SM調教への扉

***このブログは、18歳未満の方の閲覧をお断りしています***  SM、調教、緊縛、拘束、羞恥、躾、お仕置き、罰、磔、鞭打ち、被虐・・・、こういった言葉に、密かに反応し興味を感じる女性のためのブログです。 このブログはリンクフリーですが、できればリンクされた際はご連絡を下さい。

「似て非なるもの」 元は中国の古典にある言葉で、「一見似ているが、本質は全く違うもの」を意味します。例えば、「大胆と無謀は似て非なるもの」と言った使い方をされます。

似ていても「非なるもの」ですから、両立は出来ない場合が多いと思います。

スポーツの世界では「似て非なる」競技を両方やることは、避けるべきだと聞いたことがあります。例えば、野球とソフトボール。バットスイングにしてもスローイングにしても本格的にやると違いのあるスポーツですから、二つをやると中途半端な癖がついて、悪影響があります。

二つのスポーツをするなら、まったく違うスポーツをする方がよいそうです。

性の世界でも同じことが言えるように思います。

ノーマルな関係
アブノーマルな関係

どちらも同じ男女関係ですから似ているところもありますが、やはり「似て非なるもの」です。ノーマルな関係にはその良さが、アブノーマルな関係にはその良さがありますが、両者には相反するところもあります。

二人の関係の軸をどちらの関係に置くのか。それは大切です。
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拾い画像ですが、おそらく安田成之さんの書かれたものです。

私は、本当に充実した自分らしい人生を送れている人は、100人に1人ぐらいではないかと思うことがあります。

まず、本当の自分を理解し、その個性や特性に気が付くのが10人に1人ではないでしょうか。

アメリカ等では一人一人の個性に着目し、それを伸ばすことが教育だと考えられています。しかし、日本はなんでもそれなりに出来る良く言えば万能選手、悪く言えばエッジのきいていない人間を重宝し、育てる傾向にあります。そのため、自分を見極めるという知的作業が不十分。結果として、表面的に自分の特性を考えて進路を決めても、自分の奥深い所にある本当のエネルギーや志向に気が付いていないことが多いと思います。

また、自分の本当の志向や適性に気が付いた人の中で、その夢の実現に向けて行動する人が必ずしも多くない上に、当然ながら全員が実現できる訳でもない。そのため、自分を知った上で自己実現出来ている人は、また10人に1人ぐらいではないかと思います。

結局、自分を本当に理解できた人が1割で、その自分を実現できた人がその1割、掛け合わせると1%=100人に1人となってしまいます。

ただ、残る99人が人生に不満を抱いているかというと、必ずしもそうではないでしょう。本当の自分を理解出来ていないが故に不満も持たないこともあるでしょうし、自己実現に向けて十分行動したが実現出来なかったという完全燃焼感を得ている人もいると思います。

以上は、一般的な人生、生き方を念頭に書きました。しかし、性的なことにもそのまま当てはまりそうです。自分の本当の性癖に気が付く1割の人、更にその性癖を満たすことが出来ているその中の1割の人、と言えます。

SMルームでなくても、女性を調教するのに梁のある部屋は便利です。M女は部屋に入ってその造りを見ると、これからどういうことをされるのか、実感するに違いありません。少なくとも、私にそういう部屋で調教されたことがある女性であれば・・・。

私の気の向くままに体をまさぐられながら、ストリップを演じさせれたM女。全裸にした上で、
「手を背中に回しなさい。」
と命じると、恥じらいにうつむきながらも素直に従います。

教えられた受縛の姿勢を取ったM女に厳しく胸縄を掛けた上で、縦にも縄を通して乳房を締め上げます。乳房も乳首も、いつもの何倍にも敏感になっているに違いありません。その乳首を、洗濯バサミで挟みます。

「イタイ・・・」
と声をあげますが、木製の洗濯バサミですから、耐えられない痛みではありません。M女の、甘い悲鳴です。

時間は日曜日の昼下がり・・・。これから、どのように責められても梁に吊るされて倒れることが出来ない彼女を、ゆっくりと時間をかけて責め上げていきます。
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