2013年01月07日

モーター動作振動と音楽

アイドラードライブに取り付けられたモーターは概して静かではなく、特有の振動と寄生共振を伴っています。 シャシーから取り外し単独動作させた時とシャシーに組み込んだ時では、モーター振動の仕方は当然異なります。 すなわち裸特性がいくら良くても、実際シャシーに取り付けた時の振動の在り方で再生音質を大きく左右します。 シャシーに取り付けた時の振動のありかたは、アイドラードライブの設計制作者がどの様な再生を良しとしたか、によって決まるのです。 したがって静かであれば良いというものでもないのです。 必要な振動、共振というものが大きな意味を持っているのです。 アイドラードライブ型のモーターをただの動力源とだけ見なしてはいけません。 そんなことを考えるのは振動や共振、オーディオ機器とりわけアナログオーディオ機器の本質について何も思いを馳せないことと同じです。 振動は世界を『統べる力』 そのものであることを正しく知らねばならない。 振動、共振を悪とし、消すことのみ考える人は大事なことを殺すことになりかねない。 例えばガラード301のモーター。 三点のばねに支えられた大型のインダクションモーターは外形こそ大きいが、その内部構造はRC70系オートチェンジャーのそれとほとんど変わらず、大きさは見かけ倒しなのです。 また発動時の振動もRC70系と変わらないがRC70系よりはるかに静かであると感じられる。 なぜか、外部ハウジングケースが電磁界コイル部とローターの振動を押さえ込んでいるからです。 いかに振動、共振を厚いハウジングカバーで押さえ込み、コイルバネで静めようとしてもモーター本体の発する振動の本質は変わりません。 それゆえガラード301のモーターの振動はシャシーには伝わらないが、ローターは結構振動しており、動作中にプーリーに触れればすぐに判ります。 アイドラードライブのモーターの本質について思い至らない人はシャシーがモーターの振動を伝えず手で触れても感知できない、であるからして301のモーターは静かであると誤魔化してしまう。 触感で感知できないから振動が無いということではない。 感知されないことと振動のないことは全く別の問題なのです。 301の場合、実は感知できないモーター振動によって、再生において優れた音楽性を導きだしていることを是非感じ取っていただきたい。 見えないから無いという訳ではなく、聴こえないから音が存在しないことでもない。 見えなくても、聴こえなくても、そこに在るものはあるのです。 問題を取り違えてはいけないのです。 振動を消す方法はいくらでもあります。 容易いことなのです。 ここのところを良く考えていただきたい。 当時のエンジニアが、なぜこの様な容易いことをやらなかったのかを。 それをやってしまうと音楽が出てこないからです。 上質な振動は音楽信号とよく似ており、彼らは完全に取り払わずにいくらか残しておいたのです。 それに対して、今日のアナログプレイヤーは英知ある先人達が決してやらなかった轍を踏んでしまっているのです。 良い商品を作るためです。 良い商品とは売れる商品のことです。 売れる商品が立派なオーディオ機器である証明となり、それはユーザーの求める音の美しさや音楽性とは全く別の次元のことです。 昔からオーディオがこんな状態であった訳ではありません。 例えば1969年の国内、海外オーディオ製品総覧というカタログにTD124 Mk.競好撻奪についてこんな記述があります。 『ランブル、事実上無視できる値』こんな大らかな表現は今日では許されないでしょう。 無視できる値とはどんな値かユーザーに突っ込まれてしまうからです。 TD124 Mk.兇離薀鵐屮襪砲弔い討竜述はそのまま当時のアイドラー型プレイヤーの振動に関して当てはめる事が出来るのではないか。 スペックとして表示される物理特性等はただの表示に過ぎず、無視できるのです。 無視すれば音楽が湧き出でてくる。 これをわきまえた人が文を置いたかどうかはわかりませんが、このカタログ本にはTD124 Mk.兇旅告が掲載されています。 レコードプレイヤーの本質を余すところなく捉えていますので、ここに紹介します。 

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