2014年02月05日

LINN-LP12とTHORENS TD124 その1

TD124のレストアを受け始めた頃は、比較対象はGARRARD301が多かったのを思い出します。 時代は変わり、最近はLINN-LP12プレイヤから買い替えるレコード愛好家が顕著に増えています。 長年LP12でアナログ再生をそこそこは楽しんではこられたのだが、それ以上はどうにもならずに、TD124を購入されるパターンが実に多いのです。 以前の301とは事情がちょっと違います。 以前は301の良さを充分理解したうえで、それでももっと良い音で聴いてみたいレコード愛好家の方々がお購めになられました。 しかし、LP12の場合は違います。 TD124に乗り換えたユーザから聞いたお話から『失望』と『渇望』の二つの言葉が浮かんできます。 もちろん、個人的にはLINNのプレイヤを心底ダメな製品だとは思ってもいませんし、悪く言うつもりもありません。 ヴィンテージであるアイドラプレイヤと現行品のベルトドライヴプレイヤを公平な視点から見ていると、一層LINNからTD124への乗り換え現象が意味するところに興味がわいてくるのです。
LINN-LP12の音
音楽の本質に目覚めたアナログ愛好家を失望させてしまったLP12の音とはどのようなものか。 私なりに感じたことを述べますと、まず本質的に暗い、根暗なところがあります。 清澄な泉のごとき音との願いをこめてリン(泉)と名付けたとおり、確かに音そのものは歪み感のない見事なまでに清冽な音です。 その音の深いところにどうしても飲み込みにくい冷たいものがあるように思われて仕方がないのです。 音に気持ちよさがあっても、音楽そのものに在る本体・本性に直截に触れようとはしない、そのように私は感じます。 これはLP12に限ったことではなく、大方のベルトドライヴプレイヤが持つ基本性質です。 これらのプレイヤはCDプレイヤと同じ方向を向いているのではないでしょうか。 LPレコードなのにいつしかCDを聞いているような立ち位置で、きれいで静かで歪みなく面白味も削がれた音楽を聴かされてしまっている。 たしかに70年代以降のLPや復刻版にはある意味ノイズから開放されて心地良い音も魅力なのでしょうが、それだったらCDとどれほどの違いがあるというのでしょう? いやしくもLPというフォーマットがメジャーでなくなって久しく経つというのに、わざわざ面倒なレコードプレイヤでLPを再生しているレコード愛好家という時代に背を向けたきた頑固者たちが、LPが持つ味わいから巧みに逸れた再生音を聴いて満足していては、何のためのレコードプレイヤなのでしょう。 LP-12に限ったことではなく、ベルトドライヴプレイヤは高級機になればなるほどSN比や精度・ディテール・定位は向上しますが、音楽の肝からは遠ざかっていくと感じることばかり。 つまりLP12と、GARRARD301やTD124との大きな違いは、レコードに刻まれている暗号を解読して音楽再生できるかどうかの差なのです。 LP12はどの信号も分け隔てなく再生しますが、GARRARD301やTD124はノイズ成分と音楽信号を分別し、さらに主たる音楽成分とその背景となる音場成分までも感じ取って再生する、多くのLP12のユーザがTD124に乗り換えてまず言われることです。 なぜそうなるのかは次回に。 つづく
以上T氏 


レコード信号における暗号については以前詳しく書きましたので下記ページをご参照なさってください。
電気信号の正体 1
電気信号の正体 2


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