落ちた偶像
人目を避けたバルコニー。
半ズボンの少年は壁の石をことりと外し、
小動物を取り出す。
頬ずりしてキスをして愛撫する。
マグレガーという名の黒い小さなヘビ。
これが『第3の男』の開始シーンだとばかり思い込んでいた。 あれから『第3の男』は何度も見たのに、この場面は出てこない。 きっとカットされているんだ。 長いこと、そう思い込んでいた。 それが、バルコニーの石を外してヘビを取り出す少年が、いきなり、病室のテレビに現れたのだ。 『落ちた偶像』という映画だった、その場面で始まったのは。
ヘビがいるバルコニーは『第3の男』のウィーンではなく、リージェント・ストリートにあった、ロンドンの。 終戦直後の英国、有名な弧を描く建物の前は、首都の中心部なのに、ほとんど車も通らずに、しん、としている。 日はまぶしく、空気は澄んで、抜けるように空が青い(モノクロ映画だけど)平和な街。 ある週末、ヘビが殺され、駐英大使の息子であるフィルの邸に不安の種が落ち、育ち、熟して、事件は起きる。 看護婦さんがやってきて、僕の左腕から点滴をはずす。 『じゃ、いきましょうか?』 手術台に寝そべった僕に、医師はやさしい声をかける。 『ちょっと、ゴソゴソしますよ。 痛いですか?』『いえ、大丈夫です』 本当は大丈夫ではない。 心臓のそばを細い管が行き来していて、大丈夫なもんか。 しばらくの時間があって、『おしまいです。』 と身体の中から細い管は抜かれ、台から下ろされた。
それが先週起きたこと。 そして、また、こうして毎朝、林を抜けて、丘を登り、向こう側の漁港に降りて歩く。 さかりゆく緑にむせながら、歩いている。 『落ちた偶像』の続きは、またいつか見られるような気がしている。
半ズボンの少年は壁の石をことりと外し、
小動物を取り出す。
頬ずりしてキスをして愛撫する。
マグレガーという名の黒い小さなヘビ。
これが『第3の男』の開始シーンだとばかり思い込んでいた。 あれから『第3の男』は何度も見たのに、この場面は出てこない。 きっとカットされているんだ。 長いこと、そう思い込んでいた。 それが、バルコニーの石を外してヘビを取り出す少年が、いきなり、病室のテレビに現れたのだ。 『落ちた偶像』という映画だった、その場面で始まったのは。

それが先週起きたこと。 そして、また、こうして毎朝、林を抜けて、丘を登り、向こう側の漁港に降りて歩く。 さかりゆく緑にむせながら、歩いている。 『落ちた偶像』の続きは、またいつか見られるような気がしている。