2010年11月04日

リン社のレコードプレイヤー

お客様とのお話の中で、しばしばリン社のレコードプレイヤーの音をどう思うかを尋ねられることがあり、私の答えとしては、良くも悪くもベルトドライブの音であり、それは私がTD124やガラード301のアイドラー型ドライブのもたらす再生音の意味を考えた末のもので、ベルトドライブ型とは、プラッターとモーターがベルトによって結ばれただけであり、そこにはアイドラー型のような可変力はそもそも存在せず、宿命に縛られていることによって、再生音は音楽性が限られたものであると確信しているからで、所詮ベルトドライブと言ってしまうのです。 TD124のリビルトが本務でありますので、今までリン社のプレイヤーについては書くことはありませんでした。 しかしお客様は、リン社のプレイヤーとTD124の相違について興味をお持ちになるのも事実で、一度はこの問題に触れておかねばならぬと思い、今回嫌々ながらも書くことにしました。 リン社の最初のモデルであろうLP12がいつ頃開発されたかは、定かではありませんが、我国に輸入されたのは1974年辺りだと思われます。 このLP12については、よくTD125のコピーであると言われがちですが、TD125をイギリス風味に仕立て直したものではないかと考えています。 LP12はアームレスレコードプレイヤーとして出発し、基本構造はそれまでのベルトドライブを踏襲した大変シンプルな構造であり、今日の現行品のように様々な補機類を持たず、慎ましやかな製品でした。 価格も当時のサラリーマンの月給で買える123,000円、消費税の無い時代で値引きしてもらえば11万円位で買えたと思います。 値段の割に音が良いと評判になり、その後順調に売り上げを伸ばしていったのですが、セールスにおいて少々問題ありとの噂を聞いたことがあります。 本当の問題は、なぜLP12が我国で好評を博したかなのです。 例えば想像して欲しいのですが、仮にこのLP12が我国のパイオニアやテクニクスから発売されたとしたら皆様は買うでしょうか? おそらく買わないでしょう。 この当時我国のレコードプレイヤーがダイレクトドライブ全盛であり、ベルトドライブは性能的に一段落ちるものであるとしていたからで、LP12の様なベルトドライブを発売したら、それまでの主張したことが全て嘘であると自ら表明することになるからです。 ベルトドライブのモーター開発における技術力を持ってすれば、LP12をしのぐベルトドライブ型を作ることは、極めて容易いことだったはずであり、それが出来なかったのはダイレクトドライブこそレコードプレイヤーの理想型としたため、発売出来なかったというのが理由でしょう。 LP12はその間隙を突いて、TD125の電子制御部を省略したオーソドックスなベルトドライブ型を我国のオーディオファンの心の中にある舶来に弱いというコンプレックスを利用して発売したのです。 前述のLP12が英国製であるから買ったのではありませんか? そして今日においても、この舶来コンプレックスは存在し、彼らはせっせと過去の我が国の製品のコピーした商品を我国に向けて、途方も無い値段で!!販売し続けています。  LP12と今日の現行品とでは、その目的とする音楽再生の在り方に、大きな隔たりがあることも事実で、LP12は当時のプレイヤーの要であった電子制御部を外したベルトドライブ型の初めのころのモデルを基としながら、再生音は新しいものを目指したものであったはずです。 ところが現在の製品はどうかと言えば、完全に電子制御に依存したものであり、かつてのTD125の目指したもののリメイク発展型に過ぎません。 リン社は、かつて不要とした電子制御を強力なライバルであったトーレンス社が力を失った時に再びTD125と同じようなものを作ったのです。 ユーザーから現行品より最初のLP12の方が音が良いと言う話も聞くことがあります。 理由は歴然、リン社のプレイヤーの歴史は、LP12以後はひたすらアナログレコードをCD並みに再生しようとしたからです。 今日のリン社のプレイヤーの音はCDそのもので高いSN比とクリアーな音はもはやアナログとは言えません。 我国でのCDは音楽ソースとしてはHMV閉店が象徴するように、失格の烙印を押されてしまったソースなのです。 リン社のレコードプレイヤーは、空中に浮かんだ楼閣であり、はしごは既に外されています。 今後更なる改良機が発売されても、ユーザーの支持を得るのは難しく、現行品のモデルは、祭りの最後の花火であると。
リン社のプレイヤーの音  
リン社のレコードプレイヤーに関しては、LP12から、今日までのリン社のレコードプレイヤー全機種の音を聴いた訳でも無く、私自身がちゃんと聴いた製品は、LP12と4〜5年前のものであって、オーディオ店で少し聴いた程度です。 しかし、これで充分だと思っています。 リン社のプレイヤーの音は大変わかりやすく、期間を置いて飛び飛びに聴いたこともかえって幸いし、ものの5分もすれば、それらの音の印象をまとめ、一つの点として折れ線グラフにすると、リン社の目指した音がどのようなものであるか理解できたからです。 リン社のプレイヤーの音とは、リン(泉)の名の示すように、清澄な音であると言うのが印象ですが、それは高精度のパーツによるSN比の優秀さで得られたものでもあり、動作は静粛です。 LP12の頃は古典型式によって、新しいアナログサウンドを実現させたのですが、CDの登場によってその新しさは過去のものとなり、その後CDと同様な音質を求めるに到ったと考えられ増す。 それは各時代のLP12の音を比較すれば一目瞭然です。 アナログをCD化しようとして、辿り着いたのが今日の新製品で、その安さはまさにTD125の姿で、この様な高性能化を図ったとしても、所詮ベルトドライブ型の宿命からは逃れることは出来ません。しかも構造自体がスタンダード型ベルトドライブなので、その宿命は他の重量級プラッターを持つモデルと比べて露骨に現れますが、特長としてダイナミックレンジが狭いと言うことが挙げられます。 皆様はリン社の製品は、周波数レンジの伸びは、TD124やガラード301の及ぶ所ではなく、レンジが狭いとはどう言う意味なのかといぶかる火も知れません。 ダイナミックレンジをどう捉えるかによって、評価は変わるのです。 私の言うダイナミックレンジとは、周波数帯域の広さや、弱音から強奏に到るまでのスルーレイトスケールのことではなく、音楽表現における音の役割と振る舞い方のことです。 例えば、オーケストラが弱音から強奏に到るまでの音のやり取りにおいて、ある力場が発生し、それが膨張しクライマックスに達した時、強力な爆発力を起こすという音楽において必要不可欠な力場における内的圧力による音の伸びのことなのです。 TD124やガラード301が描く曲線は、この過程においてのドラマ性が絶妙の効果と働きをするのですが、リン社のプレイヤーは、ここの所に来ると急にやる気をなくしてしまうのです。 結果的には再生周波数レンジ的には広大であっても、サウンドとしてしか聴こえず、せっかくの爆発力のエネルギーが方向性を持たないため拡散し、しかもこれらのことは、リン社のプレイヤーの特長でもある動作的な静けさや、高SN比、音の清澄さ等とは全く別の力で発生します。 この音は私にとって、ワイドレンジのラジオの音としか思えないのです。 こうした現象は、コニサークラフツマン3の調整作業中にも経験した事があります。 それはアイドラーがプーリーとプラッターに対して最小の圧力で動作している時で、定回転はするが、音楽的な何かが決定的に不足しており、しかも音自体は清澄で美しいのです。 アイドラーがプラッターに対して音楽的な再生を行う時に最も必要な力を与えていないからです。 リン社のプレイヤーもモーターやベルトはプラッターに対して、何ものをも与えていないことが考えられますが、それはリン社のプレイヤーに責任があるわけではなく、ベルトドライブ型の構造内の宿命なのです。 もう一つの理由は、リン社のプレイヤーがベルトドライブのスタンダード型であり、バランスのとれた製品であるために起こること、ベルトドライブ型では、最も優秀なバランスを保有しているという証明でもあるのです。 重量級のプラッターを持つ他のベルトドライブでは、モーターとプラッターの質量、重量対比率が歪んだものになっているため、この現象は起こりにくく、もっと別の場面で影響が出てきます。 リン社のプレイヤーのオーソドクス性は、ベルトドライブ本来の音の在り方では、かつてのベルトドライブ型と同じであり、ベルトドライブ型特有の宿命を背負うことにもなりましたが、それは回転に伴うノイズの行き場が無く、従って連続したノイズが常にモーターに運ばれてしまい、結果としてモーターにはモーターから発生したノイズと、プラッターの回転に伴うノイズが一緒になって溜まり続け、再生音はある程度の時間が経つと急に面白味が無くなってくるのです。 5分も聴けば充分だと言ったのはそのためで、この様な状態が続くと、プログラムソースに対する反応力が減衰して、何を掛けても音色は一つしか生み出すことが出来ず、プログラムソースに含まれる音楽成分に対しアクティブな可変力をもって反応しない状態に陥ります。 ベルトドライブ型がいかにノイズ対策に必死になっているか、その理由はこれによるのですが、ベルトドライブ型のモーターが清流効果を持たずにいるからで、SN比の悪化を恐れるあまり低ノイズ化を図ったために起こり、ノイズにはノイズをもって打ち消す働きを放棄したためです。 リン社もこのことに気付いたのか、最新のモデルはモーターを一新し、この問題に対応しようとしていますが、これは逆効果だと思います。 それはレコードと言うものが、可変変調されたノイズの固まりであり、そのノイズを安定して力の満ちたものにするには、もう一つの可変変調されたノイズでブロックする必要があるからです。 モーターをあまり静かなものにするとレコードに含まれた可変変調ノイズ成分は、モーターに引き込まれてしまい、たびたびTD124のレストアで実際に経験したことですが、TD124のモーターとシャシーや回転系を低ノイズにすると、音自体は清澄でもはなはだ面白くない音になってしまうことになるのです。 ノイズも量より質が求められます。 そしてモーターを静かに動作させればさせるほど、音色や音楽的な表現力が単一的な再生音しか生まれてこないのも、ベルトドライブ型の宿命であり、リン社のプレイヤーがスタンダードなベルトドライブ型であることにより、その特長が露わになってくるのです。 リン社のプレイヤーの再生音とは、実はレコードの音と言うより2トラ38テープ録音の音に近いとも言えますが、それを良しとする人々にとっては、最良の友となり得ます。 かつてのハイフィデリティHi-Fi時代のオリジナルレコードを、コクのあるゆったりとしたグッドリプロダクションによる音楽的な感動を得たいとするユーザーにとっては、リン社のプレイヤーの音は真逆のサウンドマシーンと映るはずです。  この項目おわり
以上 T氏

LINN LP12を使用していたことがある。 もう二十年ほど前の話だけれど、当時、日本製はDD全盛だった。 良識あるデザイン、英国製であることもあり(いみじくもT氏が指摘した通り)手に入れた。 それまで使用していた日本製プレイヤーより数段良い性能だと実感した。 ちゃんと音色も出るし、心憎い一輪挿しのような華がある。 数年後、コニサーのプレイヤーを手に入れた。 レコード屋を始める数ヶ月前だった。 音色の数や彩、そしてダイナミクスの産み方、その再生音の気品に驚く。 初期盤ばかりを聴く耳には、リンとの違いは決定的だった。 そうしてLINNを聞くこともなくなってしまった。 『きれいごと』というコンセプトに初期盤のキャパシティが収まりきれていなかったからだろう。 先日ロンドンで久しぶりにLP12をちょっと気を入れて聴いてみた。 確かに良いプレイヤーだけど、現在の価格を聞いて、否定的な印象を僕は持った。 ミシュランの店でふつうに美味しい料理を出された時のように。


トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔