ショボンヌのナチュラルシステム(´・ω・`)

アクアリウム、特にナチュラルシステム、リフジウムを考える(´・ω・`)加えてキャスティング練習記も・・・

THE END

さて、突然ではありますがこのブログも閉鎖ガラガラ〜いたします。

理由は
1アクアリウム関係の書くネタがない
2ブログの方向性がめちゃくちゃになっている
3我が人生に吉報無し故に気力が湧かない

以上であります。
まあ3が最大かな?

ブログ活動?は、また別の場所で続けていきますが
ここで書いている内容とは如何せん異なる方向性になるので
リンクなどは張りません。

またこの電子網のどこかで出会えればその時はよろしくお願いします。


以上です(´・ω・`)

アクアももう終わり、か

最近のアクア業界も活気がない。

ショップも増えない、アクア人口も増えない。


糞行政のばかげた規制ばかりがかかって、
ろくな魚が入ってこない。



ここまでは今までにもよく言ってた話。
それに加えて、魚を飼うということの楽しさみたいなものが
自分自身良く分からなくなってきた。

私は今いくつかの魚を飼っているが、かつてのように
大々的にではない。多くのアクア用品は処分したし、
今あるのは水槽とライトと投げ込みフィルターくらい。
ヒーター・クーラーはあるけど使っていない。

なんだか分からなくなってきたんですわ。
魚を水槽に閉じ込めておくことの意義が。

だから私はどんどんアクアから離れて行っている。
まあ、これは私の個人的な話だから、無視してください。

最近久しぶりにアクア雑誌を見たが、この業界、
変わっているようで変わっていない。

なんだか眉唾ものの定番水質調整剤が未だにでかでかと
広告を出してるし、かと思えば見たことないブランドの
しかし結局は眉唾もののろ材なんかが載ってたり。
いつのまにかニッソーは陰をひそめ、五味商事?
ファイブプラン?いやいや、GEXだったね、そうそう、
GEXが完全に市場シェアを拡大してたり。
アマノは相変わらず、しかしちょっとブランド力は落ちたのかな?
do aquaとかで安物も扱ってるみたい。

うーん、やっぱり狭いままなのね、このアクア業界は。

まあ、考えてもみれば、このアクアって趣味は
典型的な保守的サラリーマン家庭とかでないと維持できないんだな。

・定期的な水替え、餌やりなどで長期外出は無理
・規則正しい生活でないと魚を見てるひまもない
・大規模な水槽になれば賃貸や借家では無理、ベストは一戸建て
・維持費などコストは結構掛かるのでそれなりな経済的余裕がいる
・引っ越しで全てがパー。

だから転勤のない、お堅い企業なんかで定時に出社、定時に帰宅、
なんて人に理想的な趣味であって、そういう人種が減りつつある
現代には向かないのかな。

バブル期にちょっとしたブームが来たけど、あれは経済的余裕としっかりした住宅と言う条件ができたからだよな。
しかしきちんと魚を見ていた人がどれだけいただろう?

正直、犬猫と違って魚は動きも少ないし餌やりの時くらいしか
愉しみは無いのである。持ち運びも無理だし、所詮は置物に
近いのである。そんなものを大金かけてでもやろうっていう人が
なかなか出てこないのは自然かもしれない。

ミニチュア水槽が少し普及しつつあるような話もあるが、
これはアクアの置物化を推進するだけだと思う。
多分すぐに飽きて終わり。大掛かりな装置がない分すぐに
コケだらけ。崩壊早し。

魚のだいご味って、やはり最低90〜120cm以上の
水槽でゆったりと群泳させたりすることじゃないかな?

動きがないと、見ていて飽きるのは当然。
ミニチュア水槽だと魚は定位せざるを得ない。
最初は「ああ、こんな模様なのか、きれいだな」と魚そのもの
で楽しめるが、数日もすれば飽きる。
大きな水槽で泳がせれば、魚は色々な動きをするから
楽しめるけど、小型水槽ではそれが出ない。

結局、ミニチュア水槽は入門用ならぬ、門前払い用に
なっている気がするね。アクアの真価は大型水槽でこそ
発揮されるのは本当のところ多くのアクアリストが認めている話。
それが経済的・住宅環境的に無理で、仕方なくミニチュアで
我慢しているんでしょう。

しかし大型水槽はなおさらハードルが高いのは前述の通り。
で、結局裾野は広がらない。


しかしね、同時にアクアってせまーい業界でいいとも思う。
考えても見なさい、お隣もお向いさんもアクアリストだったら、
一体どれだけの魚が流通しなければいけないんだ?
こうなると、完全養殖の魚以外は、確実に乱獲問題が
出てくる。今のアクア規模だからこそ、乱獲とか言っても
土木工事や大気汚染に比べてたかだかしれてるんだなんて
あぐらをかいていられるけど、服飾の毛皮や蛇皮みたいに
なっちゃったらこれはもうアクア=環境破壊って確実に
なんちゃらシェパードに言われちゃうよ。

更にだ、犬猫でもそうだが、裾野が広がるとどうしようもない
ヤカラが出てきて、魚を捨てたり殺したりする馬鹿が出てくる。
完全養殖の魚であっても、そういうことがおきていいはずがない。

本当に魚好きで、金と時間と労力をかけてでも魚を飼いたいって
人だけがやるべきなんだよなぁ、アクアって。。。
だから無理に業界は大きくならなくてもいいし、
馬鹿行政が規制をかけてくるなら、いいよいいよ、俺たちは
180cm水槽で野鯉とギンブナだけしか飼えなくなっても魚と一緒にいたいんだって位の人がアクアに残ればいいだけの話かも?

なんだか、非常に散らばった文章になりましたが、
まあ、アクアは狭くていいんじゃないかなって話。
発展しなくても、衰退しても。
最終的に残った人が真のアクアリストだったりしてね。

ただ、ここから私個人の話になるが、
私にはもうアクアはいいかなって思い始めた。

第一に、私はやっぱりエゴイストだから、鯉と鮒だけで満足しろって言われてもそれはいやだし、昨今の規制の流れにうんざりですね。

次に、魚を閉じ込めておくことに疑問が出始めている。
ちょっとセンチメンタルになってるせいもあるが、魚の身になると
これはどうかなと。結局、情操教育に小動物を使う論理と変わらないんだよなぁ、アクアリストの論理って。私もかつてそれに乗ってたんだけど、「魚を身近に感じて、大自然の大切さを知る」って論理。
しかし囚人となった魚の身はどうなんだよと。大自然の大切さは
己がまずアームチェアから立ち上がって海山川を見てから感じろと。

最後に、どうやら引っ越しとか色々不規則な人生になりそうなので、腰を据えて大型水槽を置ける経済的・住宅的条件を持てそうにないという現実的話。


というわけで、私のアクア人生、そろそろフェードアウトしそうです。ブログのタイトルも考えなきゃな。

ただ一つもったいないなと思うのは、ろくに成功もしなかったアクア人生だが、日淡からミドリイシまで色々やってきてそれなりに時間と労力と金とを費やして得た知識・経験が腐るのが、なんだかなぁとは思う。まあでも、どうせ大したもんじゃないし、いいか。

西辺周遊記 其の五

2beafca5.JPG 自転車を漕いでいると雨も止み、赤い橋を渡れば、千代稲荷神社へ辿り着く。大きな赤い鳥居が印象的だが、中はそれほど大したことない、至って普通の神社。一通り見て回り、最終目的地の鶴山公園(津山城跡)へと向かうも、既に閉門の時間。仕方なく近辺をうろつき、帰路に就く。
 東津山駅の前へも続く長い国道を戻る。日も沈むなか、足早に数多の車と共にラットレースを続ける。どうでもいいが途中に立ち寄ったドラッグストアが妙に記憶に残っている。

西辺周遊記 其の四

5932904b.JPG 2日目は出雲市駅を出て津山へと向かう。普通列車を乗り継いでなので一日仕事である。それでも、日が傾くまでには十分に辿り着き、東津山駅へと降り立った。
 この駅に辿り着くまでにも多くの学生が列車には乗り込んでは降りていた。通学の手段なのだろうが、いささか旅情を減じる。批判を浴びそうだが、都心部の学生のほうが大人しい感を受けた。
 ともあれ遅い昼食を済ませ津山の街を貸自転車で散策する。一部の方々には有名な化粧品店を後にし、曇天の下向かったのは大隅神社である。
 この神社はおそらく無名であろうが、地方の小さな神社の典型とも言うべき様を呈しており、幾許かの石段の上に小さな本殿、及び付属する類が居座っている。
 まもなく、小さな滴が顔に触れ、見上げると雨雲、しかし、西の空は太陽が覗く。
悲鳴を上げる自転車と共に、大隅神社を後にする。

西辺周遊記 其の参 

ad4a6596.JPG 出雲大社を後にして、再び一畑電鉄に乗り込む。陽は急速に姿を隠し、列車の廉価な蛍光灯が、妙にもの寂しげに乗客を包む。出雲市駅に着くと、天の明かりは消灯、小さな定食屋で出雲蕎麦を食し、駅前のホテルへと赴いた。

 長旅もあって、その日は早々に床に就いた。値段の割によくできたホテルで、快適ではあったのだが、やはりホームとアウェーは異なり、なかなか寝付けずにいた。翌朝は早めに起床したが、眠気が大いに残存していた。

西辺周遊記 其の弐

a4310cc3.JPG 出雲大社自体、よく知っていたわけではない。名前を聞いたことがある程度で、
ここに来た理由も実を言えば特にない。同行した友人が行くというので、お供したまでである。ただ、出雲という地の、地理的な「最果て」加減が妙に気に入り、田舎町をこよなく愛する自分には、なるほど向いているかも知れぬと思っていた。思い返せば、この直観は当たっており、今となっては最も印象に残っている地でもある。

 さて、先のメインロードを登れば出雲大社が見える。鳥居を潜ると少し長い坂道がある。これを直進すると自ずから本殿へとゆける。一通り観た後、再び来た道を引き返す。陽のやわらかさも増し、なかなか趣のある時間帯になってきた。そんな中での鳥居から続く坂道は、幸福への長い坂道のようだった。

西辺周遊記 其の壱

33144019.JPG 気のおもむくままにというわけではないが、旅に出かけていた。
さしたる目的があるわけでもないが、かといって、何の目的もないわけでもない。
1ヶ月後に始まるであろう地獄の日々を一時でも忘れたいがための旅でもあった。
実際的な趣味の向上の目的もあった。
何はともあれ、逃げる二月を追うが如く、まずは通勤時間帯の奴隷列車に乗り込んだ。

 今回の旅は数年前からの友人であるところの者と共であったので、至極方向音痴かつ鉄道の乗り換えなどに疎い自分もそれほど心配なく始められた。
初日は殆ど電車の中で陽のある時間を過ごした。兵庫県は明石あたりから奴隷列車が普通の列車へと変貌し、窓を流れる景色もまともなものになった。その後特急に乗り換えるも終始満席で我々は棒として時が過ぎるのを待った。その後ローカルな列車に乗り換え、睡魔に襲われつつも、少し陽がやわらかくなってきた時頃に到着した。おりたったのは島根県出雲市、日本海に面した田舎町である。

JRの出雲市駅から一畑電鉄に乗り換え出雲大社前駅へと赴く。この間の列車はローカル線の王道を行くが如きもので、車両は2両ほど、踏切は駅員の手による合成樹脂の鎖、もちろんワンマンである。運転が悪いのか線路が悪いのか、そもそも列車自体が悪いのかは知らぬが騒音と揺れが多い。それでも、目に入るのが山と畑と眠る田園であるがために、不思議と心地よいものと化す。それまでのローカル線もそうであったが、この列車にもなぜか通学の学生が目立つ。その喧騒が多少心を乱しつつも、列車は無事に出雲大社前に辿り着いた。駅を出て、一本の短きメインロードに立つ。
右を向けば、出雲大社へと続く坂がある。陽が落ちぬ前にと、少し足を速めた。

(´・ω・`)最近アクア出来事がない(´・ω・`)

うーん、最近アクアから離れ気味(´・ω・`)

まあ、住宅環境上仕方ないが・・・(´・ω・`)

別宅水槽は先日伺ったのだが、またまたヒゲゴケ∩( ・ω・)∩ばんじゃーい
という状況だ。
なんというか、しぶといな(´・ω・`)

だが、これで淡水ナチュラルがだめだという結論にはなるまい。
ヒゲゴケはおそらく私の肥料量ミス及び水流の関係であろう。

(´・ω・`)うーむ、なんというか。
(´・ω・`)それ以前に最近は精神不安定でありますので、
なかなかアクアまで気が回らないのだ。
キャスティングは相変わらずやっているが。

(´・ω・`)このブログ、立ち上げ当初は純粋にアクアのことだけ
書くつもりだったが、最近愚痴ブログに近づきつつあるなぁ。
いかんいかん、愚痴を書いても一銭にもならん、時間の無駄だ。
分かってはいるのだがなぁ。

夜の思い出(´・ω・`)

どうでもいいが、現在のこのブログの背景、なかなか気に入っている。
夜のドライブを思い出させるからだ。

暗く、無機質な幼少・思春期時代をおくってきた私であるが、
その中で唯一の楽しみに近いものが、父親と車で行く海釣りであった。
特に、その釣りの帰りのドライブが、たまらなく好きであった。
何を語るでもなく、半ば寝ぼけつつも、しっかりと車窓から景色を
食い入るが如く見ていた。

大抵は堤防釣りで、大した釣果もなく帰るのだが、私はいつも上機嫌だった。釣り場である海から家までは山道や田舎道を2時間ほどである。
その間、窓を少し開けながら私は助手席に座り、道路沿いの田んぼや
畑にいるものと思われる蛙や虫の大合唱を聞きながら、満月を
夜空に拝むのだ。そして気付く。夜は、実は真っ暗ではない、
青白いならぬ青黒い空が、延々と続いているのだ。

山道はしばしば速度超過となるが、そのスピード感も心地よい。
無論、制限速度は守るべきなのだが、夜の山道でそれを守っている
車は稀有であるし、煙たがられることも徐々に知りえた。
対向車の黄色いヘッドランプの行進もまた、風流である。
もっとも、最近は眩しすぎるHIDのおかげで、少し趣がへったと
感じる。

家に近づき市街地に入ると、大抵FMラジオをかけて窓を閉める。
排ガスとエンジン音の流入は、絶対阻止したい。
いつものように洋楽がかかっているFMは、これまた私のよき
思い出。今でも、カーラジオでFMをかけると海釣りの帰りの
よきドライブが思い出されてなんだかしんみりとする。

なんだかアクアとは関係のない話になったが、こういったよき
ドライブをかねた海釣りにより、釣った魚を飼育することも多かった。
以前にも書いた、キジハタをはじめ、グレ、ヒラメ、セイゴ、
キス…全て稚魚であるが、色々飼ってきたものだ。
ただ、大抵は長生きしなかった。私が未熟だったのと、設備
(クーラーなど)が未熟だったせいである。
猛省しながら、しかしまた海釣りに行きたくなってくる今日この頃である。

水草の水上葉、水上化について(´・ω・`)

4ヶ月ぶりの更新だが、今回は水草の水上化について
少しお話を。

水草を水上化させるメリットは以下のようなものがある
.灰韻つきにくい
観葉植物感覚で飼える様になる
Co2などのシステムがいらなくなる
ぐ貪擔緇絏修垢襪海箸膿總陲乏莎い出る
ゴ浜が楽
Σ討覆匹浪鯵阿念蕕討蕕譴

デメリットは以下の通り
ー最圓硫椎柔がつきまとう
屋外で育てているとボウフラが沸いたりする
プラケースや植木鉢が増殖して家族を困らせる

ま、メリットの方が多いことが分かるかと思う。

では水草水上化の手順を、追って説明しよう。
…誠綽∧でないことを確認
⇒カボンバなど、沈水植物は水上化できない。
枯れるだけなので図鑑で確認しよう
⊃總陲5cm程度に切ってみる
プラケースに3〜5cm、赤玉土を入れて、更に水槽の
水を拝借して水深5mm〜10mmまで水を入れる。
だ擇辰真總陲髻崚当に」植える
⇒面倒であればよこたわせるだけでもよい
ゴ粟、屋外に出すか日当たりのいい室内に置く

以後、メンテナンス
水深を維持するために差し水する
Ы淑に水草が育ち、水上化できたら水深は赤玉土
が浸る程度まで下げ、あとはそれを維持する

私を含めずぼらな人には以下の方法がよい
た總陲論擇蕕困砲燭世茲海燭錣蕕擦討く
タ總陲寮瓠垢ら水上葉が出てくる
十分に育ってから水上葉のみを切り取り、元の茎を
棄てる。
Ю擇蠎茲辰真緇緲佞鮨△┐
┫粟

水上化メリットは、水槽では枯れかけたような茎からでも水上化させると立派な新芽が出てくること。
殆ど水草が無駄になりませんね。
一旦水上葉にして、それを水槽に再び戻してもOKです。
一度葉は落ちますが、新しい水中葉が生えてきますよ。

私はもはや水槽での水中葉に見切りをつけて、
水上化ばかりしているのでプラケースが莫大な量になっております。
まとめて60cm水槽で水上化させようとしたこともありましたが、移動が困難なこと、一旦コケが出るとすぐに全体に蔓延することがデメリットで、すぐにやめました。
リスク分散型のプラケース量産型がよいようです(´・ω・`)
ちなみに、水上葉でもコケは出ます。
ただ。あくまで水の張っているところまでなので、
水草全体がコケにおかされることはないのです。

さて、水上葉には厳しい冬がやってきます。
私も対応に苦慮していますが、部屋中をプラケースで
埋め尽くすしか方法はないでしょうな・・・
放っておけば屋外の水上葉は凍り付いてしまいますね
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