水辺があるストックホルム市街地x
 水辺があるストックホルム市街地

博物館内のVASA
 博物館内のVASA

1628年8月10日スエーデンの新王艦(17世紀最大の軍艦の意味)VASAは建造した造船所から、1,300m出たところで突風に会い沈没した。333年後の1961年4月24日奇跡的にほぼ原型で引き上げられた。沈没現場のストックホルム港は塩分が少なく、木造船に付着して船体を食い荒らす船食虫が海中に居ない。この為VASAの船体は300年以上も原型を保つことができた。VASA号見学は、今回の旅の大きなミッションだ。

1620年代、大陸は30年戦争の真最中でスエーデンは主にポーランドと戦争をしていた。スエーデンのグスタフ国王は「一国の富は、神の次には国の海軍にかかっている」と言った。当時の海軍は物流、港湾の保護、税金の徴収等により国庫に寄与し、かつ敵国の港湾封鎖や敵国海軍を撃破したり、自国スエーデンの存亡、繁栄に大きく寄与していた。

1625年グスタフ国王がVASAの建造を指示した。1628年、王艦と名付けた17世紀最大の軍艦VASAは進水し、1,300m航行し沈没した。後日、甲板長ヨーランの証言によれば「港で30人が甲板を3回往復した、それ以上は横倒れになるので、できなかった」。グスタフ国王は大砲の過積載や完成を急いだために、VASAを無敵装備で「航行不能」な軍艦に建造してしまった。

博物館が近くなってタクシーの運転手に「博物館の向こうに見えるマストはどこの船が繋いであるのか?」と聞いたが、無言だった。なんのことはない博物館の屋根からVASAのマストが突き出ている。通常、ドックに上架された船は大きく見えるものだが、博物館に入るなりバーサの巨大さに圧倒される。それにしても大きい。船体は真っ黒で石のようだ。昔カイロの博物館で見たミイラは人型の真っ黒い石のようだった。樹脂で固めてあるようだった。

これがポリエチレン・グリコール(PEG)注入の船体か?VASAは重量1,080トン、900m3の樫の木で出来ている。1961年に引き上げ後すみやかに船体は、PEGをスプレーして船体の木部内に染みこんだ海水を入れ替えている。小さな部品はPEG液に浸した。水浸しだったVASAの木の細胞中の水分をPEGで入れ替えて、船体は亀裂や収縮を予防して鑞のように固めてある。(ネット情報によると現在、VASAの船体の木の繊維組織が腐食により毎年数ミリ変形している)

昔「毛沢東の私生活」という面白い本を読んだ。毛沢東の晩年約20年間主治医を務めた李志綏(リチスイ)が、毛沢東の生のリアルな日常生活について興味深い本を書いている。この中で毛沢東は1976年9月9日00時10分に死去し、死体に永久保存のためにホルムアルデヒドを22リットル注入した。華国鋒首相、江青、政治局員等を含め毛沢東の死、死体の保管(ホルムアルデヒド注入時に顔がパンパンに膨張し、その醜悪さに皆が恐れおののいた)にまつわるテンヤワンヤの騒動を読んだのを思い出す。

最上部のグスタフ国王頭上にグリフイン怪獣が冠を捧げ持つX
 最上部のグスタフ国王頭上にグリフィン怪獣が冠を捧げ持つ

船尾飾り中央部 「わら束」はスエーデン語で船名のVASAX
 船尾飾り中央部の「わら束」はスエーデン語で船名のVASA

ヘリウムガス密閉の棺中で、ホルムアルデヒドを注入した毛沢東の亡き骸。ポリエチレン・グリコールを注入して固めたVASAの亡き骸。(毛沢東も生前は火葬を了解していた)

船首メインレール
 船首メインレール

船首の上下のレールに立っている兵士は姿形が一つ一つ違っている。メインレールの像は溶けかかっているようだ。ガンポートリッドはやはり白井さんの本のとおりで、表、裏で板材の向きが90度違っている。ガンポートリッドの(船内側)にはライオンヘッドの彫刻が付いている。戦闘時に大砲を引き出して、その上にライオンヘッドが見えることになる。

ガンポートリッジと  スカッパー
 ガンポートリッジとスカッパー

大砲は当時、非常に高価なものだったので、1660年代に引き上げられた。このとき潜水機の歴史の中で一番初期の「釣鐘型の潜水器」が使われている。船から吊り下ろされた釣り鐘の中の空気を吸い、革製の服に革製のブーツ二足を重ねて履き、冷たい北欧の水深30mの真っ暗な海底で、手探りで15分/回作業したのだ!


船首上部、復元部分は区別の為に滑らかで明るい木材を使用したX
 船首上部、復元部分は区別のために滑らかで明るい木材を使用した

船体には釘の頭が多く見られる。キャトヘッドは先端の滑車部が舷側の内側になっている。アンカーロープはバウの内側から出るんだろうか??複製した木製パーツは明るい色で表面が滑らかになっている、昔の船の全容がよくイメージできる。

引き上げられたロングボート
 引き上げられたロングボート

引き上げられたロングボートも本船と同じ状態で保管展示してある。アンカーを引き上げるためのウインドラスがある。

縮尺レプリカの極彩色船尾飾x
 縮尺レプリカの極彩色船尾飾

船尾の装飾の複製が展示してある。えげつない色合いだ。VASAのど派手な色合いは17世紀の流行らしい。「権力と富」を誇示しているとか?とくにVASAはその顕著な例とされている。

復元された極彩色x
 復元された極彩色

「赤い頬、金色の髪、丸いピンク色のお腹をしたふっくらと太った天使たちがバラ色の胸と・・・」VASAの塗料は彫刻ごとに調査されている。銅の青、鉄の赤、鉛の白、等 建造した造船所が20余の染料を使っていることが分かっているそうだ。

縮尺レプリカ
 縮尺レプリカ

展示されている全体模型は、引き上げられたバーサの状況調査分析に基づく極彩色で塗られている。それにしてもバーサの装飾のきらびやかさはどうだ?

奇跡的に333年の眠りから覚め、ほぼ元の姿で現代に生き返ったVASAは本当に貴重な船だ。横転沈没の様子から船体の中には船員の死体など当時の生活そのものが納められている。もろくて美しい帆船、次の時代へ17世紀のロマンを長く伝えて貰いたい。毛沢東や(鼻の崩れた?)ホー・チ・ミン叔父さんなんかより綺麗な姿で長持ちしてほしい。


アバ博物館
 アバ博物館

近くの海洋博物館に歩いて向かった。途中アバ博物館に寄ってCDを一枚だけ買って5分で出た。海洋博物館は休館日だそうで、裏口からたまたま出てきた館長に、日本から来た、というとせっかく来たのならVASA博物館の裏にアイスブレーカが係留してあるから、と車で連れられた。

疲れていたが、断われないので車に乗せてもらって、再度博物館に戻って係留中のアイスブレーカに行った。博物館館長の引き合わせのため説明員が丁寧な対応をしてくれて恐縮した。日本のアイスブレーカ(砕氷船)について聞かれたが、何も知らないので困った。日本では氷が張ることはないのでアイスブレーカになじみは無い、昔、南極調査で砕氷船が活躍したのは知っていると伝えた。

ブレーカの船内に模型があった、船首にも左右にペラが付いている。このペラで前の氷の下の水に流れを起こし、氷を排除して前進するとか?彼らが始めた技術で、今もこの技術が使われているらしい。アイスブレーカは外観からは目立った特徴は見かけられない、船首のペラは珍しい。

アイスブレーカ模型 前後にスクリュウー
 アイスブレーカは前後にスクリュウーがついている

Google mapでホテルまで歩く、市街地は清潔でベニスのように水辺が近いので安らぐ。ちょっと寄り道をしてノーベル博物館に寄る。館内には受賞者の写真パネルや科学模型などが展示してある。有名なノーベル賞金貨のチョコを見つけて買った。孫の頭が良くなるようにノーベルおもちゃを買った。

ノーベル博物館
 ノーベル博物館

ストックホルムの町にはチャイニーズの観光客があふれているが、ノーベル博物館内にはチャイニーズが一人も居ない。受賞者が例の反体制派の人しか居ないからなのかな~と本気で考えてしまった。

ストックホルムの二日目の最後の夜は適当なテイクアウトが見当たらず、ホテル側の本格的?レストランに、この旅で初めて(メニューで唯一読めた)サケの料理を食べ、大枚1万円払う??

ストックホルムの夕食
 ストックホルムの夕食。寝酒のハウスワインを5杯飲んだのも予算オーバー!!