2010年01月29日

オレのガマンもこれまでだ 「渡り鳥、故郷へ帰る」の巻

ビンテージオーディオに取り組んでおられる方の中に時々、渡り鳥のごとくオーディオショップからオーディオショップへと飛びまわる人がいます。 この様な人をオーキー(風来坊)と呼んでいます。 これらの人達の目的は、自らが求めようとする機器に対する情報を知りたいというものです。 惜しむらくは、せっかく情報を収集してもその意味を理解することが出来ない為、何かしら肝心なところのピースが求められず、情報のジグソーパズルはいつまでも完成する事が出来ません。 情報をいくら集めてもそれを経験分析し、理解しなければ何もなりません。 しかもその過程で、これらの人々はオーディオショップから得た情報をタダだと思っているところが、私にはやり切れません。 情報はタダではありません。それは直接金銭に結びつき、それを保有する人達は何かしらの対価を払って自らのものとし、肝心な所は赤の他人に簡単に譲り渡す事はありません。 オーキーたちがショップで得た情報の実体は、ほとんどどうでもよい事で機器たちの本質を知ることはできません。 何と何を組み合わせれば良いかについての知識が一人歩きして、その働きの何たるかまでは達しえないのです。 オーキー達の一番の欠点は、人を見抜く力がないことで、信じるべき人と信じてはいけない人の見分けがつかないのです。 それゆえ、いつもジョーカーを引いてしまうのです。 これは恐らくオーディオ機器の情報収集のみに主を置いている為に起こりえる事で、正直といえば正直ですが、人間必ずしも本当のことだけを言う生き物ではありません。 その仕入れた情報が正しいものであるか、本質を知らずしてどうして正しいと判断できるのでしょうか。 ショップの方々は常日頃さまざまな人々と接しており、ただ情報のみを得ようとする方にはそれなりの対応しかしないものです。 来店されたお客様が、上客であるか、ただの冷やかしであるか、ただちに見抜きます。 何しろ彼らはプロなのですから。 
オーキーたちの帰るべき故郷はどこにあるか? それはもはや、ありません。 P1000031そもそも渡りを始めた時にそれは失われており、どこの場所にも舞い降りられずに、仕方なくショップ回りを続けるしかないのです。 この文を読まれた方の中にも、自分がオーキーだったと自覚する方がおられるかも知れませんが、それに気付いた以上、自らの故郷を求めるべきです。 故郷とは信じるに足りる人を信じると言う事に尽きるのです。 オーデイオ機器は人が作り上げたものであり、その根本にある人間性こそが一番大切な要因であるからです。 以上T氏


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