2014年01月18日

TD124 Mk.2 その音の世界

TD124Mk.2が創造する音楽再生の姿
これを表現するには、まずMk.1初期型の音の世界を示して比較して書いた方が良さそうです。 こればかりは他のフォノモータ、例えばガラード301やコニサーと比較しても意味が無いからです。 目指す先が異なっているからです。 これは同一種と比較しなければ果たせないことです。
Mk.1初期型の再生音を正確に言えば、トーレンス社技術者たちがTD124に込めた情熱と音楽そのものを確定するデッサン力であり、レコード再生で得られる音を実在として扱うことから始まっています。 実在を明確にして、音により音楽を語らせます。 そうして、音はしばしば言語化して、小編成の曲では楽器の数だけ、大編成のオーケストラでは各部をブロックに分けて歌わせています。 これがMk.1初期型モデルのステレオ再生のスタイルです。 例えてみると、それはバッハ作曲マタイ受難曲のような語り方をするのです。 この方法はある程度の音の数がなければうまくいきません。 しかも会話的ということはそれぞれの音のキャラクタがきっちりと定まっていないと再生効果は上がりません。 そのために基本的にスタジオ用として開発されたオルトフォンSPUシリーズのように主要な音以外は省いてしまう手法のカートリッヂでは、会話の深さ(音楽を楽しませる演出・遠近法)が著しく減退してしまいます。 もちろん、SPUシリーズは太く艶やかで立派な信号を出力するカートリッヂであり、当時これほど高い水準の再生音を備えたカートリッヂは、主な輸出国だった米国には数えるほどしかありませんでした。 英国には優秀なステレオカートリッヂはすでに存在していましたが、TD124Mk.1はほとんど受け入れられてはいませんでした。 今日グレイで実験しているように英国製のアームとカートリッヂを組み込んでヨーロッパ盤を聴くと、らくらくと音のキャラクタが定まり、会話的音楽再生を実在感をもって表現してくれるのがわかります。
こうしたMk.1の再生表現スタイルに対して、Mk.2の基本的再生のあり方についてこれから書いてみますが、その前にお断りしておきたいことがあります。 Mk.2は個体差のバリエイションが多いということです。 これまでのMk.2のレストア経験を通して知り得たのはMk.2の時代になってトーレンス社は各輸出国向けに再生音の傾向をコントロールしていたように思えて仕方ないのです。 大まかに分けると、ヨーロッパ仕様と米国仕様となります。 その差はクラシック音楽再生では少々どころか、時には別物のプレイヤではないかと思うくらいに大きいものを感じます。 米国仕様TD124Mk.2は完全にポップス再生に的を絞っているようであり、クラシック音楽でははなはだ深みの足らない再生音になってしまっているのです。 ですから米国仕様TD124Mk.2については、今後書くヨーロッパ仕様のMk.2に対する記述内容と異なる場合があることをお断りしておきます。  つづく
以上T氏



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