July 30, 2010

裏ブログ

ある方のご要望で裏ブログが作られました。
こっちの表ブログよりもう少しお気楽な感じになっていく予定です。
残念ながらmixiにはリンクできなさそうなのですが、時々でも見に来てくださるとうれしいです。
http://thegoddessofwind.o-oi.net/

あ、もちろん世界旅行記はこのまま続いていきます。

thegoddessofwind at 19:43|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

November 24, 2009

Cairo Insel & Islam area with Kaspers

2009_11_24breakfast朝はさすがにゆっくり寝ていました。それでも7時前に目が覚めてしまう辺り、人間の適応力(?それとも未知の世界での警戒心?)はなかなか素晴らしいです。
8時過ぎまでテラスに出て日記を書いたりしていたのですが、誰も来ないし朝食の気配もないのでフロントへ行ってみると、朝食くれるように言えと言われてしまいました。。まったりと朝食を食べていたら新しい宿泊客がやってきたりして、今度は電話がかかってきたと呼ばれてしまいました。
昨日ピラミッドツアーに参加し損ねたアメリカ在住のラトビア人、カスパースでした。まぁ、お詫びに一日付き合いますよと言ったら、イスラム地区はもう行ったし、昨日ガイドに勧められた辺りをとりあえず歩いて、とにかく太陽の光を浴びたいとか言うのです。かくしてナイルの反対側のホテルまで迎えに行くことに。

しかし、道々でやたらと男に声をかけられること!日本ではナンパされた経験すらほとんどない私が、10人以上の男に「ヘイ、おじょーさん!」「ニーハウ、コニチワ」なノリで話しかけられました。全然うれしくないですよ。むしろ(゚Д゚)ウゼェェェ 、というか怖いし。無性に他の女性のようにスカーフともったりした真っ黒な服に身を包みたくなりました。この日は結構だぼだぼのブラウスを上に羽織っていたのですが、それすらエジプトでは十分だぼだぼでない気がするのです。

ともあれ無事にたどり着き、カスパースとは今度こそ問題なく落ち合えました。
ガイドに勧められたという場所はなぜか、ナイル川の中州の島でした。適当に散歩するにはうるさいし埃っぽいし、結局何がしたいのだろう?という感じで、何度も確かめたのですが、そのたび「僕はどこへ行ったって構わないのさ〜」的なことを言うので、じゃー私中心で、私の行ってみたかった石けんやさんへ行くべ、と思い、歩いていってみました。

ナイルの中州の北側は「比較的」閑静な住宅街があり、各国大使館も多くあるようだった。時々ヨーロッパで見かけそうな上品なパン屋さんやら文具店があり、中にはFauchonもあってかなりびっくりしました。。おそらく駐在員やその奥さん相手の店なのでしょう。
後は大学らしい建物をいくつか。そして若い学生たち。スケッチブックを持っていたり楽器を持っていたり。

2009_11_24girls道が分からなくなってきたので道ばたの女学生に声をかけてみました。(カスパースはかなり引いていましたが。。)3人はマンダリンのような楽器を背負い、いくらか英語をしゃべれるようで、なんとも親切に力になってくれようとしておりました。道々でイスラム女性とは距離を置こうと構えていたカスパースにも好奇心いっぱいで詰め寄り、質問攻めにし、とうとう仲良くなっていまいました。カスパースはカスパースで、初め遠目に見ながら後を付いてきていただけど、最終的にはうれしそうに3人と写真を撮ったりしていたのでした。

2009_11_24musicstudents彼女たちにとって、私達がエジプトで知り合っただけの友達だということがかなり驚きらしかったですが、若いだけあって信じられない、というほどでもないようでした。他の質問にしても、私とカスパースは独身なのか、とか日本の結婚式はどんなんだ、とかに集中していました。イスラム教で男女交際の決まりがかなり制約のついたものだということに大いに関係しているのでしょう。(イスラムの性への価値観はまた書きます。)
しかし、その子たちの英語の限りでは、彼氏がいて、2-3年以内に結婚になるだろうということ、結婚の際には双方の両親が会って同意することが必要だということ、彼の方は貢ぎ物をする必要があるということなど話しており、恋バナに花が咲くのは戒律の厳しいイスラムの国でも同じなようでした(いやむしろキビシイからこそ??)。

肝心の道探しですが、に私が"soap"の店と言っていたのを"soup"だと勘違いしたのか、途中まではみんなでなぜかレストランを探していました。。(^^;かくして私はアラビア語で石けんは"さぼーん"というのことを学ぶに至りました。
近くの人に色々と聞いては道を探し、30分ほども歩いたところで店は見つかり、最終的には定石通りメールアドレスを交換し、写真を送る約束をしました。何かと友達ができるものです。尚、私は即日写真を送ったのですが、返事が来ることは残念ながら今(2010年中盤過ぎ現在)に至るまでありませんでした。

2009_11_24NefertariSoapShopようやく見つかった石けんの店(Nefertari)はごく小さな店でした。看板もなく、あの3人がいなければ決して見つからなかったでしょう。
地○の歩き方に割と大きな記事で載ってるんですけどね。そこには肌の弱い娘のためにお母さんが始めた店と書かれています。
中にはいると小じゃれた感じで、清潔で、売っている石けんもみんなきれいにラッピングされており、一般的なエジプトの雑多な店とは打って変わり、そのまま百貨店にでも並べられそうな様子でした。他にエジプト綿のタオルなども売っていて、とても肌触りがよかったのですが、さすがにかさばるので石けんとバスソルトだけ買ってみました。値下げはさすがというかブランドに誇りを持っている店だけあって、ほとんどしてくれなませんでした。(ちなみに後日バスソルトを使ってみましたが、ラベンダーの香りがほとんどせず、やや残念でした。石ケンはまだもったいなくて試せていません。こちらは香りが強くて良さそうですけどね。)

2009_11_24breakatVeniceHosokawaya店を出たときには正午で少しおなかが空いてきていましたが、昼を食べようと思っていたハン・ハリーリまでは距離が結構あったので、ピラミッド後遺症的筋肉痛の足にはかなりの重労働でしたが、とりあえず島を横断してカイロの中心街まで戻り、ついでに宿に寄ってみました。
昨日の夜のことからすっかり親しくなった宿の看板兄ちゃんのソニーさんがお茶を出してくださり、バルコニーでカスパースとしばし写真を見せ合ったりして休憩してみました。これが何とも気持ちの良いこと。

2009_11_24staircaseinhotel宿を出るときに、カスパースがふと気づいたのですが、カイロの建物にはほとんど屋根がありません。エレベーターがかつて動いていた吹き抜けの上になんと青空が見えるのです。最上階は布が張ってあるだけの建物が圧倒的に多いです。

ピラミッドでガイドさんが言っていたことをふと思い出2009_11_24noroofinhotelしました。ナイル川が年に1度大氾濫を起こしていたのは、エジプトに雨が降るからではないのです。ナイル川の上流が二股に分かれており、その片方にジャングルが広がっており、そこで降る雨が洪水を起こすらしいのです。実際、カイロでは年に2−3回しか雨が降らないらしいのです。これは本当に常識を覆す驚きではありませんか?!

学校で「石油の産出国は水よりも石油の方が安い」と聞いてふ〜ん、と思った記憶がありますが(皆さんはありませんか?)、思うに私のチープな想像力では「水も安いが石油はもっと安い」程度の実感ではなかったでしょうか。
今現実に、目がしぱしぱしそうな乾燥した空気、真冬なのに20度を超える暖かさ、注意しなければ熱中症になりかねない日差し、そして降雨量がほとんど0に等しいという現実を突きつけられると目からウロコが落ちます。
ホテルでお湯が出ないのなんて当然ですよ。この暑さに熱いシャワーを浴びる人はいませんし、貴重な水を使って風呂に入ろうという人もいないのですから。
そして、今更ながらにナイル川がいかに奇跡の大河かを思い知らされるのです。

こういう、目の前に突きつけられる「実感!」は旅の醍醐味ですね。どんなに知識を詰め込んでみても目で見て分かる現実の色鮮やかさの前には全てがひれ伏してしまうのが、得も言われぬ快感です。

さて、旅の道連れと共に、昨日宿のお泊まり客に聞いたオススメレストランのある、ハン・ハリーリを目指します。

IMG_1694IMG_1692悲惨なほど埃っぽい町並みをひたすら歩いていきます。
カイロの道は想像を絶する混沌です。
信号はあるのにはたらいていません。車線はあるのに誰も守っていません。交差点はどこも超渋滞で、一定の時間を置いていらいらした運転手がクラクションを鳴らし、誰かがクラクションを鳴らすと周りの運転手がみんな一斉にクラクションを鳴らします。まるで車の大合唱。楽しんでいるのか、いらいらしているのか、かといって食いつかんばかりに怒っている人はどこにも見あたらないので不思議なものです。
IMG_1696歩道にも混沌の世界が広がっています。かなりの大人数が足で歩き回り、車道は車の運転手の顔色をうかがいつつどこでも渡っていきます。100メートル以上あるような道路でもみなさん決して走ることなくゆるゆると歩いて渡ります。逆に走って抜けようとすると、車に突っ込みかねないので危ないのです。
私達が歩いた道はもっと細い道でしたが、宿のフロントにいた男性でさえ人が多くてとても歩けないと言っていた道でした。
2009_11_24sheeponstreet確かにかなりつらい道でした。若干の後悔を覚えつつも、地元の人にすらつらいその道をとにかく歩いていくことにしました。だってタクシーなんて拾おうものなら渋滞で身動きがとれなくなって終わりなんですよ。
パンを山のように載せた大きなお盆を頭の上に掲げて自転車で進む人、なんと羊の群れを連れ、街角で売ろうとする人、アバヤ(イスラムの女性服)で頭の先から足の先まで隠し、2−3人で固まって下を向き、さくさくと歩いていく女性たち、パンを山盛りいっぱい鉄板に積んで自転車で走っていく人・・
IMG_1767女性には立ち止まって道の様子を撮影するのはかなり勇気がいるので、ここはカスパースが撮ってくれたものをいくつか上げさせていただきました。(彼はこのとんでもない混沌を非常におもしろがってビデオなどで撮りまくっていました。今見ると確かに面白いです。)




2009_11_24postoffice途中の広場に大きな郵便局があるようだったので寄ろうとしてみました。
郵便局かと思って最初に行った建物は警察署。程なく見つけた郵便局は建物全体が工事中でした。
中に入ると「スタンプは3つ扉向こう」。行くと、そこは天井がなく、中庭のようなところの周りに10ほども窓口が並んでいるような場所でした。警備員らしい人に正面の窓口を指さされたのですが、しかしそこは人がずいぶん長く何かの対応をされており、別の窓口へ行ったら「→」と指さし、そこへ行ったら更に「→」と指さし・・・
最終的な窓口の前には局員がおらず、代わりに前に客らしい男性が立っていて、「5分待て」。
らちがあかんわと思っていたら少し英語をしゃべる女性がやってきてどうしたのかと聞いてくれました。
そしてあちこちの窓口でなにやら聞いてきて、「15分かかるから待ってて」といわれ・・エジプトの15分ほど信用できないものはないですね。おそらく1.5時間という意味でしょう。
切手を断念して外に出ようとしたら入り口のすぐ脇に窓口があり、「記念切手」と書いてあるじゃないですか。。が、時間は3:10で、ちょうどそこの人が棚の鍵を閉め終わったところでした。
そこをなんとか!と頼んだら、元の中庭のようなところへ連れて行かれ・・(振り出しに戻る_| ̄|○)。

かくして切手を買う試みは失敗に終わりました。
それにしても今や完全にイスラム国たるエジプトの、官庁にあたる郵便局の中に、イスラム文字ではなく、古代エジプトの絵が描かれているのが印象的でした。

IMG_1938気を取り直して元の道をまた歩き始めます。頭上には立体道路が走っており、暗い上に埃っぽさも増しています。
すると、大通りの向こうの建物の上から黒い煙が!消防車両が駆けつけようとしていますが、、、渋滞で動けない!大通りは車と人でいっぱいですよ。大丈夫なのか?!

2009_11_24street1だんだん服屋が多くなってきて、道沿いの建物はほとんど店に変わり、もうハン・ハリーリに来ているのか?と思わせるほどのところで、歩道橋が見え、左手が目指すハン・ハリーリのようでした。
比較的大きな通りから中へ入ってみると、これでもかというほどおみやげ屋が並んでいます。
香水瓶、香水、がらくた、銀器・銅器、パピルス、、などなど。
2009_11_24KhaanIlKhaliili私は今日は買わないことにしていたのでカスパースについてマグカップを探して回りました。
最初の店では値段だけ聞いて出たのですが、次の店ではカスパースが探していたショットグラスもあったので、値段交渉もなしに買っていました。
私は値段交渉を楽しむ方なのですが、カスパースはそうではないらしいです。まぁ、有名な銀行の銀行員で、4-5日の旅行にぽいっと出かける辺りからもお金はあるけど時間はないという人なのでしょう。
2009_11_24bazar私も一つマグネットを買うことにし、一緒にしてもらっておまけしてもらおうと思ったのですが、普通にカスパースが払ってしまいました。値下げ交渉という行為自体が(時間の無駄だから?)嫌いなのでしょう。ありがたく頂いておくことにしました。
カスパースはそれで満足したらしく、後は見ているだけでした。私は3軒ほど香水屋に入り、値段を確認して回りました。昨日の香水屋で見た水仙の香りを買いたいのですが。。昨日は30$と言われたのが、ここでは一番高い店でさえ50mlで75ポンド(15$)、しかも値段交渉に喜んで応じる構えでした。平均的には1ポンド/1ml程度、昨日の店の1/3ですよ。

2009_11_24GaamiIlAzharある程度歩き回っておなかも空いたので(もう5時近くて考えてみれば昼食も食べてませんでした)、どこか店に入って食べることにしました。宿に泊まっていた人に勧められた店に入ろうと探してみたのですが、人一人がやっと通れる路地にある若干小汚い店でした。人気は確かにありそうで、私としては入ってみたかったのですが、カスパースがもう人混みとうるさいの汚いのに疲れきってしまい、結局フセイン広場横のもろ観光客向けのカフェの一つに入ることになりました。
2009_11_24Cafes広場は確かに割と静かで平和な感じでいいのですが、カフェのしつこい客引きは私の好みではありませんでした。飲み物をただにしてくれると言うところへ入り、とりあえずトイレを借りようとしたら別の建物の3階へ連れて行かれました。入り口に人がおり、ちょっと待ってろと言って床を拭いているそぶりを見せ、私に1枚のカードを渡すのです。
「この男性はトイレの掃除をする者で、それに対してお金を払うことが期待される」というようなことがへたくそな英語で書かれており、トイレを済ませてから1ポンドほどあげておきました。話を聞いたカスパースはトイレへは行かないことに決めたようでした。

2009_11_24dinner12009_11_24pigeon肝心の食事ですが、私は昨日勧められた鳩の米詰めのような料理を試してみることにしました。味はスパイシーでおいしいのですが、肉はほとんどなく、肉のうまみを吸った米で満足する料理のようでした。

2009_11_24Kaspars2009_11_24dinnerカスパースによると、どうやら彼は昨日、ヒルトンのピラミッドツアーに参加し、大体見るべきものは見られたようでした。午後早めに帰ってきた彼は、昨日夕方からどうもこのイスラム地区へろくな地図も持たずに迷い込んだらしいです。道という道が混沌なところに、日も落ちてから入ったというのですから全く無謀ですね。さんざん迷った挙げ句、命からがらホテルに戻ったのはかなり遅い時間で、そこで初めて私のメッセージを受け取ったらしかったです。

2009_11_24GaamiAzhar夕方6時になると周囲のガーマが一斉に音楽を鳴らし、ライトアップもしてきれいでした。
ガーマから流れる音楽は、もちろん人々に祈りの時間を知らせるためのものです。
カスパースはそれを聞きながら、
「なんかあっちのガーマやこっちのガーマやらがおしゃべりしてるみたいだねぇ。“お〜い、おまえんとこは1日どうだったよ?”―“いや〜、まぁぼちぼちかなぁ。”―“そうかぁ、俺の方はちょっと困ったことが起きてなぁ・・”みたいなさぁ。」
とか言っていました。
確かに聞き慣れないアラビア語をこの独特の抑揚に乗せて聞くと色々と空想が膨らみますね。
2009_11_24SultaanGooriMadrasit2009_11_24throughthegate2009_11_24inthegate






2009_11_24MuizzSt
2009_11_24endofMuizz
2009_11_24child
2009_11_24cowonSt
2009_11_24AbdiinPalaceme
2009_11_24AbdiinPalace
2009_11_24Hilton
2009_11_24WhiteObelisque
2009_11_24RedObelisque
2009_11_24waterpipe1
2009_11_24waterpipe2
2009_11_24waterpipe3
2009_11_24nightview
2009_11_24ightNile



thegoddessofwind at 22:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 人間関係

November 23, 2009

旅費の話 (エジプト)

一言で申し上げますと「決して安くない」です。
結論は、遺跡やツアーなどがっつり観光すると1万円は下らなくて、博物館にも行かず、カイロ市内をうろうろするだけなら宿代に毛が生えた程度で済みます。

何しろエジプトには堂々と外国人料金があるので、外国人には決してやさしくない料金です。

詳細は・・
宿:私が泊まった、ややいいバックパッカーの宿は個室2500円でした。ドミトリーでは1000円前後でしょうか。
洋風の、日本で考えるような、つまり当たり前に熱いシャワーが浴びれたり、ましてお風呂に入れたりするような宿は、テロ対策のため警備員もついていて、1万円より安くは決して泊まれません。ヒルトンなどは平気で3万円以上します。(それでもお湯が出る保証がないのはご愛嬌☆何しろエジプトではほとんど雨が降らず、冬でも20度以上なので熱いお湯なんてあんまりいらないんですね。)

食べ物:現地人に混じって食事をすれば100円しません。観光客向けですと1000円以上。あと、私の今回の旅での発見は、マクドナルドは全世界通じて600−700円で決して安くないということですね。ヨーロッパもトルコもエジプトもインドもどこもセットがそのくらいの値段です。アメリカは覚えていませんが、まずすぎて二度と入るものかと思いました。マクドナルドが安い(ハンバーガー60円だったこともありましたねぇ)と思うのは世界中で日本だけかもしれません。

観光:ルクソール編でも書いたように、遺跡や博物館の値段はアラブ圏の住人には100円以下なのに対し、外国人には1500円以上かかります。特別展示を見たり、ルクソール周辺をくまなく回ったりすると、それだけで5000−10000円かかります。見る価値はもちろん!ありますし、これを見ずにエジプトを去ってどうする、というものですけど。

ツアー:というか交通費。カイロ地下鉄は20円程度ですが、ルクソールへのアベラ・エジプトを使った往復料金は245ドルでした。これも外国人用料金ですが、長距離電車に乗るのに現地人に混ざって行くのはさすがに危険だと思います。また、おそらく自力でチケットを取れば多少安いかもしれませんが、多分大変です。
その他ツアー料金はhttp://cairodowntownhotel.com/tours.htmlを参照してください。私が滞在中お世話になった方が新しく開いたホテルです。とても信頼に足る方々ですよ。

お土産:これはもう狐と狸の化かし合いなのでなんとも言えませんが、まず、ツアーにくっついてくる観光客用の店では何があっても絶対に買わないこと。あとは市場でも、価値あるもの、たとえば銀細工などは100円200円で買えるものはありません。まぁ、銀の価格は世界共通なので当然なのですが、私も恥ずかしながら昔はそんな妄想を抱いておりました。


EgyptianMcDonaldsこの写真はカイロのマクドナルドです。また書く予定ですが、犠牲祭にかこつけてマックアラビアータを試食しよう!企画をしたのですが、そのマックアラビアータは右上のメニューです。メニューを記念に撮っただけなのですが、その後なんだか若い店員がナンパでもするような調子で寄ってきて「キミ、なにしてるの〜?」ってな感じでした。で、ほとんどずっと私の後ろに立っており、10分ほどしてやっと順番の回ってきた友達がマックを買うところを写真を撮っているとまた話しかけてきて、「あ〜、お友達撮ってるんだ〜」・・しばらく沈黙・・「でも値段は写真に入れないでね」
・・・_| ̄|○、、すんません。ちょっと遅かったです(でも写真は消していない)。。てゆーか気持ち悪いんで後ろ立たないでください。
密かな反抗の気持ちを込めてその問題の写真をアップしてみました :P



thegoddessofwind at 19:06|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 

Pyramids

得てしてトラブルというのは最も順調だと思われているときに青天の霹靂のごとく降ってくるのです。
昨夜全ての準備を整え、万全の状態で床に入った私は、全く恥ずかしながら完全に油断していたのです。
7時過ぎに出た私たちの車は、アメリカ在住ラトビア人のいるホテルがあるであろう辺りを遥か北に見て、ナイル川を渡っていました。出発前に確認するなり、もっと早く気づいて指摘するなどすればよかったのですが、「私の準備は万全だ」と「すなわち何か起これば私のせいではない」も少し混じり、「お金も払って全て手配したんだからもう何も考えたくない」のベールをかぶり、とにかく私は車の中で多少緊張はしつつも、リラックスして座っていたのでした。

どうやらフロントの係がアメリカ人を拾うことをドライバーに伝えるのをすっかり忘れてしまったらしいのです。気づいて引き返してもらったはいいものの、30分遅れで約束のホテルに着き、彼はすでにどこにも見あたらなかったのでした。ルクソールでの遅れに懲り、30分も待たず自分でピラミッドへ行ったのでしょう。
かくして私たちにも1時間近い遅れとなってしまいました。ちなみにガイドのせいでは全くないのですが、彼は繰り返し
「僕のせいではない。ホテルの方にちゃんと言ってくれ。僕は何も聞かされていなかった。」
と言うのでした。別に誰のせいかは私にはどうでもいいのですが・・別に金を返せとも思わないし・・しかしやたらとそう言われると私としては若干腹が立つのです。エジプト人は皆さんこうなのでしょうか。。

さておき、車は更に南へ下っていきます。
ドライバーとガイドとの間の会話に妙に「ダフシュール」という言葉がよく出てくるのがやや気になりました。。
8時開始のクフ王のピラミッドの入場券発売に間に合うようにギザへ行くのかと思っていたのですが・・これ以上の間違いはこりごりだと思って聞いてみると一番遠いダフシュールから順に北上しながら見ていくらしいのです。
このガイドも信用していいのかいけないのか。。。


さてそんな人間の営みとは関係なく、ナイル川はまるで用水路のように緩やかに流れます。あるいはナイル川の本流ではなかったのかもしれませんが。
道々はロバ車に乗って草を運ぶ人、牛をトラックで運ぶ人、羊を追っている人、椰子の木やキャベツ畑、他の作物の畑などもあり、と、オアシスの素朴な景観が緩やかな時と河とともに流れていました。

2009_11_23bentpyramidさて、ピラミッドというのは有名なギザのみならず、死の世界を象徴するナイル川西岸に南北100kmに渡って砂漠にまるで星のように118も点在しています。
ピラミッドの最初の形はただの直方体だったのだそうです。第3王朝時代の天才建築家イムホテプが「何か画期的な建築を」と王に要請され、考え出したのがマスタバ墳だったのだそうです。マスタバ墳は、底辺が正方形の直方体を2段に積み重ねただけのもので、画期的??と思ってしまうのですが、その後ジェセル王のため、同イムホテプは紀元前2620年ごろに階段ピラミッドを創り出し、それが一応最古のピラミッドとしてサッカーラに残っているのです。
そんなピラミッド、最初の目的地、ダハシュールには初めて階段状ではなく、なめらかに造られた最初のピラミッド、スネフェルの屈折ピラミッドがあります。屈折しているのは、建造初めの角度が急すぎて途中から緩やかにせざるを得なかったとか言われていますが、はっきりはしていません。
もう一つあるのが同じスネフェルの時代に造られた「赤のピラミッド」です。赤と呼ばれているのは表面石がなくなり、赤っぽい石で覆われているから・・らしいですが、エジプト人はそうは呼ばず(どこが赤やねん、とガイドは突っ込みを入れていました。)、傾斜が緩やかなところから「スクワッドピラミッド」と呼んでいるそうです。

2009_11_23squadpyramidwithsou2009_11_23squadpyramid遠くから見るとさほど大きくもなさそうなのですが、近づくと圧倒されます。そして、入り口まで登るだけでも大変なことに気づきます。
さて、赤のピラミッドは中に入ることができます。写真撮影も可能。
2009_11_23redpyramid懐中電灯は必携アイテムです。真っ暗な狭い通路を降りていくのですが、何しろ階段が木で適当にあつらえてあるだけで、滑りやすいです。
降りていくと部屋が現れます。外から見ると石を(それも割と無造作に)積んであるだけに見えるのですが、中に入ると磨き上げられた石が緻密に積まれて階段状の天井を形成しているのが分かります。

2009_11_23ammonia更に通路の向こうに部屋があります。それにしても、噂には聞いていたものの、臭かったです。何の臭いかと言うと、アンモニアです。古代エジプト人が作業中に中で用を足していたのか、などとややロマンチック(?)な想像をしていたのですが、その後出会った考古学者さんによるとコウモリの糞から発生しているのだろうとのことでした。しかしなぜこの赤のピラミッド、ことスクワッドピラミッドのみ??
2009_11_23muscleacheそして臭い以外はほとんど空っぽでした。ピラミッドはどこもそうらしく、残っていても巨大な石棺のみで、盗掘されたのか、あるいはそもそも本当に墓として使われていたのかどうかすら実は謎らしいです。何しろ王によっては王一人に対していくつものピラミッドが発見されている例もあるのだそうで。
ピラミッドの合い言葉は「行きはヨイヨイ帰りは怖い〜」です。盗掘しようとした人にもそうだったでしょうが、観光に訪れる人にとっても、往き道はひたすら降りていくので膝が笑う、帰りは笑った膝が泣くほど筋肉痛になる。いや、ホント、もう一つ目のピラミッドからなりました。。_| ̄|○

2009_11_23soumemphis2つめの目的地、メンフィス。
紀元前3000年前、エジプトが初めて統一されたときに首都があった場所だそうです。
宿にいた歴史好きの男の子が「だからピラミッドがあるのはカイロの近くじゃないんですよ!当時首都だったメンフィスの近くなんですよ!」と妙に力強く言っていたのが印象的でした。
というわけで、当時はプタ神殿などかなり大きな建造物が建ち並んでいた都だったそうですが・・
今は見る影もありません。
まぁ、5000年以上昔の遺跡ですもんね。建物はほとんど残っておらず、あちこちから集めてこられた石像や柱の一部が晴天の元に展示されているのみです。
中でもこのアラバスタ製のスフィンクスと、建物に保管されているラムセス?像は有名らしいです。Wikipediaによると、このアラバスタ製のスフィンクスはプタの神殿の前に置かれていたとか。
2009_11_23ramseswithsouしかし、ラムセス?が生きていたのは古王国時代よりずーっと後も後、新王朝時代、紀元前1200年前後のはずなんですけどねぇ。。当時の首都はナイルをずっと遡った、テーベ(今のルクソール)のはず、と思って再びWikipediaを読むと、なんとメンフィスは、その後ローマ人がやってきてアレキサンドリアが建設され、アラブ人が侵攻してきた641年までエジプトで2番目の都市に君臨していたという・・その間実に3600年!京都の1200年がまるで子供のようですね。ただ、メンフィスはその後石材の転用に使われ、今のような廃墟と化してしまったようです。

2009_11_23papyruspillarsサッカーラ。ここは思いの外濃いです。
メンフィスのように都があったわけではありません。しかし、ここにはジェセル王のピラミッド複合体がかなりきれに残されている上、他にも色鮮やかな壁画の残る遺跡が多く残されています。
ジェセル王のピラミッド複合体は、階段ピラミッドの周囲に築かれた葬祭殿、王宮、神殿などから成っています。イムホテプの傑作です。駐車場からピラミッドへ向かっていくと、まずはこの柱廊を通ることになります。柱はパピルスの茎を束ねた形を模しているのだそうで。なるほどー。
2009_11_23stairpyramid中へ入ると、広場の向こうに階段ピラミッドが堂々と建っています。高さ62メートルであり、東西125メートル、南北109メートルだそうなので。まだイムホテプによってマスタバ墳がピラミッドに移行しつつある時代の作であり、もちろん後世建てられたギザの三大ピラミッドと比べると小振りです。当時から階段ピラミッドの形で、まだ表面石が使われた時代ではありませんでした。日差しがあまりに強かった上に一部工事中らいいところもあり、実はあまり細かく見ずに出てきてしまいましたが、次回はちゃんとピラミッドコンプレックスの仕組みを見たいものです。
2009_11_23carryingstones2009_11_23localpeople復元作業をしているのか、ピラミッドの石を運んでいる人たちがいました。5000年前もこんな風に石を運んでいたのでしょうか。座って休んでいる人たちもなんだか雰囲気が出ていて撮ってしまいました。残念ながらピラミッドの中までは入れません。

2009_11_23stairpyramidtemple2009_11_23sandpyramidtempleウナス王の砂ピラミッドの向かいには神殿跡らしいものがあり、中に入ることができます。
中は撮影禁止(エジプトはどこもそうですが、おそらく袖の下を渡すと撮らせてくれます。それでもフラッシュをたかないのは常識ですね。)です。私は撮りませんでしたが。ピラミッドの中には驚くほど何もなく、壁画すらありません。なので、実際はこういった小さな神殿の方が古代エジプトを感じることができます。入り口の貧相さ?とは打って変わり、中の壁画は色鮮やかで、当時の生活や儀式の様子が描かれています。河に浮かぶ船や水野中を泳ぐ魚の絵を見ると、エジプトがいかに豊かな国であったかが見て取れます。
2009_11_23intosandpyramidさて、ウナス王の砂ピラミッド。地元の修学旅行生のような団体がいて混雑しましたが、中は一見の価値ありでした。実はこのピラミッド内にはめずらしくびっしりとヒエログリフが描かれているのです。これはギザの三大ピラミッドでは見られません。

あとはギザかー♪しかし、意外な見応えに既に結構おなかいっぱいです。

2009_11_23carpetschoolさて、ツアーを取れば必ずついて回る、「観光客カモ見学」。別にガイドさんもとてもいい人で、断っても良かったのですが、まぁ世界で唯一踏むことを許されている芸術品、ペルシャ絨毯がどう造られるのかを見ておくのもいいかと思い、寄ってみました。それがなんと、1本1本縦糸に糸を結びつけて短く切っています。気の長くなるような作業です。しかし美しいですね。もちろん、ラクダの絵がかなりてきとーに描かれた小さな土産物など買う気はないわけで、かといって大きなものを買うお金も荷物の空きもないので、お茶だけ頂いて出てきました。

2009_11_23gizapyramidsいよいよギザです。
ギザはもはやナイル川を隔てるのみで、Giza map
カイロの目と鼻の先です。第一印象は「都会だ」でした。
みなさんはギザの三大ピラミッドはどんなところに建っている印象をお持ちですか?私は何もない広い砂漠のど真ん中に〜、で、ジープでもなければラクダでしか見れなくて〜、ってありふれた想像をしてましたが、実際はむしろ太秦の映画村ばりに開発されてました_| ̄|○
ピラミッドの間に広い道路が整備され、大型バスがばんばん走って何百人もの観光客を吐きだしていました。うあー

2009_11_23Kufu一番大きいのはご存知クフ王のピラミッドです。中に入れますが、別途料金100エジポン(エジプトポンド、1エジポン=15−20円)かかる上、入っても真新しいものはないから、とガイドさんに言われました。朝クフ王の墓に入るのに並びたいと思っていた私の野望は見事くじかれ、ガイドさんの腕が確かだときれいに証明されました。
なんと言ってもどこのピラミッドも中は空っぽで、クフ王の墓は3部屋あるのが他とは違った特徴に当たるらしいのですが、その3番目の部屋には入れないのです。
2009_11_23kufu2ガイドさん曰く「僕らの中では2番目のカフラー王のピラミッドが表面石も比較的残っている上、頂上も削れていないから一番美しいと人気だよ。しかも入場料はクフの1/4で安いしね☆」
玄室には石棺があり、フードをかぶった怪しげなエジプト人がライトを石棺にあて、どうだ、見てみろ、見えたらチップくれ、といった様子でした。石棺は黒い石で2009_11_23cammelできており、縁にはヒエログリフが書かれていました。
え?それ以外?・・筋肉痛に拍車がかかりました。
カメラは入り口で没収され、砂の上に放り出されるのでガイドに預けて行きましょう。
また、ラクダはあちこちにいますが、トラブルの元になるので乗らないようにしましょう。写真だけ撮って雰囲気を盛り上げて、と。。

2009_11_23guideこのガイドさん、名前がどうも思い出せないのですが、本当に腕が確かでした。英語は分かりやすく、第1王朝からの全ての王の名前を覚えている上、あらゆる名前の起源を3種類くらいの言語から見て説明でき、ヒエログリフは読めるどころかすらすら書けるという凄い人でした。で、三大ピラミッドの起源も聞きましたが、まぁそれはさておき。。
ピラミッドが建てられた経緯について、昔は奴隷が使われていたという説が有力でしたが、現在では違った見方がされています。というのも、建設に当たっていた人々が非常に丁重に扱われ、けがや病気の治療を施されたような跡が見受けられるのだそうです。現在ではナイルの洪水期の職場提供をしていたという説が有力なようです。ムカッタムの丘
さて、このピラミッドの石、全てカイロの東端のムカッタムの丘から切り出されています。ムハンマド・アリのシタデル要塞がある辺りです。その距離実に20km近く!当時はナイル川が氾濫すると、ムカッタムの丘からピラミッド工事現場までの間を全て水が満たし、石を船で運べたのだそうです。これが本当であれば、河川工事が施されていなければカイロ全土が毎年水の底に沈むことに!!

ここで問題です。石を持ってくるのには船を使ったとして、ピラミッドの頂上まではどのように運んでいたでしょう??通説では土の坂を頂上まで築いて人の力で引いて(車はなかったにしてもこんな感じ?)登っていたということになっています。。と、ガイドさんも言っていました。更にガイドさん続けて、「しかし!そんな人の力であんな大きな石を頂上まで引っ張ったなんて信じられますか?僕はもっといい説を知っていますよ。」
なになに・・
2009_11_23giza
(ごくり)

なんかおもしろそうだぞ・・・


「彼らは魔法を使ったのです。」

・・・・・・・・・・orz

「だって当時の人たちは今と違ったんですよ。魔法が使えたに違いないんです。こう、杖を使って石に向かって呪文を唱えるとふわふわと・・・」

えぇええぇぇ・・まぢすか。。_| ̄|○
あなたのようにヒエログリフも王の名前英語ももすらすらの知識人が・・??

(゚Д゚)ノ ァィ 、言葉を失いました。マジで冗談じゃないかと疑ってみたのですが、彼は私よりも100倍真面目な目をして真剣にそう言っていました。。
笑っては悪いような雰囲気さえしたので、同行のsouさん(写真の日本人男性)に訳して伝えるのにできるだけシリアスな顔を造ろうと必死になってみました。。
うーん、、私達がイザナギやイザナミを「まぁ、神話だし、昔のことだし、魔法くらい使ってもいんじゃね?ま、どーでもいーけど。」と思う気持ちを強めたような感じなのでしょうかね。もしくは宗教のように、得体の知れない古代エジプト人を崇拝している??

まぁそれはさておき。

2009_11_23climbing12009_11_23climbing22009_11_23climbing32009_11_23climbing42009_11_23climbing5

2009_11_23climbing62009_11_23climbing8たしかにピラミッドを形作っている石は想像よりも遙かに大きく、よじ登るのも一苦労です。ガイドさん、がんばって写真をいっぱい撮ってくれました。


2009_11_23sphinx後は少々自由時間ということになり、メンカウラー王のピラミッドに付属している神殿を見て、写真撮影タイムでした。
2009_11_23gizatemple神殿を抜ける廊下は写真ではよく分かりませんが、ぴかぴかに磨かれています。当時は顔が映るほどきれいだったのでしょう。2009_11_23kiss

廊下を抜けるとテラスに出、スフィンクスを真横から見れます。定番な写真を何枚か・・それにしてもスフィンクスって本当に小さいです。子猫です。


2009_11_23sphinx2そしてこの子猫に昔はあのツタンカーメンの黄金マスクやハトシェプスト女王にあるような棒みたいなあごひげがついていたのはあまりに有名です。そしてアラブ人に鼻をそがれ、ひげはイギリス人に“略奪”され、今は大英博物館に安置されているのだとか。。尚、エジプトはひげの返還を求めていますが、イギリスはいっこうに応じる気配がありません。

2009_11_23chin大英博物館に対して略奪品を返せと言っているもう一つの国がギリシャですが、それに対するイギリスの言い分は、
「お前の国には美術品を保管できるちゃんとした博物館がないじゃないか!」

・・・うーん。。でも泥棒したようなもんだしなぁ。。
2009_11_23pussieそしてギリシャはその国家財政を傾けて(いや、まじヨーロッパ全土どころか世界中を震撼させたじゃん!)、そして2000年アテネ五輪に合わせて開館予定だった工期を大幅に遅らせて、一昨年(あれ?昨年?いつだっけ?)美しい博物館をオープンさせたのです。
エジプトに同じ事情があるのかは知りませんが、吉野作治先生を通じて(?)日本から莫大な金が流れ、新しい博物館の建設に当たっているのは事実のようで。カイロ博物館は確かにちょっと窮屈ですけどね。
2009_11_23kufu&queenそうそう、小さいと言えば、三大ピラミッドの周りには小さなピラミッドがいくつもあるのですが、これらは実は王妃のピラミッドなのだそうです。男尊女卑?と思いそうなところですが、むしろ王一人の権力がそれだけ強かったのでしょう。カイロ博物館を見て回る限り、むしろどの彫像も夫婦仲が大変よく、お互いを尊重していた様子が伺われます。死んでまでも仲良く寄り添って、という方がしっくり来るような気がします。
2009_11_23getworld12009_11_23getworld2こんなおもしろ写真もみなさん撮られますね。ここに来たらもうこれしかない、って感じですよ。
ちなみに私の写真のスフィンクスには残念ながらおっさんが完全にかぶっておりますが、これでも大分待ってみたんですよ。なにやらよほど感慨深いのか一歩も動くことなく5分以上そこにいました。。ま、それはそれでおもしろい旅の思い出ということで。

2009_11_23kfc待ち合わせ場所は、ピラミッド地区を一歩出たところにいきなりどーんと立っているKFC・・・_| ̄|○
雰囲気ぶちこわし?でもなにやらエジプトっぽい像が見慣れた白ひげおじさんの定位置に立ってますが・・
いやいや、カイロ・ギザは大変な都会なんですよ。
京都の町中にもマックやKFCってあるでしょう??

2009_11_23sandwitchすっかり仲良くなったガイドさんにかなり遅めのお昼(現地人御用達サンドイッチ)を買ってきていただいて(もちろんお金は出しましたよ。ガイドさんと運転手さんのサンドイッチの分も。確か全部で100円200円とかでしたけど。)、車で頂きました。なかなかいけてますよ。揚げパンに具が挟まっている、エジプトの、実に定番料理です。

信じられないことに実はまだ続くのです。。この日は実に長い日でした。

ピラミッドツアーはこれで終了なのですが、パピルスの実演販売をしている店があるが見てみないか、と言われ、私は興味があったので行くことに・・(完全に疲れて車で眠りに落ちていたsouさんすみません。。)
2009_11_23papyrus1えー、パピルス。中国で紙が発明される(北京五輪の開幕式の様子は記憶に新しいです。中国で生まれた数々の世界的発明、もとい世界の三大発明をこれでもかと言わんばかりに見せつけていましたねぇ。。)よりも遙か昔に使われていた紙のようなもの。
2009_11_23papyrus2パピルスは茎が三角柱の形をしている繊維質の多い水辺の植物です。これらの茎を適度な長さに切って縦に裂き、水に浸して柔らかくし、縦横に組みます。こうして組んだものを布に挟んでプレスし、乾燥させてできあがり。
2009_11_23press1ノリも使っていないのに非常に柔軟で滅多に破れません。えー、道ばたのおっちゃんが売りつけてくるものは簡単に破れるというか、割れる上、異様に安いですが、あれはバナナの葉を使った偽物です。
2009_11_23press2しかしこの店は絵も彩色も質が悪い上、法外な値段をふっかけてきたので(まぁ観光客向けですから)、あれはないのか、これはないのか、とさんざん無理難題を押しつけて、「これが無いなら全部いらん」と言って出てきました。

お茶ごっそーさんでした。

次は香水屋。エジプトの香水は世界各国で使われている香水の原液で、アルコールを使わず、良質の油に溶いてあって肌にもいいのだそうです。なにやら名古屋清水口の美○堂を彷彿とさせる、鏡やら香水瓶やらでぎんぎらな店内へ案内されました。
これは「あ○まーに」の香水だ、あれは「ぶ○がり」と同じだ、など次々と端ばれてくる香水を片っ端から試し、私としては水仙の香りが非常に気に入りました。で、お値段は?
「50mlの瓶で30ドルね」
30ドル出せば日本の店で「あ○まーに」も「ぶ○がり」も買えるわい、あほか、と腹の中で思い、
「せめて10ドルだったら買おうかな〜」
「いやいや、1本ではまけれない。3本買え。3本で50ドルにするから」
「いや〜、でも1本しか気に入ったのがないし〜。むしろもっと小さい瓶にしてよ〜」
「いやいやいや、お客さん、、、」

お茶おいしかったです。
優秀で、押し売りに参加してこなかったガイドさんにはたっぷりチップを出しましたとも。

2009_11_23dinner12009_11_23dinner3夕食は宿の近くのじもてぃなところへ。適当に指さしで注文して食べました。

こういうちゃんとしたレストランでは値段も意外と張ります。おいしかったのですが、男性店員ばかりの2009_11_23dinner2店内に一2009_11_23dinner4人日本人女性という状況が耐え難く、そうそうに出てきてしまいました。まぁ、店員さんたちはノリのいい、よさげな人たちでしたけどね。


この夜、興奮しつつも疲れ果てていたものの、宿の方の健康相談に乗っていたため、かなり遅くまで起きていることになってしまいました。最も私としては久しぶりに本業が全うできた上、ほんの数週間前に読んだ本の内容が大変役に立って実にうれしいことでもあったのですけどね。

そうして、ようやく1日の終了です。おなかいっぱいです。

いやー、疲れました。何よりこれを書くのに(^^;
読んでくださった方、ありがとうございます☆そしてお疲れ様でした。



thegoddessofwind at 14:18|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 

November 22, 2009

Old Cairo 1

2009_11_22MrAbelaEgypt2009_11_22Oasis列車から見るオアシスの風景。






私の寝台車の係のおじさん。エジプトに来て心からチップをはずもうと思えた初めての人です。


2009_11_22RamsesSt22009_11_22RamsesSt1カイロラムセス駅。

かなり立派で、パリのサン・ラザール駅を彷彿とさせます。


市内は地下鉄で移動するわけですが、地下鉄には女性専用車両があります。女性専用車両に女性しか乗っていないのはやや異様な光景ですが、まぁ当然で、日本でもよく見かける風景です。ここでなにがおかしいかというと、他の車両には99%男しか乗っていないのです。乗っているのは旦那さんと乗っている奥さんのみ。それに気づいてからは私も絶対に女性専用車両に乗るようにしました。

2009_11_22OldCairoWallホテルでリフレッシュし、午後はオールドカイロへ。
世界最古のキリスト教の一つ(いわゆる原始キリスト教)、コプト教が残っています。
駅を降りた目の前にもう遺跡らしきものが見えるのですが・・・Old Cairo入り口はどこだ?!


2009_11_22OldCairoMainStガイドブックによるとかなりの数の小さなコプト教会が見られるはずなのに、メインストリートに続くのは壁ばかり・・???





2009_11_22Gaamaと、歩いていったら明らかにイスラム教と思われる建物が現れ、、ガイドブックを見るとガーマ・アムルとのこと。(もちろんOld Cairoは既に通り過ぎているw)
2009_11_22Gaamainside
中はいかにもモスク。入ってもいいものなのか分からず、靴だけは脱いで少し見て、そそくさと逃げ出すように出て行きました(^^;


2009_11_22Moore暑くて埃っぽい車道沿いに歩いていくと荒野があります。このだだっ広い荒野、実は800年間も荒野のまま放置されており、フスタートという名を冠して文化財として保護されています!!かつては一大商業都市だったものを、エルサレムの進撃に際しファーティマ朝が自らの手で焼き払ったとのこと。

BlogPaintさて、Old Cairoのあるべき壁のあたりに戻っても一度よく見てみると・・

・・・

ありました。
店の入り口かと思っていた地下への階段・・こんなものわかるかー!!

2009_11_22OldCairoUndergroundCity半地下都市と化しているOld Cairoの中です。
この当たりが作られたのは4-5世紀くらいでしょうが、こんなような道をキリストも歩いていたのかもしれません。




2009_11_22CoptChurch2009_11_22Coptfacesシナゴーグの一つ。
この幾何学模様なんて、キリスト文化とイスラム文化の融合みたいですね。実際にはキリスト教の方が古いので、案外イスラムがこれを見て真似たのかもしれません。
人間も、顔が体に対してやや大きく描かれていて、時々顔が鼻の低いややアジア系、あるいは中東の顔っぽい印象でした。
2009_11_22Copticpeopleコプト教の人々。






2009_11_22StGeorgeDome2009_11_22StGeorgeFacesサン・ジョージ教会。
こちらはヨーロッパにでもありそうな比較的普通の教会の印象ですね。



2009_11_22StGeorgeHall






2009_11_22Children2009_11_22ChildrenBig修学旅行生らしい子供たちがいっぱいいました。
みんなで写真を撮ろうとしていたので、撮ろうか?と近づいていったら私のカメラで撮ってくれ的な流れになり、何を言っていたのかさっぱり分からなかったのですがとりあえず自分のカメラで撮ってみました。
新しい土地に来て新しい民族や宗教を目にするととにかく警戒してしまいますが、彼らも私たちと何ら変わりないのでしょう。貧しいのでスリなどをする人も確かに多いのでしょうが、ほとんどの人はそんな犯罪とは無縁の人たちです。みんな大喜びで写真に入ってくれました。

宿に戻ると例によって他のバックパッカーが集まっていました。
女の子が一人。薬剤師で仕事を一度やめて世界一周をしているとか。一つの場所では本当に絞っていくつかしか観光地を回らないのだそうです。
久しぶりに救急外来患者苦情の話に鼻を咲かせられたのがうれしかったです。その後彼女は夜行でルクソールへ旅立っていきました。
さらに別の男性一人。フリーターで、モアイ島を含められるJAL系ワンワールドで世界一周中。バルセロナの宿で1ヶ月バイトしたりしてヨーロッパからシリア、エジプトなど回っているとのことでした。完全に疲れ切っていて今はホテルに引きこもってしまっているとのことなので、明日のピラミッドツアーに一緒に来ないか誘ってみました。
ピラミッドへ行く前にルクソールで知り合ったアメリカ在住のラトビア人を拾っていくことも手配し、順調な旅に満足しながら就寝。前回は寒く感じた部屋が今日はなぜか寒く感じませんでした。

thegoddessofwind at 22:24|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 

November 21, 2009

Luxor

2009_11_21dawnアベラ・エジプトから見るエジプトの夜明け。
ナイル川沿いのオアシスを南下しています。
時々家畜を引っ張る人や、川で洗濯している人なんかが見えました。素朴な砂漠の民の日常です。

2009_11_21breakfast

朝食。パンがあまりに乾燥していていまいち食欲がわきませんでした。









ツアーは非常に手際が悪く、やたらと時間を食いましたが、なんとかナイル西岸へ渡り、最初の観光地、王家の谷!しかし、ツアーに時間を食ったせいで見学時間が非常に短く、同行者のうちのアラビア外の人間は非難ゴウゴウでした。何が悪いかって、最後の合流した女性ガイドの最初の一言が「えー、みなさん、大変時間が遅くなりましたが、私のせいではないので文句はツアー会社に言ってください。」あほです。
2009_11_21KingsValley王家の谷も写真が撮れるのは駐車場までです。
チケットを買うと、3つまで好きな墓を見られます。ただし、ツタンカーメンなどは別料金。
私はツタンカーメンの話を小学3年で読んで以来思い入れがあったので法外な別料金を払って入ってきました。法外なのはツタンカーメンの墓のみ、本人のミイラが安置されているためでもあります。墓は本当に他のと比べるとみじめなほど小さく、いかに権力がなく、若くして亡くなったかをしめしていました。
他の墓は玄室までの通路が非常に長く、ありとあらゆる神々が壁一面に描かれていてそれはもう、大変美しかったです。

2009_11_21Hatshepsut012番目の目的地、ハトシェプスット女王葬祭殿。
ハトシェプスット女王は偉大ながらとんでもない人で、摂政をしていた幼い王(娘婿のトトメス?)を追いやり、自らがファラオとなり、様々な事業を行った人です。
2009_11_21Hathol紀元前1500年前のレリーフや壁画が未だ色とりどりに残されています。砂漠気候の賜ですね。
2009_11_21Oasisテラスからはナイル河岸のオアシスが見えます。



2009_11_21HatshepsutStatue2009_11_21Hatshepsutwithme

葬祭殿にあるハトシェプスット女王の顔は茶色に塗られています。さらに、あごひげがついています。これは自らが男性ファラオと同等の実力と権力を持つことを示したものらしいです。






2009_11_21InnerCourt
ただし、ハトシェプスット亡き後は、生前さんざん国外に遠征に追い出していた娘婿のトトメスにレリーフの顔をすべて削られてしまったとか。これがその顔が削られている第3テラス、もっとも奥の部分です。



2009_11_21Wallpainting2009_11_21ceiling2009_11_21Hatshepsut






なお、近年ハトシェプスット女王のミイラが同定されたのですが、そのエピソードはなかなかおもしろいです。時間があれば読んでみてください。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2245423/1726271
ちなみにWikipediaには「身長165センチ、太り気味で歯肉炎、関節炎、骨粗鬆症、糖尿病等を患っていた。歯肉炎治療のための抜歯による膿が全身を蝕み、約50歳で亡くなったという。」と書いてあってちょっとショックです。でもミイラで糖尿病まで分かるんですねぇ。私はミイラにはなりたくないです。

2009_11_21QueensValleyさて、王妃の谷。一番の見所となっているネフェルタリの墓は残念ながら修復中。。。ということを理由にガイドがまた「え〜、というわけで皆さんが行きたくないようでしたら時間も押しているので行きません。」と言われ、一同に迷いが・・私がおずおずと「でも私はちょっと行きたいな〜・・」と言ったところ、ガイド「えー、それでは皆さん、この女性たった一人のために王妃の谷へ行かなければならなくなりました。」はぁ?!なんだその言い様は!と思ったら、同乗していたアメリカ人男性大激怒!「おい、行きたいのはその子だけじゃないぞ!俺たちもいきたいぞ!!」とやや欧米人VSアラビア人的な雰囲気に・・
まぁ、結局アラビア人たちはバスに残りました。
王妃の谷は私の感想としては王家の墓よりも保存状態がいい印象でした。行って正解です。てゆーか、こっちとしてはもう2度と来れるか分からないのにガイドの偏見と希望で行き先変更ってちょっとありえなくないすか??

2009_11_21Memnonメムノンの巨像。昔は巨大な神殿があったのが、ナイルの氾濫で流されたとか、石が他の神殿に転用されてなくなっただのと言われております。

2009_11_21NileLunch
ナイルのほとりで大変遅い昼ごはん、飲み物別料金。次どうなるかも分からないまましばらく放置プレイされました。



2009_11_21Karnak1陽も大分落ちてからのナイル東岸ツアー。まずはカルナック神殿。2009_11_21KarnakEntrance

昔はこのスフィンクス参道がルクソール宮殿まで続いていたとか。現在その全てを復元しようとしております。



2009_11_21KarnakRamsesラムセス?像
2009_11_21Pillars巨大石柱、壮観。






2009_11_21AsianCitiesなんでもアジアの国々まで支配していたとか。ここのカルトゥーシュに書かれているのは全て支配していたアジアの国の名前らいいです。
2009_11_21Africanガイドは話もおもしろく、西岸の女性ガイドのような際だった失礼さは見受けられなかったのですが、たばこを吸いまくっては遺跡内に捨て放題していたのが非常に気にくわなかったです。自国の誇りたる世界遺産に何してるんだー!!
2009_11_21SacredPond聖なる池。ここで光と音のショーをするようですが、遺跡の外側にあって、期待できそうにないのが見て取れます。
2009_11_21Scarab


スカラベ。この周りを何回か回ると願いが叶うとかなんとか。










2009_11_21Luxor1ルクソール神殿。戦車で戦うレリーフが施されています。対になっていたはずのオベリスクの片割れは現在パリのコンコルド広場にあります。2009_11_21LuxorEntrance
振り返るとカルナック神殿まで続いていたスフィンクス参道が見えます。
2009_11_21Luxor2ルクソール神殿の中、アメンホテプ?の中庭。
2009_11_21TutAnkhAmon2
隅っこにあるツタンカーメン像はやっぱりとても小さいです。

ちなみにルクソール神殿の中には、遺跡と知らずに後生建てられたモスクがあります。取り壊して遺跡を完全に復元するのか気になるところです。







2009_11_21Papyrusshop
ツアーで知り合ったアメリカ在住のラトビア人と夕食を食べに。レストランのすぐ下にパピルスの店がありました。店の主人が自ら彩色しているらしく、非常にきれいな出来だったので、パピルスはほとんどここで買いました。値段もまぁ、良心的です。

2009_11_21dinner2009_11_21Latvian

夕飯は普通の洋食。ルクソール神殿が見えて素晴らしかったです。

この後は再びアベラ・エジプト寝台列車でカイロへ。私の寝台車の係がなんと往き道と同じおじさんで、同室の人が夜中過ぎにしか乗ってこないとのことで気を利かせてくれたために私は結果個室になり、エジプトの来て初めて熟睡できました。



thegoddessofwind at 23:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 

November 20, 2009

Cairo 2 カイロ博物館、アベラ・エジプト寝台列車

2009_11_20Breakfast朝食はテラスで。バックパッカーが集まってくると情報交換会になります。どんな旅をしているだの、どこへ行った・行くだの。

今日は夜ルクソールへ出発の日だったので、市内を歩いてカイロ博物館だけ見るのが目標です。2009_11_20Meat

まずは町中で若干迷いました。
こっちの肉屋は豪快ですね。

かーなーりー引きます。なんだかこう、生き物殺して食べてるんだぞ!っていうのを市民に教育しているような。。


2009_11_20CairoMuseumMorning
こちらがカイロ博物館。中は撮影禁止です。ちなみにこの写真が撮られたのは11時48分です。

中はもう、これでもかというほど古代エジプトの遺産が展示されていました。もちろんあこがれのツタンカーメンの遺品も。黄金のマスクはそれはもうさすがの美しさでした。金銀財宝はまぁ大したものなのですが、それ以上に細工が見事でした。金のベースに描かれているヒエログリフや髪の毛の線は、なんとすべて貴石を削りだして埋め込んであるのです。これは実物を見ないと分からない!
ミイラ室も圧巻でした。ラムセス兇離潺ぅ蕕發△襪里任垢、髪の毛まできれいに残っています。ラムセス兇生きていたのは紀元1200年頃。つまり今から優に3000年以上昔のこと。その遺体が未だにこんなに美しい状態で残されているというのは感動でした。
ちなみにミイラ室は別料金100エジプトポンド(1500-2000円)!アラビア人料金はおそらくその1/10以下。これはエジプト全土の史跡についてそうなっています。そしてそれだけ払った外国人は撮影禁止を守り、しずしずと厳かにミイラに敬意を表しつつ見て回るのですが、現地人はひどい!監視がいなくなった瞬間、さも得意げに携帯などで写真を撮りまくり、大声でしゃべったり笑ったり走ったり!
ちなみに見学中黒人男性にストーカーされました。「うぜーから話しかけんな!」って言ってやりましたけど、私はなぜか黒人男性によく言い寄られます。なぜだー

2009_11_20CairoMuseumEvening
まぁ、現地人の素行の悪さはさておき、私はしっっっっっかりと堪能させていただきました。
はい、退館時刻16時27分。通算4時間39分。幸せでした




2009_11_20CairoTower
寝台列車の時間までまだあったので、カイロタワーに登ってみました。これまた躊躇するほど高かったですが、西の地平線に・・



2009_11_20Giza
ギザです。
ギザのピラミッド群!砂埃にかすんで見えるのが幻想的でした。

なお、市内はモスクなどイスラム一色です。


2009_11_20dinnerアベラ・エジプト寝台列車。食事はまずかったです。
2009_11_20eatingcar食堂車(ラウンジ車?)はたばこ臭かったです。
2009_11_20sleeptrainベッドは快適そうです、ハイ。同室の女性はカナダ人でした。おやすみなさい。



thegoddessofwind at 17:22|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 

November 19, 2009

Cairo1

カイロ。
20年来の私の夢の地。
化石や遺跡に魅せられた私が7歳で日本に帰ってきて、祖父を通じて知ったエジプト。
「世界を驚かせた10の発見(発掘?)」の本で読んで強烈な印象を残したツタンカーメンの発掘の話。

そして20年経って私はようやくここに来ることができた。
1ヶ月に及ぶ過酷な一人旅の始まりでもあるけれど。

飛行機は残念ながら通路席で、着陸の数分前に「左側にギザのピラミッドが美しく見えます」とアナウンスがかかっても何も見えなかった。
しかし、快晴の空の下町全体が煙っているのや(砂?排気ガス?霧ではないのは確か)、砂漠や、思ったよりも大きなビルが定規で仕切られたようにきれいにならんだ大都市カイロの一部は見えた。

空港に降りたってまず思ったのが、
「乾いている」
飛行機の中は得てして乾いていて肌やら喉やらには大変な試練だが、空港に降りたってその乾燥した空気がまだ残っているというのは初めての経験だった。
ウィーンも乾燥している方だと思うけれど、比ではない。
税関は銀行でビザを買って難なく通過。ちなみにドルを持っているとすんなりビザが買えて便利。ドル安万歳。

2009_11_19toCairo迎えの人がちゃんと来ていて、車で街へ。空港の出口に早速オベリスク!
おそろしく車のマナーが悪く、渋滞している。驚いたことにみんながみんなことごとく車線を無視して走っている。3車線と思われる道路に4列になったり3列になったりしながら車が押し合いへし合いしていた。
ナンバーはすべてアラビア文字。下に小さくおなじみの数字が書いてあることもあって、ホテルに着くまでに0から9までの数字は覚えてしまえた。

2009_11_19Temple1空港からの道沿いにはHouse of Air ForceやらPoliceやら巨大な政府の建物が多かった。そしてかなりの数の壁画?を見たが、どれもこれも戦車が描かれていて、エジプトは軍事国家なのか?と思ってしまう。


2009_11_19Temple2
時折モスクが現れ、美しい彫刻の施された壁や塔が目を引いた。
ちなみにエジプトのイメージの神殿らしいものなどは一切見かけない。
街に入る前に視界が一度開けたが、見えたのはモスクの頭ばかりだった。

2009_11_19HighCourt市の中心街は大通りづたいにひたすら服や靴の店が続いていた。
ホテルのすぐ近くに大きな建物があり、何かと聞いたら裁判所だった。



ホテルはバックパッカーが集う安宿。日本人とエジプト人のハーフが経営しており、宿泊者は日本人がほとんど。ロビーでパソコンをさわっている人に話しかけたら、バックパッカーを5ヶ月やっていてこれからケニアへ行くのだと言う。

2009_11_19street荷物を適当に置いて散歩へ。
宿で勧められたレストランはよく分からず、とりあえず適当に歩いてみた。
何がどうって、とにかく緊張する。
通行人は男性が圧倒的に多く、女性はみんな頭にショールを巻いている。
それを見ていて私もショールがしたくなった。おしゃれのためでなく、ひたすら目立たないようにするために。
見渡す限り服屋さんなのにショールのありそうなところはなく、道ばたの露天で聞いたら
1軒目:6ポンド (1エジプトポンドは15−20円くらいのはず)
2軒目:25ポンド
ちょっとおしゃれなドレス屋:200ポンド以上
ガイドブックに「正しい値段なんてものは存在しない」と書かれていた意味がよく分かった。

マクドナルドのサインを見てそのまま歩いていたら大きな交差点へ。ふらふら歩いていたせいか声をかけられた。きれいな英語をしゃべる身なりのいい人で、弟さんが政府関連の仕事で日本に行ったりもしたとか。私がどこにいるかを教えてくれた。
「ギザへ行くならツアーやタクシーはやめろ、バスがいい。いろんな人から悪い話を聞く。」
ほうほう。
「観光のインフォメーションの場所を知っているから教えようか。」
おっと、いや、いりませんよ〜。
そういうところでよく詐欺まがいのふっかけをされるってガイドブックにあるんですね。まぁ、その人はそのまま去っていって、おそらく悪い人ではなかったと思われたけれど。

2009_11_192.5Lshop人がいっぱい入っていく建物へ。なにやらショッピングセンターだった。
若い男がやたらと声をかけてくるのがうっとうしい。道ばたではそうでもないのに。
2.5ポンド均一ショップを見つけてショールを買おうとしたら
「10ポンド。あっちの棚のは例外で2.5ポンドじゃない。」
と言われ、買うのをやめた。

2009_11_19foodcourt地下にはファーストフード屋が並んでいて、サンドイッチのようなものの店で適当に頼んでみた。
ホテルに帰って食べたがびっくり。
2009_11_19Sandwich肉のようなものは何かのレバーで、緑のものは青唐辛子だった。
死ぬほど辛いものではなかったが、なにぶんでかい。2/3でギブアップした。

シャワーは覚悟していたが熱いお湯はでなかった。23度くらいのぬるいよりは冷たい水のみ。体だけ根性で洗ったが、髪までは洗う気になれず。
エアコンも効いているのか分からないしうるさいが、インターネットはあるし、部屋はまぁきれい。

布団が寒そうなのでジャケットにくるまってサバイバル初日終了。

2009_11_19market
なお、窓の外には果物屋のマーケットが建ち並び、夜中まで喧噪が続いた。



thegoddessofwind at 22:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 

November 18, 2009

友人ラッシュ4

2009_11_18withJessie今日はこれまたドイツ語教室つながりのJessieに会ってきました。
彼女はアメリカ人で、ウィーンの方と婚約中です
ウィーン人の結婚観や生活観やらを話していてよく意気投合します。

ウィーン人は結婚にものすごく抵抗があるようです。Jessieも私も、できればウィーンに来る前に結婚してしまいたかったのですが、当たり前のように結婚せずこちらに来ることになっています。
結婚した方がいいのは、健康保険やらVISAの心配がなくなるからです。私はこの8ヶ月のために6万以上もする旅行保険に入る羽目になりました。まぁ、私の場合はウィーンだけではないのでそれでもいいのですが、それでも何の社会的立場もない状態で海外暮らしをするのにはかなりの覚悟がいります。
それでも!ウィーン人は結婚してくれません。

これにはおそらく文化的な背景と社会的な背景が両方絡んでいます。
文化的な背景の方は、そもそも結婚する人が少ないということにあります。オーストリアの南の方の村では一切結婚ということをしない村もあるんだそうで、結婚しないからといって別に浮気をするでもなく、子供もちゃんといてまるで家族さながらに暮らしています。
まぁ、結婚なんて紙面上の社会的契約に過ぎなくて、結婚したから二人の仲が未来永劫保証されるということは全くありませんしね。

というわけでその社会的背景ですが、オーストリアでは結婚すると逆に各方面からの援助が少なかったりして、デメリットが多いです。
たとえば、子供がいる場合、結婚していなければ父親側と母親側別々に援助をもらえますが、結婚していると片方しか援助をもらえません。
更に、オーストリアは離婚率がかなり高い国ですが、結婚していると賠償金などの問題が発生し、たいていは男性側が多大な賠償金と、子供の養育費を搾り取られます。
収入が女性の方が多かったりすると、これが逆になったりもします。ウィーンでは女性も働いていないと年金をもらえないので、みなさん働いていますが、女性の方が収入が多いことだって往々にしてあります。
日本では結婚している場合、妻の分の年金というものが入ってきますが、ウィーンはこれもなく、結婚するデメリットが多いだけでなくメリットも少ないわけですね。

そんなわけで、ウィーン人男性には結婚に対して子供を作る以上の抵抗感がつきまとっているようです。

2009_11_18JessieJessieとはNaschmarktでお昼を食べ、クリスマスマーケットに出かけてみました。
これは美術史美術館前のマリア・テレジア広場です。
かわいらしい小物屋とともにpunsch(ジュースとお酒を混ぜて温めたもの)やgluewein(ワインを甘くして温めたもの)が出回ります。
みんなクリスマスプレゼントなんかの買い物をして、寒い中punschやglueweinを飲んで温まりながら立ち話をします。
私も一つ、ヴェニスのムラノ島製のガラスのペンダントを買ってみました。

さて、いよいよ明日から一人旅、どきどきです。



thegoddessofwind at 18:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人間関係 

November 17, 2009

友達ラッシュ3

2009_11_17Reika&Roaa今日はドイツ語教室の友達と会ってきました。
お二人ともご結婚されています。
"Kleines Cafe"という名前のカフェで文字通り小さなカフェでしたが、たばこ臭いたばこ臭い。しかもまぁ、あまりきれいなカフェではありませんでしたね。
Apfelstrudelはまぁ許容できる味かな。

2009_11_17Christmas街はすっかりクリスマスモードです。もうクリスマスマーケットもあちこちに立ち始めています。
写真はシュテファン寺院の前の大通り(ウィーンのど真ん中、歩行者天国です)です。
ライトでできたステンドグラスがかかってます。掃除でもしたのか以前見たときよりも白い印象を受けます。

2009_11_17FarewelDinner彼のお父さん(+彼女さん)がお別れディナーを作ってくれました。
彼女さんのMariaさんはすごく料理が上手です。今日はラム。お二人は年に数回クレタ島に行くので、いつもサラダはギリシャ風です。ジャガイモがとても甘くておいしかったのですが、かなりのこだわり農家が作っているいいジャガイモなんだそうです。
2009_11_17wine
ワインにはサン・テグジュペリと書かれていました。あの星の王子様のサン・テグジュペリの家族が経営しているワイナリーがあるようですが、それとは違うもののようです。



thegoddessofwind at 23:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 16, 2009

友人ラッシュ2

2009_11_16Anna今日は二人。昼間日本人の友達、夜は彼の友達。
芸術家さんです。
とっても素敵なAfternoon Teaを用意してくれました。
サンドイッチは自家製マヨネーズを使ったエビの手作りサンドイッチ。
お茶は彼女お気に入りのロシアンティです。
シナモンやベルガモットやらいろいろなハーブの香りがとてもよくてつい飲み過ぎてしまいました。


thegoddessofwind at 21:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 15, 2009

散歩

今日はまた久しぶりに晴れました。
晴れた秋のウィーンは美しいです。
これだけ天気が悪いのはめずらしいですが。
というわけで少しPrater公園を散歩しました。
凧あげをしている子供がいました。
紅葉がすっかり散って低い太陽がまぶしいです。

夏の日は日本より長いですが、冬は本当に短いです。
よたよたと太陽が遠慮がちに昇って、向かいの建物の上から日差しを部屋に運んでくれるのはほんの2-3時間、そしてまた部屋は暗くなってしまいます。
でもなぜか地平線上にいる時間は長くて、目線の高さにいつまでもまぶしく差し込んでいるように思います。

thegoddessofwind at 13:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

November 14, 2009

友人ラッシュ

ウィーンを発つ日が近くなって、色んな人に会う機会が増えている。
今日はまさにピーク。

昼、恒例の昼食会、なにやら皆ささやかな餞別(というか旅行グッズ?)をくれ、しばしの別れを惜しんでくれる。

次は父方のおばあちゃんの誕生日会。
ケーキを食べて、セクト(オーストリアのスパークリングワイン)で乾杯して、そしてプレゼント。
私の渾身のプレゼントはものすごく喜ばれ、300回くらいお礼を言われてお別れのキスがいつもより10回くらい多かった。
プレゼントの中身はデジタルフォトフレーム。発案私、彼がインターネットオークションで新品に近くて画面の大きいものをうまく探してくれた。
おばあちゃんは今年で89歳、デジカメを使うどころかテレビのリモコンの操作もあやしい。でもすごく元気で家政婦さんを雇って今も一人で郊外の大きな家に住んでいる。
そんなおばあちゃんの義息子がベルリンにいて、デジカメできれいな写真をよく撮るのだが、いつも写真屋で現像するまで見せられないということを聞いて思いついた訳で、今回のプレゼントは大当たり。

昨日の夜きれいにラッピングしてカードも作り・・
PresentOmiGeburtstag


これほど喜んでもらえると私も幸せです

そして一人友達が遊びに来、夜は彼の高校の友達の誕生日パーティ。
とにかくたばこ臭くてかなわなかったけれど、中にニューヨークから来ている研修学生(大学生のうちにちょっと社会人経験半年間というもの)がいて、ホルン吹きとのこと。まだドイツ語もしっかりは分からない中、身の置き所のなさそうな顔をしていた。私と彼が音楽の話を振るとめちゃくちゃうれしそうにしゃべっていた。そして程なくして私たちが帰ろうとするとまるで置いて行かれた子犬のような顔をしていた。

若い。

と、思った。いい意味でも悪い意味でもなく、3年くらい前の自分を見るようだった。
要するに彼は留学生なわけであって、私の彼の同級生とは8歳近い年齢差があるはずなのだ。言葉の差だけでなく、当然会話の仕方も内容も違う。ウィーン人も普通の人たちは格別クラシックにも通じていない。

淋しいよなぁ・・
淋しいから友達のパーティについて行く、でも行けば行ったで淋しい思いをする。。

本当に自分を見ているようだった。

thegoddessofwind at 23:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

November 04, 2009

ご報告

Ring婚約しました


thegoddessofwind at 22:30|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

May 02, 2009

New York 5

05_03CentralPark1BlogPaint


今日は久しぶりに晴れて体調も回復したのでセントラルパークでお散歩です。
セントラルパークはとにかく広くて私はまだ全部歩いたことがありません。
今回も南側半分ちょっとで終了。
先日友達と会った高層ビルのラウンジが写真に写ってます。

P1010370P1010373

シャンパン付き英国式アフタヌーンティーです♪
量が半端じゃないです。
アメリカのレストランやカフェは量が少ないと評判が悪くなるらしいです。それで食べきれないほどの量をサーブして、余るとどんな高級レストランでもお持ち帰り可能です。

P1010379


最終夜のGoetterdaemmerung、神々の黄昏です。
解説には最終場面で崩れゆく城の彼方に炎に包まれて燃え落ちる神々の城が・・とあって、Otto Schenkならその通り作るだろうと楽しみにしていたらちょっと違っていました。それだけがちょっと残念・・。
P1010383
メトロポリタン歌劇場の外観です。
両側にシャガール、中心にあのLobmeyrのシャンデリア・・壮観です。


明日は次なる目的地へ出発です(・◇・)ゞ



thegoddessofwind at 23:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 

May 01, 2009

New York 4

!BPqGv1!CGk~$(KGrHgoH-EQEjlLlwfrpBJ0sN1bec!~~_3
5th Avenueを少々お散歩してきました。
Tiffanyでめちゃかわいいカエルのイヤリング発見!でも150万はちょっと高いよねぇ・・





05_01DinnderwithA05_01DinnderwithA&

夜はNY留学中のお友達とお食事です。
経済学専攻のメチャできる人です。
彼女さんもいい人です。
どちらも本をいっぱい読んでよく勉強される方のようで、彼の誕生日プレゼントにあげたのが"POSNER; A Failure of Capitalism"・・・



thegoddessofwind at 22:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 

April 30, 2009

New York 3

04_30Lunch104_30Lunch204_30Lunch3

これまた素敵なランチです。
私は料理の写真を撮るのが好きです。
盛りつけも繊細で美しくて味もおいしかったです。
真ん中の写真は私の1コース目で、マダイです。
NYでおいしいシーフードを出す店ではハマチやらマダイやら日本の魚の名前をよく見かけます。

04_30Met
さて、今日は三夜目のSiegfriedです。
指輪の行方、Bruennhildeとの運命やいかに、、

これがメトロポリタン歌劇場です。
とってもモダンです。左右に巨大なシャガールが1枚ずつ飾られています。でも大きすぎて歌劇場内からはあまりしっかり見れません(^^; パリのガルニエのような天井画はありませんが、ウィーンのLobmeyrという店で作られたシャンデリアがロビーと劇場内にあります。
LobbyLobmeyr
ロビーの写真です。2階にレストランがあって上流階級な人たちが休憩時間に大慌てで豪華な夕食を召されたりします。

このシャンデリア、実は昨年ウィーンに一時帰国してLobmeyrで大清掃・修繕されました。かつてのスプートニク(小さい衛生クリスタル)がここの売店で劇場のカーテンの切れ端とともに売られています。

P1000850klP1000848klP1000847kl
Lobmeyrに彼の友達がいるそうで、夏修繕されていたときの写真をもらってきました。
シャンデリアの大半が店の工場に入らなくて外に野外テントまで張っていたそうです。スプートニクがいっぱいです。

P1000842kl

 

彼ご自慢の写真です。
今まさにMETのロビーを煌々と照らしているシャンデリアのど真ん中にある巨大な核に、、座っていいの?!


04_30Siegfried00Siegfriedは楽しかったです。
Otto Schenkという方の制作による公演は今回のシリーズで正真正銘最後だそうです。Otto Schenkその人が制作監督をされています。
Otto SchenkはWagnerの作品においてWagnerのオリジナルの世界観を表現しようとされている今では数少ないオペラ制作者で、現代的抽象的な舞台ではなく、森や城、ドラゴンなどを忠実に再現されています。
Siegfriedはジョークも散りばめられていて、ドラゴン(原作ではWuerm、Otto Schenkの舞台でもジャバ・ザ・ハットみたいなの)との対決などとても楽しいお話です。
ちなみにOtto Schenk制作、James Levine指揮のDVDが発売されていて、お土産に買っていきました。



thegoddessofwind at 23:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | My favourite things - Classics

April 29, 2009

New York 2

4_29BDlunch
今日は彼の誕生日なのでちょっと豪華なランチに行ってきました。
ソメイヨシノはもちろんもう散ってしまっていますがNew Yorkでは八重桜が見頃です。
八重桜がNew Yorkにこんなにあるのもびっくりですが、それを幹ごと切ってきてどかんどかんと花瓶に挿しちゃうのは、、なんていうかさすがですよねぇ。
まるで桜の木の下でランチしているかのようです。


4_29CentralPark

4_29Marcel
夜はお友達に会いました。
セントラルパーク南西の端にある高層ビルのラウンジです。
なにやら中国風のホテルのフロントがあるのですが眺めが素晴らしいです。


お友達は彼がNYで一ヶ月くらい国連大使のインターンをしていたときに知り合ったとか。
こちらで会社員されてますが、世界中の支社を飛び回って経営状況をチェックされている非常に優秀な方のようです。

一緒に話していると政治・経済はもちろん芸術の話までかなり深くご存知で、それこそ今回のニーベルングの指輪についてもプロダクションやら歌手の名前まで話題にできてしまう方です。

世界は広いわ〜(・∀・)☆



thegoddessofwind at 22:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 

April 28, 2009

New York 1

4_28hotelというわけで世界一周最初の寄港地はニューヨークであります。

色々あって部屋を温室付きのスイートにアップグレードしていただいてしまいました。

4_28sick


でも翌日から胃腸風邪で寝込んでしまいましたけどね。

おかげで指輪の第一夜目行けませんでした




04_28Walkuere

メトロポリタン歌劇場のニーベルングの指輪、第二夜目のWalkuereです。
まだ体調はかなり悪かったのですが無理して行きました。だってドミンゴ出てるし!
Siegmund役です。かなりお年なのでふらふらの声かと思いきやめちゃめちゃ張りのあるきれいな声でびっくりでした。さすが三大テナーですね。
でも私が一番きれいだと思ったのはSieglinde役の人でした。



thegoddessofwind at 23:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | My favourite things - Classics

April 25, 2009

Departure

というわけで2年間よくがんばりました。いろいろな武勇伝、おもしろ小話などありますが、割愛させて頂いていくつか写真だけ載せさせていただきます。
P9122635P6052438






P3203447P2083275






すごく楽しかったです。人間一生懸命がんばると楽しいものです。 え?大変なこともいっぱいありましたよ?でもそれ以上に楽しかったです。

P4253652

行ってきます。寛大な両親に感謝であります。

thegoddessofwind at 07:50|PermalinkComments(1)TrackBack(0)