ロープを知る

The Official Blog of Model Ship Builder's Club "The ROPE"

2014年07月

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亀船は、当時朝鮮水軍が誇る戦艦で、李舜臣(イスンシン)将軍が創作、日本との海戦で活躍し朝鮮水軍を勝利へと導いた。

佐賀県唐津市の特別史跡「名護屋城並びに陣跡」は、豊臣秀吉の「文禄・慶長の役」における朝鮮半島への出兵基地となった歴史の舞台である。この海の日の三連休を使い唐津・呼子に出かけ、名護屋城跡に隣接して1993年に開館された名護屋城博物館を訪問した。お目当ては、安宅船と亀船の縮尺1/10の復元模型である。

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安宅船の模型展示の解説では、「日本水軍の最強軍船、攻撃力・防御力などの面で他の軍船より優れ、近代の戦艦に相当する。名護屋城図屏風に描かれた安宅船などをもとに復元製作したもので、総矢倉形式の船体に二層の屋形を持つ。全長38.0m、幅11.7m」とある。

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一方亀船の同解説は、「当時朝鮮水軍が誇る戦艦で、李舜臣(イスンシン)将軍が創作したといわれる。日本との海戦で活躍し、朝鮮水軍を勝利へと導いた。この模型は「李忠武公全書」の亀船などをもとに復元製作したもので、船の覆板を亀の背中のように装甲し、船内には天字銃筒など大砲を備える。全長36.0m、幅10.6m」とある。

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二つの模型が並列して展示してあるが、きわめて対照的だ。亀船は、帆装が再現され、上面すべてを鉄板でカバーし鋲鉄を建てている。当時の日本軍の戦法である鉄砲や切り込みを防ぐとともに、左右両舷の大砲から敵艦を砲撃できるようになっている。見るからに戦闘機能と能力が高い。

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これに対して安宅船は、城の櫓を搭載し、名護屋城図屏風では丹塗りの高欄などを捲いており、船そのものが優美なつくりとなっている。日本の歴史上まれに見る海外派兵となった「文禄・慶長の役」であったが、海戦における戦闘能力や制海権をどう確保するかといったことより、武士の美学というか、見栄えを重んじたことを感じる。海においては、朝鮮軍が有利な戦いができたわけである。

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当博物館の展示は、1)テーマ「日本列島と朝鮮半島との交流史」2)特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」の保存整備、3)日韓の文化・学術交流の3本柱となっている。入場は無料で、写真撮影も一部展示を除き可能となっている。ショップで、総合案内と復元模型の絵はがきを買い求めた。

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日本三大朝市の一つと言われる呼子の朝市を散策し、海辺のレストランで良く冷えた生ビールといかの活き造りを味わい、ご機嫌になって復元模型の鑑賞を楽しんだ。

(栗田正樹 記)


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受講生の皆さんが持ち寄った作品についての個別Q&A

前半は、キールとフレームを組み上げ、基準外板を貼るまでの作業を終えて受講生の皆さんが持ち寄った作品についての個別Q&A。最初の作業ということで、特に初心者の方の出来栄えが大変気になっていましたが、心配していた大きなミスもなく、ほぼ順調に進み始めているという感触を得ました。今後もこのペースで進めたいと思います。

後半は次回までにやって来てもらう外板張り作業の説明が主テーマ。基準外板から上下に板材を貼ってゆく手順や板材のA曲げ、B曲げの必要性、そのための治具の製作法やその使い方など、テキストによる講義とともに、講師が作成した治具や作品を実際に見ながら説明。

また、ウエルなどを貼る前の部分塗装やシャーレールなど厚手の板材の曲げ方等についても説明しました。こういった事前の準備をすることが製作作業を容易にし、かつ作品の出来栄えも良くなることにつながります。外板貼りは根気のいる作業ですが、焦らず、じっくりと取り組むことの大切さを説明しました。

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2回目ということで、質問等はまだ少なかったのですが、準備した「帆船用語英和辞典」や「39回帆船模型展示会作品DVD」も完売し、受講生の皆さんの帆船模型への意欲も感じられました。今後が楽しみです。

ー7月13日、喫茶ルノアール6丁目店マイスペースで帆船模型教室(第2回目)
(田中嘉明 記)


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先週金沢に出張し、銭屋五平衛記念館に立ち寄った。当館は、海の百万石と言われる豪商銭屋五平衛(1773年〜1852年)の業績と、北前船による北国の海運を理解するための施設で、平成9年7月に開館された。石川県が財団法人を設立して運営を委託する第三セクター方式を取っているのが特徴。入館料は500円、館内撮影可能である。

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目玉は、第一展示室にある縮尺1/4の北前型弁済船、御手船常豊丸(おてせんじょうほうまる)の模型。展示図録の記載によれば、「丁先:九尋一尺八寸(18m)、胴船張:二丈八尺三寸(9.4m)、深さ:八尺七寸(2.8m)を基準として、当時の標準的な北前弁才船の構造に合わせて考証した縮尺1/4の想像復元模型」とある。

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和船の用語はややこしいし、覚えるのも大変だ。これまでは、船の科学館が平成10年に発行した「日本の船/和船編」を参考書として、船の各部の呼び方を調べたり学んだりしていたが、頭になかなか入らなかった。今回、この縮尺模型の前にある北前型弁才船の各部名称を示したイラストの展示を見て、読み方がひらがなでも書かれ、また船全体が分かる一覧性もあり、大変参考になった。

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北前船の中でも日本海で活躍した弁才船は、他の弁才船と異なり、中央部を細くし、また船首尾を反り上げて船長を短くしたりして、ずんぐりむっくりの船型となっている。これは、当時の税金が船長×船幅×深さで算出されたため、積載量を変えずに税金を安くする知恵と工夫が加えられた。結果として、計算上の積載量(才石数)と実際の積載量(積石数)が異なる。船体の構造上も、より多くの貨物を積み込む工夫により利益を上げる努力もなされた。節税と稼ぎのためには、当時の日本人も活力が出た訳だ。

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当館の玄関ホールにある多目的コーナーには、縮尺1/30の常豊丸の模型が展示されていた。和船の模型に取り組めるのはいつになるか分からないが、製作の参考になるだろうと思い、この模型の写真も数多く撮影した。

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当館の横に銭五の館があり、往時の豪商の生活の様子が展示されているが、明治時代に作成された北前船の模型が箪笥の上に無造作に置いてあった。保存状態は比較的良好で、100年以上の展示に耐える頑丈な模型の製作を心がけたいと改めて思った。

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受付カウンターでは、資料や書籍が販売されていた。展示図録(これは良く纏まっておりお薦め)と北國新聞社発行の銭屋五平衛に関する書籍を蔵書として買い求めた。

(栗田正樹記)

石川県銭屋五平衛記念館のホームページ
http://www.zenigo.jp
北國新聞社発行 木越隆三著 銭屋五平衛と北前船の時代 2001年11月
http://book.hokkoku.co.jp/b48_2_5.html

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