2016年02月25日

ゆうべ蛍が寝たあたり

世の中には、自己主張することはないのにその存在の貴重なことがあとになって判る、そういう人が居る。 おおらかで無口、それでいて目の付け所がしっかりとしている。 そんな人がそばにいると、競争することなんて忘れてしまう。 ショパンのノクチュルヌを聴く。 街灯が点きはじめるころ、どこからか聞こえてくるピアノ。 近所のお姉さんは聞かせようとして弾いているのではない。 だから音楽が伝わってくる。 とぎれとぎれにしか聞こえてこないのに。 どこで弾いているんだろうかと耳を澄ます。 イングリット・ヘブラーのレコードが回っている。 彼女、大きな音も出さないし、ありきたりのテンポで、静かに弾き進んでいく。 そう、あたりまえなのに聞き耳を立てさせるピアノ。 『困ります』、そんなに真剣に聞かれては。 月に照らされて咲いた花のように曲が開いてはしぼむ。 歌うような青さ、たまらない引力だ。 ひとひらひとひら落ちていくさまに、暗がりは濃くなっていく。  

やれ踏むな ゆうべ蛍が寝たあたり

良寛さんの父親が詠んだ句が浮かんだ。

ウィーン生まれのモーツァルト弾きとして知られた彼女、両親はポーランド人。 ピアノを習い始めたのもポーランド。 彼女のモーツァルト、どこかショパンの味がうすくこびりついている。
ピアノといえばモーツァルトとショパン。
ひとつにすれば、イチゴ大福。 好きな人にはたまらない。

RIMG0363僕の町の印刷屋さんで、彼女の大ファンがいる。
『来るたびに聴きに行ったんですよ 』と、恥ずかしそうに笑って話してくれた。 
彼女が好んで日本に来たのは、おじさんみたいに大人しい拍手をしてくれる観客が大好きだったからに違いなく。

ヘブラーの薄い月を想うショパン、時々僕は聴く。


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