2020年08月02日

失われた曲線と禁断の曲線

過去のグレイリストを必要あって読んでいる。24年前に書いた記事が出てきたので以下に転載する。

失われた曲線と禁断の曲線

  昨年の寒さの忍び寄る頃。とある英国の地方都市。中国料理店で、お箸の持ち方を教えながら、僕らはレコードの抱える問題について熱中していました。彼ら(二人のレコード愛好家)はつねづね、1950年代のモノーラルレコードのもつ、さまざまなイコライザー曲線(EQ曲線)の存在の重要性を、いろいろな角度から説明しはじめたのです。1954年、RIAA曲線に統一される以前、世界中にLPレコードを制作する会社は百をはるかに超え、各社がこぞって開発し、採用したEQ曲線の種類は78回転も含めれば20を下らない数に達し、それを無視しては適切なレコードの再生は不可能である。彼らの言い分は大体そんなところでした。『だから、どうした。僕は、これまで充分にレコードを楽しんできたし、満足しているんだ。まして、EQ曲線なんて知らなくたって、自分の耳のイクォライザーさえちゃんとしていれば、そんな面倒臭いこと願い下げだ。』『じゃあ、こうしよう。僕らの町のオーディオ店の主人に適当な装置を探してもらって、それを君の日本の住所に送る。自分の部屋でそれを試したあとで、また君の意見を聞こう。』数ヶ月して、僕らはオーディオ店を訪ねると、主人は揃えた装置を奥から出してきました。 アコースティック社(現在のQUAD)のQC競灰鵐肇蹇璽襯罐縫奪函1953/67)、QUAD-汽▲鵐廖閉名離屮薀奪ボックス 1948/51)、VITAVOX KG10スピーカーシステム(12インチシングルコーン 1951)。たたずまいの美しさといったら!使うあてもないExpert社製の78用アームとカートリッジ・BJアーム・Tannoyのカートリッジ等々・・興奮して『全部、ください!!』と、後先も考えずに叫んでいたのです。

  やがて荷物は届き、部屋に据え付け、店の主人が念入りにオーバーホールしてくれた、40年以上も前のアンプのスイッチに目をつぶって火を灯けたとき、爆発しなかったのでほっとしました。装置から流れてきた音は『別の世界からやってきた音』。これには驚いた、まる2週間と言うもの毎晩空が明るくなるまで、自分が慣れ親しんだレコードを聴き返ししたのです。「禁断の曲線」を食べてしまった僕は考えます。『一体、今まで聞いていたのは何だったんだろう?』 HMV/COLUMBIA/DECCA/DG/RCA/WESTMINSTER・・・QC兇離灰鵐肇蹇璽襦Ε罐縫奪箸蓮60余社のEQ曲線に対応して適切な再生が可能です。聞き慣れた自分の部屋で、適切なEQ曲線を特定するのは簡単な作業です。スピーカー周辺に姿を現わす音像の形は、誰にでもわかります。たとえれば、鏡に映した自分の顔が、EQ曲線が適切なら正しい形に映るし、違っていれば曲がった鏡をみるように額が広くなったり、右半分が異状に短かったり、口が曲がっていたりといった何らかの歪みを感じます。試しに、家人(クラシックと縁が無い)に、数種類の異なるEQボタンを押してレコードを再生してきかせたら、八割以上正しいEQ曲線を指摘しました。おそるべし、女性の直感。

  近年、我国のレコード愛好家の多くがステレオレコードに一段落し、1950年代のLP初期のモノーラルレコードを指向し始めたのは、「音」ではなく「音楽」に淫してみようとする意識が強くなってきたからでしょう。より初期のレーベルを、可能な限り早い時期のスタンパーを、重い盤を。これら美しくも古い50年代初期のレコードには、前述のとおりの問題をはらんでいるのです。「音楽に親しむ際に、あれば、それはそれで、ゆたかにしてくれるもの」・・・EQ曲線は古いレコードが、たくさん棚に収まっている人たちにとって、そんな類いのものでしょう。「失われた曲線」にするか「禁断の曲線」にするかは、単に趣味の世界。EQ曲線に関しては、これまで数多くの方々から問い合わせをいただきましたが、僕はその度に「体調と精神状態を整えて、自分の耳のイクォライザーを調整して、音楽を楽しんだらいかがでしょう。」とお答えしてきました。そうした質問がどんどん増えてきたのをふまえて、今回のリストから、RIAA曲線を採用していないと明白にわかるレコードには、クォード社のEQ曲線対照表(TYPE2)から僕が独断で選んだEQ曲線を表示してみることにします。できる限り率直に聴いた印象を記して(時間を要する楽しい作業)、レコードを再生する時の参考に少しでもなればと思います。 

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  イクォライザーを適合させる機能をもったコントロール・ユニットは、50年代には少なからず存在しました。クォード社を始め、リーク、タンノイ、パイ、ラドフォード、アームストロング、オーディオマスター、ラウザー、英RCA、パンフォニック、ロジャース等、英国の各社は当時こぞって個性豊かな工業芸術品を送り出しています。もちろん、米国からも、マッキントッシュを始めとして多くのイクォライザー変換機能を持たせたアンプを製作しました。しかし、これらを、ただ眺めて磨いている、所有して満足するのではなく、本来それらにしか無い機能を、「使いこなして、生活させる」こと。当時のアンプの魅力的なカタチは、その再生する音のカタチを具象しているに過ぎないということ。どんどん生活の中で使い込んで、レコードとの関わりが「冷たい」ものではなく、「あたたかい、そしてシンプル」なものになれたら。

  ここ数年来、レコードに関する情報は飛躍的に拡がりを見せました。 レーベル、スタンパー、レコード番号リスト、エンジニア、英米以外の国の魅力的なレコード、ICRC(International Classial Record Collectors)の発行、そして録音場所や使用したマイクロフォンについての資料まで、これまで噂や推測で語られてきた虚像やまぼろしが、「事実」として提供されるようになったのです。世界中から、たくさんの50年代のレコードが集められてきました。音楽とレコードを愛する人たちの「好奇心」によってもたらされたといっても、過言ではないでしょう。古くて重い盤が、たくさんレコード棚を満たす時代になったのです。オリジナル盤というとっておきの材料を、どうやって美味しく料理するか、それはこれからの問題です。

   『LXT2000やDGの古い盤は、音がもこもこして、どうも・・・』、こんな話を聞きます。僕もそう、思っていました。でも、イクォライザーを合わせると、どうでしょう。音の輪郭がくっきりして、こんがらがっていた和音がすっと響き、奏者のニュアンスがおもしろいほどに伝わってきます。音の悪いのをレコードのせいにして、適切な再生方法をとらなかったのです。それでも、音がどうも、といっても再発盤よりもはるかに優れた音ですから、「禁断の曲線」を知るまでは、それでよかったのです。訳知り顔のレコード店主たちは知らんぷりを決め込んでいた。トーン・コントロールを使用せず「レコードをあるがままに再生する」ことは、RIAAカーヴでカッティングされなかった古いレコードにとって、「あるがままに再生する」ことではなかったのです。1954年、世界中のレコード会社がEQ曲線をRIAAカーヴに統一することに合意します。といっても、すぐに全てのレコード会社がRIAAカーヴに変更して発売されたのではなく、実際には多くのモノーラル・オリジナル盤が1956年前後まで、それどころか一部のレコード会社はなお、ステレオレコードが出現する1958年頃まで、RIAAカーヴとは異なるEQ曲線で製造していた、という事実です。EQ曲線についての詳しい資料は、制作者であるレコード会社各社からついぞ、公表されることはありませんでした。確かに50年代に欧米で刊行されたハイ・ファイに関する書物に、いくつかの説明はありますが諸説入り乱れており、どの会社が、どの時期に、どのEQ曲線を採用していたか、を特定する道標となるものは存在しません。同じレコード番号でも、製造された時期により採用されるイクォライザー特性が異なっている場合も多く、一枚一枚の手元にあるレコードで自分の耳で、「利き酒ならぬ利き盤」をするほかは、ないのです。ですから、このリストのEQ曲線に関する記述は、なんら根拠のあるものではない、のです。 古いモノーラルのレコードを聴くにつけ、「如何にしたら、録音現場のこの素晴らしい音楽を伝えられるか」という制作に携わった人々の強烈な意欲に、僕の好奇心は拡がります。

  レコードを「受け身」のものとして捉えるのではなく、レコードに「はたらきかける」こと。EQ曲線のことにしても、クォードのアンプがなければ、どうしようもない、と思い込んでいただいては、困るのです。あなたのアンプにトーン・コントロールがついていたら、一度試してみる価値はありましょう。「接点が増えて、歪みが増える」というタブーはこれまで、我国のオーディオファイル達に固く信奉されてきました。たしかに、そのとおりです。しかし、今回問題にしているのは、40年以上も前の工業芸術品(Applied Art)である「レコード」と「再生装置」に関することなのです。それらは「経験的事実」と「科学的事実」のバランスから生み出された傑作です。1950年から54年にかけて製作された、英ハートレー・ターナー社のコントロールユニットの取り扱い説明文には「・・・この装置にはLPに対応するためにバス・リフトとトレブル・カットが付いています。このトーン・コントロールを適切に使用すれば、正しいLP再生が可能になります。なぜなら、LPの再生はトーン・コントロールを使用するようにデザインされているのですから。」とあります。当時のユーザーは、適切なEQ曲線を「自分の耳で」探したのです。当時の事物を「ちゃんと見る」こと。「数字的事実の蓄積」に偏っている今日、「経験的事実の蓄積」は、重いものと、僕は思います。

グレイリスト#22 1996 July 号のあとがきより一部補筆





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