2010年02月11日

オレのガマンもこれまでだ 「ステレオ・サウンドって、ナニ」の巻

お断りして置きますが、これから書くことは我が国のSTEREO SOUND誌のことではなく、
「ステレオ(定位)・サウンド(音響)って ナニ?」の巻という意味です。

レコードによるステレオ再生の面白さとは、第一に音像定位を楽しむことが上げられますが、私にはどうも我国のオーディオは定位にあまりにもこだわり過ぎると思います。 確かに定位はステレオ効果に重要ですが、時にはそれが仇となりかねません。 あまりにステレオ効果を欲するあまり、極端なチャンネルセパレーションが出現し、音楽がサウンド化してしまう事もしばしばあります。 ステレオ効果とは、チャンネルセパレーションの優秀さより、音の混ざり合いや融合性も重視しないと、音楽ではなくなってしまい、音の連なりにすぎなくなります。 IMG_0343今日までの我国のステレオ再生は大変いびつな形に私には映ります。 時には音楽再生と言うより音の発生機としてのオーディオではないかと感じられるのです。 なぜステレオHi-Fi再生がこの様にいびつな物になっていったか。 我が国の大衆文化としてのレコード再生がステレオから始まったからです。 レコード再生イコールステレオ再生であり、ステレオ効果が一番よく出やすい定位やセパレーションに偏奇していったのです。 それも仕方のないことで、当時のオーディオファンは若い世代が主流で、音楽的教養の有無に関係のない、直接理解しやすい定位やセパレーション等のステレオ効果を示した方がステレオレコードやオーディオ機器の普及につながると当時のオーディオ関係者は考えたのでしょう。 オーディオファンの主流派まだ学生か入社したてのサラリーマンで、ハイファイ雑誌をテキストに、教師かぶれなる人によるステレオはスピーカーの中央で聴くべきであり、頭など動かせば定位がずれてステレオ効果が損なわれる等、不思議な教えがあったのです。 自分が使う装置をどこでどの様に聴こうと自由なはずなのに、スピーカーの中央でなければとは? 映画館でさえ、空いている席に移動できるのに、これは理不尽です。 教師の教えを守りスピーカーの中央に鎮座している姿は、ヘッドフォンで聴くのに似ており、定位がずれるのはヘッドフォンの位置がずれてしまう。 2つのスピーカーの中央で聴く事自体人間の生理機能を全く無視しています。 人間には利き腕があるように利き耳があり、左右両耳の特性が同じと言う事はありえません。 仮に両方のスピーカーのその差位が全く同じで、リスナーの両耳も同じ特性(と耳朶が同じかたち)を有するのであれば、可能でしょうが。 カートリッジの左右出力差やアンプリファイアーの左右のレベルの違い等が加わると、左右が揃う確立はほとんどゼロに近くなります。 IMG_0584お医者様から聞いたところによると、人間の生理的な問題として定位、すなわち音の振動源を特定するには、頭蓋骨の振動を通じて左右の耳に振動が伝達される際、その左右の振動波のわずかな時間差により、正確な位置決めをします。 左右のスピーカーの音を同時に聴き分け、それを脳内で結びつけるために、脳にとってこれは負担です。 モノーラルよりも、ステレオ再生時にリスナーが緊張しているのはその為であり、これらを推測すれば、ステレオ再生と言うのは本来人間の生理学的観点からやや不自然で優しいものではないのです。
この巻つづく 以上T氏



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