Keep On Thinking

少しでも日本の医療を良くして、多くの人々が健康な生活を送ることができる世の中にしたい。このブログは自分の思考の軌跡を綴る場であり、少しでも多くの人々に「気づき」を与える場でもある。医療、社会全般、科学にも視野を広げ、リハビリテーションや神経科学などの分野も紹介します。「必要なのは、信じる心ではなく、それとは正反対の、知ろうとする心である。-バートランド•ラッセル」

高齢者医療

人とのつながりは、要介護高齢者の一人暮らしにとって重要な要素の一つである。

我々、とくに高齢者が地域生活で健康に生活していくためには、社会資本である人とのつながりが大事だな、と改めて考えさせられた研究論文。こういう研究も大事だなと思った。

猪股英輔,小林法一.要介護高齢者における一人暮らしの工夫.-家事に焦点を当てて- 作業療法.2014: 33(3):230-240.

要旨:要介護状態にある一人暮らし高齢者の家事に焦点を当て、生活上の工夫を明らかにするため、対象者10名に半構成的面接を実施した。その結果、8つの概念が見出された。対象者は、自己決定権をもち、信条•信念を守り、親しい人と繋がりをもつことで、個性と社会関係による精神文化的な工夫をしていた。また、対処行動と環境を調整することは動作や技能による工夫、備蓄することは一人暮らしの安心を得るための工夫であった。作業療法の家事支援では、動作や技能面に多くの視点に置かれてきたが、要介護状態の一人暮らし高齢者にとっては、個性や社会関係への考慮、安心の生活基盤づくりにも留意する必要があると考えられた。

要介護高齢者2-1
図は論文から引用

私見。脳卒中発症前から介護保険を利用しながら、一人暮らしをしている高齢患者さんを私も担当することがある。そういった方の中には、脳卒中による後遺症が少なく、治療終了後、直接自宅に退院する方がいる。介護保険を利用している高齢患者さんが自宅に退院する上で評価しておくべきことは、自宅内での動作能力や、家屋や周囲の環境はもちろんのことであるが、人とのつながりも重要であると思われる。論文著者が述べているように、「親しい人と繋がりをもつ」ことは、一人暮らしを営んでいる高齢者の精神心理面に影響を及ぼし、さらにそれが健康や作業にも影響を及ぼす。過去の記事でも述べたように、人とのつながりが強いほど、病気による死亡率が減少し、健康に良い影響を及ぼす。とくに、一人暮らしの高齢者には強く当てはまるだろう。

人とのつながり人とのつながりが強い高齢者ほど、病気による死亡率は低くなる。:Keep On Thinking

健康を保つために重要なことは「人とのつながり」である。:Keep On Thinking

私は、担当する患者さんに面会に来る人も観察するようにしている。患者さんとどのような関係の人が面会に来て、患者さんがどのような雰囲気で面会者と接するのか。そして、面会者はどの程度の頻度で来院するのか。面会者を観察することで、地域生活での患者さんの人とのつながりを知ることができる。もちろん、直接患者本人に聴くこともある。友人や親族などの人とのつながりが強いほど、自宅に退院してからの生活のなかで、良好な精神状態を保ち、安全で安心な一人暮らしを営むことができると思われる。

論文著者が研究の限界で述べているように、対象者の介護度が要支援1から要介護2の範囲に限られていたり、対象地域を限定していたり、対象者数が少ないなど、本研究の結果を一般化することはできない。しかし、高齢者が医療機関から地域生活に復帰し、再び一人暮らしを営み始める前の評価において、「親しい人とのつながり」を筆頭にして、家事の工夫の構造は参考になると思われる。

認知症に伴う精神行動障害(BPSD)とその対応

近年では、認知症を呈した高齢の方を診る機会は少なくない。脳卒中の臨床現場では、認知症に伴う精神行動障害(BPSD)に対する看護やリハビリテーションにおいて、難渋する場面が多々みられる。厚生労働省の調査によると、平成22年(2010)の時点で、日常生活自立度彊幣紂蔽蹇日常生活に支障を来すような症状•行動や意志疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意すれば自立できる状態。)の認知症高齢者は280万人存在する。この数字は要介護認定申請を行っていない認知症高齢者は含まれないため、認知症を呈した高齢者は潜在的には300万人から400万人存在すると推測される。そのため、全ての職種において認知症患者のBPSDに対する理解とケアは重要である。

日経メディカル2014年2月号では認知症が特集されている。執筆陣のなかには、大阪大学精神医学分野の数井裕光氏を筆頭とした、認知症の臨床現場で活躍されている先生方がいる。本記事では、日経メディカルの認知症特集を参考•引用しながら、BPSDに対するケアを記しておきたい。

1. BPSDとは
脳の機能障害により、見当識障害や記憶障害、言語障害などの中核症状が出現する。それらの中核症状に身体的、心理的、環境的要因が加わると、幻覚、妄想、不眠、異常行動などの周辺症状が出現する。

スライド1


失われた機能を取り戻すことは容易ではなく、中核症状に対する治療は難しいと言われている。しかし、周辺症状であるBPSDには症状の適切な理解とケアによって、対応が可能である。そのためには、BPSDの背景を様々な視点でひも解くことが大事である。原因疾患、身体状況、心理状態、生活環境、人間関係、社会環境、性格、職業歴、服薬状況などなど、ICFの枠組みを使ってその人となりを捉えることが重要であろう。

2. 原因疾患別のBPSDの頻度
1999年のJ Neuropsychiatry Clin Neurosciに報告されたHironoらの研究によると、1995年8月から98年3月に兵庫県立高齢者脳機能研究センターに入院した認知症患者が示したBPSDの出現頻度を調査したところ、以下に記した結果となった。対象者は、240名のアルツハイマー型認知症、23名のレビー小体型認知症、24名の前頭側頭型認知症であった。

疾患別のBPSD
図は論文から引用

Hirono N, Mori E, Tanimukai S, Kazui H, Hashimoto M, Hanihara T, Imamura T. Distinctive neurobehavioral features among neurodegenerative dementias. J Neuropsychiatry Clin Neurosci. 1999;11(4):498-503.

妄想(Del)はアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症で高い頻度でみられる。また、幻覚(Hal)はレビー小体型認知症で、無為•無関心(Apa)や異常行動(Motor)はいずれの疾患にも高頻度でみられるBPSDである。BPSDは原因疾患だけでなく、病期によっても表れやすさが異なると言われている。原因疾患と病期に応じて、BPSDの家族教育を実施し、BPSDに対応することが望ましい。

3. BPSDに対する対応
BPSDに対する第一選択として非薬物的療法を採用することが重要である。中野氏ら[3]は、134名の認知症患者を調査したところ、BPSD悪化関連要因は、前医処方薬の影響が25.4%、身体合併症(高血圧、脂質異常症、便秘、パーキンソニズムなど)によるものが12.7%、双方によるものが11.2%であった。前医の処方薬には、認知症に対する薬と身体合併症に対する薬が含まれている。

幻視:「見えていても危害は加えない」と説明
•レビー小体型認知症の初期からみられるBPSDの1つ。
•「見えている人や動物が自分を襲ってくるのでは」と恐怖を抱いている場合が多い。
•幻視は、本人にとっては実際に見えているものなので、むやみに否定せずに、介護者は訴えを受け止めることが重要である。
•見えている幻視を介護者が追い払うふりをする。
•「薬をまいたから大丈夫ですよ」と答える。
•実際に無害な消臭スプレーを使う
•幻視は暗いところで見えやすいため、照明を付けたり、部屋を明るくしたりする。
•「脳の具合が悪いので人や動物が見えているように感じますが、あなたに危害を加えることはありません」と説明する。
•錯視の場合は、それを誘発する原因となっている壁のシミや雑音などを取り除くことが有効である。

徘徊:「外出を止めずに一緒に散歩をする」
•アルツハイマー型認知症の徘徊は中期から後期にかけて認められる。
•徘徊は疾患によって原因や対応法が異なる。
アルツハイマー型認知症の徘徊の原因として、何か(自分の実家など)を探していたり、不安感、疎外感を持っていたりする。配慮すべき点として、視空間認知障害のため、道に迷う可能性がある。対応として、安心させてあげたり、途中まで一緒に散歩したりする。
前頭側頭型認知症の常同的周遊(周徊)の原因として、同じ経路を散歩したいという強い欲求があることである。配慮すべき点として、通常は道に迷うことはないが、欲求は強いため、制止が困難である。対応として、安全に周遊させてあげることであろう。

•介護者は外出を止めるのではなく、一緒に散歩するなどした上で、本人が落ち着いてから戻るとよい。
•「上着を探してから行きましょう」「今日は、会社は休みです」などと伝えて、外出から関心をそらすのもよい。
•常同的周遊は前頭側頭型認知症の初期からみられる。
•常同的周遊は同じ経路を周遊し、また視空間認知能が保たれていることから道に迷うリスクは比較的低い。
•経路に店があると、店の商品を衝動的にとって支払いをせずに行ってしまうことがあり、万引きに間違えられる。
•このような場合には、あらかじめ店に事情を説明しておくなどの対策をとっておくこともよい。

物盗られ妄想:「介護者と離れる時間を設けることが大事である」
数井裕光氏は物盗られ妄想の精神病理を次のように述べている。認知機能障害により、財布や通帳の場所、自分の置かれた状況、対人関係などについて正確な情報が把握できなくなる。それに加えて、認知機能障害で日常生活は失敗の連続となり、自信を喪失して不安や緊張が増大する。さらに、介護される負い目や、介護者と立場が逆転した変化なども感じている。以上により、不正確で断片的な情報を用いて整合性を取ろうとするものの、不安や負い目などが影響して、さらに判断を狂わせる。その結果、物盗られ妄想が出現すると考えられている。

小澤勲氏は文献[2]で、もの盗られ妄想に対する治療の要諦を述べている。
1. 「ストーリーを読む」
•もの盗られ妄想に至る「ストーリー」を読むことによって、彼/彼女らを理解する道をつけ、そうすることで彼らの心に寄り添う治療•ケアを作り出す。
•彼/彼女らの言葉を心を込めて聞くという作業は、それだけで精神療法的意味がある。
•ストーリーを読むという作業を通して、彼/彼女らは物語る主体となる。
•もの盗られ妄想が、痴呆の症状と見えていたものが、その人らしい表現とみえてくる。

2. 責任の所在追求からの開放
治療を開始してまず最初になすべきことは、責任の所在をいったん棚上げできる場面を作りだすこと。
•日中にデイケアやデイサービスに通って、介護者と離れる時間を作る。

3. 喪失感、攻撃性を受け止める
小澤氏は、物盗られ妄想者は、喪失感/攻撃性、依存欲求/依存拒否という両価感情に翻弄されている、と述べている。
→妄想を産出せざるを得なかった喪失感をどのように埋め、攻撃性にどう応えていくか、である。
•妄想発言を否定せず、本人の言葉や不安な気持ちを受け止めて和らげる。「そう感じるのですね」と相づちをうつ。
•不安を払拭し、安心感を持ってもらうため、日常でできるだけ役割を担ってもらう。
•ちょっとした心遣いが喪失感を和らげる。例えば、それまで修羅場を避け、逃げ腰だった息子が母を日曜日ごとにドライブに連れ出し、食事をとる。

最後に、小澤氏は、もの盗られ妄想が起こる原因として、”老いによるゆらぎ”があると述べている。少し長いが文献[2]から引用する。

老いを自己親和的に受け入れることを拒否し、自らの老いに眼をつぶってきた人たちがいる。それを可能にした精力性、生活力は彼らの持ち前の人柄でもあった。ところが、彼らはそのような生き方を不可能にする事態に遭遇する。喪失感、拠り所のない不安、寂寥の思いが押し寄せる。もはや、老いを避けては通れない。
もっとも、彼らに大きな”ゆらぎ”をもたらすものは、老いの生理的、客観的事象ではなく、主体にとらえられた老いである。老いは、彼らの役割を奪い、秩序を乱し、地位の下落をもたらし、長年保ってきた対人的距離を解体する。
さらに加えて、彼らは痴呆を生きるという困難を背負うことになる。そして、今まで考えてもみなかった依存に至る道が否応なくみえてくる。それも決して先のことではなく、今、あるいは極めて近い未来に、である。彼らはこれまでこのような現実(の来るべきこと)を否認し、考えることさえ避け通してきた。それだけに、彼らは混乱し、困惑する。それでも、彼らは依存への道を歩むことによって解決を図ろうとはしない。彼らの人柄がそれを許さないからである。
このような事態にあっては、依存すべき対象は強者あるいは侵入者に、そして自らは弱者、敗残者、あるいはテリトリーを侵された被害者に擬されることになる。(...中略...)
かくして、彼らは依存すべき対象への依存の心と攻撃的感情の両価性に苛まれ、喪失感と攻撃性の狭間で引き裂かれることになる。この如何ともしがたい状況を「解決」するには妄想を産出するのが、一つの有効な方法である。つまり、「不可能な現実への強制が可能な非現実によって置換される」(クレーンカンプ)のである。(...中略...)かくして、もの盗られ妄想は彼らの破綻を意味すると同時に新たな生き方の発見ともなっている。(p118,119)

我々は、認知症を呈した彼/彼女らが表には出さない”老いのゆらぎ”を想像することで、認知症患者の心の思いを理解することに近づき、BPSDに対するケアへの第一歩となるであろう。

4. 参考•引用文献
[1]日経メディカル.2月号.2014.
[2]小澤勲(1998). 痴呆老人からみた世界―老年期痴呆の精神病理. 岩崎学術出版社.
[3]中野正剛,他.認知症に伴う行動•心理症状(BPSD)への医療介入に関する実態調査.老年精神医学雑誌2011 ; 22: 313-324.

人口の高齢化は医療費を増大するのか。

あなたは、「red herring(薫製ニシン)仮説」という言葉を知っているだろうか。Wikipediaでは以下のように説明されている。

燻製ニシンの虚偽(くんせいニシンのきょぎ、英語: red herring)は、重要な事柄から受け手(聴き手、読み手)の注意を逸らそうとする修辞上、文学上の技法を指す慣用表現。

つまり、人の注意を他にそらせて本筋を悟らせないようにするものという意味がある。医療費の増大の原因が高齢化とは別のところにあるにも関わらずに、「医療費の増大が、人口の高齢化によるものである」という仮説が支配的になってしまい、人の注意を「人口高齢化」にそらせてしまうのだ。

河口洋行氏は文献[1]医療の経済学において、医療費の増大が人口の高齢化に起因しないことを多くの研究から証明している。河口氏が述べるには、人口の高齢化という「年齢」は医療費の本当の増加要因ではなく(つまりred herring)、「死に至るまでの有病期間」(time to death)が真の原因である、ということだ。この「死に至るまでの有病期間」とは以下の図で説明できる。

高齢者医療

図1 文献[1]から引用

上の図は、ある世代の誕生から死亡までの平均期間を「健康な期間」と死亡前の「不健康な期間」に分けたモデル図である。Aは高齢化によって平均寿命が伸びたが、死亡の原因となる疾患へ罹患した期間が増大し、その伸びた分は「不健康な期間」であったことを表している。この場合、平均寿命が伸びた分「不健康な期間」に費やされる医療費が増大することがわかる。Bは高齢化によって平均寿命が伸びたが、伸びた分は「健康な期間」であり、「不健康な期間」の長さは変わらない。この場合は、元の場合と比較して医療費には変化がない。Cは平均寿命が伸びると同時に、「健康な期間」も伸びている。この場合、「不健康な期間」が短縮されているため、元の場合と比べて医療費は減少することがわかる。このようにみると、医療費の増大は「不健康な期間」の増大が原因であることがわかる。

それでは、日本の医療費は人口の高齢化の影響を受けているのだろうか。下の図は平成23年度厚生労働省白書から引用してきた、医療費の動向である。

医療費の動向

図2 文献[2]から引用

上のグラフをみてもわかるように、医療費の動向を長期的にみると、医療費が年々増大しているにも関わらず、後期高齢者(老人)医療費は大きく変化がない。つまり、医療費の増大に人口の高齢化が起因していないことがわかる。ある疫学調査では、先進国では高齢者の罹患率や障害率は低下しており、人生における健康な期間が伸びているため、高齢化が医療費を増大させるというものは疑わしいという報告がある。

河口氏はHashimoto[3]の実証研究を提示しながら、日本でも医療費だけを考慮した場合、「死亡までの期間(つまり不健康な期間)」が医療費の増大要因であり、「年齢」はむしろ医療費の減少要因であると述べている。そして、医療費に介護費が加わわると、死亡患者の場合には年齢区分による減少幅が埋め合わされ、治療後に生存している場合には年齢が増加するにつれて、介護費用が増加するため、年齢が医療費と介護費の総費用の増加要因になっていると述べている。

つまり、日本でも人口の高齢化が医療費の増大要因となる可能性は低く、介護費を含めた総費用については、増加要因となる可能性が高いといえる。

ここで様々な医療サービスの費用対効果を考える際に、図1は非常に有用であることがわかる。医療や介護の役割は、平均寿命を伸ばすと同時に、不健康な期間を短縮させることにあるだろう。前回の記事では、健康診断の必要性を論じたが、健康診断の必要性は「不健康な期間」を短縮させることにある。

下の図は病気の機能低下パターンであるが、がんと循環器系疾患、老衰•認知症ではそれぞれパターンが異なってくる。がんでは機能低下が急激に起きる直前で病気が発見されるのは手遅れな状態であり、できるだけ早期に診断によって発見されることが重要であろう。循環器系では急激な機能低下が起きる前(e.g.急性心不全)に対処することが重要であり、谷を脱した後のなだらかな機能低下のとき(e.g.慢性心不全)に予防医療を行っていくことが重要であろう。認知機能の低下では、原因として脳基質的な変化や年齢による影響や脳卒中の合併症、環境の変化、配偶者の死別など様々なイベントが挙げられる。そのため認知機能低下が起きる前や、起きてからの進行速度を遅くするために、早期診断や予防医療としてのライフスタイルの見直しや、身体活動の増加、積極的な社会的参加などを実践していくことが重要であろう。

機能低下パターン

図3 文献[1]から図引用 原著は文献[4]

以上にように、人口の高齢化が医療費の増大の原因であると、一概には言えない。私も様々な記事で医療費の増大の原因の一つを人口の高齢化であると述べてきたので、考え直す必要がある。「医療費の増大は、人口の高齢化が原因である」というのは、red herringであり、真の原因は「不健康な期間」の増大である可能性が高い。そのため医療サービスの費用対効果を考える際には、「不健康な期間」の短縮と「健康な期間」の伸長に起因したかどうかが重要である。健康診断の費用対効果も、それらの両者を考慮しなければいけないだろう。

[1]医療の経済学 第2版 経済学の視点で日本の医療政策を考える

[2]平成23年度 厚生労働省白書 医療費

[3]Hashimoto, H. et al (2010) "Micro Data Analysis of Medical and Long-Term Care Utilization among the Elderly in Japan" , International Journal of Environment Research and Public Health Vol.7, pp3022-3037.

[4]Lynn, J. and Adamson, D.M(2003)"Living well at the End of life: Adapting Health Care to Serious Chronic Illness in Old Age" , White Paper, Vol.137, Rand Corporation.

高齢者の潜在能力を活かすことができる老人ホーム

老人ホーム革命

日経ビジネスの特集記事である「老人ホーム革命」では、まず介護現場での疲弊と荒廃が綴られている。2009年から2012年の間において、公となった老人ホームでの暴力による虐待事例が7件となっている。公となった事例は少数に思えるが、施設の多くが人材不足で疲弊していることを考慮すると、この少数の事例は氷山の一角と推測できる。

なぜ善良な市民が施設での虐待といった悪の行為に及んでしまうのか。その心理学的な側面を研究したのがPhilip Zimbardoであり、彼は人間を取り囲むシステムに影響されると述べている。環境的、人的、経済的、心理的、そして上司と部下という上下関係における権威などの要素で構成されるシステムが人間の思考や行動を左右し、天使が悪魔へと変貌してしまうのだ。歴史上に存在するその最たる事例の一つとして南京大虐殺がある。日本を飛び立つ前の日本兵はみな、善良な市民であったはずであるが、南京事件ではその日本兵たちが、罪のない市民を虐殺したり強姦をしたりといった悪の行為に及ぶようになった。彼らをそうさせたのは、戦争というものであり、上の者には逆らえない上下関係といった権威や、物資が乏しい環境といった日本兵を取り囲むシステムであった。

老人ホームでも同様に、善良な市民であった介護士が、人的不足により労働量が増え、それによって1人の利用者に対応できる職員の割合が減少する。その結果、入所者の活動量が減り、寝たきり(寝かせっきり)になると入所者の身体機能は増々悪化し、より多くの介護が必要となる。そして、それが職員の労働量の増加に影響するといった悪の連鎖に陥るのだ。その結果、職員はより心理的•精神的に追い込まれ、睡眠不足や疲労に陥ると、正しい思考ができなくなり、虐待行為といった悪の行為へと陥るのだ。介護の現場での虐待行為は、介護士を取り囲むシステムが大きな原因であると考える。

現在は現役世代3人で高齢者1人を支える構図となっているが、2020年には現役世代2人で高齢者1人を支えることになり、そして今から30年後の2042年には65歳以上の人口が4000万人近くまでに達し、残りの6000万人が高齢者を支えることになる。つまり、現役世代1.5人で高齢者1人を支える構図となるのだ。そんな未来に向けて、いかに介護の現場での疲弊と荒廃を改善し、介護する側も介護される側も満足した生活を送ることができるのか。それは、高齢者の潜在能力を存分に活かすことができるシステムの構築である。

本誌の特集ではいくつかの「入居者が活躍する施設」が紹介されていた。まず千葉県佐倉市にあるグループホーム「ユーカリ優都苑」である。この施設は老人ホームと学童保育所が一体となった複合施設であり、一日の午後の時間を高齢者と子供たち同士が触れ合えるとのことだ。高齢者にとって、子供たちとコミュニケーションをとることは心理面や精神面に良い効果が生まれ、また子供たちとの作業活動によって認知面においても大きな効果が得られる。この施設の管理者、高橋治美氏は以下のように述べる。
「明るい子供の声と存在は、プロの介護士でもかなわない魅力がある。特に認知症の老人には、プラス効果が大きい」

次に、米東海岸ボストン郊外にあるラッセルカレッジでは、構内にシニア向け住宅を設置している。高齢者が大学の図書館や食堂を利用したり、講義を聴講できるのはもちろんのこと、高齢者自身が教壇にたって学生に授業を展開することもあるという。高齢者にとっては自身の人生経験を振り返り、自分の経験がどのように若者世代にとってためになるかを考える機会にもなり、そして実際に自分が役に立つという経験から自分の価値を認識することになる。若い世代にとっても、高齢者たちから語られる経験は多くの示唆に富むものとなるだろう。ある歴史の講義では、高齢者が自身の戦争体験を交えて「戦場から見た戦史」を語るといった「生きた授業」が展開されるそうである。

3つ目は、香川県東かがわ市にある特養「絹島荘」である。ここでは、入所している高齢者たちが、タオルを畳んだり、ぞうきんで洗面台を洗ったり、トイレットペーパーを変えたり、トイレ掃除をしたりと、多くの日常の作業に取り組んでいる。このように高齢者たちが日常の作業を実践することで、自己効力感を得ることができ、自身と誇りを取り戻すことができるのだ。

以上のように、これからの老人ホームは高齢者の潜在能力を活かすことができるシステムづくりが重要となってくる。老人ホームで生活しながらも、高齢者が社会との接点を保てることができ、高齢者の能力が少しでも社会に貢献できる仕組みを創りだしていく必要がある。老人ホームは、残りの人生を無為に過ごす場でも、スタッフが入所者の全ての生活の面倒をみる場でもない。老人ホームこそ、高齢者医療や、高齢者の心理学や行動学、高齢者が歩んできた歴史などの知識を身につけ、彼らを支える介護技術を習得し、コミュニケーション能力も身につけた専門職が活躍しなければならない場であり、高齢者がいかに潜在能力を発揮できるかを模索する場であると思える。高齢者が潜在能力を十二分に発揮できることによって、どの介護現場にも存在しうる善良な市民が悪へと変貌するシステムが改善され、職員の疲弊や環境の荒廃も解消され、高齢者のQOLが高くなる生活環境が創り上げられるのではないだろうか。

セラピストが見た維持期病院の現状ルポ〜Part3〜 いかに現状を改善していくべきか

セラピストが見た維持期病院の現状ルポ〜Part1〜
セラピストが見た維持期病院の現状ルポ〜Part2〜

過去の2つの記事では私が過去に働いたことがある維持期病院(以下A病院)の現状を紹介した。Part2では維持期病院でみられる問題を抽出し考察した。Part1とPart2では維持期の病院で高齢者がどのような生活を送っているのかという現状を紹介をあまりできなかったので、Part3では記憶を振り返り記したいと思う。Par1はストーリーの導入となり、Part2は問題を挙げた。Part3では自分なりの解決策を簡単に示していきたいと思う。

まずA病院での患者の1日の生活スケジュールはほぼないに等しい。患者の生活はただ時間だけが無情に過ぎていくだけなのである。我々は整容や食事、トイレ、入浴、更衣などの日常生活動作や余暇を通して1日の時間の流れを把握することができる。様々な活動を通して体にリズムを与えることが健康な生活を営む上で大事なのである。

しかし、患者は同じ病衣を着ており、着替えるのは週2回の入浴の時だけ。自立して着替えることはなく、忙しなくヘルパーさんが手伝ってしまう。排泄は認知機能が比較的保たれていて歩ける人だけが病棟の狭いトイレを使用する。ポータブルトイレを利用する人はわずかである。それ以外はおむつを着用し、ベッド上で排泄する。

部屋は2人部屋から6人部屋まである。無機質な壁で囲われており、ベランダに出ることができる大きなドアが存在する。病棟によって太陽の光が入らない部屋が存在し、一日中薄暗いところもある。大半の人はテレビもラジオもない。部屋の中は薄暗く、音が一切なく、一瞬病院であることを忘れてしまい、表現は悪いがどこかの収容所に来たのかと思ってしまう自分がいて恐くなる。いや、実際に目の前にある現状は、病院がただ息をしている生産性のない高齢者の収容所と化してしまっているのかもしれない。

患者の楽しみは食事とリハビリテーション、週1回のお楽しみ会、週2回の入浴だろうか。リハビリテーションはベッドから出ることができて、体を動かすことができる唯一の時間である。訓練室に来れば、リハビリテーションの先生と話ができる、音楽が聴ける、体を動かすことができる、何かを作ることができる、花を観ることができる、他患と話ができる。笑顔を見せて喜んでいる患者がいる一方、「早く死にたい」とつぶやく方もいる。

A病院から自宅に退院、施設などに転院する患者はほんのごく一部であり、大半の人々は死亡退院である。死にたくても死にきれず、ひたすら息が止まるのを待つだけの人生はどれだけ辛いものなのかは想像ができない。リハビリテーションである程度の筋力や動作能力は維持されるが、それが死までの時間をただ伸ばしているだけなのかと、自分のやっていることがマイナスの効果を招いているのではないかと自己嫌悪に陥ることがしばしばあった。

このような状況は絶対に存在してはいけないと思う。多くの患者は「生きているけど、死んでいる」状態であった。呼吸はしており、生命的には生きているが、創造的な生活は失われており、生活自体が死んでいる。人間は死ぬまで創造的な人生を歩むことができる生物であると思う。そしてそれを創りだせるのも人間の力である。

この現状を解決するためには、大きく2つ存在すると考える。1つは、病院の運営を変えることだ。Part2でも述べたが、マンパワー不足を解決するために従業員を増やしたり、病床数を減らす。従業員の知識不足が現状を招いているのであれば、勉強会を開いて知識・技術を啓蒙していく。つまり、病院の中だけで解決していくことだ。

2つ目は、A病院に入院しているような患者をつくらないことである。多くの患者は脳卒中の再発を繰り返したり、脳卒中の原因である糖尿病や高血圧、高脂血症などが既往に存在していた。これらは全て予防できることであり、患者の健康に対するインセンティブを与えることで重度な後遺症を呈するような再発や疾病を防ぐことができたのである。

具体的には、一度脳卒中になった人は急性期の病院で徹底的に予防医療を行い再発を防ぐ。退院しても追跡調査を行い、定期的に医療機関に受診させる。受診を怠るようであれば、医療費の自己負担の割合を高くするなどのペナルティーを科すのことも案として考えられるであろう。

糖尿病、高血圧、高脂血症を患っている人も同様である。定期的な受診、予防教育を受けるといった予防医療に対して患者も医療者側もインセンティブが働くような制度設計が必要であろう。現在の診療報酬制度では予防医療は枠組みから外れている。

またPart1でも述べたように、A病院では回復期の過程から外れた患者が来るようなところである。急性期の病院で、再発予防、合併症の予防、廃用症候群の予防、質・量ともに充実したリハビリテーションや看護の提供などの高密度の医療が提供できていたら、回復期から外れることがなく療養型の病院に来ることがなかったことも考えられる。

最後に、A病院に入院している患者の多くは何年にもわたってA病院で生活を過ごす。このような”社会的入院”を招いてしまう要因は、現在の日本の医療制度や国民の病気に対する考え方、日本独特の文化など様々なものが考えられる。

病院は残りの人生を生きる場所ではない。今後さらなる高齢化社会が進むなかで、高齢者のQOLを高めるためにも、"社会的入院"の解決は我々国民が真摯になって考えていかなければならない問題であろう。

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高齢者医療、プライマリーケア、そして終末期医療の知識を備えた医者が必要だ

私は脳卒中の急性期病院で働いていますが、時々他の施設から80歳台から90歳台までの高齢者の方が運ばれてきます。施設にいるときから、日常生活の動作は介助が必要で、以前から様々な病気をしている方です。正直急性期の病院にきて、積極的な治療は必要ないのではないかと思ってしまうほど、日常生活の自立度が低下しています。

しかし、病院に運ばれて来たからには、病院の経営的にも、医療者としての倫理的にも何歳であろうが治療を施します。「この方はご高齢の方なので、積極的な治療は必要ないのでは?」と追い返すことはできません。当然どんな方でも入院すれば、それだけで医療費がかかりますし、必要であれば検査をしますし、リハビリテーションも処方します。その医療費は国民の税金から約4割が支払われます。

約2週間の点滴治療で再び施設に帰っていく方がほとんどですが、高齢者なので回復の程度は低く、また生活をする環境が変わるため認知機能が低下する場合が多いのです。そういった状況を考慮すると、私は施設側が病院に連絡する前に、施設の方で、医師が家族の方と積極的な治療を行うのか、このまま治療をせずに過ごしていくのか、インフォームドコンセントをするべきだと思います。経済的なコスト、新たな環境で入院する際に生じるリスク、治療後のQOLなど多角的な視点で観て、家族の方に医療の必要性を伝えられる医師が必要なのです。

それには、老人医療(高齢期医療)やプライマリーケア、終末期医療などの専門的な知識、他の専門職と患者家族を巻き込んで対話をとり、方向性を決められるコミュニケーションスキルを兼ね備えた医師が老人保健施設や特別養護老人ホームなどの施設、在宅医療などに存在している必要があります。高齢者特有の身体的・心理的・社会的な観点から急性期医療の必要性、全ての医学的知識から専門的で高度な医療の必要性、積極的な治療かQOLや尊厳を重視した医療、などこれらは高齢者の治療後の生活を考える上で、重要な判断材料だと思います。

当然、何か身体に以上が起きれば、何歳であろうと治療を受けることが大事であると思われます。何もしなければ悪くなるだろうし、やるかやらないかどっちをとるといえば、やるという人が多いでしょう。しかし、今後10年間で65才未満の人口は1100万人減少する一方で、高齢者は650万に増加します。また1人当たりの年間医療費は前期高齢者(65歳〜75歳未満)が65歳未満の人の約3倍、後期高齢者(75歳以上)が65歳未満の人の約5倍を支払っています。

したがって、今後高齢者が医療を受ければ受けるほど、国からの医療費が増えます。我々若者には決して支えることができないまでに医療費が膨らんでしまうのです。したがって、医療経済という医療費の観点や、高齢者のQOLの観点からも、高齢者が急性期病院に新たなに入院して積極的な検査、治療を必要とするかどうか、判断できる医師が必要なのです。

参考文献

セラピストが見た維持期病院の現状ルポ~Part2~

無事に健康診断、入職手続きが済み、入職が決まった。私が入職した病院は作業療法士がおらず、私が初めての作業療法士であった。当然、作業活動に使用する道具がなければ、上肢の訓練で使用する物品もなかった。当院のリハビリテーション部では作業療法を1から開始しなければならない状態であった。しかし、作業療法を始めて行く上で、様々な障壁が目の前に立ちはだかっていた。
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セラピストが見た維持期病院の現状ルポ~Part1~

私は約1年間、地方の田舎に存在する維持期または慢性期病院に勤務をした経験がある。セラピストとして作業療法部門を立ち上げ、回復期リハビリテーションの路線から外れてしまった、重度の障害を持った患者たちと関わって行く中で、多くの問題が存在することを感じた。病院自体の経営、日本の医療制度、リハビリテーションの限界と可能性など、たった1年だったが短期間に自分になりに現状を見据え、どのような問題が存在し、今後どのように解決していけば良いのか思考した。その1年の出来事を振り返ってみたい。

私が入職した維持期の病院(以下A病院)は地方の田舎に存在し、病院の周囲は畑や水田が広がっており、とても静かな場所であった。広く見渡せば自然に囲まれており、病院の隣には桜の木が植えられており、桜の季節になると、満開のさくらが咲き、我々従業員と患者さんはその綺麗さに酔いしれていた。以前に都会の真ん中にあった病院に勤めていたため、私は多くの自然に囲まれた病院で働くことができる喜びを感じていた。

入職前に、面接、身体測定、病院見学などの事務作業的なイベントがあり、2回病院を訪れた。病院の外の自然の優雅さとは裏腹に病院の中は、活気がそれほどなかった。担当者に病院内部を案内してもらったが、病院の環境と現状を目にして、驚きの連続で、先行きが不安になった。

病院の築年数は約50年であり、ところどころ老朽化したドアや壁などが見られた。無造作に何度も増築を繰り返した病院内部は迷路になっており、急なスロープが所々存在し、バリアフリーとは言い難い環境であった。増築を繰り返し、病床の数は多いなという印象を持ったが、それとは対照的に看護師の数が少ない印象があった。どこの病院でも看護師不足は叫ばれており、以前勤めていた病院でも看護師はとてつもなく忙しく動き回っていた。しかし、ここの病院の看護師は数が少ないにも関わらず、あのバタバタしたような忙しい風景は見られなかった。なんだか違うという印象を持ったが、そのむやむやした感情の答えは、患者を担当し、病棟の看護師さんと関わりだしてから知ることとなった。

最も驚き不気味に思えたことは、廊下、談話室といった患者の部屋以外の場所で患者の姿を見なかったことだ。それはとても静かな光景であり、見学をしていたのは日中の時間帯であったが、ほとんど全ての患者はその時間帯でも自分のベッドの上で過ごしていたのだ。私は老人保健施設で勤めたことはなかったが、臨床実習で一度お世話になり、その実態は少なからず知っていた。日中は談話室で、様々なイベントが催され、利用者が活動的に過ごすことができる機会が設けられていたことを覚えていた私は、そのような機会がこういった病院でもあり、光景を目にするのかと思っていた。しかしそれは間違いであった。ここの患者の1日のスケジュールはどのようになっていて、患者はどのように1日1日を過ごしているのだろうと思った。勤めだして、それは想像を絶するものであったことは、その時は知るよしもなかった。

最初の病院見学の時点で、維持期病院での高齢者医療の現状を目にして、愕然とした。確かに、この現状がどの維持期、慢性期の病院で起こっていることであるとは言えない。しかし、少なからずこのような現状の病院が他にもあるとは思える。そうなると、様々な医療問題が今の社会で見受けられるが、このような高齢者医療が漫然と繰り広げているならば、これは大変なことであると印象として感じた。

事務手続きが済み、実際に入職となってから、高齢者医療の問題を詳細に目にするようになったのだ。


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