2011年05月18日

こんなの作っちゃいました 伍

本機の再生音
今回製作したキャビネットの外形寸法は、幅45cm x 高さ94cm x 奥行き37cm。 使用した板材は、フロントロード部と音響フィルター板は9mmのシナ合板、あるいは14mmの桐のラミネートボードと呼ばれている板材です。 重量12kgで、大きさの割に軽量ですが、現代スピーカーの様に、kgあたり1万円以上と言うものとは無縁です。 サランネットは英国から取り寄せた数種類の中から、もっとも効果的なものを選択しました。 ネットは取り外し可能ですが、しっかり取り付けてありますので、着脱には注意が必要です。 中央の3本の桟は、イコライザーとして働き、高能率のダブルコーンフルレンジにありがちな、正面軸における聴覚的ビームを拡散する為のものです。 落ち着いた、それでいて充分力のある再生音です。 P1010153
リスニングポイントは、正面軸方向だけでなく、30度くらいズレていても、音圧レベルの著しい降下は聴き取れません。 これはフロントロードのおかげであり、この点に関しては効果があったようです。 特質すべきは定位の良さが挙げられ、この音を聴いただけではダブルコーンフルレンジ、二発入りとは誰も思わないはずです。 まるでシングルコーンの様な鳴り方なのです。 懸念された(音出しまで結果はわからない)バスレフダクトとの位相の問題もありませんでした。 ダクト開口部からは、それなりに中高音が漏れてきておりますが、それよりフロントバッフル側の空間放出エネルギーが強い為、聴き取ることはできません。 又バスレフダクト開口部からの中高域の音漏れは、音響フィルター板により、既に相当エネルギーをロスっているので、エンクローシャーから出ると急速に減衰するようで、エンクローシャー周り30cmあたりの空間に漂っている様に聴こえます。 又このスピーカーシステムの再生音は、少々言葉に表しづらい音がします。 少々突飛な発想かもしれませんが、この再生音を聴いていると、かつて東京と呼ばれ帝都とも言われていた、かつての江戸の佇まいを感じるのです。 こうした印象を私が持つのは、二年ほど前アムステルダムの運河にかかる橋の上で、下を通る観光船に目をやりながら、夕暮れの町並みや運河の両岸に植えられた並木を眺めていた時でした。 日本から遠く離れたオランダのアムステルダムで何故か強烈に日本の江戸を感じたのです。 そしてその感賞の本を探ってゆくと、夕暮れのアムステルダムの運河の風景が、かつて私が幼年時代を過ごした、深川の風景とそっくりであることに気付いたのです。 まるでタイムスリップした様な感傷を覚えたのです。 これは、一見非論理的ではありますが、可能性としては無いとは言い切れません。 P1010226
例えば長崎に住んでいたオランダ商人達は、当時の日本の品物をオランダに持ち帰ったのですが、同時にその時代の日本の空気感という、文化的なオーラをも持ち込んだはずで、それが長きにわたりアムステルダムという町に染み込んでゆき、その中で育った人や、働いていたオランダ人の心の中に染み込んで行ったことさえ、想像を逞しくすれば考えられないことではないのです。 そしてこれらの人達の中に、このスピーカーユニットの製作者が居たとすれば、さらに可能性は高まります。 又もしこの様なことがあるとしたら、このスピーカーユニットの音の不思議さは、オランダと言う国の多国籍性ゆえと言えなくもない。 東インド会社の例を持ち出すまでも無く、オランダという国は、色々な国と貿易を行ってきました。 そしてこれは前述の日本の例と同じく、多くの国の情報や、オランダ人の感じた心象風景的なものも、混ざっていることだって考えられるからです。 説明しづらい音の正体は案外こんな所にあるのかもしれません。 それは高貴さと、下世話さが混然となった音であり、色気と言う面では多分に吉原的な、歓楽的な音と同じくらいの闇が表出されているのですから。 
つづく  以上T氏



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