霊地王生路が住んでいる教会

"ナマジラン"を始めとし千の名義を名乗る正体不明の底辺絵師が どんな趣味趣向や性癖や設定も容認される『多様性』と、 自分を生きていていいと信じそれを味わう事が出来る『自尊心』と、 誰にどんな欠陥や障害があったとしても、 皆で支えあう事で乗り越える『団結』が重んじられる世界を実現するまでの記録。 掲示板:http://jbbs.livedoor.jp/otaku/16014/

人の仕事を見て不満足と思えば自分でやってみろ。
人の商売が下手だと思えば、自分でその商売をやってみるべきだ。
隣の家計が上手くいってなかったら、我が家の家計を上手くやってみろ。
人の著書を批評したかったら、自分で本を書いてみろ。
学者を評価したかったら学者になれ。
医者を評価したかったら医者になれ。

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犯した罪に対して法的な制裁に飽き足らず、以後社会そのものから放逐・抹殺すべくネットリンチやキャンセルカルチャーを正当化する人達なんだなと。

「いかなる事情があろうが罪を犯した者が100%悪い」と断ずる価値観で「罪を犯すような人間及びその人間性が悪(まともな人間はそもそも罪を犯さない、罪を犯している時点で手遅れ、正直で正しい人間が偉いに決まっている)」と考えられ、「罪を憎んで人を憎まずの諺自体が罪をうやむやにする綺麗事」「そもそも、罪と心はワンセットであり、罪を憎んで人を憎まずの教え自体が間違っている」と見なしているんだなと。

実際に罪を憎んで人を憎まずで検索したトップには「罪を憎んで人を憎まずと宣うのなら、お前は昨今の独裁者を憎まないのか?」とする言説まで存在してしまっている。

だが、更生を阻害すれば加害者が再犯し、新たな被害者が出てしまうため、本来なら罪を憎んで人を憎まずの諺は決してこの世から無くしてはならないものでもある。

その一方、被害者からすれば加害者がこの世に生きているだけでも苦痛で、加害者の更生を望まない(むしろ出禁・村八分・退学・懲戒・永久追放による徹底した社会やコミュニティからの排除や、刑事/民事による厳重な処罰での「破滅」「人生終了」を望む)と、被害者自身が憎しみに呑まれてしまっているケースは少なくないのもね…。

てゆーか、ネットイナゴ・馴れ合い厨などはこれを「私刑を望む被害者がいる」「被害者は私刑を望んでいる」大義名分にしている。つまり、ネット治安面で法整備されてしまうという、万が一の緊急事態の際は「獲物」を探すのをやめて、前述の憎しみに呑まれた被害者から、私刑を望む被害者を探せばいいと考えている節がある。一殺多生の精神で「加害者だけが自分の犯した罪の報いで一生涯苦しめばいい」と本気で思っているんだ。

特にいじめ被害だと顕著であり、加害者へのバッシングに対してこのことわざを持ち出したところで「加害者へのアクロバティック擁護」と冷ややかに見られるだけである。

むしろ、一連のバッシングは単なる「自らが犯した罪に対する報い」であり、それを注意したり誹謗と混同したりするのは言論弾圧であると、人としてのモラルの問題にされるのは非常に嫌われる。

酷いケースだと「アイツらは人じゃないからセーフ」と逃げられる。別にいじめや差別をなくしたいのではなく「人間が人間である限りこういった事例はなくならないし、加害者もいなくならない」という諦観と「自分がやる側になれなかっただけ」という社会やスクールカーストへの憎悪や怒りも無関係ではない。

なにせ、SNSでは綺麗事や建前でいじめっ子を更正させ、刑事罰や民事罰が与えられる事態を回避するような話よりも、被害者が加害者の悪行を時効間近になってから受験・就職など人生の節目に告発し、加害者やその家族のうまく行きかけた人生計画を寸前になって粉々に破壊する話の方がバズってしまうのだ(なんなら、被害者が加害者に合法的に復讐を果たせるライフハックとすら扱われている)。

「犯罪や不正に対しては厳罰を以て罰しておかなくては、他のまともな人間の居心地が悪くなる」割れ窓理論や「少数の悪人はコミュニティを腐らせる」理論がネット上だと貴ばれがちな事情もあるのは…。

規律の厳格化や罰則の厳罰化、更には「罪を綺麗事や建前でなあなあにせず、犯せば然るべき罰とコミュニティからの排除が与えられる現実を明示」して治安の改善が報告されるなど、「諺や教えを鵜呑みにせずに、厄介者の存在を許容せず恒久的に排除した方が結局は皆の為になる」とした事例なんて本当にあるの…?

例えば道徳の授業で先生が「いじめはいけない、皆仲よくしよう」と語るよりも、弁護士が「いじめ=明確な犯罪に対する〈刑事罰(懲役・禁固・罰金)〉〈民事罰(慰謝料・損害賠償)〉=過ちによって招来される罰の具体例を提示し、犯した人間は法律で罰せられ、学校からも然るべき処分が下る実態」を明示した方が、校内における犯罪行為に抑止力があったらしいけれど…ただし、それはいじめ行為の発覚や加害者の更生・行動改善と被害者への謝罪・賠償にも繋げる意味もあるものであり、社会からの抹殺ましてや違法な制裁を肯定する意味ではないのにッ!!。

現代社会においてはもはや不正や犯罪に対しては法的のみならず、何年経とうと決して風化させず、いつまでも引きずって批判や非難を続ける、金輪際コミュニティに入り込む余地がないよう居場所をなくすなどの、徹底した社会的制裁によって『報い』を受けさせるケースが貴ばれるようになっている。憎まれたくなければそもそも罪を犯さなければいい(罪を犯している時点でもう遅い)、人を憎み許さずに排除してやった方が社会全体の利益になるなんて本気で考えているんだ…。

上述した通り「反省や贖罪の余地のない者をこの教えで憎まなければ、『罪を許された』と勘違いして再び罪を犯し社会にとって害・脅威となる可能性が高い(ので、罪を憎んで人を憎まずの教えは一概に適用されるべきではない)」とする極論の持ち主なんだわ…特にどこかの自称プロイラストレーターは。

つまり、誰かを問題人物として叩くような人達は…

いかなる事情があろうが犯罪は犯罪・不正は不正であり、犯した人物を断じて許すべきでない
犯罪加害者や不正者に対して思いやりや思慮分別はいらない(ネット上においては、犯罪や不正に対しては暴言や差別用語を用いてでも、徹底的に糾弾するような事例は後を絶たない)
被害者や我々の前から消える選択肢、つまり自殺こそが最大かつ唯一の贖罪である
他人の人生を狂わせた以上、幸せを掴むなど許されない(もちろん家族も同類と扱われ本人と同等の扱いを受ける)
被害者が守られなかった人権で加害者が守られるのが不愉快なので、そのような者達に人権などいらない(ネット上においては人権の意識や価値は薄く「自分たちが持つべきもの」程度のニュアンスで捉えられている事が大半である)
「法的な処罰が与えられたのだから、もういいだろう」とはならない。
加害者を許すなど最初から不可能。被害者の気持ち、考えたことありますか?

などと、罪を犯した人物(「罪」そのものではない)を断じて容赦しないと、私の大嫌いな非常に不寛容な考えの持ち主なんだわ。

これは犯罪行為だけではなく、別に誰にも迷惑をかけたわけではないが、人からバカにされる振る舞いをしてしまった場合も同様の扱いを受ける(一部の人から半永久的にバカにされ続ける)。ネットでは一度の失敗を半永久的に許さない人が一定数おり、その人に半永久的に粘着されてしまうようになるのもやるせない。

サブカルチャーでも「罪を犯した人物が許される事なく破滅する」事が求められる傾向は例外ではないのがね…。古くは『さるかに合戦』等に連なる加害者が被害者・遺族及びその代理人からの報いを受けるざまぁ・復讐もの・もう遅い等々のジャンルが既に確立され、このような作品ではこの教えなどまるで通用しないし、そもそもがこの教えを鼻で笑うような擁護や同情の余地などない憎まれ役である話が大半である。(ゴブリンスレイヤー、五等分の花嫁、進撃の巨人、暗殺教室、クロスアンジュなどが顕著で、私がそれらの作品が心の底から嫌いな理由はファンの素行とそれを放置する作者の態度もあるけれど、これもある。)

なので、たとえ復讐が加害者から受けた苦しみ以上に陰惨なものであろうが「復讐が陰湿すぎていくらなんでも可哀想ではないか」「もっと別の方法で償わせられなかったのか」とした、同情の感想を抱くのはむしろ的外れなのかな…。

このジャンルで加害者に求められている役割は、罰を受けて自ら犯した罪への反省や償って更生ではなく、厳格かつ明確な罰・制裁により栄華や人生そのものの終焉=罪を犯した者が報いで厳罰に処される展開が話の締めで…。

つまり罪人に到底償えない重い罰ないし極刑が与えられ、人生そのものを棒に振ってしまう流れ自体が目的で、その先にある贖罪や更生(人生のやり直し)など期待されていない。誰も加害者や罪人の再起など興味はないので、逮捕ないし死亡してそのまま物語から退場か、財産や栄誉や地位を全て失い破滅した後の惨めな末路を語られるのが関の山である。

なので被害者への謝罪や被害者との和解に至ってはそもそも根幹が成立しない。自身の過ちの報いで破滅(特に自らの命での贖罪)しなければオチがつかないというのは…。

他にも作者や主要スタッフによる犯罪や不祥事で降板・打ち切り等の処分が下れば、過激なファンから「作品やキャラクターは悪くない、悪いのは罪を犯した本人自身だ」と犯罪を犯した人物そのものが批判の対象になるのは避けられず、復帰を許されずそのまま消えてしまうか、よしんば復帰できても「(元)犯罪者が作った作品」の風評に悩まされる事態となる。

なんで、こんな孔子の教えを頭ごなしに否定する人々がネットで増えたのか。

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その為に使っているのは生路は大概「mage.space」。
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「そう。人として生まれたからには、全ての欲望を満たしたい。 
忍耐だの我慢だの、そんなものをありがたがる人間はたくさんいるけど…… 
そういう奴に限って、欲望を満たす才能も力もないんだよ」

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どんな良い物もいつかは失われるものなんて考えが何につながったか、私はとっくに知っているのに…。

失われた作品を嘆く気持ちに私は全力全開で応える!!


…なんて、今、steamで買えるディスガイアやファイナルファンタジーとテイルズのリマスターとか、トロピコとかズンビーニとか、ニンテンドーswitchのオンライン加入特典のバーチャルコンソールモドキの他、ピクミンやドラゴンクエストのリマスターとか、それらをみっちり心ゆくまでプレイしてみたら、自ずとわかろうじゃないですか。

それ以上の事は私の口から言う事じゃあないね。


創作者の中には後先もう長く生きられる歳ではない時期から創作を始めた人物もネット上には存在するらしい。

この事実からも、今の長すぎる著作権保護期間が、作る側に強い負担を強いている可能性が浮上した。

「オーマジオウの力って、破壊するだけ?」
「創造の前には、破壊が必要だからな」続きを読む


やはり、素材や投稿サイトの利用禁止などの行為からわかる通り、穏便で平和的な手段を取らなかった事と、霊地王生路の方の事を言う前に自分達はどうなのか見えていない事、トラブルの危険があろうが権利者削除でもない限り作品を一切下げたくないなどの生路の方の気持ちを度外視している事、この3つにつきる。

「何故ダメと言われるかわかっていない」「自身の迷惑行為すら顧みることの出来ない人間が他人の迷惑行為を解決できるはずがない」とかいった、霊地王生路を中傷・差別する人達の言葉が的を得ている可能性は、一応、考えたのですが、どう考えても矛盾が幾つかあげられる上、ダメなんです。
まず、1つは自分が言われたりされる側になったら自分はどういう気持ちになるか、そういう言葉を言い放つは見えていない。もう1つ明らかに誰かの更生の為の説得や矯正をハナからできるわけがないと思っている事。割と色々とそれらの言葉の矛盾はあげられるが…「中傷や差別や荒らしを正当化しといてどの口が言うか」これが一番の矛盾。

霊地王生路の方に問題があったならば、他に方法があった。
著作権的な問題とかモドキキャラとかについては、「権利者」に生路とその作品の事を連絡して、権利的なジャッジを求めるとか。
これを実行する場合、彼らがどのような答えを期待しているのかと、そうなった場合、不本意でしょうが生路は受け入れないといけないのはわかりますよね?
もっとも、黙認通り越して無視や、著作権十割生路で良い代わりモチーフ明記も不要といった答えでも受け入れないといけないから、彼らとしては踏切りがつかないのでしょうが。

妥協や歩み寄りが出来ない、「死ぬまで許さない」ような対応をする相手で、価値観の異なる相手を尊重しない人物だとわかりきっている以上、明確なネットリンチに及んだとして、最終的に相手方の意向を無視した強制的な素材や投稿サイトの利用権を得た結果、断筆・撤退など、どんな影響が相手に出てしまっても問題は無い。

また、霊地王生路の方の信用がどうとか、霊地王生路の方の行動が広く周知されているという前に、自分達の方の信用がどうなのか、自分達の行動も周知されて悪評が流れる危険がある事が見えていない。

このままだと、カードワース界隈はいずれは「被害者当人」である生路の思想がアーカイブ路線なだけに、groupaskの権利で絶版になっている作品・素材の著作権を強制的に剥奪するか、絶版になっている著作物の作者当人に誠心誠意お願いして蘇生してもらうかの二択。

そういうやり方するような相手と関わったからこそ、生路は雑然と保存を主張するのをやめて、具体的な行動をとるようになっている。


最初に断っておくが、私は少なくとも私の誹謗中傷サイトで言われている程、断髪嫌悪ではない。
どうしてもやるせなさを感じる+どうしても選り好みが激しいだけで。

ちなみに断髪をメインにしていない創作物で生路的な好み・評価は…悪い方から先の順番に…

フェアリーテイルのウェンディ・マーベル、セイント・テールの羽丘芽美、五等分の花嫁の二乃の断髪は最悪な方に論外の大失敗、少なくとも個人的に好みじゃない。(最も、ウェンディと芽美は原作者ですらソレを認めているが)
やるせなさの方が強いのはアニメポケモンのセレナや、政宗くんのリベンジの安達垣愛姫の他…
男の娘だけれど暗殺教室の渚については、あの母親があれからでも髪を伸ばしたりしていたならばまだ救いようがあった。というか、潮田広海に対して割と同情的なのもあるが、同時に彼女は恥を捨てた行動をとるべきだっと思っている。
「微妙」なのがりゅうおうのおしごと!の雛鶴あいや、プリキュア系列のさあや、ほまれ、ひかる、まどか辺り…雛鶴あいの場合は「姉弟子」が髪を伸ばすようになるのとリバーシブルだけれど。
悪くないのは、黒猫のイヴとかだけれど…
「最高」なのは、ピーチボーイリバーサイドのサリーや、はがないの夜空、新米錬金術師の店舗経営のサラサとか…

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…最近、嫌な胸騒ぎがする。

職場の工場から帰って、疲れて眠る度に、『文化保存問題が元で著作権が滅亡した世界』の夢を夜何度も見る。

多くの作品が消され失われていった事がもとで、文化保存問題と絶版公害に関連して、長すぎる著作権保護期間が原因で、今後様々な問題が起きるまでにもうあまり猶予時間が無いような気がする。

私にとってすれば、いま生きている時代に、今、そしてこれから生み出されていく作品に加えて、過去の作品も自由に100%楽しむことができるというのは、文化的豊かさとしてコスト的負担や「昔描いた絵だから恥ずかしい」という作者の心情への配慮は一切無しも含めた何ものにも代えがたい幸せなんだよ。そのうち、解決できる手段が見つかるかもしれないし、ベルヌ条約を改正出来たら、何とかなるかもしれないし。

…そして、それが…あの言葉の最大の矛盾でもある。



嫌いなものや人をハッキリ嫌いと言い過ぎる。苦手なものや嫌いなものに必要以上、実際の感情以上に嫌悪感を示す。
他人の事を言う前に、自分はどうなのか見えていない者や、五等分の花嫁やゴブリンスレイヤーのようなファンのマナーの悪い作品とその作者を必要以上に悪く言って責める傾向が強い。

気質が需要屋故に文化保存問題を実際以上、必要以上に深刻な問題と重く受け止めてしまっている。
なまじ「客」ないし「ファン」が本能的に求めているものをアンケートなどを使ってキレイな嘘を求める声に騙されずに察し制作し提供するスキル「需要を知る程度の能力」に関しては、めっちゃ高いだけに、オリジナリティよりも自分の適性や趣味に合うかどうか、自分が狙ったユーザー層のニーズや趣味に応えられるかどうかを重視しがち。

なのに失われるものを惜しむ感情をコントロールできない。相手の意志意向だから自分は悲しいが静かに受け入れるという事ができない。
片や自分がされて嫌な事は自分は他人にしない、片や自分がされて嬉しい事は自分が他人にしてあげるでそれらの権利の必要性自体を否定する。
その二つに自分が抵触したら弁明せず自分の非を認める意思はあるけれど難しいタイプ。

あなたが迷惑をかけた人達の側を治すのはもちろんあなたの心もどうにか治療しないと延々と霊地王生路による被害者が量産され続けた末に、いつかの未来にベルヌ条約改正に手が届きあなたの理想が叶う事で悲しむ人を一定数出した上で叶うかもしれない事に誹謗中傷する人達は気づいていない。
あの人々は考えが違うからといって思い込みで攻撃的な発言や拒絶する対応をする前に霊地王生路の方の気持ちを知ってから考えてみるべきなのに。


「モドキキャラ」を元々造語した絵師がモチーフ有の創作キャラにモドキキャラという名を与えた頃にはキャラクターはすでに何人いたと思う?
その答えは「不可能という数字」
創作は長い歴史の中で無限に等しい膨大な数のキャラが日夜、誕生し続けているため見た目が被らないキャラを生み出すのはもはや不可能なんだよ。
実際、ポケモン公式はそれでパルワールドへの訴訟を諦めている
じゃあ、新たなキャラクターを生み出すには、どうすればいいかというと、最初から既存のキャラクターをモチーフにする、あるいは、複数の既存のキャラクターから部品取りのパッチワークするかの二択。
ソレが天才絵師Jacky氏が編み出したモドキキャラという造語のホントの存在意義。

私はカードワースとかで運用する試作品でない、完全体のモドキキャラを製造する際、大概は「コア」となるメインのモチーフ1つに、他の既存のキャラクターから色々と切り貼りしている。
生路は明確なモドキキャラやモチーフ付きでなくとも、モンタージュや特撮作品のスーツ改造・流用の要領の既存キャラクターのパーツのパッチワークでデザインする事が殆ど。
衣装は幹徒や由貴や湖岸の指定に従ってデザインする事も多い。
エレラカロルローゼ
レプルシザナセルシー輪郭黒脱ミラヴェルブルーム
SRPGstudioモドキキャラ作品のロウきゅーぶ!素体勢の内、湊智花モチーフ
のエレラはサモンナイト4のバレンの前髪、ファイアーエムブレムifのニュクスの後ろ髪が、袴田ひなたモチーフのカロルはFEifのフォレオの横縦ロール、FEifのアクアの髪飾りが、ミミ・バルゲリーモチーフのローゼは東方の博麗霊夢の髪飾りとリボンが使われていたり、硯谷の娘達がモチーフとなっている10人中、レプル、シザナ、セルシー、ミラヴェル、ブルームの五人が被っている帽子はFEifのフォレオの帽子の色違いだったりとかね。

まあ、実家の母親とその昔、鋲の人って東方音楽サークルやっていた姉からは、「ただし、何事にも限度がある」と言われましたけれど…姉さんの場合はワルナクの時の反省と教訓込みでのアドバイスなのはわかっているんだけれど…


以前の記事と併せて読んで欲しいのですが、誹謗中傷に限らず、差別とか村八分みたいな、他人に精神的苦痛を与えるような様々な行為や事象に対してネット治安に纏わる法整備が必要だと私は思う。

それも、拘禁刑の新設と同じように、加害者の行動改善や被害者の被害回復の為に何が必要かという観点から様々な、加害者と被害者それぞれの特性や願望に合わせた処遇をすればいいと思う。
誹謗中傷の他、私刑制裁目的の荒らしであれば処置入院やアンガーマネジメントの受講の義務を伴うネット制限、割れ厨であれば商品の買い上げとか、リク乞食であれば自分の手で必要としてきた絵や小説を描くこと(AI生成でも可)を強制する、後述の著作物や投稿サイトの利用拒絶による私刑であれば、相手の意志意向を無視して被害者がそれらを利用権を得られるとかね。

この動画で言われている事は参考までに。


主にwikiの形で作られる誰かの問題行動まとめという名の誹謗中傷サイト、これも法規制が必要だと思う。名誉棄損や信用棄損も加算された上で。

また、誹謗中傷に限らず、ネット上のコミュニティでの差別や仲間外れについても、当事者間の関係自体は被害者が加害者に嫌われたままで、こじれてでも、やめさせる法律が必要だと思う。
私が実際にそういう行為を受けていて、何とか法規制されて欲しいのは、フリー素材で規約の範囲で使えるはずの著作物や投稿サイトの利用を拒絶される事による私刑。
これをやめさせる法律が必要だと思う。たとえソノ結果、当事者間の関係自体はこじれたり、利用拒絶の禁止をされた側が引退や閉鎖を決めてしまおうとね。
まあ、そんな手塚治虫の言葉にも大幅に抵触するような行動をとった創作者に対しては、私個人としてはあるブログのコメント欄を見た心象から、可能ならばそういう著作権による私刑をした人は著作権の保護を受けられなくなるとかでもやり過ぎではないと考えますね。

個人的な見解だけれど、スマイリーキクチや木村響子さんの言葉とは裏腹に、あの人々がソレでも「優しさ」よりも「正しさ」を選ぶのであるならば、私はそれを否定しない。
だけれど、自分がされて嫌な事は自分は他人にすべきではない。
ここが誹謗中傷や私刑に当たるか、そうでなく真っ当な批判であるかの重要なポイント。
死ぬまで許さない…それを自分達に返ってきた時、私刑や差別をしてきた人達はどうするのかしら?
ここら辺の裁判に置いて重要視されるポイントであって欲しいと思う。


この記事で実際にそういう事が起きたかもしれない可能性を述べた通り。

割られた作品に合法的な入手手段が無い場合、割れ厨をブタ箱行きにしようにも、裁判の際に「被告人」にアーカイブス面の問題を喋られたら、権利者・権利会社が信用に無視できないダメージを受けかねないからですよ。

つまり、合法的な入手手段が無い作品を割られても権利者が裁判に勝てる公算は無いに等しい。勝てたとしても信用を失うからです。


今程そういう技術が進歩していれば、妥協案がある以上、それに加えて「他人に迷惑をかけない範囲でならお好きにどうぞ」で納得・満足してもらうしかないのです。


Internet ArchiveがFlashアニメ・ゲームの保存を発表―プラグイン無しでブラウザ再生可能に
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かつてのバーチャルコンソールや今のswitchオンラインのバーチャルコンソールモドキBOOK☆WALKERなどの電子書籍は「本当の意味」が何なのかが二つの可能性が考えられます。

一つは採算度外視で違法コピー防止の為の合法的な作品保存でアーカイブ配信をしている可能性、これは前も述べた通り。

もう一つの可能性は薄利多売かつ、私みたいな逃した魚を諦めるなんて悪行とする心理を商売に利用しているから、ちゃんと採算が取れている事。

これがベルヌ条約改正計画にどう関係するかというと、前者が事実であれば任天堂などの大企業が自分達の負担を減らしてもらう為にこぞって賛同する可能性があるし、少なくとも反対はしない。
後者が事実であった場合は、ユーザーサイドが私の理想に積極的な賛意を示す可能性がある。

それに加えて…私はついに世界貿易機関のXアカウントを特定した。これでベルヌ条約改正の為に、Change.orgで署名収集したら嘆願と署名をどこに送ればいいかはハッキリした。

残る、署名収集までにすべき事は…それらを終えたら…私は署名収集を出す。


「まずいハンバーガーをたべてはらをたてるくらいなら、じぶんでおいしいハンバーガーをつくって、みんなにたべてもらったほうがたのしいじゃないかと、あかおににすすめたのだ。」
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中傷や差別を書き込む手を何らかの手段で封じる仕組みや罰が必要だと俺は思う。
とる方法は手錠・リアル監視などの物理的手段、ハッキング・通信制限などの技術的手段の二択のどちらでも良い。(片や、日常生活に支障を与えかねず、片や無関係なネットユーザーまで巻き込みかねないという問題がありますが。)

ネット免許制は反対だが、俺としては、ネット犯罪や誹謗中傷・差別・いじめを犯した人間は、満額賠償金を支払うまでハッキング・通信制限などの手段を使って『月5ギガ以上の契約はできない』『Wi-Fiの契約及び公共無線LANの使用を制限される』『アップロード作品の著作権を一切保持・行使できない』『通信・書き込み・投稿をAIに検閲されて他人を傷つけかねない書き込みが全くできない』『現実の世界で関わっている人達にネットでした事を暴露される』『公共の大百科系・wiki系サイトの編集が一切できない』『ブロック・ミュート機能が使用できない』『幾分かのサイトへの立ち入りをブロッキングされる』等の法律制限をかけた方が良いと思う。

俺は恨みや憎しみを否定しない。対面で間近で恨みや憎しみを突き付けられても尚、相手の立場や気持ちを理解できない程、人間は善良さを欠いてはいない筈だから。

誹謗中傷や差別を生涯をかけて償い賠償する事になる日がくると俺は確信している。

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任天堂スイッチのバーチャルコンソールモドキのゲームをプレイしたり、マンガ図書館ZやスキマやBOOK☆WALKERで本を読んだりしてみたアナタはこうは思わなかったでしょうか?

「かなりマイナーな作品も配信されているけれど、売り続ける事にも負担があるのに、よくこれで採算が取れているな…いや、これ、本当に採算が取れているのか…?」と。

私ヘの誹謗中傷サイトでは「出版はそれ自体がコストを要するものであり、仮に電子版であったとしても少なくとも容量分のコストは確実に発生し、いずれは必ず赤字になる。」と書かれていましたが、赤字になろうが著作権が死ぬまで売り続けないといけないという説が浮上したらどうしますか?

あれらは「収益」ではなく「合法的な作品保存」と「作者側の信用維持」が本当の意味合いなのではないかと私は推測している。

作品ごとに、作者、演奏者、歌手、制作会社ほか多くの関係者がいて、大変な苦労をして作品を生み出しています。たくさんの人に向けて許可なくアップロードされれば、本来得られるはずの対価(お金)が入らなくなってしまいます。」というのは確かにそうだけれど、作品保存が元でそれらの人々の「信用」と「社会的信頼」が潰れたら?結局、結果は無断アップロードが蔓延した場合とほぼ同じじゃないですか。

では、この信用とコストの二律背反から作者側が逃れるにはどうしたら良いか?

そう、著作権保護期間短縮というわけです。ソレも、作者が生存している間にも著作権が死ぬ可能性があるところまでにね。

この説を昔、鋲の人って東方音楽サークルやっていた姉に言ったら「逃した魚を諦める事が去る者追わずができない客側の心理をうまく商売に活用できた、歩の無い将棋は負け将棋が商売でも同じ事が言えた、といった要因で採算はとれているのでは?」「つまり、生路は自分と同じ考えの需要側の人たちがそういう商売で採算が取れるぐらいたくさんいてそういう人達だけでなく、作者側も著作権が死ぬまで売り続けざるを得ない負担から逃れる為に生路の理想に積極的な賛意を示すと高を括っている考えているわけね?」と言われましたけれど。


 私が警察に行ったことを知った時、真っ先に自分自身の苦しみを私に説明してきましたね。生きていれば、誰しもが辛いことや傷つくことはあります。それでも、ほとんどの人は他人を傷つけることはせず、歯を食いしばって生きています。私だって、あなたの言葉によって深く傷つきました。ですが、多くの人の言葉に助けられてきたとも思っている。だから、他人を意図的に傷つけるような言葉は使いません。自分が傷ついたからといって、他人を傷つけていいと思って行動してしまうあなたは間違っていると思います。

 また、あなたはインタビューで、「炎上商法のつもりだった」と言っていましたよね。多くの人々に嫌がらせをしたりして注目されることが、あなたの幸せに繋がると思いますか。「恨み」という負の連鎖が続き、いつかあなたが苦しむことになると私は思います。現にこの法廷にいる時点で、あなたの行いは、自分自身に返ってきてしまっているとは思いませんか。私はあなたに罪を償い更生して欲しいと願っていますが、心を入れ替えるのか、今まで通り生きるのかを選択するのはあなた次第だと思います。「命の大切さ」「言葉の重さ」を良く考え、私や妻と娘を侮辱したことを心から謝罪できるような人になっていただきたいです。



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何が「やればやるほど自分の正当性無くして頭おかしい馬鹿だって喧伝してるのを10年単位で理解してないから」だよ。


周囲にとって取るに足らないことでも、本人にとっては必須の課題になりうるのならば、死活問題になりうるならば、俺はそれを尊重して助けたい。

本気で問題行動を起こす人を何とかしたければ、そういう優しさが必要だと俺は思う。

俺は作品が消されて悲しい思いをする人のことを想像できる作者であってほしい。

それで周りに嘆かれても「だから?」とか「で?」とかしか思わない作者なんて…クリエイターどころか人として失格だと俺は思う。


作品を必要とする人々を尊重する人だけが著作権を持てる世の中になったらいいのに。


私が一切作品を消さなくても、一定のモチベを維持できるのは、実に人として一般的な常識と良識にかなった誠実さあるものであると同時に、自己愛と被害者意識に満ちたシンプルで自己中心的な理由による物なのだから。
そう、自分がされて嫌な事や悲しい事は自分は他人にしない、だ。

たとえおかしな行動を繰り返しているととられようと、作品が消されて悲しかった思いをするのも、私の方が作者としてそういう思いを誰かにさせるのも私は嫌。
「何故、自分自身が他人によって作品を削除されて悲しい思いをしたのに、何故自分自身も自分の作品を削除するのか?」という私の疑問に対して、昔、鋲の人って東方音楽サークルやってた姉からは「悲しいが、仕方のないことだと理解して、作者の削除という決断を受け入れたわけです。そして、自分自身も作品の削除することを読者にご理解いだだきご了承下さいと、いうわけです。」って答えられた事も覚えていますが、それじゃあダメだと、ソンナ態度では著作権がいずれ滅びると思いました。

そして、それは匿名のユーザーから「世に出された作品が永遠に公開され続ける為ならば、作者の意思や主張は関係ないのなら、もちろんあなたの作品もあなたの名前を明記せずに自分や他人の名前で公開しても全然OKですよね?」なんて話が質問箱に来た事で、答えを確信しました。
ああ、作品の公開を取り下げる自由を主張し尊重することそのものが、他人の意思を尊重するとか、ルール・マナー・法律を守ることとかよりも、実にシンプルな事で簡単な話「他人にされて嫌だった事や悲しかった事を、自分は他人にしない」「自分がして欲しくないことは他人にもしない」という事が出来ていない事なんだって。

私の望んでいる事って、私の書き方ではどうしても回りくどい言い回しになりがちだけれど「消されたらもう二度と遊ぶ事も見る事が出来ないなんて嫌だろ。だから作品を保存しろ。」みたいな雑なまとめ方でも充分だと思っているんだけど、アップロード作品に永遠に存在するものなんてない事を証明するためには、まず私に対する素材や投稿サイトの利用禁止をすべて破棄して今後一切しないと確約しないと無理な気がする、とリアル知人からも言われました。


この際だから、ハッキリ言うが、私がされている素材や投稿サイトの利用禁止なども明確に私刑・いじめと認識している。
それに人に見せられる絵がどうとかいう言葉よりも…「絵は下手でも自力で描くべきなのだ。何故なら、それが自分を表現する手段だからである。そして、下手でもたくさん描いて成長し、自分らしさをアピールすればいい。」俺は…こっちの方が良い。

…ここから先は、良識ある人ならみーんな知っているか解っている事なので、本来聞く価値はない話でしかありません。ないのですが…

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【SNSとの付き合い方】
○ 情報を発信している人(人の気持ちを考えて)
✖︎ 不満を発散している人(自己中心的)
スマホのコントロールより、感情のコントロールが大切。



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もっと早よ目ェ覚ますべきやったんや…

不老不死なんちゅう悪い夢から…

命には限りがあるから大事なんや…

限りがあるからがんばれるんやで…
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発達障害の方の中には、同じ刺激でも敏感に感じたり、逆に感じにくいなどの、感覚処理が特異的な方がいます。

感覚は、いわゆる「五感」と前庭覚、固有覚をあわせた7つの領域に分類することができます。

前庭覚…身体の傾きやスピード、回転を感じる感覚
固有覚…身体の位置や動き、力加減を感じる感覚

一般的には小さく感じられる音がどうしても気になってしまったり、極端に乗り物酔いがしやすかったり…。

感覚過敏・鈍麻の方は「我慢が足りない」と誤解されることがしばしばあります。

過敏さや鈍麻があると、どんな風な困りごとが起きるのか?こちらに一例をのせておきます。

聴覚 「教室のざわつきで苦しくなる」「刺激がほしくて耳を叩きたくなる」
視覚 「白地の紙にプリントされた字が読めない」「LED電球の光がまぶしくて吐き気がする」
嗅覚 「石鹸、香水などの匂いで気持ち悪くなる」「自分の体臭への違和感を覚えづらい」
味覚 「特定の食材が絶対に食べられない」「変化が苦手で決まったものだけ食べたい」
触覚 「暑さ寒さの感じ方がちがう」「手をつなぐのが苦手」「刺激がほしくて体を叩きたくなる」
前庭覚 「乗り物酔いをしやすい」「姿勢保持が苦手」「ぐるぐる回らないと落ち着かない」
固有覚 「力加減が難しい」「よくものを落としたりこぼしたりする」

感覚の特異性から困っている人がいる場合には…原因をとりのぞく・はなれる・さける、感覚統合のアプローチなどが有効です。

「無理矢理にでも慣れさせる」という対処法は厳禁です。解決に繋がらないどころか、トラウマになるなど心身の健康を害するリスクが非常に高いです。

「普通の感じ方とちがうから」と言って相手の感覚を否定するのではなく、どんな風に世界を感じているのか知り、どんな工夫をすれば過ごしやすくなるのか一緒に考えていかれるとよいでしょう。
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