THE ANOTHER SIDE

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イギリス・ロンドン留学記

もしも英語が話せたら、一体何が変わるのか

No.78 memory

May.08.pm

2階建のバスに、私と2人の男が乗り込んだ。
終点ヒースロー空港まで約1時間の長旅だ。
週末くらいは遅くまで寝ていたいのだろうが、
有難い事に彼らは見送ると言い放った。

最後くらいは晴れれば良いのに、
窓から見える、ロンドンの空は見飽きた天候だ。
どんよりして膜がかかったようでスッキリしない。
去り行く街の上空は、今の心中とよく合う。

口数も降りそうで降らない天気に合ってしまう。
隣に座るNOVには何を言えば良いのだろう。
前方に座るメキシカンには何をしてやれるのだろう。
いつものように深くかぶった帽子からは、表情が覗えない。

空港に着いても淡々と時間は過ぎていった。
時計は、出発時刻に向けて刻むだけの存在で、
昼のサンドイッチは、空腹を満たすだけの食材で、
僕らは同時に出発ゲートに着いた、ただの他人で、
私は彼らの目を見る事が出来ない自閉な生き物だった。

時間だ。
握手を求める日本人の手が視界に飛び込む。
そうだ、、、彼の名はNOV。
ロンドンの最初の友人で、いつだって穏やかで、
どんなときも落ち着き払い、一度も彼に腹を立てたことが無い。
彼の手のひらを通じて、湧き上がるように蘇る記憶。

浅黒い男も手を差し出す。
そうだ、、、彼はメキシカン。
いつでもおおらかで、とぼけてるが勉強はまじめで、
弁護士を目指す尊敬すべき、私の最初の外人の友人だ。
出会いはまだ僕らが初級クラスで、
お互い何を言っているか分からず困ったけど、
今では、国籍や言葉を超えて、
沢山のことを理解しあえた気がするよ。

私は彼の帽子を取り、ロンドンで肌身離さなかった、
一番のお気に入りを代わりに乗せた。
憂いの顔に乗る、僕のニット帽子。
お気に入りの物まで会えなくなるのは寂しいが、
私の記憶が彼の頭で生き続けるのならば良いさ。
メキシカンも意味を察したのか、まばたきが早くなり、
それを見ていたNOVも、堪える私も蝶のように沢山まばたく。

出発ゲートは、僕らを引き裂く残酷な門。
見えない壁が彼らを塞き止め、出発時刻が僕を押し込める。

NOV。お前は俺なんかよりずっと英語できるのだから、
これからはもっと積極的に喋って、沢山友達作るんだぞ、、、
そして一年後に、また日本で会おう。約束だ。
メキシカンよ、いつも共にいたメキシカンよ、
もう、会えないのだろうか、、、
でもまた、いつか、、、そう信じよう。そう忘れないでいよう。
いつか言ったよな?一年後も忘れるはずがないって。
たまにその帽子を見て、思い出してくれよな、、、
彼の深い頷きを見たのを最後に、
別れのゲートをくぐった、、、、、


、、、背中に強い視線を感じ、
もう一度振り返ると、まだ手を振っている無垢なメキシカン。
もういいよ、、、もういいのに、、、、ありがとう、、、、、
ニット帽子の、哀愁を帯びた顔にそうつぶやき、
二度と会えぬであろう、その姿を脳裏に焼き付け、
熱く、悲しい目線を、、ゆっくりと、、、切った、、、、

、、、、、、、、、、、、、、、、