2016年03月

2016年03月24日

2016.3.23/新国立劇場「焼肉ドラゴン」 at 新国立劇場 小劇場

[作]鄭義信
2008年初演

時代設定は1970年前後、大阪の下町で焼肉屋を営む在日コリアンの家族を描く。戯曲は三姉妹の恋愛模様を縦軸に、再開発の波と行政からの立ち退き勧告に揺れる下町の様子を横軸に敷き、登場人物の賑やかなやり取りが観客を楽しませる。
だが芝居のテンポが非常に悪い。全体に役者がウケ狙いのアクションや大仰な演技にとらわれ過ぎであり、ドラマを舞台上に立ち上げるという一番の目的からずれてしまっているという印象だった。俳優の技量と演出、双方に問題がある気がする。秀逸な脚本なだけにもったいない。
多くの観客が上記の点に気付いたと私は思うが、カーテンコールはスタンディングオベーションによる拍手の嵐だった。

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2016年03月01日

2016.2.19/ワタナベエンターテインメント「オーファンズ」 at 東京芸術劇場 シアターウエスト

[作]ライル・ケスラー
1983年 米初演

両親に棄てられ、廃屋に引きこもって生活してきた孤児の兄弟が、裏社会で成り上がった男と出会う話。

あんまりいい脚本だとは思わなかった。
なぜ兄のトリートはあんなに異様に気が短いのか。なぜ弟のフィリップは極度の引きこもりになったのか。なぜハロルドはこの兄弟に手を差し伸べようと思ったのか。そいうったディテールがホンに書き込まれていないため、物語が繋がっていかない。だから、特徴を強調した兄弟役の俳優の演技が突飛になって浮いてしまう。観客の想像に任せるなら、もう少し抑えた演技の方が良いと思う。宮田慶子の演出はいつも良いと思っているが、今回は例外だった。 

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2015.12.26/National Theatre "Husbands & Sons" at Dorfman Theatre

[原作]DH ロレンス [脚色]Ben Power
初演

今回の観劇旅行の最終演目。ラストにふさわしい、ずっしりとした手ごたえを得た観劇だった。

この脚本は、ロレンスの3本の戯曲"The Daughter-in-Law""The Widowing Mrs Holroyd""A Collier's Friday Night"が元になっている。ロレンスが生まれ育ったイングランド中部イーストウッドは、19世紀後半以降、石炭産業の中心地として栄えた。彼の父、祖父、叔父たちも炭鉱夫として鉱山で働いた。彼の代表作『息子と恋人』『チャタレイ夫人の恋人』の舞台もこの地に設定されており、炭鉱やそこで働く労働者の細かい描写が特徴的である。今回の舞台も、ロレンス自身が慣れ親しんだ環境を凝縮した世界だと言える。

芝居の舞台は、炭鉱夫の家族が軒を連ねる集合住宅に住む3家族の居間・台所である。『息子と恋人』において、主人公一家が最初に住むのがこのアパートであり、その様子が作品内で詳しく描かれている。各戸に居間・台所・複数の寝室を備え、小さな前庭もある、きちんとした家屋である。
Holroyd家の妻Lizzieは30代後半、夫Charlesとまだ幼い一人息子Jackとの3人暮らし。ある夜、ハンサムで女にもてるCharlesが酒に酔っぱらって年頃の女性二人を連れて帰宅する。失望したLizzieは、彼女と親交のある電気技師Blackmoreに惹かれるようになる。そんななか、炭鉱事故でCharlesが命を落とす。
Lambert家の妻Lydiaは50代前半、夫Walterと娘Nellie、息子Ernestの4人暮らし。Walterはベテランの炭鉱夫だが、最近は稼ぎが少なくなり、Lydiaはやり繰りに苦労している。Ernestは、この村では珍しく大学に通う20歳ほどの若者。仲良くなった同級生Maggieを家に招き入れ、自作の詩を聞かせたりするが、LydiaはMaggieが気に入らない。Ernestも母に強い愛情を抱いており、二人の絆が強調される。
Gascoigne夫人は未亡人。彼女の長兄Luther、その妻Minnieとの3人暮らし。Minnieはまだ20代後半と思われる。まだ若い夫婦はよく喧嘩をするが、互いに愛し合っている。ある日、近所の主婦が訪ねてきて、Gascoigne夫人と彼女の次兄Joeに、Lutherが自分の娘と浮気をした伝える。それを知って怒ったMinnieは家を出てマンチェスターに出かける。Gascoigne夫人も息子から離れられず、Minnieはそのことにも不満を感じていた。夫婦は炭鉱事故をきかっけによりを戻す。

Dorfman Theatre は新国立劇場小劇場にとても似ている。客席数は450、1階の客席形態を自由に変えられるほか、2階・3階のバルコニー席がステージを見下ろす。今回は客席で挟んだ中央にステージを配し、3家族の住居を線を引いて区切って示した。壁やドアなどはなく、屋外と室内の行き来の際、演者はパントマイムでそれを表現する。一方、室内には実物の食卓・椅子・シンクなどの家具や食器類を置く。

作品タイトルは「夫(たち)と息子(たち)」であるが、芝居の主人公は炭鉱夫の妻Lizzie、Lydia、Minnie の3人である。3人の夫は、酒に酔って暴言を吐いたり、浮気をしたり、稼ぎが悪かったりと妻を苦しめる存在である。彼女たちは辛い思いをするが、ただ泣き寝入りしたりはしない。LizzieはBlackmoreとの新たな恋愛に活路を見出し、気の強いMinnieは家出先のマンチェスターで高価な指輪と複製画を衝動買いして、家族を仰天させる。もうひとつ描かれるのは、女たちの息子に対する偏愛。LydiaにとってErnestはある意味で恋人のような存在であり、Ernestのマザコン的感情も示される。Gascoigne夫人とLutherの間にも同種の結びつきがある。『息子と恋人』では主人公ポールとその母を、単なる親子の絆を超えた強い愛情の鎖が結びつけていることが描かれているが、今回の舞台でも全く同じ構図が立ち現れた。劇中のErnestはロレンスの自己の投影であり、彼のロマンスの相手であるMaggieは、『息子と恋人』のミリアムに他ならない。他にも、その週の稼ぎを炭鉱夫の親方たちが集まって等分するシーンや、オーブンに入れたパンをErnestがうっかり焦がしてしまうシーンなど、同書で描かれているシーンが数多く、この舞台に登場する。

今回の芝居の最大の見所と言えば、やはり100年前の炭鉱夫の家庭の日常に間近で接することだろう。例えば、仕事から帰った炭鉱夫は全身泥だらけのまま、食卓の椅子に座り、ビールや紅茶を飲む。その後、食事を摂り、胃袋を満たしたところで体を洗う。浴室はなく、大きなたらいに水を入れ、タオルと石鹸で全身をこすり洗いする。そういった様をただ眺めているだけでも面白い。また、妻たちがきれいな英語をしゃべる一方、炭鉱夫の男たちやその母親らは訛りのあるしゃべりをする。脚色のBen Powerがどういう意図で書き分けたのか、興味深い。


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