2011年07月07日
デュオド物語 5
専用エンクロージャの設計について(内と外)
デュオド専用エンクロージャのイメージが固まった所で、新たな問題が浮上してきました。 それはデュオドそのものの仕様が、今まで私が扱ってきたユニットとかけ離れたものであるゆえに、今まで製作して来たエンクロージャの設計、製作の手法を一旦捨てざるを得なくなりました。 およそ何かしらのものを作るに当たっては、デザインと言うものがすこぶる重要であり、オーディオは直接目に見えぬ音と言うものを扱うので、このデザインが完成後の在り方を大きく左右します。 これらの行為は全て頭の中で、つまり感性を基として行われる必要があり、仮想実験思考によって導き出されなければならないのです。 仮想実験によって明確な形が成されれば後は実際に手を下すだけであります。 だがその仮想実験において、私が過去に製作したスピーカー達も当然頭の中に立ち現われてきますが、それらは全てゴミ同然の音しか出てこなかった。 その原因を知らねばデュオド専用のエンクロージャを製作するわけには行きません。 私のいうゴミ同然のスピーカー達は1970年代から今日に到るまで、頭の良い経験豊かなオーディオ関係者が設計したものであり、いわばお墨付きのものであったにもかかわらず、一つとしてまともに音楽の聴こえるものはなかったのです。 しかも設計とは言いながら、ほとんどが元ネタをパクったにもかかわらずというていたらくです。 元ネタがありながらまともな音が出ないとなれば、デュオドの様に何の下敷きも無しに、一から設計製作を行わねばならぬとすれば、どこにも良い音が再生されるという保証はありません。 しかも丁半バクチを打つには、デュオド専用エンクロージャは複雑すぎる代物であり、何かしらの確証無くしては製作に踏み切れません。 しかし考え続けて行くうち、思いもかけない所にヒントを見つけることが出来ました。 それは以前私がスピーカーについて述べた記述の中にあったのです。 その文章はこの様なものであります。 エンクロージャの働き方は内部の空気と外部の空気とを仕切るものであり、形式によっては障壁として存在するものであると言うことになります。 ところが仕切りや障壁としてエンクロージャが働いているとして、肝心のスピーカーユニットはどうなのかと言えば、主流であるダイナミック型スピーカーユニットの振動板は紙かそれに類したもので作られています。 そして紙ということになれば私達の住居に使われている、襖や障子と何ら変わらないということになります。 そうであるなら音は筒抜けと言うことになります。 リスニングルームの遮音、防音には襖や障子が何の役にも立たないことはだれもが知っておられるはずで、仮にダイナミック型スピーカーユニットの振動板が襖や障子並みと言うことになると、内、外の概念は変質又は無意味となりはすまいか? 何しろ幾らエンクロージャが内と外を隔てようとしても、肝心の振動板が音を平気で通すのであれば堪ったものではありません。 そしてこれこそが我国におけるスピーカー設計製作、特に自作スピーカーシステムの音作りに致命的な欠陥として現れてしまったのではないか? あまりに内外にこだわり過ぎ、エンクロージャ内部で発生する音をまるで悪役の如きに扱い、吸音材で抹殺したり、共振を恐れ強固に補強したりする。 又時にはアメリカ仕立てのPA用バックロードホーン等を持ちだして、ユニットの背面の音を平気で出しっぱなしにしても平気でいられたりするのです。 つづく
以上T氏
デュオド専用エンクロージャのイメージが固まった所で、新たな問題が浮上してきました。 それはデュオドそのものの仕様が、今まで私が扱ってきたユニットとかけ離れたものであるゆえに、今まで製作して来たエンクロージャの設計、製作の手法を一旦捨てざるを得なくなりました。 およそ何かしらのものを作るに当たっては、デザインと言うものがすこぶる重要であり、オーディオは直接目に見えぬ音と言うものを扱うので、このデザインが完成後の在り方を大きく左右します。 これらの行為は全て頭の中で、つまり感性を基として行われる必要があり、仮想実験思考によって導き出されなければならないのです。 仮想実験によって明確な形が成されれば後は実際に手を下すだけであります。 だがその仮想実験において、私が過去に製作したスピーカー達も当然頭の中に立ち現われてきますが、それらは全てゴミ同然の音しか出てこなかった。 その原因を知らねばデュオド専用のエンクロージャを製作するわけには行きません。 私のいうゴミ同然のスピーカー達は1970年代から今日に到るまで、頭の良い経験豊かなオーディオ関係者が設計したものであり、いわばお墨付きのものであったにもかかわらず、一つとしてまともに音楽の聴こえるものはなかったのです。 しかも設計とは言いながら、ほとんどが元ネタをパクったにもかかわらずというていたらくです。 元ネタがありながらまともな音が出ないとなれば、デュオドの様に何の下敷きも無しに、一から設計製作を行わねばならぬとすれば、どこにも良い音が再生されるという保証はありません。 しかも丁半バクチを打つには、デュオド専用エンクロージャは複雑すぎる代物であり、何かしらの確証無くしては製作に踏み切れません。 しかし考え続けて行くうち、思いもかけない所にヒントを見つけることが出来ました。 それは以前私がスピーカーについて述べた記述の中にあったのです。 その文章はこの様なものであります。 エンクロージャの働き方は内部の空気と外部の空気とを仕切るものであり、形式によっては障壁として存在するものであると言うことになります。 ところが仕切りや障壁としてエンクロージャが働いているとして、肝心のスピーカーユニットはどうなのかと言えば、主流であるダイナミック型スピーカーユニットの振動板は紙かそれに類したもので作られています。 そして紙ということになれば私達の住居に使われている、襖や障子と何ら変わらないということになります。 そうであるなら音は筒抜けと言うことになります。 リスニングルームの遮音、防音には襖や障子が何の役にも立たないことはだれもが知っておられるはずで、仮にダイナミック型スピーカーユニットの振動板が襖や障子並みと言うことになると、内、外の概念は変質又は無意味となりはすまいか? 何しろ幾らエンクロージャが内と外を隔てようとしても、肝心の振動板が音を平気で通すのであれば堪ったものではありません。 そしてこれこそが我国におけるスピーカー設計製作、特に自作スピーカーシステムの音作りに致命的な欠陥として現れてしまったのではないか? あまりに内外にこだわり過ぎ、エンクロージャ内部で発生する音をまるで悪役の如きに扱い、吸音材で抹殺したり、共振を恐れ強固に補強したりする。 又時にはアメリカ仕立てのPA用バックロードホーン等を持ちだして、ユニットの背面の音を平気で出しっぱなしにしても平気でいられたりするのです。 つづく
以上T氏

