2026年08月02日

伸びる音

再生音にある測定不能な要素、「音の伸び」。これについて米国のギター製作者が示唆に富んだ解説を書いており、文中のギターという語を再生装置に、プロジェクション(音の遠達性)を音の伸びに当て嵌めて記してみる。
「音の伸びとは、再生音がどのくらい遠くまで届くかということを示す用語である。大雑把に言うと、音の伸びは再生装置が高い周波数の信号をどのくらい効率よく生み出すことが出来るか、という点と関係する。周波数の高い音は比較的少ないエネルギーで発生し、遠くまで届くが、同じ距離まで届かせようとすると、低い音はより多くのエネルギーを必要とする。ネズミのなき声やラジオからの小さな音が、プロレスラーやライオンの雄たけび、あるいはトラックの音と同じくらいの距離まで聞こえるのはそのためだ。ただしサイズの大きなものから生み出される豊かな音に対して、ピッチの高い音はエネルギー的には効率よく遠くまで届くとしても、キンキンと薄っぺらで、『音楽的』という意味では魅力に乏しい。」
「レコード再生に関していえば、音の伸びという特性は単純に『ある・ない』で語れるものでも、高域が良く出ているかどうかだけで判断できるものでもない。仮にそうであれば、音の伸びに関する議論はそこで終わってしまうだろう。私は音の伸びを、音を作り出す再生システム全体の効率を表す指標だと考えている。すなわち、再生装置を構成するさまざまなパーツが、どのように調和を取りながら作用しているかを示すものなのである。理想的には、周波数の低い成分と高い成分とが同時に存在できるように、音の伸びと応答性のバランスをとることが可能だともいえる。低音と高音は、必ずしも互いを犠牲にしなければ存在できないわけではない。他の要素とのトレードオフの中で、低音と高音の両方が得られるバランス・ポイントが存在するのだ。(注 音響メーカーは、常に製品の改良やバリエーションの追加、新しいモデルの開発に取り組んでいる。その際、新しい製品について特定の音やクオリティが加わったとアナウンスされることが多い。しかし、進歩とは常に何らかの代償を払ったうえで得られるものでもある。代償として失われるものがある場合もあれば、そうでない場合もある。常にトレードオフという視点に注意を払う必要がある。)」
「本当に良い再生装置とは、豊かでバランスが良く、表情のある音色を持ち、それらを損なうことなく遠くまで再生音が飛ばせるものである。そして、それを実現することは想像を絶するほど難しい。」
「音の伸びには多様な形がある。一般には、大きな音の再生装置は近くで聴くと音量が際立つが、離れて聴くとそれほどの大きさを感じさせないことがある。一方、近くではあまり音が大きいと感じない再生装置が、遠くではクリアな再生音として聴こえる場合もある。これは両者のエネルギー放出の仕方が異なるためである。それぞれ『そば鳴り』と『遠鳴り』をするようにできている再生装置なのである。(注 音を生み出すエネルギーをどのように消費するかにより、『そば鳴り』する装置と『遠鳴り』する装置とに分かれる。一般には、そば鳴りをするものは遠鳴りをしにくく、その逆も成り立つという形で、トレードオフの関係となる。)」Ervin V. Somogyi 著 大家健翻訳 「アコースティック・ギターの構造と科学」(2026年)
文章にある「ギター」を「再生装置」に置き換えてみたら、思い当たるふしが随分とあるのに今更ながら驚いている。ただ、ここまで書いて、お気づきの方も多いはずだが、プロジェクション(音の遠達性)を音の伸びに置き換えるのはどうも無理があると感じている。プロジェクションが意味する「音がどこまで届くか」はある程度測定機器で計測できるだからだ。音の伸びとは音が遠くまで伸びていくだけとは違う。音にある伸びやかさもあるのだ。倍音振動の心地良さ、音と音のつながりのしなやかさ、余裕あるヘッドルームと十分なレッグルーム、音の輪郭や芯を意識させる響き、小音量でも痩せない、などなど。心地良さ、自然さ、余裕、意識という測定機器では測れない要素は数えきれない。こうした要素は、ひとそれぞれによって異なる。再生機器のレストアにあっては、そのどれもがレストアする人の感性が重くある。その感性により音は作り上がり、ユーザに手渡される。レストアされた装置が再生する音の違いを正しく評価できるかどうかは、最終的にはユーザ自身の感覚と経験にかかっている。違いを感じ取る耳や判断力が育っていなければ、優劣を論じること自体が意味をなさない。経験を積むことで初めて、微妙なニュアンスや質的な差異を認識できるようになり、より良い再生装置を選び取る準備が整うのだ。レストアされた装置の良さを正しく評価してくれ、さらに良いものを目指す方向に駆り立ててくれるユーザと、ひとりでも多く出会えるよう心がけている。

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