2011年04月17日
昭和三十年代に聴いた音
みのちゃんの家に上がると、玄関わきの小さな応接間に、見慣れない縦長のスピーカーが置いてあった。 その上にはみどりいろに塗られたちいさなちいさなアンプが乗っていた。 みのちゃんは、お父さんにせがんでいた。 
『ねえ、ねえ、かけてよ、』 『それじゃあ、一枚だけだよ。 これはミルシテインという有名なヴァイオリニストが弾いているんだからね。』と得意そうにターンテーブルにのせ、慎重に慎重に針先をレコード面にそおっと置いた。 嘘みたいにうつくしい音色が、縁側を通り抜けて、庭で干し物をしていたおばさんの手を止めた。 うっとり目をして妙なる調べに聴き入っている。 箪笥の上のラヂオの音とはまるで違う、魔法の音色に、歯が浮くような、耳をくすぐられるような、不思議な愛撫を受けていた。 おじさんは真剣な目でスピーカーの上にあるアンプのつまみを慎重に動かしている。 すると、だんだん音が澄んでくるというか艶がでてくるというか、ヴァイオリンを弾くひとの息遣いのようなものまで、うごいているように聞こえるようになった。 それ以来、僕は毎日学校が終わるとみのちゃんの家に上がって、おじさんに、いろんな長時間レコードをかけてもらった。 何にも言わずにおじさんは、オーケストラや、ピアノや、歌のレコードを選んで聞かせてくれた。 夢のようだった・・・。

『3丁目の夕日』の時代に、こうした装置が近所にあったなら、日本のオーディオ愛好家たちは、もっと違ったスタンスで音楽に親しんでいたかもしれない。 あのころは、平和な時代がやってきて、人々は白い木綿のシャツを腕まくりして、今しか見られない、今しか聞けない、今しか食べられない、と貪欲に何もかも吸収しようとしていた。
白黒映画なのに、銀幕にはいろんな色が見えていた。 ラヂオで聞いた美空ひばりや田端義夫、蓄音機の踊りの三味の音などは昼過ぎのノンビリとした時間だったけれど、レコードから流れてきたヴァイオリンの音色は子供ごころに本当にエロティークだった。 そう、再生音に十八歳未満お断りはなく、子供たちに聴かせてもかまわないのだ。 音楽はもともとエロスから始まっているのであるからして、それを再現できなければ、音楽にある大きな魅力は消え去っている事になる。 低音だの定位だのよりも、もっと大切なもの、喜怒哀楽をたっぷり含んだ音をどれだけのひとが今聴きこんでいるのだろう。 あの頃、蘭PHILIPS社製管球式OTLアンプHF308(Monaural 10W)とAD3800BMスピーカー(400Ohm)を2個直列にして800Ohmにしたスピーカーシステムを部屋の片隅に置いて人々が音楽を流していたら。 この国の音楽の聴き方もずいぶんと違っていたかもしれない。 身の丈で音楽を聴こうとするひとが当たり前のようにたくさんいるようになっていたかもしれない。 音はあくまで音楽のために在る、ということを伝えてくれる装置。 聞きにおいでください。 10Wのアンプに19cmスピーカー2台のシステム。 ダイレクトな音楽、こころへの浸透力がつよい。 いまどきの装置では絶対に出せない音。


『ねえ、ねえ、かけてよ、』 『それじゃあ、一枚だけだよ。 これはミルシテインという有名なヴァイオリニストが弾いているんだからね。』と得意そうにターンテーブルにのせ、慎重に慎重に針先をレコード面にそおっと置いた。 嘘みたいにうつくしい音色が、縁側を通り抜けて、庭で干し物をしていたおばさんの手を止めた。 うっとり目をして妙なる調べに聴き入っている。 箪笥の上のラヂオの音とはまるで違う、魔法の音色に、歯が浮くような、耳をくすぐられるような、不思議な愛撫を受けていた。 おじさんは真剣な目でスピーカーの上にあるアンプのつまみを慎重に動かしている。 すると、だんだん音が澄んでくるというか艶がでてくるというか、ヴァイオリンを弾くひとの息遣いのようなものまで、うごいているように聞こえるようになった。 それ以来、僕は毎日学校が終わるとみのちゃんの家に上がって、おじさんに、いろんな長時間レコードをかけてもらった。 何にも言わずにおじさんは、オーケストラや、ピアノや、歌のレコードを選んで聞かせてくれた。 夢のようだった・・・。

『3丁目の夕日』の時代に、こうした装置が近所にあったなら、日本のオーディオ愛好家たちは、もっと違ったスタンスで音楽に親しんでいたかもしれない。 あのころは、平和な時代がやってきて、人々は白い木綿のシャツを腕まくりして、今しか見られない、今しか聞けない、今しか食べられない、と貪欲に何もかも吸収しようとしていた。

白黒映画なのに、銀幕にはいろんな色が見えていた。 ラヂオで聞いた美空ひばりや田端義夫、蓄音機の踊りの三味の音などは昼過ぎのノンビリとした時間だったけれど、レコードから流れてきたヴァイオリンの音色は子供ごころに本当にエロティークだった。 そう、再生音に十八歳未満お断りはなく、子供たちに聴かせてもかまわないのだ。 音楽はもともとエロスから始まっているのであるからして、それを再現できなければ、音楽にある大きな魅力は消え去っている事になる。 低音だの定位だのよりも、もっと大切なもの、喜怒哀楽をたっぷり含んだ音をどれだけのひとが今聴きこんでいるのだろう。 あの頃、蘭PHILIPS社製管球式OTLアンプHF308(Monaural 10W)とAD3800BMスピーカー(400Ohm)を2個直列にして800Ohmにしたスピーカーシステムを部屋の片隅に置いて人々が音楽を流していたら。 この国の音楽の聴き方もずいぶんと違っていたかもしれない。 身の丈で音楽を聴こうとするひとが当たり前のようにたくさんいるようになっていたかもしれない。 音はあくまで音楽のために在る、ということを伝えてくれる装置。 聞きにおいでください。 10Wのアンプに19cmスピーカー2台のシステム。 ダイレクトな音楽、こころへの浸透力がつよい。 いまどきの装置では絶対に出せない音。
