヒーヤンと会って以来、彼が帽子を取ったところを見たことがない。
恐らくクラスのみんなも、漠然とその理由を察していた。
しかし彼は帽子に手をかけ、清々しく言い放った。
「OK!わかったよ。」
ええ!!ちょちょちょ、どうするんだよ!
もし、、もしあれがなかったら、どうするんだよ!ヘレン先生!!
そんな心の叫びも、厳格なイギリスマナーの前には無力で、
秘められし、封ぜられしヒーヤンの頭部は、
各国から集まった12人の熱い視線が一点に集まる中、
帽子の下で、教室の光に照らされるのを待ち、
また僕らも、もしもの突発性の反射光に備えていた。
日の出は正月だけでいい。
御来光は富士山だけでいい。
こんなイギリスの、ましてやアジアの歴史を語り合えた、
友人の頭でなんて見たくはない。
本人の手により、いよいよ上昇を始めたヒーヤン帽子。
固唾を飲み込み、僕らはその行く末に身をゆだねる。
まず側頭部は無事、健康的な黒線で覆われていた。
くせっ毛なのか、毛先が八方にカールしている。
だが、なんにしても今はあることが重要だ。
どうか、、、どうか、そのまま頂に向かって、
しかるべき黒で染まっている事を切に願うだけだ。
そしてついに、主を失った帽子が頭上に掲げられ、
ヘレン先生が
「OK、ヒーヤン。グッドヘアーよ。」
と掛け声をあげたのは、同時だった、、、
「ああ俺、天然パーマ凄いでしょ?
めんどくさいから韓国でも、いつも帽子だぜ。」
イエッツPUBで、ふっさふさな頭を掻くヒーヤン。
あんた、まぎらわしいよ、、、