2013年09月10日

再びカートリッヂの音の粗さ 2

音の緻密さ
音の緻密さは、カートリッヂがレコードからピックアップする音の数と関係しています。 SPUのような一筆書きでは緻密さは感じられません。 つまり、音の数が多い方が聴き手に緻密さを感じさせるには有利なのです。 しかし単に音数が多ければ緻密さが現われてくるかと言えば、それはまた別の問題で、大切なのは並び方です。 どの音が前へ出たらよい音か、あるいは後方に位置した方が音楽的に有効であるか、きちんと理解できなければ音の羅列にすぎないのです。 音数の多さが緻密さとイコールではありません。 音の一つ一つが有機的に働くようにもって行かないと始まらないのです。 これがカートリッヂの本当の意味での分解能です。 それが出来なければ音楽になりきれないサウンドに過ぎません。 これを行えるカートリッヂはどのくらいあるかを思い起こしてみると、まず一番手に上げられるのが英国EMI社のステレオカートリッヂEPU100。 次がDECCA ffss、それからシュアM44でしょう。 だが、EMIとDECCA、それにシュアM44との間に大きなミゾが横たわっているのも確かなことです。 そのミゾとは働き方の差でもあります。 EMIとDECCAはシュアM44のようにオーディオシステムのクオリティの向上に伴って自らの能力を高めて行くといった働き方はしないからです。 オレに相応しいフォノモータを持って来んかい、と宣言している。 EMIとDECCAは自らの能力を最大限に発揮しうるフォノモータを規定します。 したがって反応力ではなく反応体を求める。 それゆえ、名器であるからきっと良い結果が得られるはずと思って、ただ高価なフォノモータと組ませても大した音は出てきません。 はっきり言うとオーディオへの深き考えと経験がなければ使えない品なのです。 素人が使ってはいけない代物です。 気安くDECCAでも使ってみよう等とのたまうと自分の愚かさを他の人に言いふらすようなものです。 緻密な音の代表としてEMIとDECCA を挙げましたが、両者には聴き手が感じる緻密さに差位があります。 その差位とは、音の密度です。 EMI EPU100よりDECCA ffssの方が聴覚的に密度が高いように感じられる。 だがよくよく耳をそばだて音の内側に分け入って行くと、このような聴感覚が必ずしも本質そのものを示しているものではないことが理解されます。 まずffssの音は音楽を構成するサウンドの中心核が固定され、あちこち動かない。 これに対してEPU100カートリッヂから再生される音は中心核がたえず動いており、ステレオ効果を高めるために大切な左右の動きだけではなく上下奥へと動いていきます。 この差がEPU100と ffssのステレオ再生における音の密度、緻密さの認識に表れてくるのです。 つまりffssはEPU100に比べて中心核が割合動かないことによって緻密さを認識しやすいのです。 それゆえ音の密度がEPU100より高めに感じられる。 だがEPU100 の場合、我々が音の緻密さをとらえようとした刹那、するりと中心核が逃げてしまう。 それゆえ綿密さを感じはするが、確証が得にくいということになる。 だがこれらの差位を音楽における自在さのいかんとして考えれば真に音楽的であるのはEPU100の方なのです。 EPU100に比較するとffssの音は、音による絵画に近いのです。 ではシュアM44の場合はどうでしょう。 そのしなやかな追従性が時には裏目に出てしまうこともあります。 なぜならM44は明確な個性がほとんどなくEPU100やffssに見られる諸々の現象のなすところはすべてアームやフォノモータ、アンプ、スピーカに委ねているからです。 M44は反応力を求め、EPU100とffssは反応体を求める。 その差が現われるのです。 だからといってM44を責めるのは酷というものです。 EPU100もffssもカートリッヂとアームが一体となった品であり、ピックアップシステムとしての完成品です。 M44はユニバーサルタイプであり、どの様なアームと取り付けてもそこそこの性能は出せるようになっている。 目指すところは違います。 でもM44にはシュア社が販売した専用アームがあるではないか。 それはダメなのか。 はっきり言ってダメです。 アメリカの音になってしまう。 ジャズには良いがクラシックには良くない。 EMIやDECCA のカートリッヂと専用アームの組み合わせによって英国人による英国人の音を奏でるとするなら、シュアM44と専用アームの組み合わせはアメリカ人によるアメリカ人のためのサウンドと言えるのですから。 つづく
以上T氏

EPU100ピックアップシステム遣いになるには呆れるほどに紆余曲折を経なければ到達できない、というのが実感。 発電形式はVariluctance型。 Mu-Metalで覆われたカートリッヂの針先は1个曚匹凌爾気離ャップの左右のポールピースの谷間に正確に位置させなければならない。 腹にある二本のネジの締め具合でアーマチュアの先の針が浅くも深くも谷間を上下できる。 コンマ何ミリの世界を音を聴きながら締める。 『やれるものなら、やってみたまえ』 という声が針先から聞こえてきそうなシタタカぶり。 パリの友人はより正確を期するために時計職人にたのんでネジを切ってもらったりもしているのだが、手こずっている。 僕もこの十数年というもの、手こずっているのだ。

DECCA ffss に痺れる

シュアM44をもう少し
シュアM44をもう少し 2
シュアM44をもう少し 3




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