2004年08月05日

フレッド・ウィルソンの

68c0dcd9.jpg1ヶ月近く放置していました。前期の授業が終了した、ということもあるのですが、この間何もしてなかった、ってわけではなく、原稿を書いています。ひたすらに。

2年ほど前に学会で発表したフレッド・ウィルソンという現代芸術家の作品について、書き直したものを転載しておきます。

追々、写真集の紹介でもします。
それから、9月19日には宇都宮美術館で講演会を、9月20日には東京・青山のDAZZLEというギャラリーでレクチャーを開催します。詳細はまた追々。
アメリカの現代芸術家フレッド・ウィルソンは、1999年にニューヨークの国際写真センターで開催された展覧会「救済へ:アーカイヴの中の8人の芸術家たち(To the Rescue: Eight Artist in an Archive)」のために、《H RR R and H PE》という作品を制作した。この展覧会の目的は、在米ユダヤ人を支援する団体であるJDC(Joint Distribution Committee; 1914年設立)が所蔵する約50,000点の写真を、8人の芸術家の作品を通して提示し、ユダヤ系移民が経てきた体験や歴史を伝えることにあった。JDCが所蔵する写真アーカイヴには、戦争や迫害によって住む場所を追われたユダヤ人の移住を支援してきたJDCの80年以上にわたる活動記録や、離散した家族のアルバムに収められていた写真、強制収容所で撮影された写真など、さまざまな写真が含まれている。8人の芸術家は、それぞれの方法で写真アーカイヴを調査して写真を選び出したり、写真アーカイヴからインスピレーションを受けたりすることによって、作品を制作した。
フレッド・ウィルソンの作品は、コの字形に設置された壁面を用いていて、3つの部分により構成されている。まず外壁面の一つには、縦・横2列に4つの額縁がかけられている[図1]。左上の額縁にはアメリカの国旗を持って並ぶ子供達の写真が、左下の額縁にはユダヤ人強制収容所の中を撮影した写真が収められている。それぞれの右隣の額縁に収められた写真は、その表面の殆どがオーバーマット(写真に被せられる窓を開けた台紙)で覆われている。右上と右下の写真はどちらも一部分だけが小さな矩形の縞模様として──右上は星条旗の一部分、右下は収容者の衣服の一部分である──見えるようになっている。左上と右上、左下と右下の額縁の中を相互に見比べてみると、隣り合わせの二枚の写真がそれぞれ同一のものであることが判る。もう一つの外壁面には、JDCの写真アーカイヴに関するデータを記載した帳簿が設置され、閲覧できるようになっている[図2]。内側の3つの壁面には、それぞれ額縁が縦4列、横5列のグリッド状に並べられていて(つまり、内側の壁面全体では60の額縁が並べられいる)、それぞれの額縁の中に収められた写真はすべて、オーバーマットによって一部分を残して覆われている[図3]。
このような写真の展示方法に則して、ウィルソンの意図を読み解いてみよう。まず、写真にオーバーマットを被せるという、美術館で写真を展示する際に一般的に用いられる展示方法──通常は作品を保護し、イメージを引き立てるための方法と見なされている──が、この作品では写真を隠し、視覚的に「切り取る」ような役割を担っている。4つの額縁が並べられた壁面では、右上の額縁では星条旗の縞模様が、右下の額縁では収容者の衣服の縞模様が、それぞれの写真の画面からオーバーマットによって切り取られている。このように切り取られることによって、それぞれの写真に撮影された、対極的とも言えるような2つの状況──一つは旗を振って何かを祝うような状況であり、もう一つは収容所で死に瀕する人々の悲惨な状況である──の中から、縞模様が共通する要素として発見され、抽出されている。オーバーマットによって「切り取られた」右側の額縁の写真と、左側の額縁に収められた写真とを相互に見比べてみると、左側の写真は右側の写真の全体像として表されているものの、実際には撮影された写真の一部分である可能性も浮上してくる。つまり、オーバーマットの存在は、別の「切り取り」、すなわち写真を引き伸ばす際に行われるトリミングや、写真を撮影する際に行われるフレーミングというような、別の段階の「切り取り」を暗示するものでもあるのだ。その一方、内側の壁に並べられた60の額縁に収められた写真はすべて、画面の大半を隠すような方法でオーバーマットを被せられていて、オーバーマットによって切り取られた断片と写真全体とを比較することはできない。このような展示方法は、実際に展示された写真が、50000点という膨大な数のアーカイヴの断片であり、そのアーカイヴも歴史のほんの一部分の局面を記録したものに過ぎないことを思い起こさせるものと言えるだろう。もう一つの外壁に設置された帳簿には、アーカイヴに関するデータが記載されているが、その中には展示されている写真に関する具体的な情報は、全く含まれていない。このようにウィルソンの作品を読み解いてみると、彼はアーカイヴの中から写真を選び出し展示することによって、写真に対して何かを説明したり、あるいは解釈を加えたりすることを意図しているのではないことがわかる。彼は、オーバーマットを写真を保護するものしてだけではなく、「切り取る」ものとして用いることによって、「展示」が「表す」ことであると同時に、「隠す」という行為の上に成立していることを示している。
次に、この作品の構成要素に目を向けてみたい。繰り返しになるが、ウィルソンはアーカイヴから選んだ写真を、独自の方法で展示することによって、自らの作品として成立させている。つまり通常の写真展とは異なり、展示された写真は彼が撮影したものではないし、彼は選んだ写真に対して直接手を加えているわけでもない。つまり、彼は自分の作品を制作するために、アーカイヴの写真や、アーカイヴのデータを記載した帳簿を流用しているのである。そうではあっても、この作品全体がフレッド・ウィルソンの作品として成立しているのは、展示をするという彼のと行為が作品の中に組み込まれ、目に見える形で表されているからである。つまり、オーバーマットのような、通常の展覧会では作品の一部とは見なされないようなものが、作品の一部に組み込まれ、作品全体の意図を伝える上で重要な役割を担っているのある。
このような作品のあり方、つまり他人が撮影した写真を流用したり、通常は作品の一部とは見なされないものを作品の中に組み込むやり方は、1970年代以降に展開したポストモダニズムの写真活動と呼ばれる動向や、インスタレーション・アートの展開とも深く結びついている。現代美術の展開の中に位置づけられるこれらの動向はどのようなものなのだろうか、またその中で写真はどのように位置づけられているのか、またそれはどのような条件の下に成立したのものなのか、ということを辿ってみたい。その上で再度この作品に目を向けて、ウィルソンがこの作品を通して何を伝えようとしているのか、ということを考えてみたい。

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