2007年03月04日

トーレンス 9ボルトの攻防

今日の午後はオーディオの世界を散歩することにします。 1957年に販売開始されたスイス製トーレンスTD124型は、世界のオーディオマニアから『レコードプレーヤーのロールスロイス』と認められた最高級機でした。 現在でも世界中のマニアたちが、堂々たる現役として使用しています。 ここでは、日本全国から送られてくる古いTD124をひとりの職人が黙々とレストアに精を出しています。 この週末は、彼がスイスで体得してきた技術に加え、数十台をレストアした自身の経験から編み出した手法を用い、モーター調整の限界に挑戦しています。 実験に使用するTD124のシリアル番号は#1804。 TD124は#1001から#50000番台まで製造されていますから、このシリアル#1804は発売初年1957年に発売されたものと思われます。 半世紀前の機械です。分解  まず徹底的に分解掃除します。 クリーニングにはそれぞれの部品に適した洗浄剤を使用します。 それから真鍮軸受けを、ベルギー製宝石研磨剤を練りこんだ特別仕様の縒りブラシで、軸受け穴内部の肌をつるつるに整えます。 その他の部品、たとえばスピンドル固定金具なども真面に戻し手再組み立て後、30Vで35時間ほど慣らし回転しておきます。 料理でいえば、下ごしらえです。 そうして軸受け部で発生する微弱な擦音を感じ取りながら、軸受けに油を注し、モーターケース四隅のネジを、少しづつ、締めていくのです。ネジ締め 四本のネジのうちどれを締めるか、どのくらい締めてみるか、これから先は職人のカンの領域に入ります。 低電圧でゆっくり回転するモータースピンドルをにらみながら、時間をかけて締めこんでゆき、回転が止まらぬよう、最高水準の回転の質を狙うのです。 数十分掛けて、やっと止まることなくネジを締めこみましたが、上部真鍮製軸受け箇所から気にかかるノイズが出たため、未練なく分解。 やり直しです。 徹底的にクリーニングを施してから、問題の箇所を点検補正して、再挑戦。 息詰まる、ネジの締め具合。 もちろん最後は固く締めなければなりません。 まごころ込め抜く神経戦です。 90分ほどかけて職人はモーターを愛撫していき、満足できる状態までに達します。 回転音質はかすかにプーンというくらいの整数的な作動音です。9Vで起動回転 スイスでの技術による調整では20V前後からの起動が限界でしたが、今日は彼が考案した手法により9Vからの起動に成功します。 実にシビアな、9Vの攻防でした。 レストア依頼されるTD124が起動に要する電圧は30〜90Vといったところですから、このモーターは、いわば、レーシング仕様というか、起動電圧世界記録保持モーターといっても良いでしょう。 
通常使用電圧は100ボルトなので、ここまでの精度は必要ありませんが、可能性の限界を探ることも、機械を知る上で大切でしょう。 彼は世界で四人といわれるTD124のスペシャリストのうちの一人に数えられます。 駅の菜の花 こうして工業芸術品ともいえるスイス製モーターを弄っていると、論理的であると同時にしたたかな情緒も伝わってきます。 情緒は、レコード音楽にとって、掛け替えのないものであります。 
今朝撮影した近所の駅の菜の花です。

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