2014年01月26日

TD124 Mk.2 その音の世界 6

Mk.2 再生音にある量感と分解能
これまでいろいろなアイドラ式プレイヤをレストアして初期性能に復帰させたのち、その再生音を聴いてきました。 たしかにアイドラ式プレイヤの数々は独創性あふれる製品ばかりです。 その中でもTD124Mk.2は強い個性に輝いています。 その個性の重要な要素が中音域の両端にターンオーバーポイントとロールオフ曲線を持ち合わせていることです。 
これは前項に書きました。 
話は逸れますが、それではこのようなイコライザ的特性を持たないプレイヤが存在するのでしょうか。 確かに現実に存在します。 現在市場にあふれているベルトドライヴプレイヤがそれです。 現行品も含めベルトドライヴプレイヤの多くを聴いてはみました。 どう聴いてもTD124のように明確なイコライザ特性、あるいは反応力の支点が存在しているようには感じられません。 最低音域から超高音域までフラットな特性は感じられるけれど、音楽に対する反応力が一向に伝わってこないのです。 音楽の内的な力の発露、聴き手にグッと迫ってくるものがありません。 きれいごと、悪く言えばのっぺらぼー。 レコードのカッティング同様、フラットにカッティングすればするほど音楽は面白くなくなるのです。 これは再生音と耳の生理学的反応の特長だと思います。 理論的フラット特性は生理的聴覚を喜ばせると考えたら大間違いです。こうした見地からすると、プレイヤにおけるターンオーバーポイントとロールオフの有無が音楽の要素・成分の多さに大きく関わっているといえます。 さらにこれらは量感(時には情感)と分解能の表現力に強くはたらいているとも推測されます。
話をMk.2に戻しましょう。
オーディオ愛好家を訪ねると良くあることですが、重戦車を連想させる突進力でぐいぐいと押してくるカタマリになった低音に困ってしまうことがあります。 こういう低音はレストアされたMk.2からは出ません。 そうした音は電子楽器でなければ出せない音だからです。 ヨーロッパ仕様Mk.2はこうした機械を意識させる音は得意ではなく、オーケストラの弦楽器群、とりわけヴィオラ・チェロ・コントラバス等、木で製作された楽器の再生に強みを持ちます。 ことにユニゾンで奏されるとき、分解しつつ集合させる、という離れわざをMk.2はやってのけます。 各楽器をきれいに描きわけながらバラバラにならずに音楽的にまとめ上げていきます。 それを可能にするには、音が重くなってはまずいのです。 重量感を聴き手に意識させながら現実に出てくる音が軽みを持つ。 こうなってようやく聴き手にある種の聴覚上のギャップが生まれます。 自分が創造している音より軽い音が出ているのに重量感があるからです。 Mk.2の対音域は集合力で成り立っているゆえに起こる現象です。 つづく
以上T氏



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