2010年04月27日

ハイ・フィデリティ 4

今回のT氏の話のシリーズには、これまで書かれなかったこと、書かれてはまずいこと(オーディオ業界にとって)を多分に含んでいる。 それに割り込んで、ハイ・フィデリティと歪みのことで思い出したこと、思いついたことを書く。
例えば、ピアノを再生してみる。
ハンマーがピアノ線を叩いた時の、衝撃音に伴なう低域のバウ、という影音
ピアノ線を抑えるフェルトが触れるか触れないかのザワザワというカスレ音。
鍵盤を指先の爪が当たるか当たらないかのように弾く触れ音。
その中心にピアノそのものの複雑で太い音が潤いを持って横たわる。
ここにある影音、カスレ音、触れ音、などには軽くデストーションが練りこまれており、濡れるように前に張り出す主音より遠方で聞こえている。 音源が善玉のひずみにより立体化されて音色が発生しているのが、容易にわかる。

善玉のひずみというものを知るのと知らないのでは、
再生時にエライ差が出てくる。
P1170029スコットランドでEMIの老マネージャー、ニール・エリンガムに会ったことがある。 彼とゴルフをラウンドしながら、込み入ったイコライジングの話をしたことを思い出した。 ラウンドを終えて、彼はこう漏らした。 『マスターテープ! 大いに結構。 新鮮な魚たち、ちょうど、君の国のサシミのようなもの。 でも、すべてが新鮮だと、新鮮なだけだ。 ドキュメントだ。 フォーカス、パン、それにディストーションがあって初めてアートになる。 いいかね、ラッカーマスターはクックド・マスターテープだよ。 マスターテープは料理されやすいようにバイアスされているのを忘れちゃいけない。 だから、そのまま再生しても面白おかしくもないに決まってるじゃないか。 P1170030EMIとDECCAでは料理法が違うから、マスターテープの周波数特性におけるエネルギー分布は異なるから注意した方がいい。 どちらかと言えば、
EMIはSmoked(燻製)で、DECCAはGrilled(焼き)だろうよ。 そうやって良質のひずみ(Refined Distortion)を練りこんでやるのさ。』
何いってるんだこのじいさんは。 イコライジング熱中していた当時は、気にもかけずに聞き流していたが、今になって思えば、彼は最後にとても重要なことを伝えてくれたのだ。

あれから二十年が経つ。 "refined distortion" に思い知らされている。
思えば、コクのある音色、などという初期盤特有の褒め言葉を冠せられる『愛聴盤』には、このファクターがたっぷりと練りこまれている。






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