2010年01月22日

オレのガマンもこれまでだ 其の肆

次は相対性ですが、この思想は相性の背後に潜むもので時には相性と抱き合わせで述べられる事もあります。 例に上げますと友人の所有するオーディオ機器とほぼ同様な物を購入し、使用したとしてその再生音が友人のものとかなり異なって再生された時、ユーザーはこれらの機器を購入した専門店に相談されるはずです。 その際専門店の方の言われる事は恐らく、部屋が違うし、使う人が異なるのだから違うのは仕方がないと。 果て又は部屋と機器の相性が合わないとか、ユーザーが勉強不足であるとか。 この言葉の背後にあるのが、オーディオは使う人、部屋により再生音は変化すると言う思想なのです。 確かに一理あり、どなたも経験することですが、それはひとつの現象であり状態を表したにすぎません。 答えとはならないのです。 部屋と機器類、機器と人との係り合い、機器同士の整合性を相性とか相対性で片づけられては納得できるものではありません。 しかしながら、これを全面的に販売店の無責任とするのは私はユーザーの甘えであると思います。販売店からなにがしかの機器を購入した時点で所有権はユーザー側に移ってしまい、どの様な結果になっても責任はすべてユーザー自らが負うべき事柄であるからです。 従って販売店側としては本来何ら関係する事柄ではなく、販売した機器に対してユーザーとどの様に関っていくかは、それぞれのお店とユーザーの信頼関係にあるのです。 しかし、私が言おうとしている事はこのような現実的な事ではなく、相性の奥にある相対性の持つ根本的な意味合いについてです。 相対性の論理を突き詰めて行くとオーディオ機器の組み合わせは無限にあり、固有の特性を持っているため相性の合う機器同士が巡り合うのは、確率的に大変低くそれに巡り合うまでユーザーはひたすら機器を買い続けなければなりません。 何しろ全ての機器の存在がそれぞれ相対的であるがため、相性によるマッチングも相対的にならざるを得ないからです。 P1000030よくよく考えれば、ヴィンテージオーディオマニアはわりあい保守的でその性向としてブランドに弱いという特長があり、使用してる機器類もある程度定評のあるものを使っている事がほとんどです。 従って無限的な相対性は成り立たないのです。 実は、そこに見られるのは相対性とか相性とは異なる機器自体の個体差であったり、不完全動作による劣化現象であるほうが多いと考えています。 ビンテージ機器はきちんと整備され、完調なものであれば余程の事がない限りそれなりの音は出るように作られており、この事がビンテージ系の強みでもあります。 よく部屋の特性等について言われる事柄についても、四畳半にオートグラフでもない限りヴィンテージオーディオの持つ力は部屋の特性を超えるエネルギーを秘めていて、問題が発生するとしたらそのエネルギーの強さにこそあるのです。 相対性自体の思想は、はじめは販売店側から広がって、その後ユーザー側にも浸透していきましたが、私が思うに相対的な考えに基づいた相性を主張するのであれば、その根拠を理論的に示すべきだと思います。 相対性を生み出したアインシュタイン博士も相対性理論という法則で説明していますが、オーディオの相対性や相性もそれなりの法則が当然あり、それが立証されなければ、ビンテージオーディオの伝説のひとつにすぎないと思います。
以上T氏


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