2015年07月28日
新しいコンセプトでエンクロージャを製作する
1) エンクロージャの設計思想のあやまちを質す
あれは1960年代の終わりころのことで、オーディオ雑誌に掲載された製作図をもとにエンクロージャを作っていました。 ほとんどがスピーカユニットの推奨図面であり、理論的に正しいとされていたものばかりでした。 不思議なことに、図面に忠実であればあるほど音は悪くなっていた。 当時使用していたレコードプレイヤとアンプは、今にして思えばオハナシにならないシロモノでしたから、当然と言えば当然の結果だと言えるのです。 しかし、心の隅では音が悪かった原因は果たしてそれだけなのか、という疑問がずっと尾を引いてきました。
何か根本的に違うのではないか、板材や配線コード、吸音材の問題でもドライヴする装置だけのせいでもない、エンクロージャそのものの設計思想がそもそも怪しい。 そうだとしたら、どうでしょう。 今まで悩まされてきたさまざまな問題は一遍に解決してしまうのではないか。
今までのエンクロージャ(特に我が国の)の設計思想がユニットから最良の再生音を引き出すものではないと、一旦認識してしまいさえすれば、今度は新しい思想解釈でエンクロージャを製作すれば良いだけなのではありませんか。 つづく
以上T氏
あれは1960年代の終わりころのことで、オーディオ雑誌に掲載された製作図をもとにエンクロージャを作っていました。 ほとんどがスピーカユニットの推奨図面であり、理論的に正しいとされていたものばかりでした。 不思議なことに、図面に忠実であればあるほど音は悪くなっていた。 当時使用していたレコードプレイヤとアンプは、今にして思えばオハナシにならないシロモノでしたから、当然と言えば当然の結果だと言えるのです。 しかし、心の隅では音が悪かった原因は果たしてそれだけなのか、という疑問がずっと尾を引いてきました。
何か根本的に違うのではないか、板材や配線コード、吸音材の問題でもドライヴする装置だけのせいでもない、エンクロージャそのものの設計思想がそもそも怪しい。 そうだとしたら、どうでしょう。 今まで悩まされてきたさまざまな問題は一遍に解決してしまうのではないか。
今までのエンクロージャ(特に我が国の)の設計思想がユニットから最良の再生音を引き出すものではないと、一旦認識してしまいさえすれば、今度は新しい思想解釈でエンクロージャを製作すれば良いだけなのではありませんか。 つづく
以上T氏