2010年03月07日
2010.3.6/冨士山アネット「家族の証明」 at こまばアゴラ劇場
↓公演チラシ
「冨士山
アネット」は今年の1月に池袋・東京芸術劇場の「芸劇eyes」のラインナップのひとつとして「EKKKYO~!」を上演しています。この時は複数のカンパニーによるオムニバス公演でしたが、今回はソロ公演。
→「EKKKYO~!」も観ています! そのレビューはこちら
自分はこまばアゴラ劇場の2009年度「劇場支援会員」なのですが、支援会員に配られるチケット(期限は今月末まで)がまだ余っていたこともあって、初日を観にいってみました。
感想は・・・うーん、演出家のセンスの良さを随所に感じることはできたものの、舞台芸術のパフォーマンスとしては物足りなさが残る公演でした←最近、こんな感想ばっかりですね。充実でした!って書きたい。
当日配布パンフレットのカンパニー紹介欄に『類稀な空間演出と創造的なヴィジュアルに、身体性を強く意識したパフォーマンスにて、創造的な空間を描き出す。近年は、演劇の方法論を用い、戯曲を元に身体を起こしていくという「ダンス的演劇」にて独自の活動を行っている』との紹介があるように、冨士山アネットは演劇の枠内で活動を行ってはいるものの、一般的に演劇として認知されている、ある物語があってそれを俳優が台詞を語ることによって進行させていくような、いわゆる「芝居」では全くなく、今回の公演ではモチーフである「家族」の「物語」をベースに置きながらも、舞台上でパフォーマーは台詞をしゃべらず、ダンス、あるいはダンス的な動きによって舞台上のヴィジュアルを構成していき観客に表現するカンパニーのようです。
「類稀な空間演出と創造的なヴィジュアル」については、それなりに体感することはできました(「類稀」という言葉は、それにしても自賛しすぎだとは思いますが)。演出家・長谷川寧のおしゃれさというかセンスの良さが、舞台上によく現れていたと思います。証明、音楽、舞台装置のどれも良かったと思いますが、最も感心したのが役者の衣装でした。それぞれの役者が原色も使ったカラフルな衣装を身につけていましたが、複数の役者が舞台上で寄る瞬間でも見栄えが汚くならず、それぞれの衣装の色が舞台演出のひとつとして、きちんと立っていたと思います。
しかし、作品のもっと本質的部分では正直、不満が残りました。不満は大きくいって2つ。ひとつは実質上、ダンスというか身体パフォーマンスで成立させるパフォーマンスとしては、そのダンスのクオリティが決して高いとは言えないものであったこと。自分はコンテンポラリーダンスはそれほど観るわけではありませんが、おそらくこのぐらいのレベルのパフォーマンスをするダンスカンパニーはざらにいるでしょう。今回の公演では舞台空間が狭いこともパフォーマーとしてはマイナスでしょうが、もっと高いレベルを目指すことは可能だと思います。
そして何より、「家族」をモチーフにした作品としては、その家族の描き方が表層的だったことが残念です。「僕」「兄」「姉」「父」「母」の5人家族の日常から、子どもの遭難、父親の大病といったいわば「イベント」に直面する状況まで楽しく描き、家族の絆や温かさを表現していると自分は受け取りましたが、そんな「いいお話」ではなく、もっと家族間の人間関係のどろどろした根っこの部分や、家族でもどうしても分かり合えないところとかを表現してほしかったです。家族を表現のモチーフとするのはとてもハードルが高いと思います。(ほぼ全ての)観客一人ひとりに家族が存在し、誰もが固有の悩みを抱えたりします。どんな描き方をしても万人に訴えかけるのは難しいモチーフですが、それにしてももうすこしトライしてほしかった。せっかく小劇場でやっているのだから。また、それができるポテンシャルをもった演出家であり、カンパニーだとは思います。
今後の期待も込めて、辛目の評価「☆3」です。
☆「Corich舞台芸術」でのこの公演のレビューはこちら
「冨士山
→「EKKKYO~!」も観ています! そのレビューはこちら
自分はこまばアゴラ劇場の2009年度「劇場支援会員」なのですが、支援会員に配られるチケット(期限は今月末まで)がまだ余っていたこともあって、初日を観にいってみました。
感想は・・・うーん、演出家のセンスの良さを随所に感じることはできたものの、舞台芸術のパフォーマンスとしては物足りなさが残る公演でした←最近、こんな感想ばっかりですね。充実でした!って書きたい。
当日配布パンフレットのカンパニー紹介欄に『類稀な空間演出と創造的なヴィジュアルに、身体性を強く意識したパフォーマンスにて、創造的な空間を描き出す。近年は、演劇の方法論を用い、戯曲を元に身体を起こしていくという「ダンス的演劇」にて独自の活動を行っている』との紹介があるように、冨士山アネットは演劇の枠内で活動を行ってはいるものの、一般的に演劇として認知されている、ある物語があってそれを俳優が台詞を語ることによって進行させていくような、いわゆる「芝居」では全くなく、今回の公演ではモチーフである「家族」の「物語」をベースに置きながらも、舞台上でパフォーマーは台詞をしゃべらず、ダンス、あるいはダンス的な動きによって舞台上のヴィジュアルを構成していき観客に表現するカンパニーのようです。
こまばアゴラ劇場「冬のサミット2009」開催プログラムのひとつです。↓
しかし、作品のもっと本質的部分では正直、不満が残りました。不満は大きくいって2つ。ひとつは実質上、ダンスというか身体パフォーマンスで成立させるパフォーマンスとしては、そのダンスのクオリティが決して高いとは言えないものであったこと。自分はコンテンポラリーダンスはそれほど観るわけではありませんが、おそらくこのぐらいのレベルのパフォーマンスをするダンスカンパニーはざらにいるでしょう。今回の公演では舞台空間が狭いこともパフォーマーとしてはマイナスでしょうが、もっと高いレベルを目指すことは可能だと思います。
そして何より、「家族」をモチーフにした作品としては、その家族の描き方が表層的だったことが残念です。「僕」「兄」「姉」「父」「母」の5人家族の日常から、子どもの遭難、父親の大病といったいわば「イベント」に直面する状況まで楽しく描き、家族の絆や温かさを表現していると自分は受け取りましたが、そんな「いいお話」ではなく、もっと家族間の人間関係のどろどろした根っこの部分や、家族でもどうしても分かり合えないところとかを表現してほしかったです。家族を表現のモチーフとするのはとてもハードルが高いと思います。(ほぼ全ての)観客一人ひとりに家族が存在し、誰もが固有の悩みを抱えたりします。どんな描き方をしても万人に訴えかけるのは難しいモチーフですが、それにしてももうすこしトライしてほしかった。せっかく小劇場でやっているのだから。また、それができるポテンシャルをもった演出家であり、カンパニーだとは思います。
今後の期待も込めて、辛目の評価「☆3」です。
☆「Corich舞台芸術」でのこの公演のレビューはこちら