2階建のバスに、私と2人の男が乗り込んだ。
終点ヒースロー空港まで約1時間の長旅だ。
週末くらいは遅くまで寝ていたいのだろうが、
有難い事に彼らは見送ると言い放った。
最後くらいは晴れれば良いのに、
窓から見える、ロンドンの空は見飽きた天候だ。
どんよりして膜がかかったようでスッキリしない。
去り行く街の上空は、今の心中とよく合う。
口数も降りそうで降らない天気に合ってしまう。
隣に座るNOVには何を言えば良いのだろう。
前方に座るメキシカンには何をしてやれるのだろう。
いつものように深くかぶった帽子からは、表情が覗えない。
空港に着いても淡々と時間は過ぎていった。
時計は、出発時刻に向けて刻むだけの存在で、
昼のサンドイッチは、空腹を満たすだけの食材で、
僕らは同時に出発ゲートに着いた、ただの他人で、
私は彼らの目を見る事が出来ない自閉な生き物だった。
時間だ。
握手を求める日本人の手が視界に飛び込む。
そうだ、、、彼の名はNOV。
ロンドンの最初の友人で、いつだって穏やかで、
どんなときも落ち着き払い、一度も彼に腹を立てたことが無い。
彼の手のひらを通じて、湧き上がるように蘇る記憶。
浅黒い男も手を差し出す。
そうだ、、、彼はメキシカン。
いつでもおおらかで、とぼけてるが勉強はまじめで、
弁護士を目指す尊敬すべき、私の最初の外人の友人だ。
出会いはまだ僕らが初級クラスで、
お互い何を言っているか分からず困ったけど、
今では、国籍や言葉を超えて、
沢山のことを理解しあえた気がするよ。
私は彼の帽子を取り、ロンドンで肌身離さなかった、
一番のお気に入りを代わりに乗せた。
憂いの顔に乗る、僕のニット帽子。
お気に入りの物まで会えなくなるのは寂しいが、
私の記憶が彼の頭で生き続けるのならば良いさ。
メキシカンも意味を察したのか、まばたきが早くなり、
それを見ていたNOVも、堪える私も蝶のように沢山まばたく。
出発ゲートは、僕らを引き裂く残酷な門。
見えない壁が彼らを塞き止め、出発時刻が僕を押し込める。
NOV。お前は俺なんかよりずっと英語できるのだから、
これからはもっと積極的に喋って、沢山友達作るんだぞ、、、
そして一年後に、また日本で会おう。約束だ。
メキシカンよ、いつも共にいたメキシカンよ、
もう、会えないのだろうか、、、
でもまた、いつか、、、そう信じよう。そう忘れないでいよう。
いつか言ったよな?一年後も忘れるはずがないって。
たまにその帽子を見て、思い出してくれよな、、、
彼の深い頷きを見たのを最後に、
別れのゲートをくぐった、、、、、
、、、背中に強い視線を感じ、
もう一度振り返ると、まだ手を振っている無垢なメキシカン。
もういいよ、、、もういいのに、、、、ありがとう、、、、、
ニット帽子の、哀愁を帯びた顔にそうつぶやき、
二度と会えぬであろう、その姿を脳裏に焼き付け、
熱く、悲しい目線を、、ゆっくりと、、、切った、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、