
野草の本を貸していただいたせいか、歩きながら草花をよく見ている。 草花の名前を少し覚えたりすると、野の花が昨日よりずっと増えたような気がしている。 ただ、僕は花の捉え方が下手だ。 花ばかり見て、その下の草を良く観てはいない。 だから、ちゃんと、これは山吹草だの、十二単なんて特定できないのが、口惜しい。

本にある絵や写真と照らし合わせて見るのだが、全然ちんぷんかんぷんだ。 屁糞蔓(ヘクソカヅラ)はクサイ匂いから付けられた名だそうだが、娘が被る傘に似ているので早乙女花(サオトメバナ)とも呼ばれ、呼び名で随分と印象が異なって見える。 漢方薬で知られるゲンノショウコは、煎じて飲むとたちまちきくので、現の(まのあたりの)証拠なのだそうだ。

野草を見て思い知らされたのは、花よりも草の量がはるかに多いということだ。 いままで僕は花さえ良く観ていなかったのだから、草の様子なぞやっかいなものだ、くらいにしか気にしていなかった。 そう、これらの野の花は昨日まで単なる雑草だったのだ。 でも、一冊の本で、雑草には花があり、名もあり、ひととどのように関わってきたかも少し判りかけて来た。

野草の名前には花屋さんの花と違って、素顔の響きがあって、親しみがわいてくる。 ヒトリシズカ、ミヤコワスレ、スズムシソウ、アカネ。 スミレは墨入れが詰まった呼び名。 ささやいてきそうな名前だ。 木立の中で、珍しくカッコーが啼く。 海洋性気候で温暖な気候のせいで、野鳥の種類も多く棲みついたり、寄っていくらしい。 この半島には、雑草、野の花、魚、木、野鳥、海藻、犬に猫、野菜、電車、そして人間が棲んでいる。 雑草と見る、野の草と観る、同じ草が、同じ花が、見る方向で随分と違って見える。
追記 一日たって、わざわざ花の名を教えてくれた方がいた。 そしてまた新たな本を貸してくれた。 花を愛でる粋人は、わからない野暮な人間に、こうも丁寧に教えてくださるものか。 上から二番目はハマダイコン、これは大変古い時代に地中海地方で大根の栽培が起こり、シルクロードを通って中国に運ばれ、やがて日本にももたらされた。 古い時代にはオオネといっていたが、いつしか大根をダイコンと読むようになった。 三番目はマンテマ(ナデシコ科)というのだそうだ。 ヨーロッパ原産で園芸植物として日本へ入ってきたのは今から170年前の弘化年間であるという。(鎖国といっても、潤沢な文化が入ってきていたはずだ) この植物は多くの帰化植物が強引な繁殖と衰退をしてきたのに反して、浜に出て故郷の空を望みながら、新しい園芸植物に座を譲った不遇を訴えているようだ。(以上説明は昭和45年発行『海辺の花』亘理俊次著より) 説明文を読んでいると、花に対する学者の気持ちがじわじわと伝わってくる。 文章を透して花が見えてきて、ああこの人は本当に野の花が好きなんだなと、頭が下がる。