2010年06月04日
種の限界(TD124の限界点とは)
ヴィンテージに属するレコードプレイヤーの種類は多数存在しており、いかにTD124が優れた製品であっても、他のプレイヤー達にももちろんそれぞれの良さはあります。 私の持論ですが、どの製品であれ人間の作ったものである限り、おのずと限界があると思います。 その限界とは種としての、つまり製品として完成された形でも自ら持つ宿命的な限界点が必ずあり、それ以上どの様な工夫を凝らしても、その形をとっている限り越えられない壁があるのです。 真空管式アンプリファイアーもさまざまな回路が開発され、スピーカーにしてもホーン型やバス・リフレックス、密閉型等いろいろなスタイルが研究開発されてきましたが、その真意は性能向上と同時に種としての形式としての限界点を押し広げようとしたのです。 そこでTD124の種としての限界点を探ってみようと思ったのです。 ただTD124のみのレストアの研究では視野が狭まって、やがて袋小路に入ることは当然考えられますので、並行して英国のコニサー社、レンコ、コラーロ等のTD124と同時代のアイドラー型プレイヤーのレストアを実行し、その再生音を聴きTD124との相違を検証してみると、「他のプレイヤーに負けることはない」と言っていたスイスSCHOPPER氏の言葉はあながち誇張された表現ではないことが実感できました。 本質的な所では相違もあり、TD124においても、種としての限界点らしきものは当然存在します。 しかしTD124個体の持つ再生力の音楽的表現力の限界点に達した時の振舞い在り方は他のレコードプレイヤーと全く違うのです。
限界(臨界)に達した時その力の方向性が変化し、TD124個体の再生力限界としての頂点で位置変換的に音楽表現力が別の座礁に移動してしまうような働き方をするのです。 例えば青空を背にした高山は頂上まではっきりと確認できますが、雲がかかりその姿が隠れるとその大きさや頂上までの高さはおぼろげな物となります。 再び雲が去り、高山がその姿を明らかにしてもその印象は以前のものとは変わって見えるはずです。 雲がかかっていたことにより、見る人は想像力を刺激され以前の山より高く感じるからです。 つまり、イマジネーションの世界なのです。 リニアティを重視する方には信じがたいことですが、レコードプレイヤーとしてのアナログレコード再生における力の意味は、聴き手にこの様なイマジネーションを歓喜させるものこそ、本来あるべき能力ではないでしょうか。 TD124にこの様な力が備わっているのは、TD124自体が持つベルト・アイドラードライブという型式によると考えられます。 他のアイドラー型プレイヤーでガラード301、コニサー、クラフツマン、レンコ、レコカット等の再生音にもそれぞれに魅力はあり、独自の再生音をもたらしてはくれますが、長く聴いているとやはり種としての限界点が見えてきますし、またその限界点の在り方も音楽表現における高低として独自性として表れてくるからです。 TD124のベルト・アイドラー型式については、以前二つの形式が内蔵されていることは、長所も短所もそれぞれ保有していると書いた事がありますが、それは同時に自己矛盾を常に持ち続けることで、この形式の自己矛盾は音楽再生の臨界点で別の働きをしているとも言えます。 通常のアイドラードライブプレイヤーがモーターローター軸に設けられたプーリーにより直接プラッターを回転させるため、アイドラーを設けている型式が単一の働きをしており、数字で考えれば1であるのに対してTD124のベルトとステッププーリーを加えた回転系が二つの型式の複合体であるがゆえ1+1であり、さまざまな複合性を帯びることにより1+1が必ずしも2ではなく、3や4になることで、単一性と複合性の機構の相違が再生音に多大な影響を及ぼしていると考えられるのです。 TD124の持つ二つの形式による大いなる自己矛盾が聴き手に深みと奥行きを与える再生音として充分想像でき、人間的であると思います。 現実社会でも、自己矛盾を持っている人ほど面白く魅力的であり、人を引きつけるからです。 TD124はその再生限界点で完全に自らの型式の力が音楽表現と合致した時、その独自性で他のレコードプレイヤーに追従を許さないとするべきで、音楽表現と限定したのはベルト・アイドラー型式が単純に機械的な動作で必ずしも完璧ではないからです。 通常のアイドラー型に比べ完全に歯車的回転系が噛み合った時には強力な働きが得られるが、一旦どこかに不具合が生じればトルクの乱れが起きやすい機構的な欠点があるからです。 これらからTD124レストア後の各個体別の再生音の差異がベルト・アイドラー型の自己矛盾点と各パーツの年代別異なりの相乗効果により発生することが推測されます。 初期型モデルは、各トランスポート部やシャシーがオリジナルでも、モーターがより新しい中期型モデルに交換されている場合(レストア時顕著である)その再生音は異なってしまいます。 滑らかさはオリジナルモーターより勝っていますが、ガッツのある精魂の据わった音楽表現では、やや劣ります。 単にモーターが変わったからとするのは誤った考えで、中期型モーターでもチューニングにひと工夫し、オリジナルモーターの動作共振帯に近づければ、オリジナルモーターと全く同じとまではいきませんが、かなりのところまで追い込めるのです。 なぜそのような効果が得られるのかと言えば、TD124のベルト・アイドラー型式の持つ自己矛盾点に合致した動力を送り込むことが出来るからで、型式と相和させることにより中期型モーターでもオリジナルの初期モデルモーターとあまり違わない再生音を得ることが出来るのです。 この手法は残念ながらすべてのTD124に通用するものではなく、18,000番台あたりのプラスティック・スピンドルを持つ機種にしかできません。 このシリアル番号あたりまでの回転系の性格が並列的でバランスがとりやすく、これ以後のモデルは直列的な性質でモーターを入れ替えると、場合によっては極端に音が変化する性格を持っています。 トーレンス社の技術者達が動作上さまざまな問題を発生させやすい構造型式による矛盾点を容認してきたのは、音楽をがっしり掴むため、ベルト・アイドラー型特有のノイズ発生を抑えるデッドニングをプラッターやステップドプーリーに敢えて適用しなかったのだと思います。
TD124本体をみればわかりますが、アイソレーション効果や振動制動用のゴム類はあまり多くありません。本当にベルト・アイドラー型の動作ノイズを消すのであれば、もっと有効な方法はいくらでもあったはずです。 これだけは言っておきたいのですが、完全にレストア、チューニングを施したTD124であれば、たいがいの補助用パーツや防振処理は無用で、オリジナルに準じてセッティングを行えば充分な力を発揮できると確信しています。 つづく
以上T氏
以上T氏