2016年05月01日

2016.4.22/文学座「野鴨」 at 文学座アトリエ

[作]ヘンリック・イプセン
1885年 ノルウェー初演

来年、創立80年を迎える文学座。試演期間を経た第一回公演がこの演目だったらしい。まだ第二次大戦中の1940年上演。

前回、「野鴨」を観たのは、2010年に来日したベルリン・ドイツ座の公演。その頃、「ポストドラマ演劇」という言葉が日本の演劇界でちょっと流行っていたが、この芝居もその特徴を備えた作品だった。斜めに切り落とした巨大な円筒が陣取る舞台上で、客席の方を向いた俳優たちが抑揚をつけず早口で台詞を発していく。計算された演出が、作品の骨子のみを浮かび上がらせる。舞台から放たれる台詞の力強さにとても感動したことを覚えている。一方、今回の文学座の公演に奇を衒った仕掛けはない。イプセンの作品では、生き方や価値観の違いを登場人物が正面切ってぶつけあうが、文学座の俳優陣の力のこもった台詞がアトリエの舞台空間を飛び交い、物語を引っ張っていた。
この戯曲は、羽を撃たれてエクダル家で飼われている野鴨が具体的に何を象徴しているのかが解釈の肝である。なぜグレーゲルスは野鴨を犠牲にすることをヘドヴィクに勧めたのか。彼のアドバイスを彼女はどのように受け取り、自死に至ったのか。このあたりが自分としてすっきりくる理屈が見当たらない。だが、幸せな家族が抱える秘密が徐々に明らかになり、悲劇のラストを迎えるまでのストーリーは力強く、観客を物語の世界にくぎづけにする。

ヘドヴィク役の内堀律子は3年前に座の付属研究所に入所し、今年準座員に昇格した若手。いきなりメインキャストを配役されたが、変に役をなぞろうとせずに台詞を強く言うことに注力した、清々しい演技だった。俳優を目指す以前はプロ女子サッカー選手だったとのこと。また、発話時の姿勢や台詞回しが、「転位節」に近かった。俳優訓練を重ねるなかで自然とあのスタイルになったのか、それとも演出上の指示によってか、興味深い。

theatergoer_review at 15:00│Comments(0)TrackBack(0)

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