2012年04月27日

写実とイマジネーション

先月ロンドンである写真に出会った。 ああ、これこれ。 英コロムビアのスペインの夜の庭のジャケット写真。 十年以上も前に一度見たきりの番号。 ヘネラリフェ庭園の夜。 惹き込まれるものがある。

RIMG0648


写真そのものは遠近法のお手本のような出来だが、ここに黄色と白抜きの文字が書き入れられると、一挙に奥行きがひろがる。 真ん中の水路と噴水が奥の館を超えて星空にまで伝わっていく。 水の滴る音さえ妖精の羽音になり、星の瞬きは深い青に南国の暖かみを添える。 一見して写実に見えているが、実はいろいろと魂消るほど修正がなされているに違いない。 例えば星をよおく見ると十字を切った輝きになっている。 星よりも星らしい。 
小さい頃、家の前には映画館があった。 シェーン、二等兵物語、はたまたシャープ兄弟プロレス映画など、入り口の前で看板を書いていたおじさんのまわりにいつもしゃがんで見ていたのを思い出す。 子供ながらにイマジネーションを書きたてられ、立てかけられた大きな看板の世界に惹きこまれて映画の中にはいっていった。 想像はどんどんふくらんで、イザ映画を見ると看板の世界ほどでなくてがっかりすることもあった。 そうゆう甘酸っぱさが、このジャケット写真にはある。

Alha_Generalife1


これが現実のヘネラリフェ庭園。 妖精どころか塀を直すおじさんが出てきそう。 でも、どちらが真実に近いか、と問われると、下の写真(画素数もCDのように格段に大きなものだ)と答える方もいよう。 が、上のジャケット写真のほうが、こころにあるイメージにずっと近い。 
オーディオ再生は視覚的要素抜きに鑑賞できる数少ない趣味。 このレコード、録音当時としてはあくまで鮮明写実音場を目指しながらも聴覚からイマジネーションが湧き出る再生音に驚く。 写実でありながら夢のような再生音。 ここには78回転とも違う、CDやPCオーディオからは得られない音感性の伸びしろがある。  ジャケット写真のように。

今週から11月に出す予定のグレイリスト74 をのんびり書き始めている。
33CX1221 ファリャ スペイン庭の夜 讃歌(ファンファーレ・ギターラの哀歌・生きる希望・ペドレリャーナ)  A.チッコリーニ(Pf) E.ハルフテル フランス国立放送管  録音1953年 サル・ドゥ・ラ・ミュチュアリテ  最初期プレス 1A/1・2Aスタンパー  P;R.シャラン E;W.ルールマン  この英コロムビアプレス、仏盤との音場のコンセプトに違いが大きい、まずそれを感じた。 仏盤は空中に音を撒き散らす、というか、空に向かってビューンと投げかける。 それがエラン。 に対し、英盤はあくまで、音の前と後ろの影そして脇の中間色を結んで実体音像とそのうしろにあるアンビアンスの存在を知らしめようとする。 だから、フランス盤はあくまで印象に残るものを彼らの色調で耳に残り、英盤は音の質感で耳に触れる。 そりゃそーだ。 空から見た、イングランドの深くくぐもった色の森とフランスのエーテルの蒸気色の森では、言ってることからして違う。 それより何より、この盤を紹介したのは、ジャケット写真だ。 グラナダのへネラリフェ庭園の夜のしじま。 あまりに克明過ぎるから幻想的だったりして、魅惑を超えた夜ならではの『気』が見えている。 そう、原節子が『あたくし、猾(ずる)いんです』(日経に昨日出ていた)と言った大きな目が浮かんできたりもするのです。  盤美品〜ほとんど美品  写真ジャケット(裏ラミネイト)きわめて良好  EP  BRIT-LPカーヴで再生

こうしてレコードを聴いて、両方の写真を見ていたが、上と下の写真では決定的に違うところがある。 上は現像でいぢれるが、下はあっけらかんと撮ったまんま、、百科事典の写真のようにしか見えていない。 現像という行為は、レコードのカッティングとよおく似ている。 ホンモノのように細工できる、そういう細工ものであるのを知りながら、そうだよなあと溺れていく。 ホンモノに近くなればなるほど拒否反応がでるCG画像なるものとは似て非なる感じ方。 季節柄さくらの写真を良く見た。 どれもよおく撮れてはいるがピントが合いすぎてサクラの標本写真に見えて困る。 

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